連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第138回
今回ご紹介するNetflix映画『パラダイス 人生の値段』は、そう遠くはない未来のドイツが舞台です。その世界では自分の人生(時間)を提供したり、移植することが可能になっています。
しかし、その革新的な技術は1つの巨大な企業AEONが管理し、社会的に深刻な影響を及ぼしています。貧困者が人生を切り売りし、自分の夢を叶えようとすること、長生きできるのは特殊な才能がある者や富裕層に偏っていたからです。
AEONで優秀なセールスマンをしていたマックスは、医師のエレンと裕福な結婚生活を送っていましたが、予期せぬことで巨額な借金を抱えてしまいます。
ところが借金を返済するために、融資を受ける時に掛けていた担保エレナの寿命40年分を提供することになってしまい、マックスはエレナの失われた寿命を取り戻そうと奔走しますが、破滅へと向かっていきます……。
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CONTENTS
映画『パラダイス 人生の値段』の作品情報
【日本公開】
2023年(ドイツ映画)
【原題】
Paradise
【監督】
ボリス・クンツ
【脚本】
サイモン・アンバーガー、ピーター・コチラ
【キャスト】
コスティア・ウルマン、コリンナ・キルヒホッフ、マルレーネ・タンチク、イリス・ベルベン、リサ・マリエ・コロール、ローナ・イシェマ、ヌーマン・アチャル、アリーナ・レフシン、トム・ベッチャー、ギゼム・エムレ、リーサ・ローベン・コングスリ
【作品概要】
マックス役には『5パーセントの奇跡 嘘から始まる素敵な人生』(2017)のコスティア・ウルマンです。
妻のエレナ役は若いエレナをマルレーネ・タンチク、老いたエレナをコリンナ・キルヒホッフが演じました。また、ソフィー・タイセン役は『逆転のトライアングル』(2023)のイリス・ベルベン、若返ったソフィーをアリーナ・レフシンが演じます。
共演にはハリウッド映画にも進出している、ヌーマン・アチャルやリーサ・ローヴェン・コングスリが出演しています。
映画『パラダイス 人生の値段』のあらすじとネタバレ
提供してくれる時間に応じて、高額な報酬を支払うという「時間提供プログラム」と称した、ビジネスを展開する“AEON”のCMが街にあふれています。
実年齢は若いのに見た目には老化している“ドナー”は、人生の一部を売りその報酬で自分の夢を実現しています。移植を求める“レシピエント”に自分の命を提供するのがこのビジネスです。
薄暗い家の中で若者が「せいぜい5年位かと思っていた」と、マックスという男が70万ユーロの報酬で、15年間の時間を寄付するという提案を持ちかけます。
マックスは“提供”という言葉は使わず、“寄付”と言って抵抗を払拭しているようでした。若者は家族とともに難民キャンプに身を寄せていました。
両親はそこを出てレストラン経営の夢を抱いていますが、レストラン経営するどころか、難民キャンプを出るための、ビザの取得さえお金がないとできません。
マックスは自分もドナー登録した報酬で、大学の学費にあてたという経験を話し、70万ユーロあれば難民キャンプを出て、お父さんの夢も叶うとドナー登録を勧めました。
マックスは“AEON”のセールスマンで、貧困で喘ぐ難民キャンプの人々をターゲットに、自らの人生を高額で寄付するよう募っていました。
若者はDNA検査をし契約を交わしました。マックスは彼の家を後にすると、会社のスタッフから早く帰社するよう言われます。
難民キャンプを出て列車に乗ると、真新しいスマートフォンを手にして喜ぶ家族連れ、若者もいます。車窓からコンテナを住居代わりにする、広大な難民キャンプが見え通り過ぎていきました。
下車して外に出るとマックスは使い捨てのヤッケを着ます。そこに待ち構えていたのは、群衆はAEONベルリン本社前で“時間の売買”に反対し「私の時間は私の物」などと書かれたプラカードを持った群衆でした。
ゲート前には武装した警備がつき厳戒態勢です。その本社内に入っていくマックスに、群衆は汚い言葉とカラーボールを投げつけました。
その日はAEONの総会が行われ、業績に貢献した研究者や社員に憲章が与えられる日でした。マックスはそこで年間最優秀セールスマン賞を受賞しました。
そして、寿命移植の立役者であり、最高経営責任者(CEO)のソフィー・タイセンが壇上に登場し受賞者を称えました。
彼女は類まれな天才が短命であることを嘆き、彼らが長寿だったら世界に与えた“社会貢献”は絶大だっただろうと語ります。
彼女は現代と未来のノーベル賞受賞者が、寿命移植を希望する“レシピエント”であり、続々と若返りが成され、科学の研究継続が可能になったと宣言します。
ソフィー・タイセンの理想は年齢と死から支配された人生ではなく、成し遂げられない夢がなくなり、人類に平等な幸福を与えることができると演説します。
しかしその頃、寿命移植を施術した15人の科学者が入院している施設で、看護師の1人が移植を受けた15人を殺害する事件がおきます。
犯行を実行したのは、アダム・グループと呼ばれるテロ組織に加入していた看護師です。タイセン財団に対する抗議のテロ襲撃でした。
アダム・グループの主宰は「時間の提供」という理念が平等の原理を阻んでいると、真っ向から反論し時間を商品化することは、人間を家畜化していく未来に繋がると、寿命移植を受けた人間を抹殺すると宣言します。
総会が終わりマックスは自宅の高級マンションに帰り、ディナーの準備をして妻のエレナを待ちました。
今の住まいは医師をしているエレナが購入したものです。マックスは年間最優秀セールスマン賞を受賞して、浮かれ気味にエレナに海辺にも家を買おうと言います。
エレナは今の住まいのローンも残っているから無理だと答えますが、将来子供ができた時に価値のある選択だったと思えると説得します。
週末2人はエレナの両親に会いに行きます。人里離れた森に暮らす両親の父親は、AEONの寿命提供事業に異論があったため、マックスに対しても辛辣でした。
そんな両者を上手く取り持とうとエレナはマックスを諭しますが、「いつもお義父さんの味方だ」と拗ねるありさまです。
マックスの生活は順風満帆に見えましたが、帰宅した2人に悲劇がおきます。自宅のマンションが炎に包まれています。しかも激しく燃えている階は2人の家でした・・・。
映画『パラダイス 人生の値段』の感想と評価
人道よりも私欲、奪われたものは取り返す・・・
遠くない未来に自分の人生を提供できる時代がくるのでしょうか? 臓器移植をするように人の寿命そのものを移植し、臓器が不正に売買されるように、寿命も売買されるという世知辛い未来を描いていました。
ソフィー・タイセンは長女をプロジェリア症候群(早老症)で失い、治療の研究を支援する中で、本来の目的からはみ出し私欲へと暴走したのでしょう。
ノーベル賞受賞者や科学医療の権威者のみを優遇し、庶民の命をどうとも思わない冷淡なソフィーは、マックスやエレナの人生をもてあそびました。
研究者は若さと強力なバックアップを受け、与えられた支援を湯水のように使い、外で何が起きているのかなど、気にも留めず没入することでしょう。
物語は貧困で未来に希望が持てない人々が、自分の命を削り未来をつなごうとし、抜本的な解決に向かっておらず、収益至上主義がはびこっています。
マックスは愛するエレナのために手を尽くし奔走しますが、途中から自分の労力を無駄にさせまいと意地になり、勝ち目がないとわかると命が惜しくなり、エレナに時間を戻すことを諦めます。
結局、エレナはマックスの蒔いた種を自ら刈って若さを取り戻し、マックスはエレナを失い人生を狂わせた、AEONを打倒する道へ……。
ソフィーが生存しマリーは寿命を奪われたことで、次なるストーリー展開も想像させます。“寿命移植”に反対だったマリーも寛容になり、タイセン親子の逆襲が始まるというものです。
AEONは更に巨大な組織に発展し、テロ組織アダムとの戦いで、世界のディストピア化が悪化するそんな展開です。
薄れた恐怖感が与える重い“つけ”
『パラダイス 人生の値段』の寿命を移植するという発想が斬新でした。しかし、同じ寿命を扱った映画『PLAN 75』は“尊厳死”という観点から、現実味があって切実な思いがします。
本作にはそこまでの切実さがなく、完全にフィクションとして観れます。考えるべき点は、現実に臓器は闇売買されているので、寿命の移植が現実になれば、“寿命売買”も必然的に起こることでしょう。
そして、物理的な売買は闇の中で行われ、本来は重く見られるべき寿命は、目に見えない分軽視され、公然と正義のように売買される、その内容がおぞましさを助長しているように見えました。
命が売買目的で取引され、アイデンティティが壊される恐怖は、“目に見えなければ薄れる・・・”本作は、思考が危険な方向に向くことを伝えていました。
作中で自分にどの程度の寿命があり、その中からどの程度寄付できるのか・・・その仕組みが曖昧です。DNAで個人の寿命がわかるというなら本来、使い道を間違っています。
そもそも人は自分の寿命を知りたいのか? 知った所で何ができるのか・・・。底辺のどん底にいてどうにもならない現実にいたら、寿命を売ってしまうのだろうか……。
「変えたい」と精神論で考えても寿命を売って、打開できるなら「少しくらいなら」そう考えてしまうのが人の性なら悲しいことです。
まとめ
『パラダイス 人生の値段』は「少しくらいなら」とか「自分だけは大丈夫」という浅はかな考えが、目先の豊かさや憧れの誘惑に負けて、大切なものを簡単に手放してしまうことにストップを掛けています。
“寿命移植”が近未来に実現するとは思いませんが、世の中の様々な進化や発展には目を見張るものがあり、すぐにでも手に入れたいという思考から、大切なものをたやすく手放す傾向があることに、警鐘をならしているとも観れました。
奪われたものを取り返すのはたやすくありません。道徳心の欠如から大切なものを死守する、その重要さを物語る映画でした。
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