“最強の男”リーアム・ニーソンが演じる、
永遠のダンディズム“フィリップ・マーロウ”の魅力
今回ご紹介する映画『探偵マーロウ』は、レイモンド・チャンドラーの傑作「ロング・グッドバイ」の続編として、“ブッカー賞受賞作家ジョン・バンヴィルの別名義”ベンジャミン・ブラックが執筆した「黒い瞳のブロンド」が原作であり、本家からの公認もある作品です。
チャンドラーが生み出した永遠のダンディズム“探偵フィリップ・マーロウ”は、ハンフリー・ボガート、ロバート・ミッチャムといった名優たちが演じてきました。
舞台は1939年のロサンゼルス。探偵事務所を構えるフィリップ・マーロウを、美しいブロンドをした一目で裕福とわかる女性クレアが訪ねます。
彼女の依頼は「突然姿を消した、かつての愛人を探してほしい」です。依頼を引き受けたマーロウでしたが、その男はひき逃げ事故で死亡しており、殺人の疑いも浮上します。
死亡した男は映画業界の人間で、探偵マーロウが捜査を進めるにつれ、“ハリウッドの闇”が浮き彫りになり真実に迫っていきます。
映画『探偵マーロウ』の作品情報
【公開】
2023年(アメリカ、アイルランド、フランス合作映画)
【原題】
Marlowe
【監督】
ニール・ジョーダン
【原作】
ジョン・ヴァンビル
【脚本】
ウィリアム・モナハン、ニール・ジョーダン
【キャスト】
リーアム・ニーソン、ダイアン・クルーガー、ジェシカ・ラング、アドウェール・アキノエ=アグバエ、イアン・ハート、コルム・ミーニー、ダニエラ・メルヒオール、フランソワ・アルノー、サーナ・カーズレイク、ダニー・ヒューストン
【作品概要】
主演のリーアム・ニーソンはアクション映画『96時間』(2008)の主演で成功を収めてから、アクション映画への主演イメージが定着しました。
そんなリーアムは大の“探偵フィリップ・マーロウ”ファンで「ずっと演じてみたかった」と熱望し、今年でデビュー45周年の佳節に念願が叶うとともに、本作が出演100本目となりました。
監督は『クライング・ゲーム』(1992)で、アカデミー賞脚本賞を受賞したニール・ジョーダンが務めます。リーアムとは本作が4度目のタッグとなります。
共演には『女は二度決断する』(2017)で、カンヌ国際映画祭女優賞を受賞したダイアン・クルーガーがクレア役を務め、“演技の三冠”(アカデミー賞・エミー賞・トニー賞)を達成している実力派女優のジェシカ・ラングが華を添えています。
映画『探偵マーロウ』のあらすじとネタバレ
1939年、カリフォルニア州ベイシティ……。探偵フィリップ・マーロウの事務所に、いかにもセレブリティなブロンド美女が依頼のため訪ねてきます。
依頼人の女性は“キャヴェンディッシュ”と名乗り、依頼の内容は「人を探してほしい、私の愛人だったのに突然、“消えた”の」と言います。
マーロウは“消えた”というのは、彼女の前からなのか、 この世からのことなのか質問すると、彼女は分からないから依頼に来たのだと言います。
失踪した愛人の名前はニコ・ピーターソンと言い、映画業界で働く人間です。マーロウはセレブリティなキャヴェンディッシュに対し、格差がありそうなニコとの出会いに疑問を抱きます。
依頼を引き受けたマーロウは“ミセス・キャヴェンディッシュ”と呼ぶと、彼女は“ミセス”は付けないよう指摘し、クレア・キャヴェンディッシュだと言い事務所を後にします。
そこでマーロウはかつての職場警察署に出向き、かつての同僚からニコの情報を聞き出しますが、“ニコ・ピーターソン”は交通事故で死亡しているということを知らされます。
事実を知らせるためマーロウは、クレアの邸宅を訪ねます。その邸宅はハリウッド女優ドロシー・クインキャノンの家でした。
ドロシーは石油を掘り当て一代で財を成した夫との間に、クレアを授かりますが女優としての名声を守るため、彼女を“姪”として育てます。
やがて夫は他界し多額の財産管理をジョセフ・オライリー氏に任せつつ、恋人としても関係を持っていました。ところがそのジョセフは次期英国大使の候補となり、2人の関係も微妙になっていました。
クレアはそんな母ドロシーに冷ややかで、夫のキャヴェンディッシュも財産目当てだと言います。そんなクレアにマーロウはニコが交通事故死していることを告げます。
ところがクレアは「ニコは生きている。メキシコのティファナで見かけた」と言い切りました。マーロウはニコのことを正直に話すよう促すと、2人はセレブが集まる“コルバタ・クラブ”で出会ったと語り始めます。
彼女はニコのミステリアスな面に惹かれ、愛し合うようになったと言います。撮影所の“小道具小屋”で密会するようになったが、会う約束の日にニコが現れず、自宅にも人の気配がなかったと言います。
クレアはテイファナでニコが現れるのを待ち、映画で使う小道具のような、まがい物の骨董品を車に積んで走り去って行ったと話します。
マーロウが邸宅を去る時、ドロシー・クインキャノンが彼に声をかけ「娘からどんな依頼をされたのか」と探りを入れられますが、「守秘義務がある」と何も語りません。
『探偵マーロウ』の感想と評価
映画『探偵マーロウ』は鑑賞者自身がマーロウとなり、依頼人の仕事をこなすように推理する楽しみがありました。
マーロウの目線でストーリーが展開するので、誰が何を考えどんな目論みを持っているのか、なかなか見えてこないところが特徴です。
“フィリップ・マーロウ”という人物は、お人好しで情に厚く節度をもった心優しい男です。原作「黒い瞳のブロンド」のマーロウと映画版とでは、若干相違があり映画では“ジェントルマン”な部分を強調したキャラクター設定でした。
フィリップ・マーロウ像とは
本作の原作「黒い瞳のブロンド」はレイモンド・チャンドラーの傑作「ロング・グッドバイ」の続編として公認されています。
「ロング・グッドバイ」ではマーロウの親友テリーが妻殺しの疑い及び、逃走の末に自殺してしまうという設定から始まり、登場人物の様々な思惑の末にテリーは生きて現れそして・・・。
ジョン・バンヴィルの「黒い瞳のブロンド」には、「ロング・グッドバイ」の登場人物が重複して登場するなど、チャンドラーファンの心を掴むものとなっているようです。
しかし、チャンドラーの描いたフィリップ・マーロウをこよなく愛するファンには、ジョン・バンヴィルのマーロウには、復活を歓迎する声と否定的な声もあったといいます。
それゆえなのか映画『探偵マーロウ』はその題名通り、原作の内容を削いだよりマーロウの人間味にスポットをあてた脚本になっています。
そうしたことで原作や「ロング・グッドバイ」の続編という情報から、小説を知らなくても1本の作品として、十分楽しめる映画に仕上がっていたと言えます。
さて、そもそもフィリップ・マーロウとはどのようなキャラクターなのでしょうか?
長身で鳶色の髪と瞳、弱い者に対して非情になれず、それゆえ悪党から弱みを握られることもあります。拳銃は所有しているものの普段は携行せず、滅多に使うこともありません。
そして、「ロング・グッドバイ」では、年齢を42歳と自称し、ローレル・キャニオン地区のユッカ街に住んでいるとされています。
本作のマーロウはそこからかなりの年月が経過したように、年齢を重ねた風貌でした。「ロング・グッドバイ」は1949年の秋が舞台で、映画の舞台は1939年なので続編色が払拭され、マーロウの晩年を描いていると感じました。
自立するのための“嘘つき”合戦
クレアはエンターテイメント界での成功を目論み、障害となりうるラスベガスの膿を排除するため、ニコやジョセフに言い寄りマーロウをも利用しました。
なぜクレアはそのようなことを思いついたのでしょう。おそらくドロシーのジョセフが次期英国大使に決まり、2人の関係が終わるのを目の当たりにし、自分の人生を見つめ直すきっかけになったのでしょう。
クレアはニコと出会い彼の企みから、母が携わる映画業界が麻薬や売春にまみれ、汚れきっていたことを知ります。
母が女優としての純潔を守ろうと、クレアを娘ではなく“姪”として扱ったことは、傷つけ憤りを抱くことになりますが、母の愛した映画業界が貶めようとしていることも、容認できなかったと察します。
また、彼女は世界情勢を鑑みて、女性も自立する必要性を感じる聡明な女性でした。クレアは男に養われている間は、真の自由はないと理解しています。
ジョセフにそのことを伝えて後ろ盾にし、スキャンダルの根幹を一掃することで、自らがエージェントになる計画を実行するのです。
女性を飾り物のように扱い、私利私欲のために女性を利用する男性を心底、嫌うクレアがニコの捜査に無名の探偵マーロウを選んだのも、金に欲目がなく実直な人物だと知った上なのでしょう。
まとめ
『探偵マーロウ』はハードボイルド小説が生んだ、永遠のダンディズムの象徴フィリップ・マーロウの魅力を存分に描いた映画でした。
“マーロウ作品”の中でも、リーアム・ニーソンが演じたマーロウは史上最年長です。作中、旧知の仲間バーニーが「もう、いい歳になった。善き手本になってくれ」とマーロウをたしなめるシーンがあります。
本作はレイモンド・チャンドラーの生みだした、フィリップ・マーロウが晩年になったときの活躍やイメージを見ることができるでしょう。
小説や映画の中のヒーローは老いることはありませんが、本作ではあえて老いを迎えつつあるマーロウを登場させ、現役感を醸し出し現代的な発想で描かれています。
それを出演100作目となった名優リーアムが演じたことで、リアリティが増しアクション俳優としての健在さも示しました。