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Entry 2023/03/13
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映画『金曜、土曜、日曜』あらすじ感想と評価解説。タイ監督ポップメーク・ジュンラカリンは“旅立ちまでの3日間”を繊細に綴る|大阪アジアン映画祭2023見聞録4

  • Writer :
  • 西川ちょり

第18回大阪アジアン映画祭・特別注視部門作品『金曜、土曜、日曜』!

「大阪発。日本全国、そしてアジアへ!」をテーマに、アジア各地の優れた映画を世界または日本の他都市に先駆けて上映・紹介する大阪アジアン映画祭。

2023年には第18回を迎えた同映画祭は、3月10日(金)〜19日(日)の10日間にわたって、16の国・地域の合計51作品(うち世界初上映15作、海外初上映8作、アジア初上映2作、日本初上映20作)が上映されます。

今回はその中から、タイのポップメーク・ジュンラカリン監督による短編映画『金曜、土曜、日曜』をご紹介。

タイで活躍する映画監督たちにとっての登竜門・タイ短編映画&ビデオ映画祭のデジタルフォーラム部門において賞を獲得した作品です。

【連載コラム】『大阪アジアン映画祭2023見聞録』記事一覧はこちら

映画『金曜、土曜、日曜』の作品情報

【日本上映】
2022年(タイ映画)

【原題】
Friday Saturday Sunday

【監督・脚本】
ポップメーク・ジュンラカリン

【キャスト】
チャチャダー・ピパットナンクーン、パンサチョン・チュアウォラウィット、ティーラパット・ティラワット、カニター・ノンヌット

【作品概要】
ポップメーク・ジュンラカリン監督がチュラロンコーン大学マスコミ学部映画・写真学科在学中に課題として撮った作品。

2022年タイ映画財団主催のタイ短編映画&ビデオ映画祭のデジタルフォーラム部門の受賞作品。

映画『金曜、土曜、日曜』のあらすじ

バンコクの大学に進学が決まっているニンは、実家で過ごす最後の週末を迎えていました。今日は金曜日。日曜日にはバンコクへ出発する予定です。

ニンは親友の家に遊びに行き、大好きな映画を親友と観ようと考えていましたが、彼女はその作品をすでに別の友人と観ていました。

ニンは大学で映画を専攻するのですが、同じく映画を専攻すると思っていた親友は建築を選び、一緒の学科に通えないことに一抹の寂しさを覚えていました。その上、彼女が別の友人と仲良くしていることを知り心穏やかではいられません。

バンコクに行ったら同じ寮に住む約束をしていた年上のボーイフレンドに自転車に乗る練習を付き合ってもらうニンでしたが、寮を出て親戚の家から通うことになったと告げられショックを受けます。

家では父が不在がちで、ニンは気がかりでなりません。しかし、母は頑なに、何もないと言いはります。

もやもやした気持ちを抱えたまま、とうとうバンコクに旅立つ日がやってきました……。

映画『金曜、土曜、日曜』の感想と評価

本作はタイのポップメーク・ジュンラカリン監督が、チェラロンコーン大学マスコミ学部・映画・写真学科に在学中に課題作品として制作した45分の短編作品です。

高校を卒業して大学進学が決まっている少女がバンコクへ旅立つ前の最後の週末、つまり、金曜・土曜・日曜の3日間の出来事が繊細なタッチで描かれています

冒頭、カーテンが開くと一人の中年女性が画面の中央に映し出されます。どうやらそれは試着室で制服の試着をしている人物の視点から見た光景のようです。すぐに女性は、その人物の母親だということがわかります。

ついで母親の背中が画面を覆い、彼女がそこから離れてやっとヒロインである娘のニンの顔が画面に登場します。ふと彼女が視線を遠くにやると、店の外で電話をしている父の姿が見えます。長回しを多用したこのオープニングシーンで、主人公が置かれている状況が的確に示されています。

彼女が再び、試着室のカーテンを締めると、カーテンの部分にタイトルが現れます。画作りのセンスの良さを感じさせますが、この作品ではもう一回カーテンが印象的な使われ方をしています。

青春映画のヒロインは得てして仏頂面をしていることが多いものですが、本作のニンも例外ではありません。ですが、それには明確な理由があります。バンコクの大学で好きな映画の勉強をすることへの期待よりも今の友人や恋人との関係が変わってしまうことの不安が勝っているからです。

その不安を彼女は言葉にして、友人や恋人にぶつけます。しかし、友人も恋人もニンを慰めようとはしますが、その態度はどこか軽い、ふわふわした感じに見えます。家族のことに関しても、ニンは母に対して問い詰めるように長い台詞を吐きますが、母はただ問題ないと答えるだけで、本音を語ることはありません。

本作がユニークなのは、未来が見えない少女の不安を、他者とのコミュニケーションにおいての感情やその熱量の違いによって際立たせている点です。

友人も恋人も悪気はなく、母も心配をかけたくないという親心からの態度なのでしょうが(そう、誰も悪くはありません)、ニンにとっては本音でぶつかってもらえない分、寂しさと苛立ちを覚えてしまうのです。

友人の家の近くの公園、ニンの家の前の道路を勢いよく車が通っていく様や、家に響いてくる騒音、ニンのいつもの通り道……もうすぐ離れる故郷の光景は何てことのない風景にも関わらず、映画を観ている我々にとっても、少し寂しさを、そして懐かしさを呼び起こします

彼女の新しい旅立ちまでの3日間を、映画は鋭敏に、繊細に綴るのです

まとめ

映画上映後に登壇したポップメーク・ジュンラカリン監督


(C)Cinemarche

3月12日の大阪中之島美術館での上映後に行われた舞台挨拶にて、ポップメーク・ジュンラカリン監督は「日本映画が好きで、特に是枝裕和監督と濱口竜介監督のファン」と明かし、二人への思いを込めて『金曜、土曜、日曜』を作ったと語りました。

そして「本作には監督ご自身の経験が含まれているのでしょうか」と質問に対し、「自分自身の経験もありますし、友人の経験も含まれています。この作品をご覧になった方は皆、何かしら、ヒロインと同じような経験をしたことがあると思います」と本作が多くの人々の心に届くその要因について触れました。

なお、ジュンラカリン監督は大学在学中、15本以上の短編映画を監督・編集しているとのこと。今後、長編映画を撮る時にはどのような試みに挑むのか、これからも注目したい映画監督です。

【連載コラム】『大阪アジアン映画祭2023見聞録』記事一覧はこちら



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