自身をペルシャ人と偽り、架空のペルシャ語を教えて生き延びようとする戦争ドラマ
『砂と霧の家』(2004)で映画監督デビューしたウクライナ出身のバディム・パールマンが監督を務め、『BPM ビート・パー・ミニット』(2018)のナウエル・ペレーズ・ビスカヤートがユダヤ人の青年を演じました。
ペルシャ語を教わる大尉役には、オリヴィエ・アサイヤス監督作品で知られるほか、『約束の宇宙(そら)』(2019)のラース・アイディンガーが務めました。
第2次世界大戦中、ナチス親衛隊に捕まったユダヤ人の青年ジルは、処刑される寸前に、自分はペルシャ人だと偽ります。
元コックであるナチス大尉コッホは、将来イランのテヘランでレストランを開きたいと考えていました。
そのため、ジルにペルシャ語を教えるように言います。ジルは必死に架空のペルシャ語を教え、その場をやりきろうとしますが……。
映画『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』の作品情報
【公開】
2022年(ロシア、ドイツ、ベラルーシ合作映画)
【原題】
Persian Lessons
【監督】
ヴァディム・パールマン
【脚本】
イリヤ・ゾフィン
【出演】
ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート、ラース・アイディンガー、ヨナス・ナイ、レオニー・ベネシュ
【作品概要】
監督を務めたのはウクライナ出身のヴァディム・パールマン。『砂と霧の家』(2004)で監督デビューし、他の監督作に『ダイアナの選択』(2008)、『Buy Me バイ・ミー』(2018)があります。
ユダヤ人の青年ジル役を務めたのは、『BPM ビート・パー・ミニット』(2018)で知られるアルゼンチン出身のナウエル・ペレーズ・ビスカヤート。ヨーロッパなど広く活動し、『天国でまた会おう』(2017)、『肉体の森』(2010)などに出演。
コッホ大尉役には、『アクトレス ~女たちの舞台~』(2014)や『パーソナル・ショッパー』(2016)などのオリヴィエ・アサイヤス監督作品に出演するほか、『マチルダ 禁断の恋』(2017)、『約束の宇宙(そら)』(2019)などのラース・アイディンガーが務めました。
映画『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』あらすじとネタバレ
収容されたユダヤ人を一列に並べ、容赦なく撃ち殺すドイツ兵士。わざと倒れたのを見つけ、ドイツ兵が殺そうとすると、「ユダヤ人じゃない、ペルシャ人だ」と嘘をつきます。
ユダヤ人の青年・ジル(ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート)は、車の中でたまたまもらったペルシャ語で書かれた本を差し出し、ペルシャ人であることを証明しようとします。
そんなジルを、ドイツ兵士らは、ペルシャ人を探しているというコッホ大尉(ラース・アイディンガー)の前に突き出します。
何者だと聞かれたジルは、「父はペルシャ人で、母はベルギー人だ、ドイツ語は少しできる」と説明します。そしてペルシャ語は少し話せるだけで、読み書きはできないと言います。
それを聞いたコッホ大尉は、「母はペルシャ語で何と言う?即答できなければ撃つ」と言います。
ジルは咄嗟に“アンタ”だと嘘をつきます。ジルを信じたのか、コッホ大尉は、「この世で最も憎むのは、嘘つきと泥棒だ」とジルを脅し、ジルを調理室配属にし、仕事終わりにペルシャ語を教えるよう命令します。
生き延びるためジルは、必死で嘘だとバレないよう“架空のペルシャ語”を教え始めます。
一方、コッホ大尉はペルシャ語取得に強い信念を持っており、勉強計画を立てたといいます。1日4単語ずつ覚えれば、1週間で24単語、1ヶ月で96語、1年で1152単語…と終戦までにあと2年はかかるだろうから、それまでに2000単語以上覚えられるといいます。
焦ったジルは、調理場の仕事を活用しながら、「レストラン=オルガ」など、さまざまな単語を架空のペルシャ語に置き換えていきます。
その頃、コッホの元に、マックス・バイヤー兵長(ヨナス・ナイ)がやってきて、大尉は騙されている、ジルはペルシャ人と偽ったユダヤ人だと言います。
コッホはそう思う根拠を尋ねます。
「外見がユダヤ人だ。ユダヤ民族主義者(シオニスト)をよく知っています。彼らは狡猾だ」と答えます。するとコッホは「嘘だと知りだながら思えは報酬の缶詰をもらったのか?」と聞きます。
答えられないバイヤー兵長にコッホは、「あのペルシャ人は私の預かりとする。下がれ」と言います。
更にコッホは、以前から名簿の書き方が雑であったエルザ・シュトルンプフ看守(レオニー・ベネシュ)から名簿の仕事を取り上げ、ジルにやらせます。仕事を取られたことが気に食わないエルザは、バイヤー兵長と結託してわざとジルを逃します。
最初は逃げたジルでしたが、踏みとどまり収容所に戻ります。そして、新規入所者の名簿を書くように指示されたジルは、名簿の名前を活用して単語を創作する方法を思いつきます。
映画『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』の感想と評価
ユダヤ人の青年ジル(ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート)が、処刑を免れるためペルシャ人と偽り、ナチスの将校コッホ(ラース・アイディンガー)相手に偽のペルシャ語を教えることで生き延びようとする姿を描いた戦争ドラマ『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』。
聞かれた言葉を教えて乗り切ろうと考えていたジルですが、コッホはペルシャ語の勉強の計画をたて、一日40単語を教えろと命じます。
それだけでなく、教えた単語をきちんと覚えてくる真面目さにジルは焦りを感じ、「適当な単語を考えることより、記憶ができない」と言います。
そんなジルが創作した単語を記憶するためにとった方法が、収容された人々の名を記した名簿でした。
終戦間際、親衛隊の幹部らは収容所にまつわる全ての書類の焼却を命じます。
その際に、収容された多くのユダヤ人の証拠となる名簿も焼却されてしまいました。
収容所におけるナチスドイツの残虐な行為を伝えることができるのは生存者しかいないのです。
処刑されていった多くのユダヤ人の記録はなく、彼らがいたことを証明するものはいません。
そんななか、ジルの苦肉の策であった創作のペルシャ語を記憶する方法が、名もなきユダヤ人らの存在を後世に伝える架け橋となっていくのです。
戦後、連合軍に保護されたジルは、「名前を覚えています」と収容所にいた何千人の名前をあげていきます。
架空のペルシャ語のレッスンというジルの命懸けの綱渡りの緊迫感を描くと同時に、本作で描かれているのはそのような名もなきユダヤ人らの悲痛な叫びです。
ホロコーストにまつわる映画は数多く描かれていますが、そのような映画が描かれている背景にはジルのように、伝えようとする生存者がいたからなのです。
名もなきユダヤ人らのためにも、収容所で起きたことを伝えようとするジルの姿は、今を生きる私たちにも、ホロコーストを忘れてはいけないと強く訴えかけます。
遺体記録係をしているスロバキア系ユダヤ人の男性が、命懸けで収容所を脱出し、残虐な行為の証拠を世界に伝えようとする姿を描いた『アウシュヴィッツ・レポート』もそのような強い思いが伝わる映画でした。
まとめ
架空のペルシャ語のレッスンを通して、ジルとコッホの間には奇妙な絆が芽生え始めます。
コッホは教わったペルシャ語で詩を披露したり、大尉ではなく下の名前で呼んでいいと言ったりします。自分のそばに置き、自分の身が危険になろうともジルを守ろうとします。
しかし、ジルはそんなコッホに距離を置き、自ら処刑へと向かう列に向かおうとします。
私は殺さないというコッホに対し、自らの手を汚していなくても誰かに殺させているから同罪だとジルは言います。元コックであったコッホは、同調してナチスの親衛隊に入ったと言います。
コッホは本当に空港に向かいテヘランに入ろうとしますが、それはナチス親衛隊であったコッホが生きていくのに、ドイツから離れたテヘランが丁度良かったのではないかとすら思われます。
本当にテヘランでレストランを開く意思があったのかもしれませんが、戦時中の混乱とはいえ、テヘランに無事逃れられるかは現実的に難しいものがあったでしょう。
ジルに教わったペルシャ語を話しても通じず、怪しまれ連行されてしまいます。
どこかコッホは夢想家であり、現実があまり見えていなかった印象にも見えてしまいますが、それはコッホがナチスの親衛隊であることに嫌気がさしていたからなのかもしれません。
一方で、そうせざるを得なかったとはいえ、多くのユダヤ人を殺すことを容認したともいえるコッホは、責任を逃れられるとはいえないでしょう。
時代が違っていたら、ジルとコッホの2人は対等に話し、心を通わせることができたかもしれません。しかし、時代はそれを許さなかったのです。