Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

【感想】ペルシャン・レッスン 戦場の教室|あらすじと評価解説。映画から伝わる生死をかけた‟偽りのペルシャ語レッスン”が示すもの|映画という星空を知るひとよ123

  • Writer :
  • 星野しげみ

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第123回

ナチス・ドイツの強制収容所を舞台に、ユダヤ人の青年がペルシャ人になりすまし、ナチスの軍人に<架空のペルシャ語>を教えることで生き延びようとする衝撃作『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』。

本作は、『砂と霧の家』(2013)のヴァディム・パールマン監督が手がけました。

生き延びるために、でたらめのペルシャ語を創り出すジル。

創っても自分が忘れては嘘がばれますから、本物の母国語を使っているように見せる芝居も一苦労です。

偽りのベルシャ語レッスンを行った結果は果たしてどうなるのでしょう。

映画『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』は、2022年11月11日(金)より kino cinéma横浜みなとみらい他にて全国順次公開

映画公開に先駆けて、映画『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』をご紹介します。

【連載コラム】『映画という星空を知るひとよ』一覧はこちら

映画『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』の作品情報


HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 (C)

【公開】
2022年(ロシア、ドイツ、ベラルーシ合作映画)

【原題】
Persian Lessons

【監督】
ヴァディム・パールマン

【出演】
ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート、ラース・アイディンガー、ヨナス・ナイ、レオニー・ベネシュ

【作品概要】
映画『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』の監督は、2013年の『砂と霧の家』で知られる、ウクライナ出身のバディム・パールマン。

主人公のユダヤ人青年ジルを『BPM ビート・パー・ミニット』(2017)のナウエル・ペレーズ・ビスカヤート、ナチスのコッホ大尉役は『約束の宇宙(そら)』(2019)のラース・アイディンガーが演じます。

映画『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』のあらすじ


HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 (C)

ユダヤ人青年のジルは町でドイツ軍に捉えられ収容所に輸送される途中、同じ車に乗せられた男性からある一冊の本を受け取ります。

その本はペルシャ語が書かれたもので、“Bawbaw”は父という意味だと教えてもらいます。

森の中で車は停車し、ドイツ軍に捕らえられた人々が射殺されていくなか、ジルは思わず叫びます。「ユダヤ人じゃない!私はペルシャ人です!」。

ペルシャ人を探していたドイツ軍将校のことを思い出した兵士がいて、ジルはそのまま収容所に連れて行かれます。

収容所にいるコッホ大尉は、終戦後にテヘランで料理店を開く夢をもっていたため、ペルシャ語を習いたがっていました。

そこでジルは、大尉から「‟Bawbaw”は何か」と尋ねられ、「‟父”です」と答えます。次に“母”は何と言うかと尋ねられ、咄嗟に“アンタ”と嘘をつきました。

ペルシャ語を勉強したいと思っていた大尉は「仕事の後 言葉を教えに来い」とジルに命令。こうして大尉とジルの“偽のペルシャ語レッスン”が始まりました。

ジルは仕事の傍らで架空のペルシャ言語を創作しますが、数が増えるに従い、自分も覚えることの大変さを痛感。

一方、通算で1500語以上のジルの作ったペルシャ単語を覚えた大尉はジルに詩を披露するなど、2人は奇妙な信頼関係は築き上げているようでした。

ですが、周りの兵士は「あの男は信用できない」とジルへの疑いの目を止めません。

果たして、ジルのペルシャ語レッスンはいつまで続くのでしょう……。

映画『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』の感想と評価

生き残りをかけた偽りのレッスン

ナチス・ドイツの強制収容所で行われた、ペルシャ語のレッスン。

捕虜のペルシャ人からドイツ人のコッホ大尉がペルシャ語を習うというものでしたが、実はユダヤ人の青年・ジルがペルシャ人と偽り、創作のペルシャ語を創って教えていたのです。

ひょんなことから知ったたった1つのペルシャ語がジルの運命を変えました

殺されるかもしれないという恐怖と隣合わせの収容所暮らしの中で生きる希望を見出したジルは、目につくもの全ての名前をペルシャ語で創っていきます。

その数およそ1500個以上。創るだけでなく、本人も覚えておかなければすぐに嘘がばれてしまいます。

必死に作った造語を暗記するジル。彼は記憶力に優れていたのでしょうが、それを嘘と見抜かれぬように注意を払う努力も卓越したものでした

母国語以外に語学が達者ならば、言い換えれば、言葉さえ通じれば意思疎通もできます。混迷を極めるこの時代、語学のおかげで命拾いした人も多いことでしょう。

その中ではジルのような例はまれなことかもしれません。いや仮にあったとしても、嘘はすぐにバレるでしょうに、ジルには強運があったと思われます。

衝撃の内容の本作からは、嘘をついてでも生き伸びるチャンスにかけるジルの強い想いが伝わってきます。

収容所内の人間模様

第二次世界大戦中、ナチスが政権を握るドイツはユダヤ人迫害に拍車をかけ、「ホロコースト」というユダヤ人に対して行った大量虐殺を行いました。

ドイツ国内や占領地のユダヤ人を拘束して強制収容所に送り、殺害するのです。ジルが送り込まれたのも、そんな収容所の一つでした。

殺害されるか労働させられるか……。地獄のような収容所ですが、収容所の中の労働には苛酷な重労働とそうでない労働とがありました。

ジルは調理室に配属され、食事を作るように言われます。収容所の中の調理室で将校たちの食事を作り、後片付けをするのです。

それは屋外でのがれきの撤去や運搬などの重労働と比べると、楽な作業でした。同じ捕虜なのにその待遇にあるこの差は何なのでしょう。

調理室勤務をし、勤務後は大尉の部屋で椅子に座って語学のレッスンをするジルは、兵士からも他の捕虜からも羨望の眼差しでみられ、嫉妬まじりの疑いの目を向けられたのも頷けます。

架空のペルシャ語のレッスンを通じて、次第に奇妙な信頼感を築くジルとコッホ大尉。大尉の寵愛を受けているという噂がたっても不思議ではありません。

収容所という狭い組織の中で巻き起こる人間の嫉妬、裏切り、羨望。戦争によって敗れた夢があれば終戦後に向けての夢もまたそこで語られます。

戦争が引き起こす、人間の醜さや希望を持つ強さ、そしてその惨状に涙する姿がリアルに描かれています

まとめ

ナチス・ドイツ収容所で生きる希望をかけて嘘のペルシャ語レッスンをする青年の物語『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』をご紹介しました。

戦争さえなければ、ジルが行なった嘘のレッスンもなかったのです。これは偽りのものだと、彼を責める気にはなれません。

題材について見てみると、これまでにも『戦場のピアニスト』(2002)や『シンドラーのリスト』(1993)など、ホロコーストを扱った作品は多々あります。

2020年にはホロコーストを逃れた1人の少年が強く生き抜いていく姿を描いた『異端の鳥』も公開され、話題を呼びました。

本作もまたホロコーストを題材にした新たな名作の一つとなるに違いありません。

映画『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』は、2022年11月11日(金)より kino cinéma横浜みなとみらい他にて全国順次公開

【連載コラム】『映画という星空を知るひとよ』一覧はこちら

星野しげみプロフィール

滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。

時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。





関連記事

連載コラム

ホワッツ・イン・ザ・シェッド|ネタバレあらすじと結末の感想評価。映画キャストの“裏話”が飽きさせない青春スリラーとして結実|未体験ゾーンの映画たち2021見破録34

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第34回 世界各地で誕生する、様々なジャンルの映画も紹介する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第34回で紹介するのは『ホワッツ・イン・ザ・シェ …

連載コラム

映画『同じ下着を着るふたりの女』あらすじ感想と評価考察。韓国社会の女性たちの対立と葛藤を描く|東京フィルメックス2022-1

東京フィルメックス2022『同じ下着を着るふたりの女(原題)』 2022年で23回目を迎え、10月29日(土)から11月6日(日)まで開催された東京フィルメックス。コンペティション部門に2021年の釜 …

連載コラム

韓国映画『マルモイ ことばあつめ』感想レビューと評価。監督オムユナが朝鮮語を守ろうとした人々を描く|OAFF大阪アジアン映画祭2020見聞録12

第15回大阪アジアン映画祭上映作品『マルモイ ことばあつめ』 2020年3月15日(日)、第15回大阪アジアン映画祭が10日間の会期を終え、閉幕しました。グランプリに輝いたタイの『ハッピー・オールド・ …

連載コラム

映画『カツベン!』あらすじと感想レビュー。周防正行監督が東京国際映画祭レッドカーペットに登壇|TIFF2019リポート9

第32回東京国際映画祭・特別招待作品/GALAスクリーニング作品『カツベン!』 2019年にて32回目を迎える東京国際映画祭。令和初となる本映画祭がついに2019年10月28日(月)に開会され、11月 …

連載コラム

映画『無実の投獄』ネタバレあらすじ感想と結末の評価解説。実話のコリン・ワーナー冤罪事件を描いたノンフィクション・ムービー|Amazonプライムおすすめ映画館6

連載コラム「Amazonプライムおすすめ映画館」第6回 マット・ラスキンが脚本・製作・監督を務めた、2017年製作のアメリカのノンフィクションドラマ映画『無実の投獄』。 冤罪で殺人罪に問われたコリン・ …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学