連載コラム「山田あゆみのあしたも映画日和」第8回
今回ご紹介するのは、恋愛感情を持ったことがない女性の姿を描いた『そばかす』です。
主演に『ドライブ・マイ・カー』(2021)の三浦透子。共演に前田敦子、伊藤万理華、坂本真紀、三宅弘城など。
『わたし達はおとな』(2022)『よだかの片想い』(2022)に続く、ノット・ヒロイン・ムービーズ(新進女優と次世代監督がタッグを組んで“今”を生きるヒロインたちをそれぞれの視点で映画化するプロジェクト)の第三弾目の作品。
玉田真也監督が手がけた『そばかす』の感想と見どころを解説していきます。
映画『そばかす』の作品概要
【公開】
2022年(日本映画)
【監督】
玉田真也
【企画・原作・脚本】
アサダアツシ
【キャスト】
三浦透子、前田敦子、伊藤万理華、伊島空、前原滉、前原瑞樹、浅野千鶴、北村匠海(友情出演) 、田島令子、坂井真紀、三宅弘城
【作品情報】
主演を務めるのは本作が単独主演作となる、三浦透子。アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』(2021/濱口竜介監督)での演技が高く評価され、日本アカデミー賞新人俳優賞など数々の賞を受賞しました。
佳純の同級生・世永真帆を演じるのは前田敦子。今年も、出演する『コンビニエンス・ストーリー』(2022)(三木聡監督)、主演作『もっと超越した所へ。』(2022)(山岸聖太監督)が公開されました。
そして、注目を集める若手俳優である北村匠海も共演。他にも、伊藤万理華、田島令子、坂井真紀、三宅弘城といった若手からベテランまで幅広い実力派俳優陣が脇を固めています。
監督は、劇団「玉田企画」を主催する玉田真也。近年は、『あの日々の話』(2019)、『僕の好きな女の子』(2020)で脚本・監督を努めました。脚本は、放送作家・脚本家として長年活躍してきたアサダアツシ。
映画『そばかす』のあらすじ
蘇畑佳純(三浦透子)は、人に恋愛感情を抱くことがありません。
30 歳になった佳純の周囲では、そんな佳純の本心などお構いなしに恋愛や結婚の話題が飛び交い、合コンにお見合いにと、次々と出会いの機会が訪れます。
佳純たちの暮らす海辺の地方都市では、女性は結婚するのが当たり前とでもいうかのような、どこか昔ながらの空気が漂っているのです。
しかし佳純は、どうにも恋愛に踏み込む気が起きないままで、恋をしない自分のことを周囲にわかってもらえないと感じていました……。
映画『そばかす』感想と評価
この映画は、他者に恋愛感情を抱いたことのない主人公、蘇畑佳純が自分自身と向き合う物語です。
チェロ奏者になる夢を諦めた佳純は、アルバイトをしながら実家で家族と同居中。
30歳を過ぎ、母親から結婚のプレッシャーを受けながらも、佳純はこれから先結婚や恋愛をする意思はありませんでした。しかし、家族をはじめ誰にもそのことが言い出せない佳純は、さまざまな局面で苦悩します。
本作は、佳純のようなセクシャルマイノリティの人物のことを、定義づけしようとしているわけではありません。
枠組みにとらわれずに生きようとする佳純と、その周りの人々に訪れる些細なようで大きな変化を描いており、凝り固まった心を解きほぐしてくれるような作品でした。
知ることで一歩を踏み出す
多様化が進む世の中ですが、まだ日本社会に根付く固定概念は根深いと言えます。本作では、佳純に結婚させようとする母親が分かりやすい例です。
母親は、佳純に黙って無理やりお見合いをセッティングします。嫌々参加した佳純でしたが、お見合い相手の男性も佳純と同様に親から強引に連れてこられて、結婚を望んでいませんでした。
意気投合した2人は次第に仲が深まり、佳純は彼から好意を寄せられてしまいます。
この時、どう接したらいいのか分からない佳純が言った不器用な言葉が印象的でした。
相手のことを思って言っているのに、届かない…。もどかしくてたまらないという思いがあふれ出ていて、佳純の苦悩が伝わる場面でした。
相手にどう説明したらいいのか分からないというのが、佳純にとっては問題で、「まわりとは違う自分を説明出来ない。説明しても分かってもらえないだろう」という大きな葛藤を抱いています。
同性愛に関しては、知識として知っている人は増えていますが、他者に対して恋愛感情を抱かない人(アロマンティック)、他者に性的欲求を抱かない(アセクシャル)、恋愛感情は抱くが性的ではない(ノンセクシャル)など、性的マイノリティには様々なパターンがあることを知っている人は多くないかもしれません。
この映画をきっかけに知る人もいるでしょう。まずは、知ることで、誰もが生きやすくなるための一歩を踏み出すことになるのではないでしょうか。
恋愛して、結婚するというのが当然だと思っている人は大多数いるかもしませんが、考えを押し付けたり、他の考えを認めないような行動は悪意がなくても、もうタブー視されるべきではないでしょうか。
自分の一歩が誰かの救いになる
佳純が一歩踏み出すきっかけとなったのは、幼馴染の真帆(前田敦子)との再会でした。
学生の頃の思い出を振り返った2人。佳純は先生から怒られているときに、真帆がかばってくれたことが嬉しかったと語ります。しかし真帆はそれに対して「自分が先生のことを気に入らなかったからそうした」と言います。
本人にとっては何気ないことでも、誰かにとっては大きな心の拠り所となる例だと言えます。
そして、物語のキーとなっているのが、真帆の後押しがあって完成した佳純自作のシンデレラの電子紙芝居。
ここから広がる展開にもまた、小さいようで大きな希望や変化が描かれています。ぜひ、鑑賞して確かめてみてほしいところです。
ここでもまた、自分にとっての一歩が、知らずと周りに救いや希望を与えるきっかけになることを描いています。
世間にある固定概念や偏見が、一夜にして変わるわけではないけれど、佳純の心の変化や行動ひとつが動かすものは、確かにあるんだと感じさせられます。
こういった小さなな積み重ねをみんながすれば、誰もがきっと生きやすくなるはずです。
まとめ
本作は、『わたし達はおとな』(2022)『よだかの片想い』(2022)に続くノット・ヒロイン・ムービーズ第3弾となる作品です。
これは、新進俳優と次世代監督がタッグを組み「不器用に、でも一生懸命”今”を生きるヒロインたち」をそれぞれの視点で映画化したプロジェクト。
心の葛藤と現実に向き合いながら生きる女性の姿を、ごく身近な存在として描くこのシリーズは、今を生きる人々の胸に届くものです。
『そばかす』もまた、新たに今そして、これからを生きる女性の姿を描いたものとして、きっと多くの人の胸に残る作品だと言えます。
『そばかす』は2022年12月16日(金)新宿武蔵野館ほか全国順次公開。
山田あゆみのプロフィール
1988年長崎県出身。2011年関西大学政策創造学部卒業。2018年からサンドシアター代表として、東京都中野区を拠点に映画と食をテーマにした映画イベントを計13回開催中。『カランコエの花』『フランシス・ハ』などを上映。
好きな映画ジャンルはヒューマンドラマやラブロマンス映画。映画を観る楽しみや感動をたくさんの人と共有すべく、SNS等で精力的に情報発信中(@AyumiSand)。