サスペンスの神様の鼓動56
自動車事故に遭い、人里離れた山小屋に監禁されたベストセラー作家が遭遇する、熱狂的なファンの恐怖を描いた映画『ミザリー』。
数々のホラー小説を発表してきた、スティーブン・キングの同名小説を、『スタンド・バイ・ミー』(1986)のロブ・ライナーが映像化した本作。
人気作家が熱狂的なファンに監禁される衝撃的な内容は、スティーブン・キングの実体験が基になっているという話もあります。
ファンに監禁される、不運なベストセラー作家ポールを『ゴッドファーザー』(1972)などの作品で知られる、ジェームズ・カーンが演じています。
そして、ポールの熱狂的なファン、アニーを演じるキャシー・ベイツは、本作での演技が高く評価され「第63回アカデミー賞」で主演女優賞を獲得し『黙秘』(1995)『タイタニック』(1997)など、数々の作品に出演。
『リチャード・ジュエル』(2019)では「第92回アカデミー賞」の助演女優賞にノミネートされています。
オマージュ的な内容の漫画や、映像作品が現在も制作されるなど、大きな影響を与えている、映画『ミザリー』の魅力に迫ります。
CONTENTS
映画『ミザリー』のあらすじ
ベストセラー作家のポール・シェルダンは、自身の人気シリーズ「ミザリー」を終わらせることを決意し、最終章を雪山の別荘で書き上げます。
別荘から戻ろうとしたポールですが、雪山で自動車事故に遭い、重傷を負います。
ポールが目を覚ますと、見知らぬ山小屋のベッドの上にいました。
事故に遭ったポールを救ったのは、元看護士のアニー・ウィルクスという中年女性で、ポールは人里離れたアニーの自宅に運び込まれていました。
アニーは「ミザリー」シリーズの熱狂的なファンで、「天才作家」として心酔しているポールを献身的に介護します。
ポールは意識も戻り回復に向かいますが、両足に大きな怪我を負い、まともに動かせない状態でした。
アニーは「街に降りて医者を呼んだ」と言いますが、どこか嘘のようにも感じます。
アニーは、ポールが書き上げたばかりの「ミザリー」シリーズ最新作を読み始めます。
最初は最新作の内容を楽しんでいたアニーですが、ミザリーが出産の影響で亡くなる展開に激怒し、ポールを口汚く罵ります。
次の日、アニーはポールに最新作を燃やさせ「ミザリーの生還」という内容の小説を、新たに書かそうとします。
当初は優しく献身的だったアニーですが、次第に狂気の片鱗を見せるようになります。
サスペンスを構築する要素①「熱狂的なファン、アニーというキャラクター」
人気ベストセラーのポールが、作品の熱狂的なファンであるアニーに監禁される、サイコスリラー『ミザリー』。
本作の魅力を語るのに欠かせないのが、アニーの存在感です。
元看護士のアニーは、普段はポールに優しくて献身的ですが、情緒が不安定で激昂しやすい性格です。
さらに思い込みが激しく、人の話を聞きません。
ポールが新作の小説で、ミザリーを殺したことに激怒して以降、その異常性が際立つようになります。
アニーは感情が高ぶると、目を見開き大口を開けて怒り狂うのですが、一つ間違えるとコメディのようになってしまう所を、アニーを演じているキャシー・ベイツが、絶妙なバランス感覚で狂気を表現しています。
情緒不安定で思い込みが激しいというキャラクターは、現在のサスペンス映画だと、ありがちに感じるかもしれません。
ですが、『ミザリー』が公開された1990年は、まだストーカーという言葉も一般的では無かった為、アニーというキャラクターの持つ理不尽さは、当時はかなり革新的でした。
相手は女性なのに、重傷を負っている為、反撃のしようが無いというのも、本作の恐怖を増幅させる要素となっています。
また、アニーは、熱狂的なストーカーというだけではありません。
ポールがいつか、自分のもとを去っていく悲しみを抱え、1人になることを恐れる、人間的な弱さと葛藤も抱えています。
ですが、その葛藤の末に、ハンマーでポールの両足をへし折るという行動に出ているので、やはり理不尽なキャラクターなのは間違いないです。
サスペンスを構築する要素②「物語を盛り上げる小道具の存在」
『ミザリー』は、アニーの家の中で展開される物語で、更にポールは自分で歩くことも難しいぐらいの重症です。
なので、アニーに反撃する手立てが全く無いように思えます。
ですが、ポールは紙を折って作った袋の中に薬の粉末を入れて、それをアニーに飲ませて眠らそうとするなど、限られた状況で手に入る道具を使い、なんとか反撃を試みます。
『ミザリー』は、このように小道具の使い方が秀逸で、作品を書くことで延命しているポールの命綱とも呼べるタイプライターは、クライマックスでポールが反撃に使う、貴重な武器となります。
また、家の中に置かれている、ペンギンの置物を落としかけたポールが、向きを逆に置いたことで、アニーの怒りを買う場面では、アニーの神経質な一面を見せ、その異常性を際立たせています。
アニーは飼っているブタに「ミザリー」と名付けていましたが、最終的にアニーの命を奪うのが、ブタの鉄の置物というのも、なんだか皮肉ですね。
サスペンスを構築する要素③「ポールの作家としてのプライド」
『ミザリー』は、アニーの狂気から逃れる術のない、ポールの恐怖が主軸の作品ですが、同時にポールの「作家としての戦い」を描いた作品でもあります。
アニーはポールのファンを自称しながらも、「ミザリー」シリーズを終わらせたポールの決断を、一切尊重しません。
それどころか、ポールの決断を「間違い」と決めつけ、「ミザリー」シリーズの続きを書かせようとします。
本作の序盤で、ポールは書き上げた原稿を、自分で燃やすことになりますが、これはかなりの屈辱だったはずです。
その後、ポールは大人しくアニーに従っているように見えますが、これは、書き上げた原稿をアニーの目の前で燃やし同じ屈辱を与える、ポールの復讐だったんですね。
『ミザリー』で、ポールはアニーに一方的にやられているように見えますが、実は作家としてのプライドをかけて、ポールは戦い続けていたことがクライマックスで分かります。
映画『ミザリー』まとめ
まだ、ストーカーという言葉が一般的では無かった時代に、アニーの存在は本当に衝撃的でした。
本作は、原作者のスティーブン・キングが、売れっ子になった時に遭遇した、ファンから受けた恐怖が基になっているようです。
『ミザリー』が公開された1990年代は、ファンから狙われるのは一部の有名人だけでしたが、現代はYouTubeやtiktokなどのSNSで、誰もが有名になれる時代です。
何かのキッカケで、アニーのような熱狂的なファンに出くわし、ポールのような恐怖を味わう可能性が誰にでもあるのです。
そう考えると『ミザリー』は、現代だからこそ恐怖が増す作品であると感じました。