朝井リョウの小説『正欲』が2023年に映画になって登場!
『桐島、部活やめるってよ』や『何者』で知られる朝井リョウの第34回柴田錬三郎賞受賞作『正欲』。
社会にも問題を投げかける特殊性癖者の物語ですが、この度一風変わったラブストーリーとして、『あゝ、荒野』(2017)『前科者』(2022)でタッグを組んだ岸監督と脚本家の港岳彦によって映画化が決定しました。
キャストは、稲垣吾郎と新垣結衣! 特殊性癖を持つ人たちのことは、普通の人からは理解できないものなのでしょうか。
その秘密を隠して生きるがための悩みと葛藤を描いた小説には、それでも生きている人たちのそれぞれの愛も込められています。
映画『正欲』は2023年11月10日(金)からTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開! 映画公開に先駆けて、小説『正欲』をネタバレ有りでご紹介します。
小説『正欲』の主な登場人物
【寺井啓喜】
正義感の強い検事。小学生の息子は不登校児でYouTube配信をしています。
【桐生夏月】
寝具店の店員。中学生の時に自分の性癖に気が付きます。
【佐々木佳道】
食品会社勤務の会社員。夏月の同級生で夏月と結婚します。
【神戸八重子】
男性恐怖症の大学生。
【諸橋大也】
美形の現役大学生。特殊性癖の持ち主。
小説『正欲』のあらすじとネタバレ
2019年7月16日のこと。
神奈川県警など7県警の合同捜査本部は、男性3人が関与したとされる児童ポルノ組織を摘発しました。
週末、自然豊かな公園で、集まった子供たちに様々な道具を与えては、ボランティアを行う善人のように共に無邪気に遊ぶ大人たちの集まり。
「パーティ」と呼ぶその集まりは、男児のわいせつ画像を撮影したなどの容疑があり、リーダー格の大手食品会社勤務の佐々木佳道、小学校の非常勤講師の矢田部陽平、大学3年生の諸橋大也が逮捕されたのです。
寺井啓喜
寺井啓喜は、とても正義感の強い検事です。妻がいて子供がいてと何不自由のない生活を送っています。
人として当たり前に取るべき道を外れた人間を嫌う彼の悩みの種は、息子・泰希のこと。泰希は小学校4年生ごろから学校へ行くのがとても疲れると言い出し、不登校になりました。
啓喜は息子に学校へ戻ってほしいと願いますが、泰希は現在の教育のあり方に疑問を抱き、学校など不要だと胸を張りだします。
その頃、啓喜は警察の古波瀬分在所で水を出しっぱなしにして蛇口を盗んでつかまった藤原悟容疑者の新聞記事を読みました。
つかまった藤原は「水を出しっぱなしにするのが嬉しかった」と供述しているそうです。
啓喜とペアを組む越川は、「藤原は水を見て興奮するという特殊性癖で、性的に興奮したかったのではないか」と言いますが、啓喜は「ない」と一言で済ませてしまいました。
一方、息子・泰希は不登校児が通うNPO法人で知り合った彰良という少年と一緒に、ユーチューブに動画を載せるようになります。
何をするにもやる気のない彼らが、自身も動画チャンネルを開設。不登校児同志が唯一やりたいという気持ちでやり出した動画配信です。
社会と接するいい機会だと、後押しをするNPO職員の言葉を啓喜は不安な思いで聞いていました。
その予感はあたります。小学生の配信する動画サイトに頻繁にコメントをくれる視聴者がいるのですが、どうもその内容に気になるところがあると、NPO職員の青年から言われました。
そんなある日、息子たちが配信する動画サイトのチャンネルが急に停止されたことを知りました。
児童のわいせつ動画サイトと判断された動画は打ち切られるというのですが、何の非もない普通の内容を配信していても、突然アカウントを停止させられる誤作動がおこることもあるそうです。
泰希の動画サイトも、視聴者からのリクエストでどんどん過激なことをしていた節があります。
啓喜は、最近配信した内容を妻と思い出してみました。
桐生夏月
寝具店の店員・桐生夏月は、「睡眠欲は私を裏切らないから」という理由で今の職に就きました。
彼女には中学3年生のとき、冷たい水飛沫をあびて興奮したという経験があります。その不思議な体験を共有したのが、同級生の佐々木佳道でした。
佐々木はそのまま転校してしまい、大人になって夏月はYouTubeチャンネルのコメント欄でよく見る、サトルフジワラの名前に興味を覚えます。
大手食品会社の採用サイトでは、佐々木佳道の名前とプロフィールを発見しました。
その会社に佐々木が就職を決めた理由は「食欲は人間を裏切らないから」とあり、これによって、夏月は中学の思い出とともに、佐々木を自分の同志だと思うようになったのです。
夏月の働く寝具店に中学の同級生が現れ、同窓会を開くことを聞きました。そしてそこに佐々木も来るというのです。
夏月の胸は高まります。丁度その頃、夏月は小学生2人が何気ないゲームをする動画チャンネルにハマっていました。
視聴者からのコメントを切望する2人のようで、そこにやはりサトルフジワラからのコメントがついていました。
久しぶりに行われた同窓会で、夏月は佐々木と再会。2次会終了後、夏月は佐々木と2人だけで3次会をします。
そこでとりとめのない話をしながら、動画のコメンテーター・サトルフジワラが、お互いにお互いだと思っていたことを知りました。
もちろん、サトルフジワラの正体は夏月でもなければ、佐々木でもありませんでした。
佐々木佳道
子どもの頃から、水に対して異常な欲望をもっていた佐々木佳道。中学生のころ、ふとしたことで同級生の桐生夏月が自分と同じような性癖を持っていることを知ります。
その後、佳道の両親は事故死します。佳道は両親に特殊性癖であることが最後までバレなかったことに安堵すると同時に、自分がこの世界では異星人であるかのような疎外感も覚えます。
同窓会に参加して、夏月と再会した佳道。夏月とは、名前と最低限度の情報以外にお互いに知らないはずなのに、絶対に他の誰にも知られたくないことだけを分かり合っていたのです。
友人でもなく家族でもない夏月。だけども、自分に一番近い仲間だという意識が佳道にはありました。
「この世界で生きていくために、手を組みませんか?」。気が付くと、佳道は夏月にこう言っていました。「いいね、それ」と簡単に言った夏月。
2人はすぐに結婚という形をとりました。
神戸八重子
学祭実行委員の神戸八重子は、ミスコンのあり方に疑問を抱き、代わりに多様性を重視する「ダイバーシティフェス」を開くよう提案します。
男の人から見られることに恐怖心を抱いていた八重子。
実は八重子には国立大学を出て地元の銀行に就職した優秀な兄がいます。エリート街道まっしぐらに進んでいるような兄でしたが、社会人4年生となった夏のこと。
「明日からまとまった休みをとったから」と帰宅して言い残して部屋に入った切り、自室に籠ってしまいました。
それは、夏休みではなく無断欠勤だということはすぐにわかりました。仕事能力の低さと性体験の無さが会社の後輩たちからも疎んじられた結果でした。
八重子は兄が会社へ行って留守のすきに、兄の部屋でパソコンに隠されていた性的動画を見てしまいました。
その時の動画のタイトルは、「素人JKの妹★極秘ハメ撮り映像流出」。
八重子はまるで自分のことを指しているようなタイトルに、兄がどんな風に自分を見てきたのかと恐怖を覚えたのです。
以来、男性恐怖症を抱く八重子ですが、ミスコン出場者のイケメン諸橋大也からだけは、なぜかそんな気持ちを感じないと気づきました。
諸橋大也
大也は美男子ですが、女子よりも水が大好きでした。俗にいう「水フェチ」でした。
大也はネット検索をするうちに、自分のように変わったものに愛情を抱く人が結構いることに気が付きます。
そんな彼らの投稿に、ある新聞記事に載っていたサトルフジワラの名前を自分のアカウントにして、コメントを残していました。
大也は小学生の2人組が配信するサイトに、「水風船でのキャッチボール対決」というリクエストを送ります。
そしてそれが実行されそうだと知り、サイトをのぞくと、「この動画に関連付けられていたYouTubeアカウントが停止されたため、この動画は再生できません」というメッセージが映し出され、ショックを受けます。
ある日、八重子からゼミ合宿に強引に誘われ、合宿に向けた準備予定を知らされた大也。
彼のスマホの予定には、6月22日はゼミ合宿ではなく、パーティと明記されていました。
古波瀬というハンドルネームの20代の男性からダイレクトメッセージをもらい、同じ指向を持つ人との繋がりを作るべく開設されたパーティに誘われたのです。
そのパティーとは、公園に子どもたちを集めて水遊びをさせる動画を撮影するもので、主催者のプロフィール欄には、水そのものが好きという水フェチの男性と記載されていました。
結局そのアカウントの呼びかけに反応したのは、投稿主と古波瀬と大也だけだったようです。
皆で会ってみよう。そう決行されたのが6月22日で、合宿と重なるのは大也にはわかっていました。
「合宿来てね」と誘う八重子は、自分が男性が苦手なことを大也に話します。でも大也にはそれを感じない。それは大也がゲイだと思っているのかもしれません。
八重子のこんな気持ちは大也には大きなお世話でした。俺に関わって来るな! 心の中で大也は叫びます。
小説『正欲』の感想と評価
特殊性癖者を主人公にした朝井リョウの『正欲』。物語は、水を観ることで性的な悦びを感じる佐々木佳道とその妻佐々木美月を中心に描かれています。
佳道は正常と認識される性的興奮を覚える対象が‟水”だったのに、不幸にも児童に性的興奮を覚える男性とイベントを組んだため、児童好きと思われて事件の関係者となってしまいます。
佳道と美月は水に興奮する‟水フェチ”でした。2人は自分の性癖については、他の人とは違うことに気が付き、社会から疎外感を持っていましたので、お互いの性癖を知ったとき、間違いなく仲間意識を持ったのです。
普通の人に自分たちの好きなものを理解してもらえないもどかしさ。これまでの人生で味わってきたあきらめにも似た気持ちは、佳道も美月も痛いほど分かり合えたのです。
普通である人たちにとって「当たり前」のことが、彼らにとってはそうではないので、普通に敷かれた人生のレールから脱輪した感じを抱いてしまいます。
自分の好みは人とは違うことに気が付いたとき、どうすればよいのでしょう。彼らの悩みはとても深いものでした。そして、普通であることが、とても難しく思えたのに違いありません。
これは彼らの持って生まれた運命であり、自分ではどうしようもないことですから、運命のいたずらと諦めるしかないのかもしれません。
そんな中で見つけた仲間同士の愛、そして同じ趣向の人と繋がりたいという思いはとてもピュアなものでした。
本作は、そんな異端者とも思われがちな彼らの気持ちに寄り添った、異質のラブストーリーとも言える作品です。
また、立場によって価値観やものの見方も変わること、自分たちが絶対に正しいと思い込んでいるマジョリティ(多数派)に対して肩身の狭い思いをしているマイノリティ(少数派)が存在することも、改めて思い知ることでしょう。
映画『正欲』の見どころ
特殊性癖者を主人公にした『正欲』を岸善幸監督が映像化しました。
生きていくための原動力が「当たり前」とは違う形である人たちの人生を、大胆な演出で表現した映画となっているそうです。
【岸善幸監督のコメント】
原作の衝撃と感動がずっと消えません。朝井さんの“視点”が生み出した登場人物たち、その感情をどう表現するべきか、模索が続いています。
稲垣吾郎さん、新垣結衣さんをはじめとするキャストの皆さんとの対話を重ねて、少しずつ輪郭が浮かび上がってきたところです。
人と人のつながりを描こうと思います。大切なのに、難しい、つながり。世界から「普通ではない」と片づけられてしまう人たちの、歪みのないつながりを描こうと思います。
世間での一般常識で人と人との繋がりを描く以上に、本作の人との繋がりを描くのは難しいことでしょう。
映画では、普通であることが正統と信じる検察官の寺井啓喜役は稲垣吾郎、‟水フェチ”の性癖を持つ美月を新垣結衣が演じます。
真面目一筋で事件関係者を追いつめる稲垣に対して、自分の気持ちは理解してもらえないだろうと、守りに徹する新垣の対峙する姿が頭に浮かびます。
そして「当たり前」が誰が決めたのかもわからないことや、「当たり前」の愛もそうでない愛にも様々な多様性があることがわかりました。
この映画では、少なくとも「当たり前」でない人、言わばマイノリティ(少数派)の愛し方を、温かな思いで表現してくれることを願います。
映画『正欲』の作品情報
【日本公開】
2023年(日本映画)
【原作】
朝井リョウ『正欲』(新潮社版)
【監督】
岸善幸
【脚本】
港岳彦
【キャスト】
稲垣吾郎、新垣結衣、山田真歩、宇野祥平、渡辺大知、徳永えり、岩瀬亮、坂東希、山本浩司
まとめ
朝井リョウが作家生活10周年で書き上げた渾身の一作の『正欲』が映画化されます。
小説では、普通でない愛の在り方、またそんな性癖を持つ人たちの悩みと苦しみが綴られています。
いったい、何が正しい愛だと言えるのでしょう……。読後は今存在する愛への価値観がガラリと変わってしまうかもしれません。
ですが、‟人と人との繋がり”が大切という本書に綴られた切実な呼びかけは、いつまでも心に残ります。
映画『正欲』は2023年11月10日(金)からTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開! 小説の中の世界観がどう表現されているのかを、確かめてみてください。