有村架純が保護司を熱演する『前科者』
罪を犯した前科者たちの更生、社会復帰を目指して奮闘する保護司の姿を描いた漫画(原作・香川まさひと/作画・月島冬二)『前科者』が映画化されました。
『あゝ、荒野』(2017)の岸善幸監督が手がけ、有村架純と森田剛が共演します。
保護司という仕事にやりがいを感じていた有村架純演じる主人公の阿川佳代。森田剛演じる前科者・工藤の更生生活を温かく見守っていたのですが、その彼が再び警察から追われる身になって……。
なぜ工藤は罪を犯したのでしょう。罪人になるにはそれ故の訳もありました。そんな社会の矛盾もあぶり出す、映画『前科者』をネタバレ有りでご紹介します。
映画『前科者』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
香川まさひと、月島冬二
【脚本・監督・編集】
岸善幸
【音楽】
岩代太郎
【出演】
有村架純、磯村勇斗、若葉竜也、マキタスポーツ、石橋静河、北村有起哉、宇野祥平、リリー・フランキー、木村多江、森田剛
【作品概要】
映画『前科者』は、同名漫画(原作・香川まさひと/作画・月島冬二)を原作とし、罪を犯した前科者たちの更生、社会復帰を目指して奮闘する保護司の姿を描いています。
保護司を始めて3年となり、さまざまな前科者のために奔走する日々を送る阿川佳代役に、『花束みたいな恋をした』(2021)『るろうに剣心 最終章 The Biginning』(2021)などの有村架純。彼女が担当する物静かな前科者の工藤誠は、『ヒメアノ~ル』(2016)以来6年ぶりの映画出演となる森田剛が演じます。
磯村勇斗、リリー・フランキー、木村多江らも脇を固め、『あゝ、荒野』の岸善幸監督が手がけました。
映画『前科者』のあらすじとネタバレ
保護司を始めて3年となる阿川佳代。保護司は非常勤の国家公務員ですが報酬は一切無いため、阿川はコンビニ勤めで生計をたてています。
勤務の合間をぬっての保護司の仕事。今日も保護観察中で会社を無断欠勤した村上のアパートを訪ね、「会社にいってください」と物静かに頼み込んでいました。
「あんな会社いやだ。コンビニ勤めのあんたに会社の何がわかるの」
村上の言葉に、阿川の笑顔は引っ込み、持っていた傘で村上の部屋の窓ガラスをたたき割ります。
「コンビニ勤めのどこが悪い!」と怒鳴る阿川。驚く村上に「あなたは今崖っぷちにいるんだからね。さあ、会社に行きましょう」と優しく諭します。
他にも彼女の父と偽って飲み代をツケにするのんべえのサギ師など、困った保護観察対象者が多い中、半年前から阿川が担当する前科者の工藤誠は、順調な更生生活を送っていました。
仮釈放されて働き出した小さな自動車修理工場の社長が、更生期間が終わったら彼を正社員にするつもりだと、阿川に打ち明けてくれました。
工藤は10歳のときに義理の父親に実母を殺されました。その後、弟と一緒に施設を転々とした工藤。施設を出ると就職したパン工場で激しい暴力といじめを受けて、先輩を刺し殺してしまったのです。
実母に対する屈辱的な言葉が原因だったということですが、阿川と対面したときも工藤はその時のことを覚えていないと言います。
「また人を殺してしまうかもしれない」と不安がる工藤に、阿川は優しく接します。
仕事が終わって阿川が一人で暮らす家に帰ると、阿川の担当者の卒業生で今は便利屋を営む斉藤みどりが、社員を連れて勝手に上がり込んで騒いでいました。
みどりから、「恋してるか? 前科者のことなんか忘れて違う人生を生きろ」と煽られます。
けれども阿川は「更生ってもう一度人間として生き返るって意味なんですよ。そこに立ち会えるなんて凄くないですか」と微笑みます。
「前科者が生き返ったら、ただのゾンビじゃん」とみどりも笑いました。
工藤は月2度の阿川との面談を着々とこなし、張り過ぎないでいいよと気遣ってくれる阿川への信頼を深めていました。
保護観察期間が終了したら、お祝いに工藤が昔母と行ったラーメン屋でラーメンを食べようと、2人は約束をして、次回最後の面談日を確認し合いました。
そんな頃、交番の巡査部長が何者かに襲われて重傷を負い、拳銃が奪われるという事件が起こりました。
数日後、その拳銃で区役所福祉課の職員が、撃たれて殺されました。
事件担当の滝本刑事と鈴木刑事が捜査を始めますが、何の手掛かりも得られぬうちに、第三の殺人事件が起こります。
今度の被害者は児童養護施設の職員で、河川敷で銃殺されていました。
そのころ、工藤は仕事帰りに銀髪で額に傷がある若者をみかけました。
思い当たることがあり、工藤は彼の後を追います。そして声をかけました。その若者は、工藤が施設を出て離れ離れになった弟の実だったのです。
何日かしての夜、工藤は実を車にのせて河川敷に来ました。そこへ男性が自転車でやってきました。車を降りた実は無言でその男性に発砲しました。
あまりのことに唖然とする工藤。「警察へ行こう」と実を説得しようとしますが、実は「もう何人もやっちまってるよ」と言います。
交番の巡査部長は工藤たちの母がDVをする義父から逃れたい一心で相談したのに、もみ消しました。
区役所福祉課の職員は、工藤たち母子がこっそりと引っ越したのに連絡ミスで義父に引っ越し先がばれてしまい、母が殺されました。
3番目の児童養護施設の職員は施設の中で工藤兄弟をいじめていました。
これまでの凄惨な過去の傷も蘇り、車のハンドルを握りしめ、工藤は苦悩します。
映画『前科者』の感想と評価
タイトルが指し示す過去と未来
映画『前科者』の主役・保護司の阿川佳代は、まっすぐで熱い女。罪を犯した前科者たちの更生や社会復帰を目指して、日々奮闘しています。
そんな阿川が担当する一人の更生者、工藤が事件に関与します。警察から追われる身となった工藤のことを心配する阿川。
彼女には、工藤の未来に寄り添い続けるという約束を守りたいという気持があります。
一方の工藤にも、人を殺した事実は消えないけれども、それを乗り越えていきたいという意志がありました。
更生生活が順調にいくかなと思った矢先の殺人事件。その犯人は工藤の弟で、工藤は弟をかばいます。実は今回の連続殺人事件は、昔の事件の発端の出来事に対する復讐でした。
物語からは、せっかく発した社会的弱者のSOSも些細なことで十分察知してもらえないという、世間の冷たさや大人の不甲斐なさが伺えます。
ここで注目したいのは「前科者」というタイトル。そこから連想されるのは「犯罪者」であり、明らかに暗いイメージです。
更生すればいくらでも未来を変えられると、保護司は前科者の更生を手助けするために、彼らに寄り添っていると言えます。
慈愛に満ちた笑顔で親身になって前科者の更生を手助けする阿川ですが、この愛情も決して天から授かったものではなく、彼女も前科者たちの立ち直れない姿を見るたびに、悩み苦しみます。
阿川の救いは、みどりの「佳代ちゃんは弱いからいい。ダメダメだから安心できる。佳代ちゃんが隣にいると落ち着けるんだ」という言葉でした。
自信を無くしかけていた阿川は、みどりによって自分の信念を取り戻します。
前科者はやはり前科者。ですが、過去は消せないとしても、未来は変えられます。
人として生まれかわる瞬間の手助けをしてあげたいという阿川の想いがわかると、タイトルからも明るいものが感じられます。
有村架純の母性愛あふれる演技
本作の主人公、阿川佳代を演じるのは、有村架純。
阿川は、眼鏡に化粧っけのない顔、無造作に一つにくくられた長い髪のどこにでもいるような女性です。しかも、身分は非常勤の国家公務員なのに、無償の民間ボランティアという保護司をしています。
保護司という仕事内容もよくわかる作品です。この大変な仕事を責任もってやり遂げている阿川が凄い! そんな阿川に有村架純が息吹を吹き込んでいます。
落ち込んだ時にみどりからに励まされたあと「惚れるなよ」と言われて、見せる子供のような大泣きの泣き顔。
病院で工藤を殴るときは、怒りを込めた瞳でにらんでの平手打ち。ラストで見せた本当に晴れやかな笑顔。
まっすぐに前科者と対峙するときは毅然とした態度を取り、ときどきアッと驚くような行動力も発揮します。
この喜怒哀楽のはっきりした芯の強いと思われる保護司を有村架純が、自身の持つふわりとした包容力と可憐さで見事に演じ切っています。
有村架純によって優しいけれども頼れる保護司となる阿川に信頼を寄せる前科者の工藤。
再び殺人を犯しそうになった彼は、本気で心配する阿川から手痛い平手撃ちをくらいました。
そんな工藤を演じた森田も「演じているうちに阿川に恋愛感情に近いものを持った」と語っています。、阿川には人として守ってあげようとする強い母性があったのに違いありません。
社会からはみ出した前科者に寄り添って更生を助けてあげたいと思うのは、母親が子供に与える愛に似たものでしょう。
本作は、有村架純の温かで柔らかな魅力を存分に活かした作品でした。
まとめ
映画『前科者』は、保護司という職業にスポットを当て、人生の再生を誓う元受刑者のストーリーを展開させています。
映画だけでは、保護司の仕事についてきちんと描けないのではないかと懸念を抱いた製作サイドは、テレビドラマと映画を連動させる形で企画を始動させたそうです。
主人公の佳代が新人保護司として奮闘し、成長する姿を描く連続ドラマ版「前科者-新米保護司・阿川佳代-」(全6話)は、昨年11月にWOWOWで放送されました。
映画版では、佳代のその後の姿が原作にはないオリジナルストーリーとして紡がれています。
「人を更生させる手助けをする仕事」の保護司。ある意味、犯罪者の母ともいえる阿川に扮する有村架純の演技に注目です。