思いがけず冒険に巻き込まれるジュブナイル・アニメーション映画『雨を告げる漂流団地』
スタジオコロリドが贈るひと夏の少年少女冒険譚、『雨を告げる漂流団地』。取り壊しの迫る古い団地まるごと一棟が、忍び込んだ小学生ごと大海原を漂流するという、日常のそばに存在する不思議な世界を描くことに定評のあるコロリドらしい物語です。
監督は、『ペンギン・ハイウェイ』(2018年)以来長編映画2作目となる石田祐康。
前作は原作小説のアニメ映画化でしたが、今回は完全なオリジナル作品です。仲間と議論しつつ、代えの効かない自分の根幹にあるものを大切にしてつくった、と石田監督はインタビューで語っています。
映画『雨を告げる漂流団地』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督】
石田祐康
【製作】
スタジオコロリド
【キャスト】
田村睦心、瀬戸麻沙美、村瀬歩、山下大輝、小林由美子、水瀬いのり、花澤香菜ほか
【作品概要】
取り壊されるのを待つばかりの古い団地。そこで暮らした日々を大切に思うあまり、立ち入り禁止のその場所に入り込んでは時を過ごす小学6年生の夏芽。彼女の幼なじみで同じ団地で暮らしていた航祐は、そんな夏芽を心配しながらもどう接していいかわかりません。
クラスメイトとともにそれぞれの理由で団地に忍び込んだ彼らは、そこで突然の豪雨に見舞われ、気がつくと団地ごと海の真っ只中に浮かんでいたのです。なぜこんな場所にいるのか。もとの世界に戻れるのか。そこに居合わせた“のっぽくん”とは何者なのか。彼らのサバイバルが始まります。
主題歌と挿入歌を人気音楽ユニット「ずっと真夜中でいいのに。」(通称ずとまよ)が担当していることでも話題の本作。「消えてしまいそうです」と「夏枯れ」の2曲が書き下ろされ、ストーリーからインスパイアされた歌詞が、夏らしい軽快なメロディーなのにどこか懐かしい物悲しさを感じさせてくれます。
映画『雨を告げる漂流団地』のあらすじとネタバレ
60年前に建てられいまは取り壊しを待っている鴨の宮団地。近頃は子どもたちからおばけ団地と呼ばれています。
小学6年生の熊谷航祐はかつて鴨の宮団地に住んでいましたが、いまは建て替えられた新しい棟で暮らしています。クラスメイトの兎内夏芽とは同じ団地で過ごした幼なじみですが、あることが原因で最近ちゃんと話せていません。
夏休みを前に航祐のところに別のクラスの女子・羽馬令依菜がやってきました。航祐に好意を持っている令依菜は裕福な家庭に育ち、フロリダのディズニーワールドに行くのに航祐を連れていきたいというのです。
そして、帰ろうとする夏芽に「(航祐を)借りてもいいでしょ」と挑発するように声をかけます。すると今度は航祐や夏芽と同じサッカーチームの小祝太志と橘譲がやってきて、「おばけ団地に行くぞ」と太志が声を張り上げます。
太志は夏芽を誘いに来たのですが、「航祐も行くよな」と当然のように声をかけます。航祐は「お前らうるせーな。どっちも行かねーよ」と教室を出ていきます。
航祐、太志、譲は3人で帰りながら、最近夏芽がサッカーチームに顔を出していないことについて話しています。
夏芽と航祐はチームの2トップで、夏芽がいないと戦力ダウンになってしまうのです。引っ越しで家が片付いていないから、と夏芽は言っていますが、航祐にしかわからない別の理由があるのです。
翌日、作業員の目を盗んで敷地内に入った3人は、かつて航祐が住んでいた112号棟に忍び込みます。運よく鍵が開いていて入れたのは、航祐の祖父・安じいの住んでいた部屋でした。
部屋に入った3人は、押入れの中でうたた寝していた夏芽を発見しビックリ。夏芽は寝ぼけて「のっぽくん?」と言い、のっぽくんはかつてこの団地に住んでいて、家にいたくなくてここの屋上で過ごしているのだと説明します。
屋上に上がった4人ですがテントにいるはずののっぽくんの姿はそこにはありません。
そのころ団地の近くを通りかかった令依菜は、屋上に航祐たちの姿を見かけ団地に入っていきます。ついてきたのはおとなしい性格の珠理です。
航祐は、夏芽が祖父のカメラを持っていたことをとがめて取り返し、いつまでもこんな団地に来てるんじゃねーと声を荒げます。
合流した令依菜もそれに同調し夏芽がそれに反発すると、航祐は「俺んちとお前は関係ねーだろ」と言ってしまいます。
カッとなった夏芽はカメラを奪うと煙突のはしごをのぼり、そのてっぺんで急に降り始めた雨のせいで足を滑らせてしまいます。航祐が助けようと手を伸ばしますが夏芽は落下、しかし団地の下は地面ではなく水面だったため夏芽は無事でした。
スコールのような雨のあと、突然洋上に浮いていた112号棟。スマホも圏外で途方に暮れる少年少女たち。令依菜は早速、夏芽のせいだと彼女を責めます。
いたたまれなくなった夏芽は、食べ物があったはず、と言ってその場を離れます。
航祐は皆を安心させようと、屋上にSOSと大きく書いたりいろいろ試してみますがどうにもならず、暗くなってきたので皆で階下に降りることに。
そこで幽霊のような影を見てしまった彼らは、あわてて夏芽のいる安じいの部屋に逃げ込みます。
そこでは夏芽が手製のアルコールランプで灯りをともし、灯油缶を重ねてつくったコンロで雨水を沸かしていました。そこには夏芽が持ち込んだコーラやお菓子、ブタメンなどがあり、よくここに出入りしていたと夏芽は白状します。
さっき幽霊と間違われたのがのっぽくんで、夏芽はやってきた彼を皆に紹介します。
夏芽は、実は前にもこの海を見たことがあり、寝て起きると元の世界に戻っていて時間も経っていなかったことからこれは夢なんだと言いますが、航祐は「こんなの夢なわけねーだろ!」と怒り見張りをすると言って屋上にあがってしまいます。
翌朝、状況は何も変わっていませんでした。それから4日間団地は漂流を続け、たまに別の建物が流れているのを航祐は目撃していました。
食べ物を節約するために少しずつしか食べないよう制限しているので、全員が空腹で不安を感じていました。のっぽくんは屋上から下りてこない航祐のところへ行き、夏芽がひとりでがんばっている、夏芽には航祐くんが必要だと声を掛けます。
その翌日は雨でしたが、航祐は近づいてくる建物の影を確認し計画していたことを実行します。それはロープ代わりの電線にアンテナをつなげ、投げ縄のように別の建物に投げて渡し、ロープウェイのように飛び移るというものでした。
そうやって何とかその建物に移ると、そこは航祐たちが昔通っていたナラハラスイミングスクールでした。航祐を心配してやってきた夏芽とともに食糧を探し始めますが、夏芽がガラス片でケガをしてしまいます。
自動販売機を開けようとケンカしながら協力するふたりでしたが、簡単に開くわけがありません。団地から太志と譲の呼ぶ声が聞こえふたりがあきらめかけたとき、物音がして非常用持ち出し袋が落ちてきました。
団地に戻ると航祐も安じいの部屋で過ごすことに同意し、夏芽はあのカメラは航祐の誕生日に安じいからサプライズでプレゼントされるはずだったと言って渡そうとします。しかし素直になれない航祐は受け取らずにその場から逃げてしまうのでした。
遠くに鴨の宮の景色が見え、戻れると喜ぶ少年少女たち。サバイバル生活もキャンプのように楽しんでいましたが、ある日航祐がのっぽくんの左手が緑色に変色しているのを見てしまい問い詰め始めます。
のっぽくんは、自分はこの団地ができたときからここにいてみんなのことを見てきたと言い、まくりあげた左腕には植物のようなものが生えていました。
皆驚きますが、太志や譲、珠理がのっぽくんはこわくない、いい奴だと言うので航祐や令依菜も受け入れざるを得ませんでした。
屋上で夏芽とのっぽくんが話をしています。夏芽が大切にしている恐竜のぬいぐるみをくれた安じいについてです。その様子を気にしながら航祐は安じいとのことを思い出していました。
夏芽とふたりで入院している安じいの見舞いに行った日、不安そうな夏芽を励まそうと航祐は「お前のじーちゃんじゃないんだし、そんなにびびんなよ」と言ってしまいます。
その言葉にショックを受けた夏芽はそこから走り去ってしまい、それを聞いていた安じいに航祐は「謝ってこい!」と叱られそれが安じいとの最後の会話になってしまったのです。夏芽はそのことも自分のせいだと気にしていました。
一方、フロリダにいるはずだった令依菜がそのことを愚痴っていると珠理が謝ってきました。
令依菜をたしなめるようなことをいろいろ言ったけど本音で行動できる令依菜のようになりたいと珠理は言い、令依菜はいっしょに帰ってフロリダに行こうと珠理を励まします。
一向に鴨の宮に近づかないまま、団地に大きな建物が近づいてきます。それはかつて町にあったデパートでした。浴槽でつくったイカダで航祐、夏芽、のっぽくんがそこに向かいます。中の時間は6年前で止まっているようで食べ物を見つけることはできません。
すると夏芽がおもちゃ売り場で足を止めます。かつてここで両親がケンカしてしまい、誕生日プレゼントを買ってもらえなかったことを思い出し悲しい顔をする夏芽。
両親はその後離婚し、団地に引っ越してきた夏芽をかわいがってくれたのが安じいだったのです。するとトランシーバーから危険を知らせる太志の声が。
デパートに別の建物がぶつかり、その衝撃で今度はデパートと団地がぶつかってしまいます。浸水が始まり逃げようとする航祐たちの前に青白い光が現れ、泣いている少女の姿が見えました。まるでそれはかつての夏芽のようです。しかしもう時間がありません。
航祐たちがイカダで戻ろうとすると、衝撃で傾いた団地の屋上から太志が落ちそうになっていました。珠理と令依菜が助けに向かい無事に引き上げたのもつかの間、トランシーバーを拾おうと屋上の端に向った珠理の足もとが崩れて落下してしまいます。
珠理は崩れかけの建物の途中にかろうじてつかまっており、それを見た夏芽が下から建物のむき出しの部分を伝ってのぼり珠理に近づきます。
しかし珠理は力尽きて手が離れ、ひとつ下の階でバウンドしてからさらに落ちたところを夏芽が片手でつかみ階下へと投げ込みます。
その反動で夏芽は体勢を崩し、鉄骨をつかみますが体重を支えることはできず手から血を流しながら海中へ落ちてしまいます。それを見た航祐はロープを持って迷わず海に飛び込みます。
海中には大量のがれきがありますが、海の底から現れたモヤのようなものに触れると砕け散ってしまいます。そのモヤが夏芽の足にからみつき引きずり込もうとしています。
そこに助けに来たのっぽくんが夏芽の靴を脱がせて浮上させると今度はのっぽくんがモヤに捕らわれそうになりますが、何とか3人は海面に顔を出すことができました。
しかしのっぽくんは左足のくるぶしあたりから下を失い、骨にあたる部分は鉄骨のようなものがむき出しになっていました。そして珠理は頭から血を流し意識がありません。
令依菜は半狂乱になり夏芽を責めます。そして「どうせもう帰れないんでしょ。みんな死ぬんだよ」と叫ぶのを止めたのは航祐でした。
みんな限界が近づいています。令依菜はずっと珠理に付き添い、のっぽくんは足を見られないよう皆から離れています。
非常食を配ったあと、ひとりで考え事をしていた夏芽をぬいぐるみを使って航祐がなぐさめます。
意地を張っていた夏芽も徐々に本音を話し始めます。両親の不仲でほしいものをガマンするしかなかった幼いころ、泣いてばかりだったこと。団地に来て安じいに受け入れてもらい航祐と3人で過ごすときが、本当の家族のように思えて楽しかったこと。
夏芽は航祐に感謝していると言い、航祐も素直になろうとして口に出せぬまま、流れてきた大量のがれきが団地にぶつかり大きな音をたててそれどころではなくなってしいまいます。
そのとき空を、まるで天の川のような青白い光が覆い尽くしやがて消えていきました。
映画『雨を告げる漂流団地』の感想と評価
かつてたくさんの人が住んでいた場所が壊されてなくなるのは寂しいものです。この『雨を告げる漂流団地』は“昭和”の繁栄の象徴のような「団地」を軸に、家族とのつながりを問い直す物語です。
いきなり海の上に浮かんでいる団地や、団地の精霊のような少年の登場などファンダジー要素は多めですが、その謎を解明するとか理由をつけることはせず、過去を惜しむ者だけが遭遇することのできる日常と隣り合わせの境界線上の世界を描いています。
もちろん不思議な話ではあるのですが奇妙さは控えめなので、そこは評価の分かれるところでしょう。
SFファンタジーでありながらもそう感じられるのは、肉親の愛に不足を感じ強がることをおぼえてしまった夏芽と、そんな彼女を心配しながらも姉のようにふるまわれて素直になれない航祐の心の成長がメインとなっているからです。
ふたりを結びつけた団地と安じいを失うことで夏芽の心の均衡が崩れ、航祐がなんとかしなければと奮闘する。その姿をていねいに追っているので、ふたりの行動にも説得力が生まれ安心してその冒険を見守ることができます。
群像劇ではなくふたりがメインの物語なので、サブキャラクターがステレオタイプ過ぎるのがちょっと残念な気がします。
ただしターゲットが小学生あたりだとすると、このわかりやすさが必要だったのかもしれません。母親の描かれ方についても、おとなからすると痛いところを突かれた感じがします。そこも含めておのれを振り返る良いきっかけになりました。
まとめ
石田監督は団地の専門家と意見を交わし、何千枚も団地の写真を撮り、実際に団地に引っ越してこの作品をつくったそうです。細かい間取りや内装など、そのこだわりにも注目していただきたいです。
子どもたちが紆余曲折ありながらも協力して困難に立ち向かっていく王道の冒険ファンタジー。古い団地は見た目は地味ですが、だからこそ家族や友だちとの関わりについてストレートに伝わってきます。
家庭がうまくいっていなくて辛い思いをしている子がいる。そんな子に寄り添うことのできる存在でありたい……。この作品はそんなあたりまえのことを思い出させてくれました。
多くの小学生くらいの子どもたちに見て感じてほしいですが、もう子どもではない人にもきっと響く、心がほんのりあたたまる作品です。