福本莉子が前向性健忘症のヒロインを演じた切なくも美しい恋
交通事故により前向性健忘症となり、一度寝てしまうとその日のことを忘れてしまう日野真織(福本莉子)。
味気ない日々を送っていた神谷透(道枝駿佑)は、嫌がらせをうけていた友人を助けるために真織に嘘の告白をします。
断られると思っていた透でしたが、真織は承諾し、3つの条件を出します。
一つ目は、放課後まで話さないこと、二つ目は連絡は簡潔に。そして三つ目の条件は、本気にならないこと……嘘から始まった2人の切なくも美しい恋。
『きみの瞳が問いかけている』(2020)、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(2016)など恋愛映画を数多く手がけてきた三木孝浩監督がメガホンをとり、脚本は『君の膵臓をたべたい』(2017)で監督を務めた月川翔と、『明け方の若者たち』(2020)で監督を務めた松本花奈が共同で手掛けました。
更に音楽は、『糸』(2020)を手掛けた亀田誠治、主題歌はヨルシカが担当しました。
映画『今夜、世界からこの恋が消えても』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
一条岬:「今夜、世界からこの恋が消えても」(メディアワークス文庫)
【監督】
三木孝浩
【脚本】
月川翔、松本花奈
【音楽】
亀田誠治
【キャスト】
道枝駿佑、福本莉子、古川琴音、前田航基、西垣匠、松本穂香、野間口徹、野波麻帆、水野真紀、萩原聖人
【作品概要】
神谷透役を演じるのは、アイドルグループ「なにわ男子」のメンバーであり、『461個のおべんとう』(2020)、ドラマ『金田一少年の事件簿』(2022)など俳優としても活躍する道枝駿佑。
日野真織役には、『思い、思われ、ふり、ふられ』(2020)、『君が落とした青空』(2022)の福本莉子。三木孝浩監督作には『思い、思われ、ふり、ふられ』(2020)に引き続き二度目となります。
そのほかのキャストには、『偶然と想像』(2021)の古川琴音、『わたしは光をにぎっている』(2019)の松本穂香、『20歳のソウル』(2022)の前田航基など。
映画『今夜、世界からこの恋が消えても』のあらすじとネタバレ
ある日、日野真織(福本莉子)が目を覚ますと部屋にはたくさんの張り紙があり、私は事故により前向性健忘症となりました。ノートPCの日記を読んでくださいと書いてあります。
戸惑いながらノートPCを開け、読み始める真織でしたが、ふと足の痛みを感じて見てみると足の裏に絆創膏が貼ってはり、部屋には割れたパレットの欠片があります。
リビングに降りると両親が待ち構えていたように「おはよう」といい、真織の状況を説明し、あなたはいいことをしたのよ、誇らしいと思っていると言います。
真織は困惑しながら、昨日足を怪我したこと、はっきり覚えているの、と言います。その言葉に両親は驚き、病院に連れていくと、断定はできないが少しづつ前向性健忘症から回復し始めたと医者は言います。
真織と母は、真織の部屋にある張り紙を剥がし始めます。すると真織は一つのスケッチブックを見つけます。そこには同じ少年のスケッチが描かれていましたが、真織はその人物を思い出すことができません。
真織は親友の泉(古川琴音)に会いに行きます。記憶が戻るってどんな感じなのか、そして記憶がない高校時代のことは思い出せないのかと聞きます。
真織は、記録として高校時代のことはあるけれどそれは記憶ではないと言います。そしてスケッチブックの人物について真織が尋ねると、泉は真織が人物画にハマっていた時にモデルになってくれた人だと言います。
泉が覚えていてくれてよかったという真織に泉は複雑な表情を浮かべます。
3年前、高校生の神谷透(道枝駿佑)は、嫌がらせを受けている友人を助けるため話したこともない日野真織に嘘の告白をします。断られると思っていた透でしたが、真織は意外にも承諾し、明日の放課後クラスに行くから待っててと言うのでした。
次の日、真織は本当に透のクラスにやってきます。困惑した透は、実は友達を助けるために嘘の告白をしたと真織に真実を言って謝ります。
「なんで謝るの、友達を守ったんでしょ、凄いことじゃん」と真織は言います。そして今更嘘でしたとも言えないし、友達に告白した本当の理由を知られたくないでしょう、と言い擬似恋人関係になろうと持ちかけます。
そして、付き合うのには3つの条件があると言います。1つ目は、「放課後までお互い話しかけないこと」、2つ目は、「連絡は簡潔に」、そして最後の3つ目の条件は「本気にならないこと」でした。
真織は透に様々な質問をしてはノートに書き込んでいます。少しづつ距離が近づいていく2人は、今度の日曜に出かけることになりました。その前に…と真織は透に親友の泉を紹介します。
最初は怪しんでいた泉でしたが、透が泉と同じ作家が好きなことを知り打ち解けていきます。
そして透と真織は初めて出かけることになります。父子家庭で家事を担当している透は、真織のためにお弁当を作ってきます。お弁当を食べて打ち解けていると、うっかり真織は昼寝をしてしまいます。
映画『今夜、世界からこの恋が消えても』の感想と評価
確かにある“想い”
眠ってしまうと記憶がなくなる前向性健忘症の日野真織(福本莉子)と擬似恋人となることになった神谷透(道枝駿佑)。
付き合う条件として真織は、「放課後まで話しかけないこと」「連絡は簡潔にすること」「本気で恋をしないこと」を条件に出します。
その条件は、真織が日記を読んで気持ちの整理をするのに時間がかかるから、昨日のことなどの会話をされないようにするため、1日しか記憶を保てない自分に恋愛感情は禁物という彼女なりの配慮が背景にありました。
それでも透と付き合おうと真織が思ったのは、自分でも新しいことに挑戦できるかもしれないという思いでした。それだけでなく、高校生という年頃で恋愛に対する憧れもあったのかもしれません。
嘘から始まった関係ですが、透は次第に真織に惹かれていきます。真織もまた、透といると“幸せな気持ち”に満たされると感じ、日々日記を読むたびに自分が透に本気になっていくことに気づいています。
透に関して感じた気持ちに対し、日記の中で真織は“この気持ちも〈初めて〉なんだよね”と書いています。
人は、人と出会いその人を知り、思い出を積み重ねることで相手に対する“好き”の思いが溢れていく、交際の多くはそうでしょう。しかし、真織にとっては透は毎日初めて会い、好きになっていく相手と言えます。
しかし、記憶がなくなってもその好きという感情までも全て消えるのではなく、真織の中に残っているのではないでしょうか。会うたびに好きという思いが真織の中で強くなっているような印象を受けます。
記憶がなくなってしまう真織に対し、透は手続き記憶という記憶はなくても体が覚えている動作があることを教え、絵を描き続ければ上手くなるといいます。その言葉に勇気づけられた真織は何枚も透の絵を描きます。
透に関する記憶が失われても真織はスケッチブックに描かれた透の姿をみて、その姿を描きはじめます。
透のことを覚えていなくても真織が描き出す透の姿は彼の姿そのもので、真織はどこかで透のことを覚えている、彼女の中に透がいることを感じさせるのです。
更に、泉が透の死を伝え、通夜に向かった際も真織は出会ったことがないはずの透の遺影を見て涙を流します。覚えていなくても透に対する感情は真織の中で蓄積されているのかもしれないと思わせます。
少しずつ記憶を取り戻しつつある真織は泉に会った際、失われた記憶について、記録として残ってはいるけれど記憶とは違うと話しています。
しかし、記憶という形で残っていなくても過ごした日々が全く消えるわけでなく、きちんとどこかに残っている“確かな想い”はあるのだ、という透の真織の強い想いが伝わってきます。
真織は毎日自分の現状を知り、絶望しながらも逃げずに向き合っている、そのことを透は知っていたからこそ、少しでも日々が楽しくなるように楽しませようと心に決めます。
真織がどんな思いで毎日自分の現状と向き合っているかを知っているからこそ、自分が亡くなることで彼女に更なる絶望を味わわせてしまうことを心配し、親友の泉に自分の存在を日記から消し去ってほしいと頼みます。
辛いことがあっても時間が解決してくれることもあります。しかし、真織にとっては常に今日しかありません。
たった一日で、透と過ごした幸せな日々があったことを知り、透がもういないことに絶望する、その絶望の大きさは計り知れません。
透は自分が彼女の記憶から存在しなくなっても、彼女と過ごした日々は決してなくならない、確かな想いは真織の中に残ると信じていたのかもしれません。そんな祈りのような想いが2人を通して伝わり、胸がいっぱいになります。
まとめ
病気や記憶障害などを取り扱った恋愛映画は、『君の膵臓をたべたい』(2017)や『余命10年』(2022)、Netflix『桜のような僕の恋人』(2022)など数多く作られてきました。
様々な困難を前にしても強くお互いのことを想う気持ち、そして相手のことを想うからこそ自分は引こうとするそのような人々の想いの美しさに人は涙するのでしょう。
映画『今夜、世界からこの恋が消えても』で、前向性健忘症である真織は、毎日自分の現状に絶望しながらも前を向いていきたいます。けれど時折泉の前で弱音を吐く場面もありました。
そんな真織は、透と出会ったことで自分の世界が広がり、新たな可能性も見出し始めていました。同時に透にとっても、母の死から立ち直れない父親との生活や馴染めていない学校での生活に光を与えてくれる存在が真織でした。
ひたむきな真織と透の姿を初主演を務める道枝駿佑と福本莉子が真っ直ぐに演じ、2人の純愛がさらに観客の涙を誘います。
記憶がなくても過ごした時間は真織の中に確かにあるという祈りのような本作のメッセージは、失った誰かと私たちを繋ぐ何かがあるのではないかと思わせてくれます。