泳ぐのは1人でもできるけど、
生きるのは・・・。
丹念な取材を重ね独特の視点とユーモラスに日常を描き出すノンフィクション作家・高橋秀実の著書「はい、泳げません」の実写映画化。
水泳教室を舞台に、泳げない男と泳ぐことしかできない女の、希望と再生の物語です。
水が怖く顔を付けることもできない哲学教授の小鳥遊雄司(長谷川博己)は、泳げるようになりたいと、水泳教室に通うことに。
プールで出会ったのは、陸よりも水中の方が生きやすいという風変わりなコーチ・薄原静香(綾瀬はるか)でした。
水の中で見えてくる新しい世界。そして、悲しい記憶。果たして雄司は、泳ぐことができるのか。映画『はい、およげません』を紹介します。
映画『はい、泳げません』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
高橋秀実:『はい、泳げません』(新潮社)
【監督】
渡辺謙作
【キャスト】
長谷川博己、綾瀬はるか、伊佐山ひろ子、広岡由里子、占部房子、上原奈美、小林薫、阿部純子、麻生久美子
【作品概要】
2005年発行、ノンフィクション作家・高橋秀実の著書「はい、泳げません」の実写映画化。
監督は、『舟を編む』(2013年)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した、渡辺謙作監督。今作は、監督、脚本を担当しています。
泳げない哲学教授・小鳥遊雄司を長谷川博己が、泳ぐことしかできない水泳コーチ・薄原静香を綾瀬はるかが演じます。
可笑しな関西弁を話す雄司の元妻・美弥子役に麻生久美子。水泳教室の賑やかな主婦たちに伊佐山ひろ子、広岡由里子など個性派俳優たちがコミカルな演技で登場します。
映画『はい、泳げません』のあらすじとネタバレ
小鳥遊雄司は、泳げません。7歳の時に漁業を営む伯父に、漁船から海の中に落とされたことがトラウマになっています。
海に行こうと誘う美弥子に、雄司は言います。「いいですけど、僕は泳ぎませんから」。「泳ぎませんじゃないやろ、泳げませんやろ」と、美弥子は笑います。
あれから5年。大学で哲学を教えている雄司は、学生たちに「知性」について語っています。「知性とは、自分を変えようとする意思です。新しい経験を積むことが大事なのです」。
その後、大学の掲示板に張られた水泳教室のポスターを見つめる雄司の姿がありました。
まずはお試しの体験レッスンを受けようと訪れた水泳教室。対応してくれたのは、ポスターに映っていた薄原静香コーチでした。
あれよあれよと強引に入会手続きを進める静香。気付けば水着姿でプールに立つ雄司。「もし、僕が溺れたらどうするんですか」と怖がる雄司に、静香は断言します。「私が助けます」。
水泳教室には、賑やかな主婦たちが揃っていました。おばちゃん達は若い教授に大はしゃぎ。あれこれ理由をつけて水に入ろうとしない雄司をからかいます。
それでもプールに入ろうとしない雄司に、静香の一喝が飛びます。「つべこべ言わない!」。雄司の戦いは今始まったばかりです。
水に顔を付けるのも怖い雄司は、すぐにパニックになってしまいます。水に勝てる気がしないと、なぜか勝ち負けをつけようとし、体はガチガチ、頭には理屈ばかり浮かびます。
そんな雄司に、「勝ち負けじゃなく、水に親しむのだ」と教える静香。「人はみなお母さんのお腹の中、水の中にいたんですよ」。
体の力を抜き、考えすぎず、無になる。水に浮くという初めての感覚、ちょっと泳げただけでも大喜びです。
そんなある日、雄司は水泳教室に向かう静香コーチを見かけます。外を歩く静香は、雨も降っていないのに傘を広げ、周りにびくびくしながら歩いています。
静香は以前、交通事故に遭い水泳を諦めた時期があるといいます。「陸を歩くより、泳いでいる方が楽チン!」とハニカム静香は、プールでのコーチとは別人のようでした。
雄司は、少しづつ泳ぎのコツをつかんでいきます。そして、頭を空っぽにして水の中にいると、過去の記憶が蘇ってくるようになります。
美弥子との出会い、楽しい会話、川で遊んだ記憶、そして息子ともやの声が聞こえます。雄司は苦しんでいました。「大切なことを忘れている卑怯者の僕は、過去を思い出さないと先に進めない」。
雄司は久しぶりに別れた妻・美弥子に再会します。美弥子は再婚をするようです。水泳を習っているという雄司に美弥子は明るく言います。「好きな人に子供がおるんやな。今度は守りたいんやろ」。
映画『はい、泳げません』の感想と評価
水泳を通して、人生を再生していく男の物語。始めは、水に顔もつけることができなかった主人公・雄司が、次第に水泳の楽しさに目覚めていく過程がユニークに描かれています。
さらにそれだけではなく、雄司が泳げるようになりたいと思った経緯には、思いもよらない悲しい過去の経験、未来に向けての葛藤と、生きる辛さが描かれていました。
物語の中で、水泳は心のリハビリにも良いとあります。体の力を抜き、心を無にして、水に身をゆだねる。なるほど、母のお腹の中でリラックスしている赤ちゃんと同じです。
シリアスな内容なのにコミカルに見える要素には、登場人物がそれぞれ個性豊かでユーモラスなことがあげられます。
なんでも理屈で説明しようとする哲学教授・雄司は、学生たちには「知性には新しい経験が大事だと」と立派な教鞭をふるっていますが、水泳に関しては何度も諦めサボります。
演じているのは長谷川博己。見た目は哲学教授らしく落ち着きがあり知的に見えますが、水を前にパニックを起こし慌てふためく姿を滑稽に演じています。
雄司の屁理屈にガツンとやり返すスーパーウーマン・静香コーチは、プールではテキパキと頼もしい存在ですが、外では歩くのを怖がりおどおどしています。
演じているのは綾瀬はるか。凛々しい水着姿で綺麗に泳ぐ姿はまさに水泳コーチの様です。時に「小鳥遊!」と呼び捨てで叱る鬼コーチをコミカルに演じています。
その他にも、賑やかな水泳教室のおばちゃん達や、豪快で忙しない関西弁の元妻など、面白い人たちが登場します。生きていれば色々大変なこともあるけれど、明るく生きている姿に元気をもらえます。
悲しい過去、辛い経験から人はどのように立ち直るのか。未来の不安とどう向き合って生きるのか。今作はそんな人生のテーマも含まれています。
哲学を教える雄司といつも講義中に寝ている学生とのやりとりの中で、興味深いシーンがあります。「人はなぜ生きるのか」について考えるシーンです。
学生が導き出した答えは、「人は日々新しい発見があるから生きる。小さな発見を期待して生きている」と。
人は年齢に関係なくいくつになっても新しい発見に出会えるチャンスがあると思います。しかし、それに気付かず過ごしたり、気付こうとしなかったり。
たとえ小さなことでも新しい発見にワクワクする心が持てたのなら、人生は明るく前向きになるのではないでしょうか。
そして、水泳を通して「泳ぐのは1人で出来ても、生きるのは1人じゃ無理」と教わった雄司は、新しい家族を築く勇気を持てました。
映画のラストで、雄司が見せた「はい、泳げます」といった笑顔が、そのことを物語っています。
まとめ
ノンフィクション作家・高橋秀実の著書を、長谷川博己と綾瀬はるかの共演で実写映画化した『はい、泳げません』を紹介しました。
泳げない男と、泳ぐことしかできない女の希望と再生の物語。体と心のリハビリにも良いとされる水泳。男は、泳ぐことで過去を乗り越え、明るい未来への希望を掴みました。
水泳に限らず、出来なかったことに挑戦することは良いことだと感じます。昨日まで出来なかったことが、今日は出来るかもしれない。明日はもっと上手くなるかもしれない。
「はい、できません」より、「はい、できます」と言えることが多い人生になりたいものです。