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【ネタバレ】マイ・ニューヨーク・ダイアリー|感想解説と結末考察レビュー。サリンジャーを題材にした原作をシガニー・ウィーバーとマーガレット・クアリーで描く

  • Writer :
  • 西川ちょり

ニューヨークで夢追う女性の掛け替えのない日々を描く

90年代のニューヨークを舞台に、老舗出版エージェンシーで働くことになった新人アシスタントの日々を綴る映画『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』。

ジョアンナ・ラコフの自叙伝『サリンジャーと過ごした日々』を名手フィリップ・ファラルドーが映画化。

新人アシスタントを『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)のマーガレット・クアリーが、その上司を名優シガニー・ウィーバーが演じ、知的好奇心に満ちた物語が展開します。

第70回ベルリン国際映画祭のオープニング作品にも選出された心暖まる珠玉のヒューマンドラマです。

映画『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』の作品情報


9232-2437 Quebec Inc – Parallel Films (Salinger) Dac (C) 2020 All rights reserved.

【日本公開】
2022年公開(アイルランド・カナダ合作映画)

【原題】
My Salinger Year

【原作】
ジョアンナ・ラコフ著『サリンジャーと過ごした日々』 (柏書房)

【監督・脚本】
フィリップ・ファラルドー

【キャスト】
マーガレット・クアリー、シガニー・ウィーバー、ダクラス・ブース、サーナ・カーズレイク、ブライアン・F・オバーン、コルム・フィオール、セオドア・ペレリン、ヤニック・トゥルースデール、ハムザ・ハック、レニ・パーカー、ロマーヌ・ドゥニ、ティム・ポスト、ギャヴィン・ドレア、マット・ホランド

【作品概要】
ジョアンナ・ラコフの自叙伝『サリンジャーと過ごした日々』を『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)のマーガレット・クアリーと名優シガニー・ウィーバーの共演で映画化。

ニューヨークの老舗出版エージェンシーで編集アシスタントとして働く作家志望の女性の成長を描くヒューマンドラマです。第70回ベルリン国際映画祭のオープニング作品。

映画『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』あらすじとネタバレ


9232-2437 Quebec Inc – Parallel Films (Salinger) Dac (C) 2020 All rights reserved.

90年代のニューヨーク。

西海岸のバークレーで文学を専攻するジョアンナはニューヨークに旅行した際、この地で暮らしていた幼い頃のことを思い出し、再び、その魅力の虜になってしまいます。

西海岸には自分を待っている恋人がいますが、ジョアンナはニューヨークに留まることを決意します。ここで作家としてやっていきたいという強い思いが彼女をそうさせたのです。

友人の家に引き続きとめてもらうことになりましたが、さすがにずっと居候するわけにもいかず、家賃を払うために就職先を探すことになりました。

人材紹介会社の女性は「出版社は作家志望の人をいやがるから、出版エージェンシーがいいのではないか」とアドバイスしてくれました。

進められた出版エージェンシーに面接に行き、採用が決まったジョアンナは、J・D・サリンジャー担当の女性上司マーガレットの編集アシスタントとして働くことになりました。

『ライ麦畑でつかまえて』などの作品で熱狂的なファンを持つサリンジャーは、人との接触を嫌い、隠遁生活のような暮らしを送っていました。ジョアンナが就職したエージェンシーはそんなサリンジャーを「世間から守る」役割を担っていました。

世界中から大量に届くサリンジャーへの熱烈なファンレターに対応することがジョアンナに与えられた仕事でした。

きちんと手紙を読み、危険な内容のものがないかチェックしたあとは、サリンジャーは手紙を読みませんと簡素な定型文を返信、その後、シュレッダーにかけてすべてを処分しなくてはなりません。

定型文の日付は「1963年」。サリンジャーがファンレターに返信を書くのをやめた年です。

思いの詰まった数々の手紙に対して定型文を送り返すことにジョアンナは心苦しさを覚えます。とりわけ、ノースカロライナ州ウィンストン・セーラムから送られてくる青年の手紙には惹きつけられ、手元においたまま処分することが出来ずにいました。

やがて、ジョアンナは書店で出会った小説家志望のドンと恋仲になり、部屋を借りて一緒に暮らし始めます。

時々、西海岸に残してきた恋人カールから手紙が送られてきましたが、ジョアンナは手紙を読むことが出来ずにいました。

ある日、職場に一本の電話がかかってきました。電話の主はサリンジャーでした。新しいアシスタントだと自己紹介するジョアンナにサリンジャーは「会うのを楽しみにしているよ」と声をかけてくれました。

サリンジャーは旧作の中編「ハプワース16、1924年」をヴァージニアの小さな出版社メリーベル・プレスから出版することを考えていて、それをマーガレットに相談するために電話してきたのです。

サリンジャーはもう長い間作品を出版しておらず、これは大ニュースでした。しかし、世間に漏れてしまうと、大騒ぎになり、サリンジャーが気分を害してしまうかも知れません。非常に慎重に扱わなければいけない案件でした。

サリンジャーはワシントンD.C.のジョージタウン大学の食堂で、メリーベル・プレスのクリフォード・ブラッドベリと会う約束をしたことがわかります。

そんな中、サリンジャーからまた電話がかかってきます。彼はメリーベル・プレスのことを知りたがっていました。

ジョアンナが「とてもいい詩集を出している出版社です」と応えると、サリンジャーは「君は詩集を読むんだね。自分でも書くのかい?」と尋ねました。

「はい」と返事すると、サリンジャーは「素晴らしい」と言い、「作家志望なら毎日書くことだ」とアドバイスをくれました。

ジョアンナはブラッドベリと会って、彼がどんな人物かチェックし、ワシントンに飛んで、二人の会合を遠巻きながら見守りました。

実はワシントンにわざわざ来たのは、カールが演奏会でワシントンに来るので会えないかと連絡をしてきたからです。友人の家に届いた手紙を友人が開けて読み、ジョアンナに知らせたのです。

2人は再会し、ジョアンナはカールに謝罪しました。「手紙は読んでいないの。”ジョー”の呼び名を書くのはあなただけだから」

編集部には毎日、途切れることなく、サリンジャーあての手紙が大量に送られてきました。

『ライ麦畑』のホールデンのように落第しそうだという少女からの手紙は、「サリンジャーから返事がもらえたらA評価をつけると先生に言われたから、返事をください」という内容でした。

ジョアンナは思わずタイプライターに向かい、「Aがほしければしっかり勉強してください。ホールデンの精神を支持するなら、世間の評価は気にせずに」という返信を書き、それを送付しました。

のちに、この少女はエージェンシーに押しかけてきて、直属の上司にジョアンナが自分で書いた手紙を送ったことがばれ、「君は一線を超えた」とあやうく首にされかけることになります。

手紙の返信を書いたことを恋人のドンに話すと、「ホールデンの精神だって? 読んでもいないのに」と呆れられてしまいました。

そう、ジョアンナはサリンジャーをまだ一作も読んだことがなかったのです。

ある朝、出勤すると、社員が鎮痛な表情で集まっていました。会社によく現れ、ジョアンナにも親切にしてくれていた作家のダニエルが自殺したというのです。

マーガレットはダニエルの愛人で、躁うつ病の彼を彼の妻とともに長い間、支えてきたのだと聞かされ、ジョアンナは驚きます。

ジョアンナはしばらく顔を見せないマーガレットを見舞いに彼女の自宅を訪ねました。マーガレットは原稿をジョアンナに渡し、「読んで、どの雑誌に掲載するのが良いか考えてみて」と言いました。

それはジョアンナがずっと担当したいと考えていた仕事でした。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』ネタバレ・結末の記載がございます。『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

ジョアンナはスイッチがはいったようにサリンジャーの作品を夢中になって読み始めました。「サリンジャーの作品は思っていたのと違う。彼は残酷だ」と感じるジョアンナ。

ある晩、ドンの親友マークたちと飲んでいると、マークの結婚式があることをドンが内緒にしていたことが判明します。

ドンはジョアンナに黙ってひとりで行くつもりだったのです。マークたちもドンに向かって「ひどいやつだな」と呆れるばかり。

気分を悪くするジョアンナに対して、ドンは君も大人になったら何もかも一緒に行動する必要はないとわかるだろうと屁理屈を言い、一人で出かけていきました。

数日後に帰ってきたドンにジョアンナは別れを告げました。もっと前からもう彼のことを愛していなかったことに気がついたのです。

職場に復帰したマーガレットは、ジョアンナが担当した作家の作品の出版が決まったことを発表し、彼女を称えました。

さらにアシスタントを卒業し、作家を担当してほしいとジョアンナに語るマーガレット。憧れていた仕事につけて嬉しいはずなのに、ジョアンナは複雑でした。

マーガレットのもとへ行くと、マーガレットは楽しそうに、ジョアンナの担当を誰にするかと原稿を観ながら語り始めました。しかし、ジョアンナの様子を見て、マーガレットは彼女が辞めることを決心していると悟ります。「他に夢があるのね」

マーガレットの問いに「はい」と応えるジョアンナ。作家として歩むことを彼女は決断していました。勿論、自分の代わりになる人が決まるまでは続けて仕事をするつもりです。

これまで忙しさにかまけて書くことをしてきませんでしたが、サリンジャーから受けたアドバイスに従い、ジョアンナは毎日のように書き続けました。

そうして書き上げた詩集を老舗雑誌「ニューヨーカー」に勤務する知人に見てもらうために編集部に持っていきました。

以前、エージェンシーの使いでやってきた時には、受付で渡すものを渡したらさっさと帰されたものですが、今回は、編集者に会えるよう取り計らってもらえました。

社に戻ると「お客さんが来ているよ」と声をかけられました。マーガレットの部屋から聞こえてくる声は、サリンジャーの声でした。

ジョアンナは、ずっと手放せなかったノースカロライナ州ウィンストン・セーラムの男性の手紙を手にとりました。

そして、少し考えたあと、そっとそれを目の前にかけてあるサリンジャーの外套のポケットに忍び込ませました。

その行動に隣の部屋の上司が気付き、驚いたようにジョアンナと目をあわせますが、彼はすぐに自室のドアを閉めてしまいました。

マーガレットと話を終え、部屋から出てきたサリンジャーが「やぁ、やっと会えたね」とジョアンナに声をかけてくれました。

ジョアンナは満面の笑みを浮かべました。

映画『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』解説と評価


9232-2437 Quebec Inc – Parallel Films (Salinger) Dac (C) 2020 All rights reserved.

ニューヨークは、金融の中心であったり、多民族都市であったり、世界の最先端だったりどこよりもスノッブだったりと、様々な顔を持つ大都市です。

ものすごいスピードで日々変化し続けていますが、古き良き時代を受け継いだ文化の拠点という面は健在で、それがニューヨークという都市の大きな魅力となっています。

90年代のニューヨークの出版界を舞台にした本作の最大のみどころは、そこに集う人々の感情が、ニューヨークという街が持つ気品と洗練さと合わさって、豊かに描かれている点です。

マーガレット・クアリー扮する主人公のジョアンナもニューヨークの魅力に取り憑かれたひとりです。彼女はこの地で夢を追うことを選択します。彼女が抱くニューヨークへの憧憬が、映画の基底となっています。

コンピューターの時代にタイプライターを使っているという、当時の出版界の混乱ぶりがユーモラスに語られ、エージェンシーが扱う作家のひとりであるJ.D.サリンジャーへのファンレターに定型文の返信を出すという主人公に与えられたいささか奇妙な仕事が、軽快なタッチで綴られていきます。

そこに浮かび上がるのは文学が個人にもたらす極めて大きな影響です。感銘を受けた本の著者に手紙を出さずにいられなくなるほど、感情をかき乱され、物語にのめり込み、キャラクターに感情移入する人たち。

映画は、手紙を書いた様々な人々を画面に登場させ、自らの声で思いを届ける姿をとらえています。

文学の持つ大きな力を実感させられますが、もしかしたら、映画もまた同じ作用を人間に与えているのかも知れません。

本作は、ジョアンナ・ラコフの自叙伝『サリンジャーと過ごした日々』を映画化したものですが、原作の持つ味わいを見事に映像化すると共に、前述した大胆な方法を用いたり、優美なミュージカルシーンを展開させるなど映像ならではの表現を駆使し、観る者の心を大いに揺さぶります.

出版エージェンシーのボスであるシガニー・ウィーバーと、見習いである主人公の関係も、月並みな師弟関係ではなく、緊張感溢れる中にも、信頼関係のある対等な人間として 描出されています。

シガニー・ウィーバーのいぶし銀ともいえる落ち着いた演技と、マーガレット・クアリーの瞳をきらきらと輝かせた溌剌とした姿のどちらもが素晴らしく、映画を見終えたあと、なんともいえない温かい気持ちにさせられます

まとめ


9232-2437 Quebec Inc – Parallel Films (Salinger) Dac (C) 2020 All rights reserved.

この作品で面白いのは、サリンジャーに関連する仕事に携わる主人公が、サリンジャーの作品をひとつも読んでいなかったという点です。

だからこそ、ジョアンナは採用されたといえるかもしれません。あまりにもサリンジャーに強い思いを持っている人ならば、ファンレターを送ってきた人々に定型文の返事を出し、サリンジャーは手紙を読みませんなどと伝えることは、ひどくつらい作業なはずだからです。

もっとも、ヒロインもその仕事に首をかしげ、つい自分で返信してしまうエピソードも登場するのですが……。

サリンジャーを読んでいないことが恥ずかしいという描写がないところが、本作のとても良いところです。

その人が読みたいという思いに至った時に、読めばいい。そのほうが、きっと本当の出会いがあるのだというメッセージが作品から伝わってきます。

恋人のドンが「呆れたもんだ」などと言ってはいますが、ジョアンナ自身は大して気にしていません。寧ろ読んでいないものを読んでいるふりをするほうが恥ずかしいものとして描かれています。

なにかを読んでいないから恥ずかしいとか、なにかを見ていないから恥ずかしいというのではなく、まだ新しく出会える可能性があることの歓びを映画は教えてくれるのです




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