連載コラム「銀幕の月光遊戯」第5回
こんにちは、西川ちょりです。
今回取り上げる作品は、10月27日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開される『ライ麦畑で出会ったら』です。
青春小説の金字塔として世界中を虜にし、時代を超えて読み続けられる名作、J・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』。
その主人公ホールデン・コールフィールドに共感し、彼の姿に自分自身を重ねた高校生が、作品の舞台化を考え、サリンジャーに許可を得ようと奔走するジェームズ・サドウィズ監督の自伝的作品です。
サリンジャーを探すために新しい一歩を踏み出す少年が辿った心の軌跡とは!?
青春映画好きにも文学好きにもたまらない作品に仕上がっています。
CONTENTS
映画『ライ麦畑で出会ったら』のあらすじ
1969年、アメリカ・ペンシルべニア州。全寮制の名門男子校、クランプトン高に在籍するジェイミーは、友だちもなく、体育会系の男子生徒たちから心無い言葉を浴びせらる毎日を送っていました。
J・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』に感銘を受けたジェイミーは、舞台化しようと脚本を書き、本を紹介してくれた教師に相談します。
教師は、サリンジャーに許可をとることが必要だと述べ、「高望みな計画のような気もするがやってみろ」と言うのでした。サリンジャーは隠遁生活をしており、連絡をとるのが難しいことで知られていました。
近くの公立学校の女子高生とともに行う演劇サークルの舞台が無事終了し、打ち上げパーティーが行われていました。
ジェイミーは憧れの女子高生に話しかけます。『ライ麦畑でつかまえて』の脚本を書いたこと、舞台にしたいと思っていることなどを。でもすぐに彼女のもとには他の男子生徒がやってきて彼は取り残されてしまいました。
そんな彼にディーディーという女子高生が声をかけてきました。「マジメ君はなんでここにいるの?」
話は三年前に遡ります。ジェイミーの兄は、“ハッパ”をやっていて、女の子とも遊び放題。恋愛に憧れるジェイミーも兄が通っている学校に行きたがりましたが、兄は名門のクランプトン高を薦めるのでした。
そんなところに行ったら彼女が出来ないというジェイミーに、将来クランプトン出身だと言ったらたくさん女の子がよって来ると兄は言います。
その後、兄はLSDの服用で事故を起こし、学校も退学させられてしまいます。学校には戻らずニューベリーに行くと兄から告げられ、学校に行かなければ徴兵されるのでは?とジェイミーは心配します。
折しもベトナム戦争たけなわの時代、大勢の若者が兵隊としてベトナムに送られていました。
兄の意見を聞き、クランプトン高校に入学したものの、体育会系の学生ばかりが優遇され、いやがらせを受ける毎日。
そんな彼にとって、『ライ麦畑でつかまえて』で描かれるホールデン・コールフィールドの心情は、何もかも手に取るように分かるほど共感出来るものでした。
やがて、ジェイミーはディーディーと親しくなります。彼女も『ライ麦畑でつかまえて』の愛読者だったことから、舞台化の話にも賛同してくれる唯一の理解者となってくれます。
ジェイミーは、サリンジャーに連絡をとるべく奔走しますが、エージェントすら作家本人に会ったことはないというくらい、連絡先を知ることは困難を極めました。
しかし、出版社で手に入れた『TIME』誌のバックナンバーにヒントを見つけます。サリンジャーの家はニューハンプシャーのコーニッシュというところにあるに違いないと。
そんな折、ジェイミーが就寝中の部屋にフットボール部の生徒たちが花火を投げ込むという事件が起きました。我慢の限界を超えたジェイミーは荷物をまとめて、寮を飛び出しました。
ディーディーに「ヒッチハイクをしてサリンジャーを探しに行く」と伝えると、ディーディーは彼を自分の家まで車に乗せ、心配する親を説得すると、再び二人で車に乗り、サリンジャーを探す旅に出ました。
新たな一歩を踏み出したジェイミーは自らの人生に何を見出すのでしょうか!?
映画『ライ麦畑で出会ったら』の感想
『ライ麦畑でつかまえて』をモチーフにするということ
この作品を語るには言葉に注意が必要です。
なぜって、主人公の少年が教師から「どんなふうに『ライ麦畑でつかまえて』に共感したのか」と問われるシーンがあって、「“心を鷲掴みにされた”か?そんな月並みな感想では駄目だぞ」とぴしゃりと忠告されているからです。
これじゃぁこちらも簡単に「瑞々しい青春映画」だとか「爽やかで心温まる作品」と表現できなくなってしまうではないですか!
主人公の青年ジェイミーは、教師にこう言われて咄嗟に言葉を絞り出し、「気持ちが通じ会えると思ったのは、ハックやトム・ソーヤではなくてホールデンです」と表現しています。
「文学」をモチーフにした作品ですから、ここはそういう表現にも、“月並み”ではなく、自分自身の言葉を生み出していかなければならないわけです。
難しいといえば、ちょっとしたエピソードや展開も、『ライ麦畑でつかまえて』をこよなく愛するファンを納得させるものにしなければならないという問題があります。
いくら監督自身の経験を基にしているといっても、『ライ麦畑でつかまえて』が「いんちき」としたものを肯定したり、作品の価値観から離れてしまってはいけません。
作品に込められた“精神”や“テーマ”を踏襲したものでなければ、受け入れてもらえないでしょう。
ジェームズ・サドウィズ監督は、そうした違和感を持たれないようかなり細かい点にも神経を注いだに違いありません。
『ライ麦畑』へのラブレターという言葉が映画の中に出てきますが、まさしく「ラブレター」というスタンスで映画も作られたと推察します。
その点は安心して観ることができるといっていいでしょう。
しかし、ただ単に『ライ麦畑でつかまえて』を現代的にリライトしただけでは意味がありません。
映画『ライ麦畑で出会ったら』は、主人公の内面や抱えた境遇を複雑化させ、現代の若者の物語として提示することに成功しています。
「ホールデン・コールフィールド」に対するジェイミーの視点が徐々に変化し理解していく様が描かれているのも注目に値するでしょう。
ジェイミーが一連の経験のあと、どのような選択をするのか、そこが最大の見どころとなっています。
J・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』とは?
1951年に発行されたサリンジャーの代名詞ともなっている長編小説。言わずと知れた青春小説の不朽の名作です。
ホールデン・コールフィールド少年はペンシルベニアの全寮制の高校を学業不振で退学になり、実家のあるニューヨークに戻ってきて、夜の街を彷徨します。
彼は世の中のあらゆることを“いんちき”だと感じ、欺瞞だらけの社会に憤っています。
そんな彼を唯一安心させてくれるのは小さな妹のフィービーの存在。ホールデンは、ライ麦畑で遊んでいる子どもたちが崖から落ちないように見張っている“キャッチャー”になりたいと考えます。
社会に適応できないホールデンの生きづらさは当時のアメリカの保守層には理解されませんでしたが同世代の若者たちに圧倒的な支持を受け、今でも世界中の人々に愛されている青春小説の金字塔です。
口語体で書かれた作品は、若者のための小説の先駆けとなりました。
サリンジャーは自身の作品の出版に非常に厳しく制限を求め、自身が認める以外の作品の出版を禁じ、本の装丁も指定のもの以外認めませんでした。
一度短編の映画化を認めたことはありますが、出来上がった作品は彼の気に入るものではなく、世間の評価も芳しくなかったことから、これ以降、映画化も舞台化も一切許可していません。
『ライ麦畑で出会ったら』の主人公の試みが如何に困難に満ちていたことかがわかります。
戦争と『ライ麦畑』の関係とは?
サリンジャーは第二次世界大戦に従軍し、激戦地で敵軍と闘い、目の前で多くの仲間を失いました。激しい戦争の中、神経を患い、ドイツ軍降伏後、陸軍総合病院に入院していたこともあります。1945年に除隊。『ライ麦畑でつかまえて』は1951年に発表されました。
『ライ麦畑でつかまえて』と戦争に関してはアメリカ文学者の都甲幸治氏が次のように語っています。
ホールデンの感じる違和感は、戦場から帰ってきた兵士の感じるものに似ている。ジョン・スイリーは、第二次世界大戦中に生まれ、朝鮮戦争の最中に出版され、ベトナム戦争中に広まった『ライ麦畑でつかまえて』は銃弾が一発も発射されない戦争小説であると述べているが(中略)、まさにその通りである。ティム・オブライエンのベトナム戦争小説にも出てくるように、依然として心は死んだ仲間とともにいる元兵士は、アメリカ社会に溶け込むことができない。
(『偽アメリカ文学の誕生』都甲幸治著・水声社より)
映画『ライ麦畑で出会ったら』は、1969年のベトナム戦争が激化していた時代の物語です。
『ライ麦畑でつかまえて』が普及した時代です。そして実はベトナム戦争は主人公にとっても大きな痛み・傷跡を残しているのです。
ここからもこの映画が如何に『ライ麦畑でつかまえて』という作品の本質をきちんと捉えているかがよくわかります。
また、アメリカのティーンエイジャーにとって、高校生活というものは厳しい闘いの場でもあります。これまでに多くの学園映画がそのことを私たちに教えてくれました。
学園生活は不公平がまかり通っており、目立たずやり過ごさなくては、いじめのターゲットにされてしまいます。本作でもジェイミーは、正しいと思ってとった行動により、彼らの餌食にされています。
そんなジェイミーの心情がディーディーという少女との交流で明らかになっていき、激しく揺れ動く様が、繊細に描かれています。
また、終盤、ジェイミーがディーディーのことを短い言葉で表現していくのですが、その言葉のチョイスが拙いながらもとっても素敵なのです。忘れられないシーンとなりました。
まとめ
ジェームズ・サドウィズ監督は、テレビ向けのミニシリーズやドラマシリーズの脚本からキャリアをスタートさせ、その後、監督や制作も務めるようになりました。
彼の関わった作品がエミー賞やゴールデン・グローブ賞において、授賞、またはノミネートされた回数は35回以上!本作で念願の長編映画監督デビューを果たしました。
本作は監督の自伝的作品で、映画内でサリンジャーに会いに行くまでは85%、それ以降は99%が監督の経験によるものだと公言しています。
主人公のジェイミーを演じたのは『ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル』(2017)での活躍が記憶に新しいアレックス・ウルフ。兄のナット・ウルフと並んで将来が楽しみな若手俳優ですが、『The Cat and the Moon』で監督デビューも果たしています。
ディーディー役は『ラブリーボーン』(2009)のステファニア・オーウェンが演じています。アレックス・ウルフ監督の『The Cat and the Moon』にも出演しているとか。
サリンジャーを名優クリス・クーパーが演じていることにも注目です。
『ライ麦畑で出会ったら』は10月27日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開されます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
次回の銀幕の月光遊戯は、11月3日(土)より公開のリム・カーワイ監督の新作『どこでもない、ここしかない』をご紹介いたします。
お楽しみに。