連載コラム「Amazonプライムおすすめ映画館」第12回
今回ご紹介する映画『底知れぬ愛の闇』は、『太陽がいっぱい』、『リプリー』などの小説で知られる、パトリシア・ハイスミスの同名作を『危険な情事』(1988)、『運命の女』(2003)のエイドリアン・ライン監督が、20年ぶりに取りまとめた官能サスペンスです。
ICチップの開発に携わるヴィックは、美しい妻メリンダと利発な娘の3人で、誰もがうらやむ裕福な暮らしをしています。
ある日、メリンダと仲の良い友人マーティン・マクレイが失踪し、ディックは彼を殺害したと冗談を言ったことで、知人たちの間で悪い噂が立ち始め、これを機に夫婦の間に猟奇的な心理合戦が始まります。
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映画『底知れぬ愛の闇』の作品情報
【日本公開】
2022年(アメリカ映画)
【原題】
Deep Water
【監督】
エイドリアン・ライン
【原作】
パトリシア・ハイスミス
【脚本】
ザック・ヘルム、サム・レビンソン
【キャスト】
ベン・アフレック、アナ・デ・アルマス、トレイシー・レッツ、レイチェル・ブランチャード、リル・レル・ハウリートレイシー・レッツ、フィン・ウィットロック、ジェイコブ・エローディ、ダッシュ・ミホク、クリステン・コノリー、ジェイド・フェルナンデス、マイケル・ブラウン、マイケル・シアラバ
【作品概要】
ディック役には『最後の決闘裁判』(2021)、『ゴーン・ガール』(2014)、『僕を育ててくれたテンダー・バー』(2022)のベン・アフレック。
妻のメリンダ役には『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』(2020)、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021)のアナ・デ・アルマスが務めます。
共演に『レディ・バード』(2017)、『フォードvsフェラーリ』(2019)などの話題作に多く出演しているトレイシー・レッツ、『フリー・ガイ』(2021)に出演のリル・レル・ハウリー。
エイドリアン・ライン監督の『フラッシュダンス』(1983)は、2022年4月に4Kデジタルリマスター版で公開予定となり話題になっています。
映画『底知れぬ愛の闇』のあらすじとネタバレ
早朝の森の中、マウンテンバイクで悪路を駆け抜ける男。息を切らし家の玄関ポーチに到着すると、その様子を階段からみつめる若く美しい女性がいました。
男が「どうかした?」と尋ねると女は「別に」と言って、階段を上がっていきました。
男の名はヴィック、女の名前はミランダといいます。2人の間にはトリクシーという娘がいて、夫妻はその晩はパーティーに招かれています。
トリクシーはシッターを待つ間、アレクサに「牧場の歌」をリクエストしますが、身支度をするメリンダはその歌が嫌いだと、イライラしながら消すようにいいます。
トリクシーはメリンダがイライラするのを知っていて、何度も「牧場の歌」を一緒に唄います。ヴィックはそんな娘を愛おしく思っています。
メリンダはパーティーに着ていくドレス選びで、ヴィックを呼び、背中が大胆に開いた黒のドレスと、オフショルダーの赤いドレスです。
ヴィックは黒のドレスとニューヨークで買ってあげた、黒のハイヒールがいいと言いました。
セクシーな装いのミランダと対称的に、ヴィックは地味でラフな格好で友人のパーティーへでかけました。
ヴィックは友人からの人望が厚く慕われていました。しかし、ミランダは自由奔放な性格でパーティーに着くなり、ヴィックをそっちのけに飲んで騒ぎます。
メリンダは主催者に強引に頼んで、ジョエル・ダッシュという男をパーティーに招待させていました。彼女は彼を見つけると2人で人混みに紛れます。
ヴィックはメリンダを目で追いますが、メリンダはジョエルを外に連れ出します。人目もはばからずメリンダはジョエルと抱きあい、キスをしているとヴィックに目撃されます。
ところがメリンダは見られていると知っても、やめるどころか見せつけるように続けます。更にメリンダは酔った勢いでピアノに乗ったり、ピアノを弾きながら歌い始めます。
彼女がバカ騒ぎをしているとジョエルが、ヴィックに話しかけてきて、2人は自分に好くしてくれると礼を言います。
そして、メリンダとの関係はプラトニックなものだけど、彼女と会うことを公認してくれることに感謝していると言います。
しかし、ヴィックはポーカーフェイスで「マーティン・マクレイのことは知っているか?」と切り出します。
マーティン・マクレイとはメリンダの親しい友人で、度々会う仲で数日前から行方不明になっていました。ジョエルが知っていると答えると、「妻と会ってた」と言います。
ジョエルがどういう意味か聞くとマーティンは、“ただの友達”だったが、ヴィックは自分が彼を殺し、そのことをメリンダは知らないと話します。
ジョエルは冗談とも脅しともわからない話に怯え、メリンダに先に帰ると告げると、逃げるようにパーティ会場を出ていきました。
パーティーがお開きとなるとヴィックは、メリンダからジョエルに何を言ったのか詰め寄られます。
ヴィックは何も言っていないといいますが、帰宅してもメリンダはジョエルの様子が明らかに変だったと彼を責めます。
ふてくされたまま寝室へ行ったメリンダは、ジョエルと会っているときは、ありのままの自分でいられるとヴィックに言ってのけます。
ジョエルはメリンダと距離を置き始め、しばらくするとニューメキシコに行くと連絡してきます。ヴィックはお別れに、一緒に夕食を食べようと自宅へ招きます。
ヴィックは海老のビスクを作ってもてなそうとしますが、ジョエルは甲殻アレルギーで食べられないと言い、メリンダは「ビスクは嫌い」と口にしませんでした。
ジョエルはニューメキシコでいい仕事がみつかったと切り出すと、メリンダは家族で遊びに行くと盛り上がります。
ヴィックがトリクシーを寝かしつけると、トリクシーはジョエルのことが嫌いだと話します。その間、メリンダとジョエルは親密そうに盛り上がっていました。
メリンダはパーティーの晩にジョエルに話したことを謝罪するよう、2人で話す時間を取りますが、ヴィックにはその気はなく、タクシーを呼び無理矢理ジョエルを帰宅させました。
映画『底知れぬ愛の闇』の感想と評価
パトリシア・ハイスミスの原作は1957年に発行され、小説ではサスペンス作品として明解な結末になっているようです。
妻の浮気を公認し懐の深さを示すヴィックですが、その真意は本当なのでしょうか?彼のミランダへの愛は全てを受け入れること、そして自らの自尊心も守ることだったことが垣間見れました。
偶然、マーティン・マクレイが行方不明になったことで、メリンダに恐怖心を与えて、次の浮気相手ジョエルを遠ざけることができました。
それでも浮気癖のなくならないメリンダ……。ヴィックは彼女を愛する以上に、娘のトリクシーへの影響も考えたように思います。
チャールズの殺害も偶然が招いたチャンスからで、疑いの目を向けられますが上手く回避します。ところがトニーの殺害に関しては、機会を探す計画性をもっていました。
ヴィックは単に愛するメリンダから男を遠ざけたかったのではなく、愛する娘のためにメリンダから浮気相手を消し、家庭に落ち着かせようとしたのだと考えることができました。
小説ではヴァン・アレン夫妻が「家庭を壊さない程度の浮気」を公認するというルールの“オープン・マリッジ”だったことが描かれています。
裕福なヴィックは無邪気で美しいメリンダに夢中になりますが、ニンフォマニア(女性の色情症)であるメリンダは、結婚の条件としてオープン・マリッジを提案したと考えられます。
ヴィックはメリンダが妊娠、出産すれば家庭に落ち着くと考えていたとみえます。しかし、最低限の世話をする以外は、娘のことに関心を示しません。
ヴィックの想像以上にメリンダはニンフォマニアでした。メリンダ自身も裕福な暮しをしながら、いろんな男と付き合う生活が手放せません。
“カタツムリ”の寄生虫
本作ではヴィックがカタツムリを飼っているシーンが出てきます。原作者のパトリシア・ハイスミスは、「カタツムリ愛好家」でカタツムリを飼っていました。
ヴィックはなぜ、カタツムリを飼っているのか理由はないと言います。そして、なぜメリンダと離婚しないのか?
ヴィックにしかわからない、カタツムリの魅力と同じようなものをメリンダに感じていたのではないでしょうか。
メリンダの浮気相手はカタツムリに宿る寄生虫のようです。トニーがヴィックのカタツムリを食べようと“無神経”に提案しますが、その有毒性を語るシーンがありました。
ヴィックは“無神経”な人物に嫌悪を抱いています。つまり、メリンダに関わる男すべてが有毒な寄生虫であり、排除することで家庭が無害になると考えていました。
浮気に感謝するジョエル、店で声をかけたヴィックを覚えていないチャールズ、トリクシーや友人の面前で、軍用ドローンの批判をするドン。彼らの無神経さも許せない要因になります。
歪んだ夫婦愛と心理ゲーム
メリンダは自分のつきあう男が次々に不可解な消え方をしても、感情的になりながらもそれが「自分のためにしてくれた」と転換できる、スリリングさも楽しんでいました。
物語はヴィックに殺人の疑いを持ったドンの提案で、メリンダの好奇心を誘発させ、心理ゲーム的な展開になりました。
メリンダはヴィックから馬鹿にされていることに反応していて、浮気相手が消えた原因を探ることよりも、ヴィックの名誉をいかにして壊すかに興味があったように見えます。
ですからドンからの吹聴に耳を傾け、ヴィックを貶める作戦に力を貸しました。渓谷に行ったヴィックを追えば何か証拠が掴め、彼を見返せるという発想に近いでしょう。
しかし、ドンからの連絡はなく、ヴィックはいつも通り家に帰ってきます。メリンダがトニーのIDカードを燃やしたのは、このゲームに負けたことを認めた現れです。
そして、ラストシーンでトリクシーが車の後部座席で歌いながら、学校に向かう描写で終わります。運転しているのがヴィックなのかメリンダなのか?
トリクシーはチャールズを水死させたのは、ヴィックであると見抜いていました。彼女もまた「自分のためにしてくれた」と思ったはずです。
歪んだ両親の愛憎に気づきながら、自分の居場所を死守するトリクシーは、幼いながらも強かに状況を判断する賢さがありました。
まとめ
映画『底知れぬ愛の闇』の監督エイドリアン・ラインは、『ナインハーフ』(1986)、『危険な情事』(1988)等、エロティシズムのある作品を、得意とする光と影のコントラストによる演出方法によって、スタイリッシュな官能映画として話題を集めました。
本作も特殊な性的趣向を題材にしたサイコスリラーを、現代にあった映像美で見事に仕上げていました。
本作はヴィックとメリンダのどちらを軸にして物語を観るのかで、解釈が変ってくるかと思います。
ニンフォマニアであり、ある意味ミュンヒハウゼン症候群っぽい面も感じる、メリンダを軸にしてみると、ヴィックの妻や娘に対する底知れぬ愛が見えてきます。
マーティン・マクレイが行方不明になったことで、メリンダは嫉妬したヴィックが、自分のために殺人を繰り返すと妄想します。
そして、彼の愛の深さを試すかのように浮気を繰り返し、悲劇のヒロインに酔っていました。ヴィックはサイコパスな妻によって、彼の人格も徐々に変貌していきました。
負の連鎖が終わったのかどうかはわかりません。いつもの日常が始まっているラストシーンからは、まだまだ続くような不気味さを残し終わります。
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