連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第92回
ドキュメンタリー映画の名匠ジャンフランコ・ロージが手掛けた『国境の夜想曲』。
本作は、第77回ヴェネチア国際映画祭で、ユニセフ賞、ヤング・シネマ賞最優秀イタリア映画賞、ソッリーゾ・ディベルソ賞最優秀イタリア映画賞の3冠に輝きました。
2001年の9.11米同時多発テロから2010年のアラブの春に端を発し、2021年8月のアメリカ軍のアフガニスタンからの撤退と、戦禍の渦中にあるイラク、クルディスタン、シリア、レバノンの国境地帯。
現在も、侵略、圧政、テロリズムがこの地にうごめき、数多くの人々を犠牲にしています。この地で生きる人々は何を思い、なぜそこに踏みとどまっているのでしょう……。
『国境の夜想曲』は、2022年2月11日(金・祝)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー!
映画『国境の夜想曲』の作品情報
【日本公開】
2022年(イタリア・フランス・ドイツ合作映画)
【原題】
NOTTURNO
【監督・撮影・音響】
ジャンフランコ・ロージ
【編集】
ヤコポ・クワドリ
【編集協力】
ファブリツィオ・フェデリコ
【プロデユーサー】
ドナテッラ・パレルモ、ジャンフランコ・ロージ、セルジュ・ラルー&カミーユ・レムル、オルワ・ニラビワ、エヴァ=マリア・ヴェールツ
【作品概要】
本作『国境の夜想曲』は、2020年に第77回ベネチア国際映画祭コンペティション部門に出品され、第33回東京国際映画祭では『ノットゥルノ 夜』のタイトルで上映されました。
手がけたのは、2013年ベネチア国際映画祭の金獅子賞受賞作『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』や、『海は燃えている イタリア最南端の小さな島』で2016年ベルリン国際映画祭の金熊賞受賞経験のあるジャンフランコ・ロージ監督です。
ドキュメンタリー映画で最高賞を受賞しているジャンフランコ・ロージが、3年以上の歳月をかけ、イラク、クルディスタン、シリア、レバノンの国境地帯で撮影したドキュメンタリー。
映画『国境の夜想曲』のあらすじ
9・11米同時多発テロやアラブの春、そしてアメリカのアフガニスタンからの撤退があったイラク、クルディスタン、シリア、レバノンの国境地帯。
さまざまな情勢によって巻き起こる侵略、圧政、テロリズムなどにより、多くの人々が犠牲となり、数多の痛みが満ちた土地です。
この地をジャンフランコ・ロージ監督はひとりで旅をし、土地に残された母親や子ども、若者たちの声に耳を傾けます。
かつて牢獄として使われたであろう小部屋の中で、母親たちが亡き家族の痕跡を探して捧げる哀悼の意。
精神病院の患者たちによる政治の無意味さについての演劇。
任務から戻って来たペシュメルガと呼ばれるイラク北部クルド自治政府の治安部隊の女性兵士たち。
幼い少年少女らが語るISISに襲われた時の悲惨なエピソード。
スマホから流れるSISの監視下に置かれた娘たちからのメッセージ。
雄大な自然の中、たくさんの車や人が渡し船に乘って行き交う河。
数多の事例をつぶさに映像に映し出し、癒えない痛みを抱えながら、それでも生きている人々の姿がスクリーンから浮かびあがります。
映画『国境の夜想曲』の感想と評価
銃を手にする意味
さまざまな場面の語りで紡がれる本作で、印象深いのは任務から帰還して戦闘服のまま眠るペシュメルガの女性兵士たちでした。
イラク北部クルド自治政府の治安部隊はペシュメルガと呼ばれています。
ペシュメルガとは、クルド語で「死と対峙(たいじ)する者」を意味し、強力な装備と練度の高さから、戦闘力は一国の軍隊に匹敵するとされているそうです。
映像に映るのは、ペシュメルガの女性兵士たちが天幕へ帰隊した様子。ストーブに手をかざして暖をとり、一つにまとめた髪をまた取りまとめ、身繕いをします。
何気ない日常の仕草ですが、彼女たちは迷彩の戦闘服姿で、部屋の傍らには立てかけてあるのは小銃です。
女性兵士たちは、殺意のみを持って銃を手にしているわけではありません。平和な日常が過ごせないのなら、自らが銃を手にして家族と平和な暮らしを守るしかないのです。
女性蔑視が厳しい地域で、男性同様に女性が兵士となって戦うということは、そうならざるを得ない社会情勢があり、そこには兵士を志願する女性たちの並みならぬ決意と勇気が存在します。
日々銃声と隣同士の暮らしをしている彼女たちと平和に生きている私たちとの大きな違いです。
また、軍隊などの組織で「守ること」「戦うこと」を教育される兵士たちと、やらなければならないとの思いからそれを習得しようとする彼女たちとは、明らかに心構えが違います。
緊急事態を察して身を守る必要から銃を手にする彼女たちに見受けられるのは、揺るぎない覚悟でした。
逼迫した状況の中で日常生活を守るためにペシュメルガに志願する女性たち。
本作ではわずか数分の登場シーンですが、自分たちのことを不幸だと嘆く前に、自らが戦おうと立ち上がる姿に逞しさを感じます。
守べきものを守るため、死をも恐れぬ彼女たちこそ、真の勇者であり本当の優しさを持っていると言えるでしょう。
ジャンフランコ・ロージ監督の想い
軍隊の足音で幕を開ける『国境の夜想曲』。映像は続けて、夜明けのがらんとした建物の中に集まる女性たちが映し出され、戦争の爪痕が深く残る地域の様子へと繋がれます。
本作では、通常のドキュメンタリー映画で使用される挿入曲やナレーションなどの手法は用いていません。
その場所で暮らす人々や、風景の中にカメラを構え、話を聞き、ただ静かに彼らを見つめるという映像のみが流れます。
残虐な拷問シーンや銃撃戦は一切なく、その体験を語る関係者の言葉のみを監督はありのまま伝えました。
戦禍を被り涙を流しながらも逞しく生きて行こうとする人々の姿や、予告動画の「どんな場所でも、どんな夜でも、かならず朝は来る」という言葉から、希望の光が感じられます。
本作は、ドキュメンタリー映画の名匠ジャンフランコ・ロージ監督が手掛ける、武力支配への‟無言の抵抗”とも言える作品でした。
まとめ
21世紀を迎えても未だに戦禍の絶えないイラク、クルディスタン、シリア、レバノンの国境地帯。そこに住む人々の現状はどうなっているのでしょう。
映画『国境の夜想曲』では、ISISなどの武力組織による弾圧や社会崩壊による貧困などを生の証言で暴き出し、その地を生きる人々の生き様を描き出します。
そこにあるのは、戦争への‟生々しい悲しみと怒り”ですが、逆境にも屈せずに自らの生活を堂々と生きている人々の姿が雄々しく映ります。
ジャンフランコ・ロージ監督がどんなメッセージをこの作品に込めたのでしょう。
観る人によっても捉え方は違うでしょうが、事実は事実。知っておくべき社会情勢が反映された作品です。
『国境の夜想曲』は、2022年2月11日(金・祝)より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー!
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。