養子としてアメリカにやってきた韓国生まれの青年が移民法により家族と引き離されてしまう悲劇を描いたドラマ
養子として3歳の時に韓国からアメリカにやってきたアントニオ(ジャスティン・チョン)。
キャシー(アリシア・ヴィキャンデル)と娘のジェシー(シドニー・コワルスケ)と仲睦まじく暮らしていたアントニオでしたが、30年以上前の養父母による手続きの不備が発覚し、移民局から国外追放命令を受けてしまいます。
ただ、家族と暮らしたい……その思いが移民法により非業にも引き裂かれてしまう残酷さ、アイデンティティに悩みながら生きるアジア系移民の葛藤を美しく力強い映像で映し出します。
80〜90年代に多く行われたアメリカの国際的な養子縁組にはきちんとした手続きが行われていないことが多く、現代になって国外通報されているという事実を知った韓国系アメリカ人ジャスティン・チョンは監督・脚本・主演を務め、本作で移民法により家族と引き離されてしまう青年の物語を描きました。
主人公の妻をアリシア・ヴィキャンデルが務め、劇中タイトルにもなっている、1963年にロイ・オービソンが発表した名曲「ブルー・バイユー」をアリシア・ヴィキャンデルが切なく歌い上げます。
映画『ブルー・バイユー』の作品情報
【日本公開】
2022年(アメリカ映画)
【原題】
Blue Bayou
【監督・脚本・製作】
ジャスティン・チョン
【キャスト】
ジャスティン・チョン、アリシア・ヴィキャンデル、マーク・オブライエン、リン・ダン・ファン、シドニー・コワルスケ、ヴォンディ・カーティス=ホール、エモリー・コーエン
【作品概要】
監督・脚本・主演は、映画「トワイライト」シリーズ(2009~12)などで知られるジャスティン・チョン。
共演は『アースクエイクバード』(2019)のアリシア・ヴィキャンデル、『マリッジ・ストーリー』(2019)のマーク・オブライエン、『漂うがごとく』(2019)のリン・ダン・ファンなど。
本作は、第74回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に出品されました。
映画『ブルー・バイユー』のあらすじとネタバレ
韓国で生まれ、3歳で養子としてアメリカに渡ってきたアントニオ(ジャスティン・チョン)。
シングルマザーのキャシー(アリシア・ヴィキャンデル)と結婚し、7歳の娘ジェシー(シドニー・コワルスケ)と仲睦まじく暮らしています。
キャシーの妊娠により現在のタトゥーアーティストの収入だけでは厳しくなったアントニオは、新たな職を探しています。
しかし、アントニオはアジア系であることや、過去にバイク窃盗の前科があることからなかなか新たな職に就けないでいます。そんなアントニオを案じたキャシーは介護の職に復帰することを決めます。
「真面目にやってたらきっと報われる」そうアントニオに諭すキャシー。
ある日、アントニオが義理の娘のジェシーを学校に連れて行こうとすると、キャシーは突然私を捨てるの?と聞きます。エースも私を捨てた、と。
ジェシーはキャシーの元夫で警察官のエース(マーク・オブライエン)に捨てられたと感じており、キャシーが妊娠したことから自分の娘を可愛がりアントニオも自分のことを捨てるのではないかと心配しているのです。
アントニオはそんなキャシー学校に連れて行かずにバイクの後ろに乗せ、お気に入りの場所に連れていきます。行き着いたのは美しい青い入り江でした。
そして、アントニオはジェシーに「なぜパパと呼ぶ?」と聞くと、「パパだから」と答えます。お前とママは俺を選んだ、俺も2人を選んだから捨てたりしないと強く約束します。
一方キャシーは、週一は娘のジェシーに会わせるなのに会わせないことに対し怒る元夫・エースからの電話に対し、娘が嫌がっていると拒否し続けていました。
アントニオとキャシーは、スーパーで買い物しているときにお金のことや今後のことで口論になってしまいます。
そこに居合わせたのは巡回中のエースとその相棒デニーでした。デニーはアジア系であるアントニオに対し横柄な態度でけしかけ、かっとなったアントニオは飛びかかり、逮捕されてしまいます。
キャシーは保釈金を払いましたが、アントニオは一向に保釈されず、何と移民局にいるというのです。
保釈された後日アントニオとキャシーは弁護士に呼ばれ向かうと、30年以上前の養父母による手続きの不備が発覚し、アントニオには国外追放令が出ているというのです。
裁判を起こして異議を申し立てしたとしても、その申し立てが受理されない場合は強制送還だけでなく、アメリカに戻ることも出来なくなる可能性があると言います。
更に裁判を起こす場合には5000ドルという高額な費用を用意しなければならないのでした……。
映画『ブルー・バイユー』の感想と評価
アジア系移民であることと不器用さ
本作は、80〜90年代、アメリカで多く行われていた国際養子縁組でアメリカにやってきた移民らが30年近く経った今、市民権がないとして移民法に則り国外追放されてしまうという実際に起きている現状を題材に映画にしています。
エンドロールには数々の家族と引き離され強制送還され、今もなおアメリカの市民権を持てないでいる人々が映し出されていました。
また、近年『ミナリ』(2021)や『フェアウェル』(2021)などアメリカで暮らすアジア系移民を取り扱った映画が次々と出てきています。
上記に挙げた映画のなかで、共通して描かれているのはどこの国にも属せない移民たちの拠り所のなさ、つまりアイデンティティの揺らぎであるように感じます。
ジャスティン・チョン演じる主人公アントニオは里親の元を転々とし、やっと落ち着いたところでは養父から虐待され、養母はそれを見ても助けてくれなかったと言います。
どんな人生を送ってきたかわからないだろう、それはアジア系移民としてアメリカで生きていくことの大変さをそのまま物語っているようにも感じます。
アントニオに対し、差別的な発言をし、高圧的な態度であった警官のデニー。それはアントニオがアジア系の移民だから、なのでしょう。
アントニオがバイクの窃盗をした仲間らの多くもアントニオと同じくアジア系の人物もいました。アメリカに30年近く暮らしていながらも、偏見の目で見られアメリカ人というアイデンティティを持ちにくい現状があるように見受けられます。
そんな中であったベトナム系のパーカーとその親族らは、ベトナムから逃れてきた移民でした。食事会に誘われたまるでアメリカではないみたいだと驚きます。アメリカではありながらパーカーとその親族らにはしっかりとしたコミュニティがあり、自身の文化をきちんと持ち続けているのです。
そのような拠り所もなかったアントニオは、どこか他人を頼れず、相談をすることからも逃げてしまいます。それが後にアントニオとキャシーの間に大きな溝を作ってしまいます。
アントニオの不器用さは、アントニオが生きてきた環境とも無縁ではないのかもしれません。
まとめ
ジャスティン・チョンが監督・脚本・主演を務めた映画『ブルー・バイユー』。
タイトルにもなっている『ブルー・バイユー』は青い入り江のことであり、劇中アリシア・ヴィキャンデルが歌った楽曲「ブルー・バイユー」は、1963年にロイ・オービソンが発表し、リンダ・ロンシュタットのカバーで知られる名曲です。
更にアントニオが唯一覚えている韓国の記憶は入り江で船に乗り赤ん坊を沈めようとしている母親の姿でした。
本作は入り江の様子など幻想的な場面も織り交ぜながらホームビデオのような質感で主人公アントニオとその家族を映し出しています。
突如国外追放令を受けてしまうアントニオのあまりにも理不尽な現実と家族の絆を美しく彩る温かみのある映像がギャプを生み出し観客の心に訴えかけてきます。
同時に、映画に描くことで問題を浮き彫りにし、人々の届かぬ叫びを伝えようとしたジャスティン・チョン監督の必死さをも伺える映画でした。