連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第66回
今回取り上げるのは、2022年2月18日(金)から新宿シネマカリテほか全国順次公開の『クラム』。
1960年代アメリカのカウンター・カルチャー運動の寵児となった漫画家、ロバート・クラムの人間像に迫ります。
【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら
『クラム』の作品情報
【日本公開】
2022年(アメリカ映画)※初公開は1996年
【原題】
Crumb
【監督】
テリー・ツワイゴフ
【製作】
リン・オドネル
【製作総指揮】
ローレンス・ウィルキンソン、アルバート・バーガー、リリアン・ハルフォン
【編集】
ビクター・リビングストン
【編集】
マリス・アルベルチ
【キャスト】
ロバート・クラム、チャールズ・クラム、マクソン・クラム、アリーン・コミンスキー
【作品概要】
1960年代カウンター・カルチャー運動の寵児、アンダーグラウンド漫画家ロバート・クラムの人間像と、その奇妙な家族に焦点を絞った94年製作のドキュメンタリー。
監督は、クラムとともにバンド活動をし、後に『ゴーストワールド』(2001)を発表したテリー・ツワイゴフ。
1995年のサンダンス映画祭グランプリ(ドキュメンタリー部⾨)、全⽶監督協会賞など数々の映画賞を受賞。また米映画批評サイトRotten Tomatoesで満足度95%という⾼評価を得ました。
⽇本では1996年の初公開以来となる、25年ぶりのリバイバルとなります。
『クラム』のあらすじ
1960年代アメリカのカウンター・カルチャーを象徴するキャラクター『フリッツ・ザ・キャット』、『ミスター・ナチュラル』を⽣み出し、またジャニス・ジョプリンのアルバム「チープ・スリル」のジャケットを⼿掛けた漫画家、ロバート・クラム。
そんな過激で⾟辣、時に性的嗜好をあからさまにした作品を描き続け、アンダーグラウンド・コミック界を象徴する存在となったクラムに、友人にしてドキュメンタリー監督のテリー・ツワイゴフが密着。
レコード収集などの趣味や、彼が育った家庭環境にもカメラを向け、アメリカのダークサイドを映し出します。
米アングラコミック界の第一人者
1943年にフィラデルフィアで⽣まれ、幼少期から兄チャールズの影響で漫画を描き始めたロバート・クラムは、20代に入ると漫画雑誌「ZAP」を自主創刊します。
全てのページをクラムが描き、妻が街角で手売りするというこの雑誌は瞬く間に評判を呼び、本格的に漫画家としての活動をスタート。
中でも、自堕落な性格のオス猫フリッツの日常を描いた『フリッツ・ザ・キャット』は、60年代のアメリカの若者を投影した人気キャラとなり、クラム自身もアンダーグラウンド・コミック界の第一人者となっていきます。
また、戦前のカントリー・ブルース、ジャズを中⼼としたレコードのコレクターとしても知られ、それがきっかけで知り合ったドキュメンタリー監督のテリー・ツワイゴフとバンドも結成するなど、活動のジャンルを広げます。
本作『クラム』は、ツワイゴフによる3本目のドキュメンタリーとなり、2001年にはキャリア初のフィクション作となる、アングラコミック『ゴーストワールド』の映画化に着手しています。
『ゴーストワールド』(2001)
漫画は自らをさらけ出す手段
映画や音楽、絵画など、どんなジャンルにおいても表現者というのは、どこか突出した素養を持っているもの。その素養こそが表現者の個性となり、カラーとなります。
クラムにおける素養。それは世俗への憎悪と、女性に対する歪んだ性的嗜好です。
広告だらけのアメリカの街を「商業主義にまみれている」と嫌えば、ブランドロゴ入りの服を着る通行人を「歩く広告塔」と蔑み、カントリー・ブルースやジャズをこよなく愛する者として、巷に流れるロックは「最低の音楽」でしかない。
女性観についても、自作『ミスター・ナチュラル』で臀部と太腿部が肉感的でも、中身が人形のように空っぽという女性を躊躇なく登場させる。「気分が悪くなるわ」と女性の評論家たちが嫌悪感を示すのも当然でしょう。
傍目には物静かな紳士に見えるも、内面にはドロドロの潜在意識が渦巻いており、「自分をさらけ出すために漫画を描いている」から、表舞台に出るのを好まない。
世間へのメッセージなど込めたつもりはないのに、“世間を風刺した傑作”と評価されてしまう――そんな送り手と受け手の関係は、皮肉としか言いようがありません。
表現者とは面倒くさい生き物
カメラは、クラムの素養形成に大きな影響を与えた家族にも焦点を当てます。
彼曰く「僕よりも画の才能があった」としながらも、高校でいじめに遭ったのを機に引きこもり生活を送っている兄チャールズと、兄2人に感化されてやはり画を得意とするも、軽犯罪を繰り返して精神病院に入院した過去を持つ弟のマクソン。
そんな男兄弟3人(一番下の妹は撮影協力を拒否)は、亡き父親を「あの男」と呼んで憎悪を隠さないなど、決して平穏とは言えない生活を送ってきたことが、本人たちの口から語られます。
終盤では、アメリカの商業主義に唾をかけるようにフランスに移住するクラムと並行して、兄弟たちの近況も明かされることに。
衝撃的ともいえるその顛末は、「最悪に輝いていた」彼らを通した、アメリカの抑圧と闇があらわとなります。
表現者とは、実に面倒くさい生き物です。
漫画家としての知名度を上げてくれた功労者フリッツ・ザ・キャットを、本人の意思とは関係なくアニメ映画化されて世俗にまみれてしまったことに怒ったクラムは、フリッツを漫画の中で葬ってしまいます。
手塚治虫が『鉄腕アトム』を「最大の愚作」と忌み嫌っていた時期があったように、自ら生んだ作品を否定することは珍しくありません。それは本作の製作者としてクレジットされている映画監督のデヴィッド・リンチも同様です(実際は製作ではなく、宣伝PRに協力するための名義貸し)。
リンチといえば、メジャー映画会社の意向通りの作品づくりに背を向けてきた、映画界屈指の面倒くさい監督。自分の意向が反映されずに雇われ監督に徹するしかなかった『デューン/砂の惑星』(1984)を、「私の作品ではない」と認めないあたりは、リンチたる所以です。
アングラ漫画界屈指の面倒くさい人物であろうクラムは、フランスに移っても隠居することなく、寡作ながら漫画を描き続けています。
わがままだと言われようが頑固と言われようが、表現者は常に表現しなければならない。だからこそ多くのフォロワーの心を離しません。
表現者とは、かくも面倒くさく、かくも自分に正直な生き物なのです。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら
松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
2010年代からは映画ライターとしても活動。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)