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Entry 2021/11/08
Update

映画『日の名残り』ネタバレあらすじ考察と結末の感想評価。カズオ・イシグロ原作の“大人のラブストーリー”をジェームズ・アイボリー監督が描く

  • Writer :
  • 星野しげみ

カズオ・イシグロ原作の老執事の半生を映画化した『日の名残り』

イギリスの貴族に人生を捧げてきた老執事が自らの過去を回想するカズオ・イシグロのベストセラー小説『日の名残り』。

『眺めのいい部屋』(1985)『ハワーズエンド』(1992)のジェームズ・アイボリー監督が手掛け、『ハワーズ・エンド』に続いてアンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンが共演しています。

本作は、過去と現在との往復で、貴族の執事として仕事に没頭していた主人公と彼の元でスタッフとして働いていた女性との淡い恋心を描き出します。

お互いに惹かれあいながらも、口にできない恋愛を、みごとに表現した大人のラブストーリーをご紹介します。

映画『日の名残り』の作品情報


(C)1993 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved

【公開】
1993年(アメリカ映画)

【原題】
The Remains of the Day

【原作】
カズオ・イシグロ

【脚本】
ルース・プラバー・ジャブバーラ

【監督】
ジェームズ・アイボリー

【製作】
マイク・ニコルズ ジョン・コーリー イスマイル・マーチャント

【キャスト】
アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン、ジェームズ・フォックス、クリストファー・リーブ、ピーター・ボーン、ヒュー・グラント、マイケル・ロンズデール、ティム・ピゴット=スミス、パトリック・ゴッドフリー

【作品概要】
ブッカー賞を受賞したカズオ・イシグロの同名ベストセラーを、『サバイビング・ピカソ』(1997)『ハワーズエンド』(1992)ジェームズ・アイボリー監督が映画化。第66回アカデミー賞で作品賞を含む8部門にノミネートされた作品です。

勤務に忠実な執事と共に働いていた女性との恋愛模様が重厚なタッチで描かれた大人のラブストーリー。

感情を押し殺して仕事に従事する執事にアンソニー・ホプキンス、彼を憎からず思っているのに口に出来ない女性をエマ・トンプソンが演じています。

映画『日の名残り』あらすじとネタバレ


(C)1993 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved

第二次世界大戦が終わって数年が経った1956年。

イギリスの名門貴族ダーリントン卿の死後、親族の誰も彼の屋敷ダーリントンホールを受け継ごうとしなかったのを、アメリカ人の富豪ファラディ氏が買い取りました。

ダーリントン卿に仕えていた執事スティーブンスは、新しいご主人のもとでまたダーリントンホールで働けるようになりました。

しかし、ダーリントン卿亡き後、屋敷がファラディ氏に売り渡される際に熟練のスタッフたちが辞めていったので、深刻なスタッフ不足という問題がありました。

人手不足に悩むスティーブンスのもとに、かつてダーリントンホールでともに働いていたベン夫人から手紙が届きました。

ベン夫人からの手紙には、ファラディ氏のおかげでスティーブンスがまた働けることを喜でいることをはじめ、昔を懐かしむような言葉が書かれています。

ベン夫人は夫との離婚もまじかで現在は下宿住まいの状況。娘が結婚して空虚な日々だとも。最後には、この先の長い年月、自分を何かに役立てたいと思うこの頃ですと綴られていました。

ベン夫人に職場復帰してもらうことができれば、人手不足も解決できる……。そう考えたスティーブンスは、彼女に会って再就職をすすめようと、思い立ちました。

ファラディ氏にも相談し休暇をとって、イギリス西岸のクリーヴトンへと出発。あらかじめ、ベン夫人には手紙を出しました。

結婚退職した彼女に、もう一度スタッフとして戻って来て欲しいというお願いを知らせておいたのです。

手紙には、お屋敷で一緒に働いていた頃のことも綴りました。それは、彼女が結婚後のベン夫人ではなく、ミス・ケントンと呼ばれていた頃のことです。

初めて彼女がお屋敷に来た日のことは特に鮮烈だったと書き出しました。

旅の道すがら、スティーブンスは、ダーリントン卿がまだ健在で、ミス・ケントンとともに屋敷を切り盛りしていた頃を思い出します。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『日の名残り』ネタバレ・結末の記載がございます。『日の名残り』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

1920年代から1930年代のこと。

常に人手不足に悩むダーリントンホールでは、その頃、優秀なスタッフであるミス・ケントンとスティーブンスの父を副執事として雇い入れました。

二人が働き出してすぐ、スティーブンスはケントンが副執事をウィリアムと呼んでいるのを聞いて、「スティーブンスさん」または、「スティーブンス・シニア」と呼ぶようにと注意しました。

「なぜですか?」と問うケントンに、堅実なスティーブンスは「あなたのような方が私の父を呼び捨てにするのは失礼だ」と言います。

年下の者が目上の者を、しかも学ぶことの多い年配者をクリスチャンネームで呼ぶのは失礼だというわけです。

「お父様は学ぶべきことの多い方でしょうが、私も自分の仕事は心得ています。」

毅然とした態度で言い切ったケントン。仕事熱心なゆえに意見が対立する2人の火花が散るような毎日が始まりました。

スティーブンスが心から敬愛する主人・ダーリントン卿は、ヨーロッパが再び第一次世界大戦のような惨禍に見舞われることを心配していました。

そのため、戦後ヴェルサイユ条約の過酷な条件で経済的に混乱したドイツを救おうとし、ドイツ政府とフランス政府・イギリス政府を宥和させるべく奔走します。

やがて、ダーリントンホールでは、秘密裡に国際的な会合が繰り返されるようになり、次第にダーリントン卿は、ナチス・ドイツによる対イギリス工作に巻き込まれていきました。

そんなバタバタした毎日の中で、ケントンは知り合った男性からプロポーズされます。

ケントンは上司でもあるスティーブンスにまず一報を入れます。

「彼と結婚するので辞めさせてください」というケントンの言葉に、思わず手にしたワインボトルを落としてしまったスティーブンス。

「考えましょう。ではこれで」と行きかけるスティーブンスを引き留めるケントン。

「一緒に働いて来て、それだけの言葉ですか?」。問いかけるケントンに、スティーブンスは「だからおめでとうと言いました」。

「彼、ベンさんと私にとってあなたは重要な人なのよ」。

「なぜです?」と多少不審がるスティーブンスに、「いろいろあなたの話題を彼に話しますの。彼は大笑いしましたわ」とケントンは言います。

少しくすぐったいような顔をして、スティーブンスは「そうですか。では失礼します」と告げました。

そして、ケントンは2週間後にこの地を去る彼の元へ嫁いだのです。

再び、1956年。

ベン夫人と再会を済ませたスティーブンス。ベン夫人は彼との再会をとても喜んでいました。ベンと結婚したのも、スティーブンスを困らせたかったからとも言います。

けれども、娘が出産したため孫と娘の側にいたいので、今住んでいる町を離れるわけにはいかないと言います。

2人が闘うようにして過ごした懐かしい日々は戻りません。ケイトンの帰路のバスを待つ2人に冷たい雨が降り続きます。

時間通りに来たバスにケイトンを押し込むように乗せたスティーブンス。2人は固く握手をします。

「お目にかかれて本当によかった」「お会いできてよかった。さようなら、お元気で」

別れの言葉を残して、バスは去って行きました。

ケイトンとの再会の旅から戻ったスティーブンス。不遇のうちに世を去ったかつての主人や失われつつある伝統に思いを馳せます。

しかし、彼はまだ現役。立ち止まってはいられません。前向きに現在の主人・アメリカ人であるファラディ氏に仕えるべく決意を新たにしました。

村の女性をメイドに雇い、屋敷内の仕事を支えるスタッフを揃えるのです。

屋敷の窓をしめて空を見上げるスティーブンスに、優しい日差しが降り注ぎます。

映画『日の名残り』感想と評価


(C)1993 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved

ブッカー賞を受賞したカズオ・イシグロのベストセラー小説『日の名残り』を映画化した本作。

物語は1956年の「現在」と1920年代から1930年代にかけて、スティーブンスの回想シーンを往復しつつ進められます。

イギリス名門貴族のお屋敷で働く執事という、堅い仕事をするスティーブンス。ご主人であるダーリントン卿に仕えることを何よりの喜びとしています。

ゆえに、同じ屋敷内で働く若いスタッフの恋愛騒動やゴシップ、逃亡などは心よく思わず、日々の規律を乱す出来事からおこる人手不足にいつも悩んでいました。

新しく雇い入れたケントンは優秀ですが、その若さと眩しいぐらいに自由な考えを、スティーブンスは危惧します。

一方のケントンは、仕事の一つ一つに口うるさいスティーブンスと何かと対立を繰り返しながらも、彼のことが気になり出します。

スティーブンスの方も憎からず思っているのですが、彼の頭の中はオシゴト第一! 職場恋愛はご法度なのです。

結果、意地っ張りのケントンは、その頃求愛してきたベンという男性と結婚します。

ケントンにとって、スティーブンスの存在は何だったのでしょう。なくてはならない喧嘩相手とでも呼べるじれったい関係です。

そんな間柄にある自分でも気がつかないうちに大きくなっていた2人の相手への想いは、失ってみて初めて知るもの。

それは、決して口に出せないだけにいつまでも心の奥に残る、タチの悪いものでもありました

仕事一筋に生きる男性に魅かれながらも、言葉にしないでそっと秘めておく女性の恋ごころ……。遠い昔のこんな恋愛は、少し前の日本でもあり得ますので共感できるものでした。

『日の名残り』で大人の恋愛事情を描いたイシグロ・カズオの世界観を、ジェームズ・アイボリー監督が見事に切り取って映像化しています。

主役の2人を演じるのは、アンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソン。

部屋ののぞき窓から廊下を見て在りし日のケントンの姿を想い浮かべるスティーブンスの思慕を、アンソニー・ホプキンスが、コミカルに表現しています。

もどかしい関係に苛立ちながら、時には奔放に時にはお茶目に、自分をアピールするケントンには、エマ・トンプソン。

過去を振り返るだけの思い出映画となりがちな本作が、2人の名優によって、人の生き方を問う重いテーマをも匂わす作品となっています。

まとめ

屋敷に住み込むで働く執事を主人公にした映画『日の名残り』。

主人公のスティーブンスは、世界情勢などは気にもかけずにひたすら仕事に励み、自分の幸せを考える暇もありません。

スタッフとして働くケントンは、そんな彼を好ましく思いながらも、気持ちを打ち明けられません。

そんな毎日に踏ん切りをつけるように、ケントンは結婚という形で職場であるダーリントンホールを去りました。

あれから20年以上経過し、過去と現在を行きつ戻りつしながら描かれているのは、正直すぎる男女の結ばれない愛の行方と出会えたことへの喜びでした。

過ぎ去りし日の大切な出会いと別れ、そして残されたわずかな心の痛みと安らぎ

それが現在でもお互いの心の支えになっているというのは、やはり大人の2人、だからなのでしょう。




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