親たちがついていた命懸けの嘘と秘密とは?
「バトン」をつないできた親たちと子の愛と絆の物語。
第16回本屋大賞を受賞し、「令和最大のベストセラー」と称される瀬尾まいこの同名小説を映画化した『そして、バトンは渡された』。
さまざまな親から親へとリレーされながら育ち、小学生から高校卒業までに4回も名字が変わった主人公の優子。二人の母・三人の父を持つ彼女が、自分の人生を歩み出そうとする中で、それぞれの親たちとの絆と愛を確かめてゆくさまを描き出します。
永野芽郁、田中圭、石原さとみなど豪華キャスト陣が勢ぞろいし、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』の前田哲が監督を務めた本作。
本記事では、映画『そして、バトンは渡された』をあらすじネタバレありで紹介いたします。
CONTENTS
映画『そして、バトンは渡された』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【原作】
瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』(文春文庫)
【監督】
前田哲
【脚本】
橋本裕志
【キャスト】
永野芽郁、田中圭、岡田健史、石原さとみ、大森南朋、市村正親、稲垣来泉
【作品概要】
第16回本屋大賞を受賞した瀬尾まいこの同名ベストセラー小説を映画化。さまざまな親から親へとリレーされながら育ってきた主人公が、自分自身の人生を歩み出そうとする中で、二人の母・三人の父たちとの絆と愛を確かめてゆくさまを描く。
主人公・優子を永野芽郁、血のつながらない父「森宮さん」を田中圭、魔性の女・梨花を石原さとみがそれぞれ演じるほか、監督を『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』の前田哲が務めている。
映画『そして、バトンは渡された』のあらすじとネタバレ
高校3年生の優子(永野芽郁)は、どんなに嫌な思いをしても常に笑顔でいるようにしていましたが、それはかえって周囲からの嫉妬や反感を買ってしまっていました。
優子は親の結婚・離婚により、高校生になるまでに4回も名字が変わっていました。そして現在は「森宮優子」として、「ママ」に逃げられたものの、自身のことを真摯に支えてくれる料理上手な義父「森宮さん」(田中圭)と二人暮らしをしていました。
ある日、優子はクラスメイトたちに押しつけられる形で、卒業式でのクラス合唱のピアノ奏者へ任されます。家庭用の電子ピアノで自宅練習を続ける中、彼女はピアニストとして将来を嘱望されている同級生「早瀬くん」(岡田健史)の存在を知り、彼のピアノを弾く姿を見て恋をしてしまいます。
優子が7歳のころ……友だち想いだが泣き虫ゆえに「みぃたん」と呼ばれていたころ、彼女は「水戸優子」として、実の父である「水戸さん」(大森南朋)と暮らしていました。
物心つく前に実の母を亡くしていたため、「自分にだけなぜママはいないのか?」と時には泣いていた幼い優子。そんな時、水戸さんがある女性と再婚することになりました。
相手は、水戸さんが勤務するチョコレート工場でパートとして働いていた田中梨花(石原さとみ)。水戸さんの夢「ブラジルで見つけた最高のカカオ豆で『自分のチョコレート』を作る」も応援しているという梨花は、義理の娘である優子に愛情をもって接してくれます。
しかし水戸さんが会社を辞め、ブラジルへ家族全員で移住しチョコレート作りを始めると勝手に決めてしまったことで、あまりにも大きな環境の変化を嫌がる梨花との間に対立が。
優子は実の父である水戸さんとともにブラジルへ行くか、義理の母である梨花と日本に残るか悩んだ結果、「日本の友だちと約束してしまったから」と理由で涙ながらも日本に残ることをしました。
場面は現在、優子は学校で進路相談を受けていました。4年制大学に行ける学力はあるものの、栄養士などの資格をとり料理に携わる者として早く自立したいと語る彼女に、「家庭に問題があるのかしら」と口にする担任。その言葉に答えた優子の顔に、いつもの貼り付けたような笑顔はありませんでした。
その後優子は、隣の教室で行われていた早瀬くんの進路相談を偶然目にします。有望なピアニストながら、彼に期待を押しつけ続けてきた母との確執にウンザリしていた早瀬くんは、音楽と同じくらい料理を愛していた音楽家ロッシーニのように、料理人を目指そうとしていました。
やがて優子と早瀬くんは、ピアノ、料理人として自立したいという夢、そして互いの親子関係への憧れ……早瀬くんは優子と森宮さんの互いを尊重できる親子関係への、優子は早瀬くんとその母の喧嘩のできる親子関係への憧れを語る中で、親しくなっていきました。
場面は過去へ。「田中優子」として梨花との二人暮らしを始めた幼い優子は、ブラジルへ一人行ってしまった水戸さんを思い出しては、寂しさで泣いてしまっていました。そんな時にいつも梨花は「こういう時こそ笑うべき」と励ましました。
一方で優子は水戸さんへの手紙を毎週送っていましたが、いつまで経っても返信が届くことはありませんでした。
生活も決して楽ではない中、それでも優子と梨花は仲睦まじく暮らしていましたが、ある時優子は「ママは何歳まで生きるの?」と梨花に突然尋ねます。「一人ぼっちになっちゃうから、ずっと死なないでね」という優子に、梨花は「大丈夫」と笑顔で答えました。
ある日の小学校帰り、ピアノ教室へ行く同級生たちと別れ一人ぼっちになった優子は、傘も差さないまま雨の中を歩きます。しかし、偶然通りがかった大きな邸宅から聞こえてきた美しいピアノの音色に幼いながらも感動した優子は、元気を取り戻しました。
帰宅後、梨花に「ピアノを習いたい」と口にする優子。無論現在の生活では到底無理だと理解していた彼女は諦めようとしますが、梨花は「ママがんばってみる」と答えました。
場面は現在へ。会社で働く森宮さんのもとに、梨花が現れます。何か「頼みごと」をしに来た梨花に対し、森宮もまた梨花に「頼みごと」をしました。
その後、森宮さんとレストランで待ち合わせた優子は、彼に「会わせたい人がいる」と伝えられます。しかしいつまで経っても、森宮さんのいう「会わせたい人」は現れませんでした。そのころ梨花は別のレストランで、ある老紳士に「頼みごと」をしていました。
場面は過去へ。梨花とともに豪邸に訪れた幼い優子は、「今日からみぃたんのものよ」と伝えられた邸内の大きなグランドピアノに驚き、続けて豪邸の家主であり梨花の再婚相手「泉ヶ原さん」(市村正親)を紹介されてさらに驚きます。
それまでの厳しい生活とは打って変わり、ピアノの個人レッスンまで受けられるようになった優子。一方で梨花は、泉ヶ原家での裕福だが堅苦しい生活になじめずにいました。そしてある日、梨花は泉ヶ原家から姿を消しました。
泉ヶ原さんは「今はぼくがパパだ」と優子を慰めますが、それでも「ママ」である梨花がいない寂しさは拭い切れませんでした。しかし姿を消して2ヶ月が経過したクリスマスの日、梨花は突然帰ってきました。
「牧場で働いていた」という梨花は、今後は週末婚で関係を続けさせてほしいと提案し、泉ヶ原さんもそれを了承します。しかし、実はすでに梨花は新たな彼氏を探しており、それを聞かされた優子は困惑してしまいます。
場面は現在へ。優子は無事受験に合格し、優子の言葉によって後押しされた早瀬くんも音大への入学が決まっていました。森宮さんとのお出かけ中、優子は早瀬くんへのお祝いのプレゼントを買います。
その後、優子は森宮さんから合格祝いとしてほしかった腕時計をプレゼントされます。それに対して優子も、料理上手な森宮さんに食器セットを贈ります。そして「もう私は大丈夫」と自立の決意を伝えますが、森宮さんは「父親の務め」を最後まで果たしたいと答えます。
すると、遠くから聞き覚えのあるピアノの音がしてきます。優子と森宮さんが音のする先へ行くと、そこには子どもたちを楽しませながら、広場に展示されていたピアノを弾く早瀬くんの姿がありました。
早瀬くんの姿を見つめる優子と、彼女の姿を見て優子の恋する相手を改めて察する森宮さん。しかしピアノ演奏後、恋人とともにその場を後にする早瀬くんも目撃してしまった優子はショックを受けました。
早瀬くんからのレッスンでうまく弾けるようになったピアノも、恋人の一件以来調子が悪くなってしまった優子。しかし森宮さんのサポートのおかげで、次第に調子を取り戻していきました。
場面は過去へ。すっかりピアノが上達した幼い優子に感動しながらも、梨花は新しい再婚相手を同窓会で見つけ、すでに式場も押さえてあると伝えます。
ピアノの発表会を間近に控えていた優子は戸惑いますが、梨花の説得により彼女へついて行くことを選びます。そして「みぃたん」の幸せを考えた上でそれを受け入れてくれた泉ヶ原さんに感謝の言葉を伝えました。
場面は現在、優子の高校の卒業式当日へ。参列者席で優子のピアノ演奏を見つめていた森宮さんは、優子と初めて会った日のことを思い出していました。
同窓会で再会した初恋相手の梨花との結婚式当日、初めて優子の存在を知らされた森宮さん。困惑はしたものの、「ごめんなさい」と謝る幼い優子を見て「未来の楽しみが二倍になった」「明日が二つになった」と受け入れ、優子の「父親」になったあの日。
こらえきれず涙が溢れ出る森宮さんを見て、優子もまた涙を浮かべつつ、梨花の言葉通り笑顔でピアノを弾きました。
映画『そして、バトンは渡された』の感想と評価
バトンの担い手は「優子の親たち」だけではなく
作中の物語を通じて、優子の二人の母・三人の父たちが渡し続けてきたバトン。その「バトン」と表現されるものは「使命」や「責任」、あるいはよりシンプルに、純粋に「想い」とも言い換えることができます。
「『娘』である優子の幸せ」というたった一つのゴールを目指して「バトン」を渡し、受け取り、進み続けてきた優子の二人の母と三人の父たち。その一方で、「バトン」は決して優子の親たちの間だけに存在するものではないことも、作中では描かれています。
優子が目指していた料理の道も、常に彼女のことを支え続けてきた森宮さんの手料理がルーツでした。幼少期の彼女がピアノと音楽の素晴らしさに目覚めたのも、早瀬くんの「母親を喜ばせたい」という在りし日の想いが込められていた、ピアノの音色がきっかけでした。
また映画の後半部にて、早瀬くんがピアノと改めて向き合おうと決意できたのも、早瀬くんの母親が抱える「息子の才能をより良い形で発揮させてあげたい」という責任感、絶縁状態になってもなお彼が再びピアノを弾くことを信じ続ける想いを「受け取った」優子の言葉でした。
そして、結婚式で早瀬くんが森宮さんから「バトン」を渡されたように、優子もまた早瀬くんの母親から「バトン」を渡されたことも、映画終盤の式場控え室での場面にて描かれています。
「人間」だからこその願いを叶えるバトン
バトンは決して、優子が「特別」だから存在していたわけではない。
無論、優子の二人の母・三人の父たちにとって彼女は「特別」ではありますが、彼の母親にとっての早瀬くん、優子にとっての早瀬くんがそうであるように、「特別」は決して「親子」という関係性のみならず、人と人のつながりの数ほどに存在することも、映画『そして、バトンは渡された』では描かれています。
人と人とのつながりの中に、数え切れないほどの「特別」が存在する。そんな「特別」のために、人々は自らの生と死の最中でバトンの受け渡しを続けている。
それらをふまえると、本作における「バトン」とは、個人と他人の狭間でその生涯を過ごす人間の、自愛と他愛とが融け合った二つの願い……自分たちがそれぞれに持つ「特別」が誰かにとっての「特別」にもなってほしいという願い、たとえ自分たちがこの世界を去ったとしても「特別」に生き続けてほしいという願いを叶えるための方法といえます。
「人間は何のために生きるのか」「人間はなぜ一人では生きられないのか」……生きてゆく中で誰もが一度は抱いたことのある人生への問いに、本作は「バトン」をめぐる物語でもって答えているのです。
まとめ
「動く映像」を記録できるという点から、その黎明期の時点から「その時、人々は確かに生きていた」という記憶を残すという役目も担い続けてきた映画。スクリーンに映し出されるその映像には、自分たちにとっての「特別」な記憶を残したいという制作者の願いが強く反映されています。
「『その時、人々は確かに生きていた』という記憶を後世に伝えたい」「より色濃く当時の様子を伝えられる映像によって、記憶を残したい」という人々の願いが込められた映画。それはまさしく、バトンが持つさまざまな形の一つであり、小説『そして、バトンは渡された』が描いたバトンをめぐる物語が映画化されたことは、もはやごく自然なことともいえます。
原作者である瀬尾まいこが小説という形で「バトンをめぐる物語を伝えたい」というバトンを形作り、そのバトンが小説を読んだ人々の元へと渡る。ついには映画という新たな形のバトンへと変化し、リレーはさらにつながってゆく。
「そして、バトンは渡された」
その言葉通り、バトンをめぐる物語のリレーもまた続くのです。