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【ネタバレ】海の上のピアニスト|あらすじ結末感想と評価考察。船を降りない理由は何/なぜ?も解説《ティム・ロス代表作》

  • Writer :
  • 谷川裕美子

海に人生を捧げた奇跡のピアニストの物語

ニュー・シネマ・パラダイス』(1988)の名匠ジュゼッペ・トルナトーレ監督が、豪華客船で生まれ育ち一度も船を降りなかったピアニストの生涯を描いた『海の上のピアニスト』の完全版。

原作はアレッサンドロ・バリッコの独白劇『ノヴェチェント(イタリア語版)』。

『レザボア・ドッグス』(1993)『ロブ・ロイ/ロマンに生きた男』(1995)のティム・ロスが主演を務めます。

生まれてすぐに船に捨てられた主人公は、その後も一度も陸に降りることなく、乗客たちに美しいピアノを奏で続けます。

果たして彼は、船を降りて新たな人生に踏み出したのでしょうか。それとも一生を船に捧げたのでしょうか。

ミステリー的な展開にもドキドキさせられる珠玉の人間ドラマの魅力をご紹介します

映画『海の上のピアニスト イタリア完全版』の作品情報


(C)1998 MEDUSA

【公開】
2020年(イタリア・アメリカ合作映画)

【原作】
アレッサンドロ・バリッコ

【監督・脚本】
ジュゼッペ・トルナトーレ

【編集】
マッシモ・クアッリア

【出演】
ティム・ロス、プリット・テイラー・ビンス、メラニー・ティエリー、ビル・ナン、ピーター・ボーン、ニオール・オブライエン、アルベルト・バスケス、クラレンス・ウィリアムズ3世、ガブリエル・ラビア

【作品概要】
ニュー・シネマ・パラダイス』(1988)の名匠ジュゼッペ・トルナトーレ監督作品。

ティム・ロス演じる、豪華客船で生まれてから生涯通して一度も船を降りなかった天才ピアニストの生涯を描いた『海の上のピアニスト』(1999)の完全版です。

インターナショナル版ではカットされた40分近い未公開シーンなどが含まれるほか、タイトルやクレジットロールもイタリア語で演出されています。

日本の劇場公開から約20年を経た2020年、インターナショナル版の4Kデジタル修復版の公開にあわせ、イタリア完全版も日本で初公開されました。

共演はプリット・テイラー・ビンス、メラニー・ティエリー、ビル・ナン。

映画『海の上のピアニスト イタリア完全版』のあらすじとネタバレ


(C)1998 MEDUSA

第二次世界大戦終戦後。あるトランペット吹きが自分のトランペットを金に換えるために楽器店を訪れました。

最後に一度吹かせてくれと言って男が奏でたメロディを聴いた店主は、同じメロディを奏でるピアノのレコードをかけ、弾いているピアニストの名前を知りたがります。そのレコードはつぎはぎだらけでした。

トランぺッターは秘密の物語を語り始めました。

大西洋をめぐる豪華客船の中で生後間もない赤ん坊が見つかりました。生まれた年の1900年にちなんで「ナインティーン・ハンドレッド」と名付けられます。書類もビザもない少年は、船の底に隠れて育ちました。

親代わりだった黒人機関士のダニーを事故で亡くし、少年は8歳で再び孤児になりました。

船を決して降りなかった彼は、やがて船内のダンスホールでピアノを演奏するようになり、即興で人の胸に染み入る曲を次々と作り出していきます。

そんななか、トランぺッターとして船に採用されたのが、楽器店を訪れた男、マックス・トゥーニーでした。彼はナインティーン・ハンドレッドと親交を深めていきました。

楽器店の店主から、レコードが中古ピアノから発見され、そのピアノがあった病院船が爆破されると聞いたマックスは、爆破を止めるために船に駆け付けます。ナインティーン・ハンドレッドがまだ船内にいるとマックスは確信していました。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには映画『海の上のピアニスト イタリア完全版』ネタバレ・結末の記載がございます。映画『海の上のピアニスト イタリア完全版』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)1998 MEDUSA

ナインティーン・ハンドレッドは自由に独自のメロディを奏で続け、陸に降りた人々は彼の演奏の素晴らしさを話して伝えました。

ジャズの創始者と呼ばれる名ピアニスト、ジェリー・ロール・モートンが噂を聞きつけ、彼に対決を申し込みます。ナインティーン・ハンドレッドは誰もが呆然とするほどの超絶技巧を披露して圧勝します。

爆破からピアニストを守るために、マックスは楽器店を真夜中にふたたび訪れ、レコードと蓄音機を貸してほしいと頼みます。そのレコードは確かにナインティーン・ハンドレッドの演奏を録音したものでした。

ナインティーン・ハンドレッドは、録音中に窓の外に美しい少女を見つけて心を奪われていました。少女を見ながら素晴らしいメロディが奏でられたその現場に、マックスは立ち会っていました。

マックスはこのレコードを持って陸に降りて成功しようと彼に言いますが、ナインティーン・ハンドレッドは自分の音楽は渡さないと言って原盤を持ち去ります。

彼は、少女にレコードをプレゼントしようとするものの、タイミングをつかめません。女性専用客室に入り込んだ彼は、眠っている彼女の唇にそっとキスして隠れました。

とうとう船がアメリカに到着した際、ナインティーン・ハンドレッドは少女に、彼女の父に会ったことがあると話します。彼女の父は、以前海に声があると教えてくれた人でした。

少女は彼の頬にキスをし、住所を伝えて去っていきました。渡せなかったレコードを、ナインティーン・ハンドレッドは砕き、その様子をマックスは見つめていました。

7年後のある春の夜。静寂のなかで壁にかかっていた絵が落ちました。ナインティーン・ハンドレッドは、マックスに陸に降りると告げ、陸から海を見て海の声を聞いてみたいと話します。

とうとうピアニストが船を去る日。マックスは笑顔でナインティーン・ハンドレッドを見送ります。しかし、タラップの途中で立ち止まって陸を見つめたナインティーン・ハンドレッドは、そのまま再び船へと戻ってきました。

別人のようになったナインティーン・ハンドレッドはピアノも弾かず、考え込んでいました。その後、自分の生き方を決めた彼は、奇妙な音楽を奏で始めます。

1933年にマックスは船を降りましたが、その後戦争を迎えてもナインティーン・ハンドレッドを忘れたことはありませんでした。

マックスは楽器店主から借りたナインティーン・ハンドレッドのレコードを、古い船の中でかけました。かけ終えて立ち上がったマックスは、とうとうナインティーン・ハンドレッドを見つけます。

彼は戦争中も変わらず弾き続け、多くの人々の最期を看取っていました。マックスは一緒に船を降りて、自分と組んで音楽をやろうと誘います。

ナインティーン・ハンドレッドは、アメリカの街には終わりがなく、行きつく場所がないと話します。ピアノにはキーに限りがあり、だからこそ生み出される音楽は無限だと。

無限の鍵盤の音楽は作れないから船は降りないと彼は言い、人生からも降りると告げます。彼をよく理解しているマックスは、固く抱き合ってから別れました。ピアニストは最後まで面白いことを言ってマックスを笑わせました。

その後、船はダイナマイトで爆破されました。

楽器店に戻ったマックスは、店主にすべてを話します。割れたレコードを直してピアノの中に入れたのはマックスでした。

店主はトランペットをマックスに返し、金よりもっと価値がある物語だったと言いました。トランペットを受け取ったマックスは再び歩き出しました。

映画『海の上のピアニスト イタリア完全版』の感想と評価


(C)1998 MEDUSA

サスペンス色も光る珠玉のヒューマンドラマ

人間ドラマの名手ジュゼッペ・トルナトーレによる傑作ドラマ『海の上のピアニスト』。『ニュー・シネマ・パラダイス』でトルナトーレ監督と組んだ音楽家のエンニオ・モリコーネの美しい音楽が全編を彩ります

トルナトーレ監督ならではの温かな人間愛とともに、サスペンス色も際立つ魅力ある作品です。

主人公は船に捨てられていた子どもで、1900年生まれだったことからナインティーン・ハンドレッドと名付けられます。彼を愛情深く育ててくれたのはボイラー作業員のダニーでした。彼の大きな手に抱かれ、大勢の労働者たちに見守られながら、少年はすくすくと育ちます。古き良きのどかであたたかな時代でした。

ナインティーン・ハンドレッドの物語を語るのは、彼とともに船で音楽を奏でていたトランぺッターのマックスです。

さまざまな彼との思い出を持つマックスは、戦後すぐに愛するトランペットを金に換えるために楽器屋を訪れ、ナインティーン・ハンドレッドの演奏を吹き込んだレコードに再会します。

そのレコードがみつかったピアノの置かれていた船が二日後に爆破されると聞いたマックスは、その船に駆け付けます。船にはまだナインティーン・ハンドレッドが残っていることを彼は確信していました。

普通の人にとっては、船は旅路であり、陸を目指すための移動の手段でしかありませんが、ナインティーン・ハンドレッドにとっては自分の世界の全てだったからです

果たして爆破される予定の船に、まだナインティーン・ハンドレッドは残っているのか。ハラハラして行方を見守りながら、ストーリーは過去と現在を行き来します

船で生まれ育ち、車輪の固定を外したピアノで波に揺られながらピアノを弾くナインティーン・ハンドレッドの姿はファンタジックで、観ているうちに幻想的な世界へと導かれることでしょう。

劇中で何度も入るピアノ演奏は素晴らしく、さらに夢の世界へと誘います。有名ジャズピアニストのジェリーとのピアノ対決シーンは圧巻ですし、美しい少女に恋した瞬間に生まれた音楽が、レコードに閉じ込められるシーンも胸を打ちます。

プリズムのようにさまざまな光を見せる本作の魅力に、いつの間にか虜になってしまうに違いありません

なぜナインティーン・ハンドレッドは船を降りなかったのか


(C)1998 MEDUSA

本作では「なぜナインティーン・ハンドレッドは船を降りなかったのか」ということが、大きなテーマとなっています。

外に出ていく怖さと、とどまることの怖さ。多くの人たちは、そのどちらも経験して人生を送ることでしょう。ずっと小さな世界で安心して暮らしていきたいと願うことはあっても、実際に生活を変えずに過ごすことは難しいことです。

さまざまな場所での経験を経て人は鍛えられ、強くなり、困難に打ち勝てるようになったり、異なる価値観を学ぶことで世の中に順応していけるようになります。一か所しか知らないというのは恐ろしく危険なことでもあることを、皆どこかで理解しているのではないでしょうか。

船を出たことのないナインティーン・ハンドレッドこそ、誰よりもその事実に気づいていたことでしょう。だからこそ、一度は陸に降りようと彼は決心します。彼を陸に引き寄せたのは、美しい少女への恋心でした。

しかし、結局彼は思いとどまって船に戻ります。その理由は誰にも明かされませんでしたが、死を前にして、彼は親友のマックスにとうとう本心を打ち明けます。

彼が見た陸には「終わり」がありませんでした。無限の世界で自分で何かを選び取る生き方が自分にはできないことを、彼は理解してしまったのです

私たちは皆、自分の居場所を探して、広い世界を彷徨っているのではないでしょうか。対して、船という小さな世界を知り尽くしていたナインティーン・ハンドレッドは、船内のピアノにこそ自分の世界の全てが存在することに気づきます

それは、「船内にしか自分の人生は存在しない」ということと同じ意味を持ちました

「僕は結局存在しない人間だ」という彼の言葉が悲鳴のように聞こえます。しかし、マックスにとっては、ナインティーン・ハンドレッドは確かに存在していました。

ナインティーン・ハンドレッドが船内にまだ残っていることを、親友のマックスは確信していました。しかし、必死で降りるように話す一方で、マックスは友が決して船を降りないことを、誰よりもよくわかっていたのです

ピアニストの奇跡の人生を伝えるために、マックスは再びトランペットを持って歩き出します。それこそが、友への一番の弔いになることを信じ、彼は再び音楽家として生きる覚悟を決めたに違いありません。

まとめ


(C)1998 MEDUSA

船で産み落とされ、一度も陸に降りずに生を全うした奇跡のピアニストの人生を描く感動作『海の上のピアニスト イタリア完全版』。未公開シーンをすべて盛り込んだ、見ごたえある映像が20年を経て公開されました。

自分が生きていく場所を人は皆追い求め、さすらいます。しかし、本作の主人公ナインティーン・ハンドレッドは、自分の人生が確かに船のピアノの上にあることを知り、頑ななまでにほかの可能性を拒みました。

船の寿命を自分の寿命ととらえることに躊躇せず、共に爆破されて散っていった彼の姿に悲しみを覚えながらも、どこか羨望の思いを抱かずにはいられません




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