クエンティン・タランティーノ監督9作目の新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が、2019年8月30日に公開されました。
1992年『レザボア・ドッグス』で鮮烈デビューしたクエンティン・タランティーノ。映画への愛にあふれ、さまざまな名作への敬意を表しつつ、独自のスタイルを確立しています。
本筋とは関係のない雑談を長く続けたり、時系列を解体して現在と過去が入り組んだり、いきないヴァイオレンスシーンに突入したり。特に、西部劇や香港ノワール、日本の任侠映画に影響を受けたといわれる暴力描写に魅了されるファンも多いです。
今回の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』では、1969年に実際に起こったシャロン・テート殺害事件を扱っており、その扱い方に注目が集まっていました。
もちろんそれ以外にも、主人公リック・ダルトンが出演する西部劇の現場や、相棒クリフ・ブースがブルース・リーと対峙するシーンなど、映画を愛するタランティーノらしいスパイスのきいた見どころが満載の作品です。
本記事では『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のネタバレ込みで、解説と考察をしていきます。
CONTENTS
映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の作品情報
【日本公開】
2019年(アメリカ映画)
【監督】
クエンティン・タランティーノ
【キャスト】
レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー、エミール・ハーシュ、マーガレット・クアリー、ティモシー・オリファント、オースティン・バトラー、ダコタ・ファニング、アル・パチーノ、ジェームズ・マースデン、ルーク・ペリー、ティム・ロス、マイケル・マドセン、カート・ラッセル、ダミアン・ルイス
【作品概要】
『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012)で悪役を演じたレオナルド・ディカプリオ。『イングロリアス・バスターズ』(2009)に主演したブラッド・ピット。
それぞれタランティーノ作品に出演経験のあるふたりが初共演した『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』。
それだけでも話題性抜群ですが、その内容は1960年代後半のハリウッドを舞台にした映画業界のお話。しかもクライマックスには、マンソン・ファミリーによるシャロン・テート襲撃事件が控えています。
ハリウッド史上稀に見る悲劇をタランティーノがどう描くのか、それが本作最大の見どころです。
レオとブラピは最強のバディ
タランティーノは、レオとブラピの共演がこんなに相性がいいとは思わなかった、と驚いたといいます。そしてそれぞれが、その役にとても似ていたとその印象を話しています。
レオナルド・ディカプリオ=リック・ダルトン
この映画の中でレオナルド・ディカプリオが演じるのは、西部劇のテレビシリーズで名を馳せたものの、今は落ち目の俳優リック・ダルトン。
実在の俳優、タイ・ハーディンや、エド・バーンズ、ピート・デュエルをモデルにしているそう。彼らは劇中にもあったように、もしかしたらスティーブ・マックィーンになれたかもしれない俳優たちです。
テレビから映画に進出し、世界に名を轟かせる大スターになれるチャンスが、リック・ダルトンにもありました。
レオナルド・ディカプリオ自身は世界的大スターですが、子役からこの業界で過ごし、浮き沈みの激しい世界を見てきました。そのキャリアは美少年のアイドル的なものから次第に正統派の主役へ、そして悪役・汚れ役をあえて好んで選ぶように変わってきました。
リックのように仕方なく悪役をやっていたわけではありませんが、その気持は十分理解できたようです。劇中でリックがアルコールに依存している描写がありますが、それはディカプリオが考えたアイディアだったそうです。
ブラッド・ピット=クリフ・ブース
ピットが演じるクリフは謎の多い人物です。妻殺しの噂がありつつも、俳優リック・ダルトンとは長いつきあいでとても良い関係です。たとえスタントの仕事がなくても、リックのために生きることでそれなりに暮らせており、不満もありません。
やりたい仕事ができればそれが一番ハッピーですが、そうでなくてもフワフワと浮草のように漂いながら与えられた仕事をしています。その自由な生き様はカッコよく、悩んですぐ泣くリックとは対称的です。
ブラッド・ピットは常にかっこいいのです。ディカプリオもいい男ですが、役柄的にも、おそらく彼はあえて汚くしているような節があります。
ピットはいつも爽やかさをまとい、いい意味で安心感のある、いつもブラピなのです。
本作でも、圧倒的にかっこよさではピットに軍配が上がります。ディカプリオはあえてリックをカッコ悪くみせることで、クリフの存在感を高め、この映画を美しい「おとぎ話」に仕立て上げました。
もちろんそう演出したのはタランティーノですが、彼はキャラクターが勝手にしゃべる、という表現をよく使います。ある設定を与えられたキャラクターは、その人がしゃべりそうなことをしゃべり、やりそうなことをやるのです。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』はリック・ダルトンがしゃべり、クリフ・ブースが行動する、そういう映画なのです。
タランティーノのあたたかな魔法
タランティーノは『パルプ・フィクション』(1994)で大胆に時系列の入れ替えを行い、人の生死の順番が変えたり、文字通りの蘇生を行ったりしました。『キル・ビル』(2003)でもユマ・サーマン演じる主人公は昏睡状態から目覚めます。
他の作品でもありますが、タランティーノはよく「死なない」人や「よみがえる」人を描きます。それは物語の中だけでなく、俳優の起用にもみられます。
『サタディ・ナイト・フィーバー』(1977)などで一世を風靡したものの、その後くすぶっていたジョン・トラボルタを『パルプ・フィクション』で復活させ、『ジャッキー・ブラウン』(1997)でパム・グリアやロバート・フォスターに再びスポットを当てました。
このように、タランティーノは失われたもの、忘れられたものをよみがえらせる魔法使いのような監督なのです。その彼が、今回は女優シャロン・テートをよみがえらせました。
女優の選び方のセンスは抜群!足フェチも健在
シャロン・テートを知る人たちは、彼女のことを“天使”のようだったと言います。若くして惨殺されたので美化されているのかもしれませんが、本作で描かれたシャロンはまさにイノセントな存在でした。
才能あふれるセレブたちに囲まれ、何不自由なく、こぼれるような美貌をきらめかせながら過ごすその姿は非常に愛らしく、特に映画館で自分の出演作品を観るシーンなどは、思わずこちらも微笑んでしまうほど。
その後、映画館では、ブーツを脱いだシャロンの足の裏が何度も映り込みます。足フェチのタランティーノらしい構図ですが、その足の裏が意外に汚れているのも愛らしくて好感がもてました。もちろん、観客の反応に満足げに微笑む笑顔もたまりません。
白いマイクロミニのスカートから見える長い脚。その美しい顔もさることながら、この脚こそが、シャロン・テート役にマーゴット・ロビーが選ばれた最大の理由かもしれません。
歴史上の悲劇の女優としか認識していなかったシャロン・テート、そのひとがそこに生きていました。こんな素敵な女性だったんだ!と感じられたことが、この映画最大の存在価値なのかもしれません。
60年代を知っていればより楽しめる“大人の映画”
この映画の時代は1969年です。紹介されるテレビ番組、映画、そしてラジオから流れる音楽など、その時代のものがたくさんでてきて、当時を知る人やこの年代が好きな人にはたまらない作品になっています。
もし可能なら時代背景だけでも予習してからご覧になった方が格段に面白さが増すでしょう。
ふと流れる『ミセス・ロビンソン』から『卒業』(1967)を思い出したり、『夢のカリフォルニア』の物悲しいバージョンに胸がキュッとなったり。そんな収穫もありました。
もちろん、その時期から活躍していた俳優たちがチョイ役で出演しているのも、タランティーノらしいサプライズです。アル・パチーノ、ブルース・ダーン、少しあとですがカート・ラッセル等々。
ブルース・ダーン演じるスパーン牧場の主ジョージは、亡くなったバート・レイノルズが演じる予定だったそう。バート・レイノルズのジョージ役も見てみたかったものです。
まとめ
10本撮ったら監督を引退をすると公言しているタランティーノ。今回の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は9作目。
来日時のインタビューで、「この映画は今までの監督作品のクライマックス。10本目はもっと低予算の小さなものかも」、と語っていました。
たしかに、この映画には今までの作品のたくさんエキスが詰まっていて、しかもそれまでのトリッキーな構成ではなく、“ある意味普通”にストーリーは進んでいきます。
でも、最後にはとっておきの魔法が披露され、わたしたちは「あの悲劇」がなかった世界に誘われるのです。
リックやクリフに幸せな未来があったかどうかはわかりませんが、こうだったらいいのにな、という世界をタランティーノは作ってくれました。
ありがとう、タランティーノ監督!また映画を撮ってくださいね。
クエンティン・タランティーノ監督の最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は2019年8月30日よりロードショー!