東日本大震災から10年。震災を語り継ぐということ。
東日本大震災の記憶や記録を、遠い未来へ受け渡すための表現活動を続けるアートユニット「小森はるか+瀬尾夏美」によるプロジェクトから生まれた映画『二重のまち 交代地のうたを編む』。
映像作家の小森はるかと、画家・作家の瀬尾夏美によるプロジェクトは、東日本大震災後のボランティアをきっかけに活動をはじめ、翌2012年から岩手県陸前高田市に拠点を移した後、2015年に仙台で「一般社団法人NOOK」を設立。
東日本大震災後の人々の語り、暮らし、風景の記録を、未来へ受け渡すことをテーマに制作を続けてきました。
今作は、岩手県陸前高田市を拠点とするワークショップに集まった4人の若者が、その土地に住みながら話を聞き、瀬尾夏美が綴った物語「二重のまち」の朗読を通し、震災と向き合う姿を記録したドキュメンタリー映画となっています。
当時まだ幼かった若者たちが、今の被災地の風景の中でそこに住む人々から話を聞き、知らなかった震災を想像しながら、その苦しみや悲しみに寄り添い、その先に進むことに一緒にもがき戸惑う姿がリアルに映し出されています。
本作は、2021年2月27日(土)より、ポレポレ東中野、東京都写真美術館ホールほか全国順次公開されます。
映画『二重のまち 交代地のうたを編む』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督】
小森はるか 瀬尾夏美
【キャスト】
古田春花、米川幸リオン、坂井遥香、三浦碧至
映画『二重のまち 交代地のうたを編む』のあらすじ
2018年、岩手県陸前高田市に集まった4人の若者たち。まだ若いかれらは、東日本大震災について想いもそれぞれ、離れた地からやってきた「旅人」です。
旅人のひとりである高校生の少女は、被災地の同じ世代の子に聞きたいことがありました。「泣いてる親を見てどう思ったか?」。
「また泣いてるな。他人事のように思っていた」。当時、小学生だった彼女たちは「震災で失ったものはそんなにない」と言います。「他県からきた人とそんな変わんないよ」。
嵩上げ工事が進む町を歩きながら、道端に咲く花にきゅんとした旅人のひとりが、子育て中の女性を訪ねました。
「以前はシロツメクサがいっぱい咲く広場があった」と教えてくれました。被災地では、かつての町の上に、新しい町が作られています。
男性の旅人のひとりは、震災当時の消防団長さんの話を聞きたいと考えていました。彼は、すでに病気で亡くなっていました。
変わりに町の人たちが団長の話を聞かせてくれました。「今日は話すぞ!」と、これまで辛すぎて話せなかったことを聞かせてくれました。
震災で息子さんを亡くしたという父親に町を案内してもらった旅人のひとりは、どうしても息子さんの話を切り出せなかったと言います。
「辛いことを思い出させてしまうのではないか」「傷つけてしまうのではないか」「自分が分かりたいからと聞くのは失礼にあたるのではないか」。旅人はためらいます。
しかし、この人たちの気持ちをもっと分かりたいと考えた時、旅人はせめて「丁寧に想像すること」に努めました。
旅人たちは、この町での体験を他の人にも伝えたいと考えます。同時に、短い期間しか過ごしていない自分たちが、どこまでこの町のことを語れるのか、また語っていいいのか、思い悩みます。
それでも「継承」しようともがく旅人。それは、未来に語り継がれていく「お話」が誕生する瞬間でもありました。
映画『二重のまち 交代地のうたを編む』の感想と評価
東日本大震災から10年。被災地はまだ復興の途中にありますが、当時小学生だった子供たちが大人になったのを見ると、月日が経ったことを感じます。
復興の町で、震災から目をそむけるのではなく、それを教訓に前に進もうと頑張る若者たちの姿は、故郷の誇りでもあります。
昨今では、あの日を風化させないようにと、イベントや映画化など様々な取り組みがなされています。
津波の怖さ、震災への備え、被災地の復興の歩みや、被災者の声。犠牲者への鎮魂と、これからの未来に同じことを繰り返さないために、記憶・記録を残すことは大切です。
映画『二重のまち 交代地のうたを編む』では、震災の記憶を未来へ受け渡す手段として、被災地出身ではなく、当時まだ幼かった若者たちに、「語り部」としての任務を与えています。
映画の中では「旅人」と位置づけられていますが、彼らは被災地の今の風景のなかで、被災者の話を聞きにいき、震災があったあの日を想像しなければなりません。
その作業は、ひどく辛いものです。4人の若者が、被災者とどう向き合い、今後どうして行けばいいのか迷ってしまうシーンがあります。「聞く側の辛さ」に共感するものがあります。
しかし、この作業こそがこれからの被災地にとって、欠かせないものと言えます。時が経つということは、津波体験者が減っていくということです。それは、戦争体験に似ています。
これから震災を知らない子たちが、体験者から聞いた話を、自分の言葉で自分の考えを交え伝えていくこと。誰かの記憶を引き継いでいくということ。これからの被災地には、「継承」が必要だと気付かせてくれました。
民話の継承にも「旅人」の存在は欠かせないものだったそうです。被災地の人だから、他県の人だからと区別せず、多くの人に「震災の語り部」になってほしいと願います。
また、このワークショップでは、4人の旅人が震災を綴った物語「二重のまち」を朗読するという行程が含まれています。
瀬尾夏美が2015年に執筆した「二重のまち」の物語は、実在の陸前高田市の人たちをモデルに、嵩上げ後の新しいまちで暮らす人たちの、2031年の姿を描いた作品です。
春夏秋冬の4章からなる作品を4人の「旅人」が分担して朗読します。物語の理解を深めるために彼らはモデルの人物に会いにいくのです。
訪ねた人の中には、いままで震災の話をすることが出来なかったという方もいます。しかし、「伝えていって欲しい」という思いから話を聞かせてくれました。
それは「旅人」という震災をよく知らない人にだからこそ、話せたのかもしれません。「旅人」にだからこそ、心の重荷を少し分けてくれたのかもしれません。
震災の非当事者だった「旅人」が、被災地で暮らし人々の話に耳を傾けることで、震災の記憶を共有する当事者へとなりました。
震災から10年。被災地では、今だから震災のことを話したい、伝えたいという思いを強く感じます。「忘れたい記憶」が「残したい記憶」へと変わっているのかもしれません。
かつての町の上に作られた新しい町に、ぜひ遊びにきてほしいです。そして、人々と触れ合い、あなたも「震災の語り部」になってください。
まとめ
アーティスト「小森はるか+瀬尾夏美」によるプロジェクト、東日本大震災の被災地である岩手県陸前高田市を拠点とし、初対面の4人の若者が被災地で過ごす15日間のワークショップを追ったドキュメンタリー映画『二重のまち 交代地のうたを編む』を紹介しました。
震災の非当事者だった若者たちが、被災地に暮らし人々の話に耳を傾けることで、その土地の過去、現在を知り、未来を架橋していくまでの様子が繊細に映し出されます。
他者の語りを聞き、伝え、語り直すという「継承」の行程は、震災に限らず、私たちの暮らしの中にもあります。
覚えていて欲しい大切なひと、伝えたい想い、伝統の技、秘伝のレシピ。小さなことでも、自分の生きた証を残すことは、未来に繋がる行為です。
東日本大震災から10年。震災の記憶が今後、語り継がれていく長い道のりの中で、語り手や役割が交代していく「交代地」が、今必要なのかもしれません。
東日本大震災の記憶・記録が、多くの語り部によって語られ続け、未来へ繋がることを祈ります。