映画『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』は2021年3月26日(金)より、テアトル新宿ほか全国順次ロードショー!
『山守クリップ工場の辺り』(2013)にてロッテルダム国際映画祭とバンクーバー国際映画祭でグランプリを受賞するなど国際的に高く評価された池田暁監督が、「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」を通じて手がけた長編第4作『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』。
目的を忘れ、全く知らない相手と毎日戦争をしている町を舞台に、そんな日々をなんの疑問もなく過ごす一人の兵隊と、周囲の人々の暮らしが変化していく様をユーモラスかつシニカルに描いた作品です。
この度の劇場公開を記念し、主人公・露木役を務めた前原滉さん、露木の楽隊内での上司・伊達役を務めたきたろうさん、そして本作を手がけた池田暁監督のお三方にインタビュー。
不条理に満ちた本作に生じる「笑い」、キャストお二人の眼から見た池田監督の表現、本作が「豊かさ」を持つ理由など、貴重なお話を伺いました。
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想像もできない、しかし面白い何か
──本作が初の映画主演作となった前原さんですが、初めて脚本を読まれた際の印象をお教えいただけますでしょうか?
前原滉(以下、前原):まずギャップに驚かされましたね。脚本を読み込む際には、常に「この場面はこう描くのかな」「この映画はこういう作品になるんだろうな」と自分で想像をしながら読み進めていくんですが、『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』の場合は、実際に池田監督が撮られた過去の作品を観たことで、自分の想像が全てひっくり返されてしまったんです。
自身が想定していた表現の手法がまるで違うことがわかった瞬間、作品が持つテーマを表現できるか否か以前に、役者としての表現のアプローチの仕方を変える必要があると感じました。その上で果たして自分がこの作品世界に飛び込めるのかどうか、当初は不安も抱いていました。
僕は出演オファーをいただいた時、誰かに相談するということはあまりしないんですが、今回初めて事務所のマネージャーさんに相談をしました。ただ相談をしていくうちに、脚本が描く主題と池田監督の演出表現が合わさった時、誰にも想像できない、だけど面白い何かが生まれるんじゃないかと思い始めました。そして自分が池田監督の描く世界に飛び込んだ時、自分や映画に思いもよらぬ化学反応が起こるのではと次第と楽しみになってきたんです。
明確なテーマが笑いを、笑いが明確なテーマを映えさせる
──前作『化け物と女』に続き、池田監督の描く世界に飛び込むのは2回目となるきたろうさんですが、続けてのご出演を決められたその理由をお教えいただけますでしょうか?
きたろう:池田監督の「笑い」のテイストが好きなんですよ。脚本を読んでいる時から、おかしくておかしくてしょうがない。そのおかしさが分からない人は多いんだろうなと思うんだけれども、自分にはその一つ一つが笑えてしまう。
こういったおかしさを今表現しようとする人間は、あまりいないと感じられました。たぶん、テーマは後で考えたんじゃないかな(笑)。笑いが先行して、この映画の物語が生まれていったのかもしれない。ただだからこそ、この監督から目を離すことができないと思ったわけです。
──きたろうさんの眼から見た、池田監督の「笑い」の本質とは何なのでしょう?
きたろう:本来は何の変哲もない、ありふれた言葉を「唐突」となる場面で選ぶことができる点もそうだけれど、やっぱり池田監督が描く「不条理」の部分がおかしくてたまらない。特に露木の同僚の藤間(今野浩喜)の受付でのやりとりの場面は不条理の極みで、だからこそ笑いになってしまう。何より、それが映画のテーマにも深くつながっている。
池田監督の映画は、テーマがとても明確なんです。そして明確にテーマがあるからこそ笑いが映えるし、笑いがあるからこそテーマもより明確になっていく。シンプルさゆえの深みを持っているわけです。
不条理の「あるがままの不自然」を描いた結果
──池田監督ご自身は、作品における「笑い」をどのように考えられているのでしょうか?
池田暁監督(以下、池田):特別「笑い」を狙っているわけではないんです。ただあの町の世界に凝縮された不条理や、その不条理に翻弄されながらも自己を抑制して生きている人々の「ありのまま」を撮ろうとすると、どこか笑いが生じてきてしまうんです。
たとえ不条理によって誰かが死んでしまっても、当事者たちが無理やり悲しみや怒りを抑制し続けている。ただそれをスクリーン越しなど少し離れた視点で見つめた時、当事者たちの「ありのままの不自然さ」に思わず笑ってしまうことがあるんです。不条理が笑いを生むのはそこに要因があるんだと思いますし、そのためにも不条理が生む笑いと、不条理な出来事を笑ってしまうことへの不謹慎さの境界線を映画を作る際には意識しています。
前原:不謹慎なことって、笑えたりもしますからね。
池田:だからこそ、「滑稽」という言葉があるんでしょうね。そもそも「滑稽」と「不謹慎」は境界線を挟んで非常に近い位置に並んでいて、不条理に遭遇した自身が境界線上のどこに立っているのか、或いは相手がどこに立っているのかによって名前が変わっているだけなのかもしれません。
ただそのことに気づくには、やっぱり世界での出来事を見聞きし知ることが肝心で、それが想像へと向かうきっかけにもなる。そして想像が生まれてこそ、境界線や不条理そのものについても考えられるようになるんじゃないでしょうか。
「妖怪じみた人間」あるいは「人間じみた妖怪」
──池田監督から見て、前原さんときたろうさんはどのような役者だと感じられましたか?
前原:池田監督の眼には僕やきたろうさんがどう見えていたのか、実は映画を撮り終えた今もいまだに分からないんですよね。
きたろう:妖怪だよ(笑)。現場だと完全に露木になっているから、何が起きてもどこか「ぼんやり」としてて、本当に人間じゃないように見えたんだよ。
──先ほど池田監督が言及された「境界」という言葉も相まって、前原さんのみならず本作の登場人物はみな「魍魎(山・川・木・石などに宿る精霊、墓などに住む物の怪や河童の原型ともされるが、その定義は曖昧で謎に包まれている)」にも見えました。
池田:(笑)。確かに「境界」という点でいえば、前作の『化け物と女』(2018)ではまさに人間と化け物の境界の曖昧さを扱いましたが、実は自分は漫画家の水木しげるさんが描かれる妖怪が非常に好きなんです。その理由の一つには、水木さんが人間と妖怪の境界は曖昧であり、欲という摂理において両者はあまり変わらないと考えていらっしゃっていた点があります。
ですから、画面に映っている役者が人間でも妖怪でも実はどちらでもいいのかもしれません。いずれにせよ、「妖怪じみた人間」あるいは「人間じみた妖怪」の姿を通して「人間」という得体の知れないものを描いてはいるんですから。
削ぎ落とすことで増してゆく「豊かさ」
──池田監督の一見独特と言える演出手法を、役者である前原さんときたろうさんはどのように解釈されたのでしょうか?
きたろう:平坦に喋るのと、感情がその内面に埋め尽くされる状態で抑制をしながら話すのとでは全然違う。個々の役者が、敢えて感情を抑えて芝居を作っていくのが今回の映画の重要な作業でしたね。
前原:観る側と演じる側では芝居の認識の仕方も大きく異なると思うんですが、抑制しながら話すことを「ああ、棒読みでいいんだ」と一度でも考えてしまったら、途端に「棒読み」で演じる理由や意図が消えてしまいますし、どれほど表面上に感情が現れていなくても「対話」は「対話」なんです。
それに、敢えて感情を言語化しないことで、逆に芝居が自由になる場合もある。大抵の作品では、演じる人物の感情が表面上にも現れる形で描かれますが、敢えて表面上に出すことを抑え続けることで、演じているはずの役者自身にも想像ができない、意外な方向から感情が湧いてくることがあるんです。
芝居における感情の余白をより多く持たせているからこそ、思いがけない想像にたどり着くという豊かさが生まれることがある。ただそれは、映画が完成した時にようやく実感することができました。
池田:想像の余白についての演出は、役者さんの芝居だけでなく作品全体に言えることで、観ている人間が映画を観た時に生じる想像を特に大切にしたいと自分は常に考えています。まさに前原さんが語ってくれた通りだと思います。
きたろう:削ぎ落とすことで、より明確に見えてくるものがあるんだよ。芝居をしていると、どうしても役者が持つ生理が出てきて、それが芝居の邪魔をする場合がよくある。池田監督はそこを削ぎ落とすことで、伝えたいものの「濃さ」を深めていっている。
自分自身が想像することの「面白さ」
──これからご覧になる方々に向けて、映画『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』がどのような作品なのかを改めてお教えいただけますでしょうか?
前原:やっぱりお客さんには想像の余白を楽しんでいただくのが何よりですし、それがこの映画の在り方につながっていると感じています。また、あくまでも身構えずに観ることがより想像を捗らせてくれるでしょうし、より映画を楽しめるんではないかとも思います。「何かを感じ取ろう」と躍起になってしまうと、逆にこの映画が持つ「豊かさ」が少なくなってしまうかもしれない。
今の世界を生きている方にこそフラットに観てほしいですし、この映画がもたらしてくれる、様々な事柄について想像する機会を味わってほしいです。想像することの面白さが詰まっている作品が、『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』なんだと思います。
きたろう:いわゆる「コメディ」の空気を持つ作品ではないんだよね。けれども不条理のせいで、そこに笑いが生じてしまうことの滑稽さがやはり面白い。根底には笑いが潜んでいるんだけれど、絶対的な不条理があるからそれを自分の内に押し込めているし、その状態に気づくこともできないから、あの世界の中の人たち自身が笑うことはまずない。そして笑うことと同様に、悲しむこともうまく表現できずにいる。その状況や感覚こそが、実際に役を演じていても滑稽で面白いんです。
また、この映画を観た時に「面白くないなぁ」と感じられた場合、それは自分の人生に余裕がなくなってしまっている証拠かもしれない。余裕があってこそ人間は笑いを感じられるし、それは人間にとっての一種の贅沢な幸せとも言える。この映画が持つ想像と滑稽という力が、そのことに気付かさせてくれると思ってます。
池田:きたろうさんがおっしゃってくださったように、映画では周囲に滑稽が存在するその中に、自分自身が思っているテーマを散りばめています。ただ、お客さん自身に想像することを楽しんでもらいたいからこそ、あまり監督としての自分の意図やテーマに気づいてほしいとは強く求めてはいません。
作品を観た後、それまでの自分と映画を観終えた自分が混ざり合いながらも、想像を巡らせてゆき、自身の思考や思いの豊かさを自分自身で再認識してほしい。そして、それが多くのお客さんの内で起きてほしいのが何よりです。
インタビュー/河合のび
撮影/田中舘裕介
前原滉×きたろう×池田暁監督プロフィール
前原滉(露木役)
1992年生まれ、宮城県出身。2018年のNHK連続テレビ小説『まんぷく』、2017年のNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』、2019年の『いだてん~東京オリムピック噺~』といった話題作に続けて出演。
近年のドラマ出演作品は2019年の『あなたの番です』、2020年の『私たちはどうかしている』『バベル九朔』、2021年の『直ちゃんは小学三年生』『俺の家の話』、映画出演作品は2017年の『あゝ、荒野』、2018年の『栞』、2019年の『うちの執事が言うことには』『JKエレジー』、2020年の『シグナル100』『とんかつDJアゲ太郎』と活躍の幅を広げている。初主演映画となる本作では、ドライにさえ見える真面目な兵隊・露木の心の機微を丁寧に表現し、からくり人形のようなキャラクターを見事に演じ切った。
きたろう(伊達役)
1948年生まれ、千葉県出身。劇団俳優座小劇場を退団後、1979年にコントグループ「シティボーイズ」を結成。
近年の主な映画出演作に2016年の『殿、利息でござる!』、2017年の『チア☆ダン〜女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話〜』『忍びの国』、2018年の『モリのいる場所』『体操しようよ』、2020年の『ロマンスドール』『水曜日が消えた』など。池田暁監督作品には、短編『化け物と女』(2018)に続く出演となった。
池田暁監督
1976年生まれ、東京都出身。日活芸術学院美術コース在学中に、鈴木清順作品を手がけたことでも知られる木村威夫美術監督と出会い、薫陶を受ける。
初の長編映画『青い猿』が2007年、第29回ぴあフィルムフェスティバルにて観客賞を受賞。2013年には、クリップを手作業で生産する工場で働く男の淡々とした日々が見知らぬ人々との出会いを経て変化していく様を描いた『山守クリップ工場の辺り』で、第43回ロッテルダム国際映画祭、第32回バンクーバー国際映画祭でグランプリ、第35回ぴあフィルムフェスティバルにて審査員特別賞を受賞。各国の映画祭で上映され、注目を浴びる。
続く2017年の『うろんなところ』は、第30回東京国際映画祭、第47回ロッテルダム国際映画祭、第20回台北映画祭、第35回エルサレム映画祭などで上映。2018年にはndjc 2017で短編映画『化け物と女』を35mmフィルム撮影で製作した。本作は長編4作目となる。
映画『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・脚本・編集・絵】
池田暁
【キャスト】
前原滉、今野浩喜、中島広稀、清水尚弥、橋本マナミ、矢部太郎、片桐はいり、きたろう、嶋田久作、竹中直人、石橋蓮司
【作品概要】
『山守クリップ工場の辺り』がロッテルダム国際映画祭とバンクーバー国際映画祭でグランプリを受賞するなど国際的に高く評価された池田暁監督が、不条理な世界で生きる人間たちをユーモラスかつシニカルに描いた長編第4作。
主演は『あゝ、荒野』の前原滉。若手映画作家を支援する「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」の一環である「長編映画の実地研修」として製作された。第21回東京フィルメックスで審査員特別賞を受賞。
映画『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』のあらすじ
町境である一本の川を挟んで「朝9時から夕方5時まで」規則正しく戦争をしている二つの町。真面目な兵隊・露木は、津平町で静かに暮らしていた。
川の向こうの太原町をよく知るひとはいない。だけど、とてもコワイらしい。
ある日突然、露木が言い渡されたのは、音楽隊への人事異動?! 明日からどこへ出勤すればいいのやら……。
そんな中、偶然出会ったのは向こう岸から聞こえる音楽だった。その音色に少しずつ心を惹かれていく一方、町では「新部隊と新兵器がやってくる」という噂が広がって……。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。
2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。