刑事と被疑者…疑いながらも惹かれ合うスリリングな駆け引きで描く愛
『オールド・ボーイ』(2003)、『お嬢さん』(2017)のパク・チャヌク監督が手がける極上の官能ロマンス。
転落死事件の真相を追う刑事・へジュンが出会ったのは、若く美しい妻・ソレ。
ソレを疑う刑事は彼女の張り込みをし、観察しているうちに、ソレのミステリアスな言動に惹かれていき、迷宮へと迷い込んでいきます……。
『殺人の追憶』(2004)のパク・ヘイルがヘジュン役を演じ、ソレ役は『ラスト、コーション』(2008)のタン・ウェイが演じました。
『お嬢さん』(2017)に引き続き、本作もカンヌ国際映画祭のコンペティションに選出され、監督賞を受賞しました。
映画『別れる決心』の作品情報
【日本公開】
2023年(韓国映画)
【英題】
Decision to Leave
【原題】
헤어질 결심
【監督】
パク・チャヌク
【脚本】
パク・チャヌク、チョン・ソギョン
【キャスト】
パク・ヘイル、タン・ウェイ、イ・ジョンヒョン、コ・ギョンピョ、パク・ヨンウ、キム・シニョン
【作品概要】
ミステリアスなソレを演じたのは、『ラスト、コーション』(2008)、『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(2020)など中国・香港で活躍するほか、『ブラックハット』(2015)でハリウッドデビューも果たしているタン・ウェイ。
刑事役は、『殺人の追憶』(2004)で有名になり、続くポン・ジュノ監督作の『グエムル-漢江の怪物-』(2006)や、『王の願い ハングルの始まり』(2019)など数々の映画に出演するパク・ヘイルが務めました。
脚本は、『親切なクムジャさん』(2005)、『サイボーグでも大丈夫』(2006)、『渇き』(2009)、『お嬢さん』(2017)でパク・チャヌクとタッグを組んだ、チョン・ソギョンが務めます。
映画『別れる決心』のあらすじとネタバレ
プサンの警察署に勤めるへジュン(パク・ヘイル)は、最年少で警視に上り詰めた実力派の刑事です。原発で働く妻とは、週末だけ共に過ごす週末婚の生活をしています。
へジュンが部下のスワン(コ・ギョンピョ)と射撃の練習をし、殺人事件が減ったと話し、未解決事件の解決に力を注ごうと話しています。そんな矢先、男が山頂から転落死する事件が発生します。
へジュンは、被害者の妻であるソレ(タン・ウェイ)と出会います。ソン・ソレは、中国人だから韓国語は上手くないと説明します。夫が亡くなって悲しんだり泣いたりしない、その上若く美しい妻に、へジュンの部下であるスワン(コ・ギョンピョ)は、妻が犯人ではないかと疑います。
しかし、へジュンは偏見ではなく実直に捜査をして判断しようとします。取調室でへジュンは、夫の亡くなった状況を説明するのに、言葉と写真とどちらが良いかとソレに尋ねます。最初は言葉でと答えたソレでしたが、写真と言い直します。
写真を見せながらへジュンは亡くなっていた時の状況を説明します。ソレは夫の死に対して特段驚く様子はなく、とうとう絶命したのかと言い、クスリと笑います。外で見ていたスワンはソレが笑ったことに驚きます。
ソレのアリバイを調べるためにへジュンとスワンは、ソレの職場にいきます。介護人として高齢女性のもとで働くソレを職場の上司は、元看護師だから注射の扱いも上手で、うちで一番人気の介護人だと言います。
被害者が亡くなったのは月曜日であり、毎朝仕事に向かっているか確認する電話にソレが出ていたという証拠がありました。高齢女性の家の近くの監視カメラ映像にもソレの姿が映っていました。ソレにはアリバイがあります。
月曜日に介護の仕事をする高齢女性のもとへ向かうソレの姿を、へジュンとスワンは監視しています。
途中スワンに食事をしにいく許可を出し、へジュンは一人でソレの様子を見ています。いつの間にかへジュンはソレと同じ空間で彼女を見つめているような錯覚をします。
ふと電話が鳴り我に帰ったへジュンは電話に出ます。すると、検死の結果被害者の爪から本人以外のDNAが出たといいます。
ソレのDNAを採取するため、へジュンはソレに電話をかけます。仕事で向かえないというソレにへジュンは「もう仕事を?」と聞きます。
ソレは「亡くなった人に生きている高齢者の面倒を阻止することはできない」と返します。電話を終えるとソレは車に乗り、どこかへ向かっていきます。
慌ててソレの車をへジュンが追うと、向かった先は警察署でした。警察署でソレのDNAを採取すると、被害者の爪から出てきたDNAと一致します。
ソレは手の甲の絆創膏を剥がし、夫に山に行かないかと言われ行きたくないと答えて、夫に引っ掻かれたとソレは説明します。そして突然立ち上がり、スカートを捲り上げ太ももの付け根の傷を見せます。
へジュンは慌てて女性の刑事を呼ぶのでと言うと、ソレは大丈夫ですと答えます。戸惑いながらもへジュンは証拠としてソレの太ももの傷を写真に撮ります。
ソレは自傷行為で自分の太ももを引っ掻いたといい、夫がそれを止めようとしてソレの手の甲に傷がついたと説明します。
なぜ年上の男性と結婚したのかと聞くとソレは中国語を話し、話した内容を音声読み上げの翻訳機能でへジュンに説明します。
中国から逃れて来たとき、私は糞にまみれ、体を揺さぶられながらたどり着いた。そんな私の話をちゃんと聞いてくれたと言います。
更に、ソレと共に逃れてきた人々は強制送還されたのにソレ一人送還されなかったのはなぜかとへジュンは聞きます。
するとソレは私は皆と違う、私の祖父は満州で抗日戦線で活躍したといいます。その証拠である写真を見せ、夫はソレの祖父に勲章も授けてくれたと言います。
へジュンはソレに食事を済ませたかと聞き、まだだというソレにシマ寿司の差し入れをします。2人で向き合って共同作業のように寿司を食べ、片付けをします。その時、ソレとは別件の未解決事件の犯人が見つかったと連絡がきます。
へジュンとスワンは慌てて出動し、へジュンは部下にソレ氏を帰し、ソレ氏の祖父について調べるよう伝言します。
警察署を出たソレはへジュンらが向かった方へ車を走らせます。ネットカフェで犯人を待ち伏せしていたへジュンとスワンは、犯人に逃げられ逃走する犯人を追いかけます。
銃を持って追いかけるスワンは途中で息切れになってしまいますが、へジュンは息が上がりながらも犯人に追いつきます。
追いつかれた犯人はナイフを振りかざします。へジュンは防護手袋をつけ怪我をしながらも犯人を取り押さえます。その様子を車ごしにソレは見つめていました。
へジュンはソレの住むマンションの前に張り込み監視を続けています。ソレは自分が監視されていることに気づいていました。
猫と中国語で会話をするソレの様子をへジュンはスマートウォッチで録音します。翻訳してみると「あの親切な刑事の心臓が欲しい」と言うのです。驚きつつも思わず笑みをこぼすへジュン。
ある日いつも通り出社するとへジュンのデスクに上司がいました。上司は、まだ転落死の事件を追っているのか、他殺の可能性はない、この一件を終わらせてもう一つの事件の解決を急ぐべきだと強い口調でへジュンに言います。
上の判断でやむなしとへジュンは、ソレの夫は自殺であったと解決する方向に決めました。そんなへジュンに対し、スワンは一つの資料を突きつけます。ソレは中国で母親を殺し、中国に帰れば投獄は間違いないというのです。
へジュンは、スワンにもう一つの事件の方はどうしたと言い、ソレの件についてはコメントしませんでした。
そしてその資料をへジュンに送り、どう思いますかと尋ねます。ソレはただ、私の家に来てくださいと返事をします。へジュンは呼び付けられたことに驚きつつも、そのまま向かいます。
ソレは母の看護をしたくて看護師になったと言います。しかし、母はソレに、韓国には私の山があるから韓国に行くべきだと言い、その前に母に処置、すなわち母を楽に逝けるようにしてほしいと頼まれたのだと説明します。
事件が解決し署内で飲み会になりますが、スワンだけはソレを疑っていました。へジュンを尊敬してこのプサンにやってきたのに、へジュンもソレのことを犯人ではないと思っているのか、解決でいいのかと酔ってスワンは絡みます。そして家に帰らずスワンはソレの家に向かい部屋を荒らしたというのです。
へジュンはスワンを家に帰し、部屋を片します。片し終えたへジュンはソレに、ご飯は食べましたかと聞きます。
更に、ソレがアイスクリームばかり食べていることを監視して知っているへジュンは「またアイスですか?」と聞きます。
そして自分の家によび、自分が唯一知っている中華の料理だと言って焼飯を作ります。ソレはこれが中華の料理ですか?と首を傾げつつも味は美味しいと言います。
へジュンの部屋を見ていたソレは、カーテンの奥にびっしり貼られた殺害事件の写真の資料に驚きます。へジュンは未解決事件を壁に貼っていると言います。
未解決事件の被害者の悲鳴が聞こえて眠れないのだろうとソレは言い、事件について聞きます。事件の犯人はわかっているけれどどこにいるかわからず、一度刑務所に入った経験から捕まるくらいなら死ぬようなやつだと説明します。
犯人は一度、自分の好きな女性に手を出した男を殺害しています。現在その女性は結婚していると言います。
するとソレは相当好きな女性なのだろうといい、犯人はこの女性のところにいるのではないかと言います。結婚しているというのにとへジュンが言うと、「韓国では結婚しているからと言って好きになることをやめるのですか」とソレは尋ねます。
ソレに言われた通り、もと恋人の家で待ち伏せすると犯人が出てきてスワンにナイフで切りつけ、逃走します。へジュンは犯人をおい、屋根の上に追い詰めます。
へジュンは犯人に話しかけ不意を突いて足を撃ちます。そして犯人に近づこうとすると犯人は首元にハサミを突きつけます。そこに女性が駆けつけたことを知ると、犯人はそのまま屋根から飛び降りてしまいます。
目の前で犯人が飛び降り、ショックを受けているへジュンに妻が心配して電話をかけますが、大丈夫だと言って電話を切ります。
一人家に帰ったへジュンの元にソレが尋ねてきました。驚くへジュンにソレは「寝かしつけにきた」と言います。壁から解決した事件の写真を剥がし、燃やしてしまいます。
そして自分の夫の事件の写真も燃やそうとすると、ソレを撮った証拠写真もたくさん貼られていることに気づきます。
気まずそうにしながらへジュンはこの写真は捨ててはいけないと強引に奪い取ろうとします。ソレのシルエットが綺麗だというへジュンにソレは観念し、私の写真は残しておいてもいいと言います。
ソレとへジュンの心の距離はグッと近づき、事件が終わった後も会い、出かけるようになります。
ある日へジュンが連絡するとソレは介護にいく老人が危篤で病院にいるといいます。へジュンは月曜日の老人のところにソレの代わりに自分が行こうかと提案します。
月曜になり老人のところにへジュンが向かい、世話をしていると老人が認知症であることに気づきます。
更にソレの携帯と老人の携帯は同じ種類でした。老人に頼まれ携帯を操作していたへジュンは、ソレの夫が亡くなった日だけ、階段を登った歩数が多いことに違和感を覚えます。
それだけでなく、へジュンの手はソレの手より柔らかいと言い、ソレの手は以前は柔らかかったが最近は硬いと老人が言い、以前ソレの手にマメができていることに気づきハンドクリームを塗ったことを思い出し、へジュンはソレが夫が亡くなった日に、あの山に向かったのではないかと疑い始めます。
ソレが行ったであろう事件当日の行動をなぞり、山に向かったへジュンは、ソレと全く同じ歩数になりました。
自分の捜査が間違っていた、ソレは夫を殺したのだということに気づいてしまったのです。ソレの家を訪れたへジュンは、ソレにそのことを伝え、自分が上品であるのは、刑事としての誇りがあるからだと言います。
女に溺れ、捜査を台無しにしてしまった自分は完全に崩壊したと言い、証拠の携帯をソレに渡し誰にも見つからないような深いところに捨てるようにと告げ、ソレの前から姿を消します。
映画『別れる決心』の感想と評価
見る/見られる関係性
被疑者と刑事。そしてソレは死別したとはいえ既婚者であり、ヘジュンも既婚者です。出会った瞬間から2人の間には、大きな障壁があります。それは、立場の違いだけでなく、言語においてもです。
ソレは時代劇ドラマをみて韓国語を覚えようとし、ドラマをみて覚えたセリフを事情聴取の際に使ったりします。最初はその言葉に反応していたへジュンも、イポ市に移ってからはその言葉にあまり反応を示さなくなります。
2人の関係性、パワーバランスが変化していき、すれ違いの中に“愛”があるのです。追って追われる刺激的で官能的な関係性を、パク・チャヌク監督らしい二項対立や視点の変化でスリリングに描き、観客を魅了します。
ソレを双眼鏡でのぞき、ソレのいる空間に自分もいるかのように錯覚したり、ソレの言動に惑わされ現実と妄想の区別がつかなくなっていくへジュンの姿は、アルフレッド・ヒッチコック監督の『めまい』(1958)や『裏窓』(1955)を想起させます。
他人の生活をのぞき見るのが趣味の男が、事件を目撃してしまい思わぬ事件に巻き込まれてしまう『裏窓』(1955)も、依頼された女性を尾行するうちに驚くべき真相に辿り着く『めまい』(1955)も、主人公の男性はどこか一方的な毛質に取り憑かれている印象があります。また、女性側の視点は描かれません。
パク・チャヌクは視点の違いなどをたくみに使って一方的ではない、双方でお互いを疑い、監視し、惹かれていくスリリングで官能的な関係性を描き出していきます。
ソレは、最初の事件の夫の状態を写真と言葉どっちで説明しますかと、へジュンに聞かれた際に言葉と答えます。しかしすぐに写真と言い換えます。
それは、へジュンの声のトーンでへジュンが求めていた言葉ではなかったと咄嗟に判断したからではないでしょうか。
ソレは、へジュンのふとした視線や表情の変化を観察し、彼を惹きつけるような言動をわざとしている様子が見受けられます。
言葉より写真を重視するというへジュンは、ソレが写真を選んだことで、自分と同じタイプだと思うようになります。
そして妻との会話で勤務しているプサンにもイポにも海がある、俺は海の男だと発言している場面があります。しかし、妻はへジュンにソウルの山の方の出身であることを指摘します。
へジュンは海の男ではないのに、海の男になろうとしているのです。それは、自らソレに近づこうとする行為にほかなりません。
へジュンは刑事の本分から相手を疑いますが、一方的な決めつけで捜査をしようとはせず、捜査をした上で判断をする生真面目な刑事であり、最年少で警視に昇格する実力者です。
未解決事件に苛まれ、眠ることができないへジュンは、夜通し張り込みをしては、スマートウォッチに音声メモを残します。
ここでネックになるのは、ソレはへジュンを眠りに誘う存在であったということです。それは最初の監視の場面から始まっています。
看護人として老女の元で働くソレを双眼鏡でのぞいていたへジュンはいつしか眠りにつき、眠りの中でソレのいる空間に入り込んだような妄想に陥っていきます。
ソレの家に張り込んでいた際も車の中で眠り込んでしまい、仕事に行こうとするソレがへジュンの姿を写真に撮る場面もあります。
へジュンの家で呼吸を合わせて眠らせる前から、ソレはへジュンを眠りに誘う存在であったのではないでしょうか。イポ市に移ったへジュンは睡眠障害がひどくなり、妻に連れられ医者にかかりますが、一向に治りません。
イポ市で起きた事件の容疑者の容疑で捕まったソレとへジュンが手錠をつけて車にいる場面が描かれ、警察署に到着し、部下が扉を開けるとへジュンは寝起きの様子で車の中で眠っていたことがわかります。
ソレがそばにいることで眠りにつける、逆に言えばソレがいなければ眠れない体になってしまっているのです。
第一の事件と第二の事件を一部と二部に分けるとすると、第二部でへジュンの様子は大きく変わっています。
普段から身なりに気をつけ清潔にしていたへジュンですが、第二部では無精髭を生やし、睡眠不足のせいか表情はやつれています。さらに唇もカサカサです。
第一部では、ハンドクリームやリップクリームを持ち歩いてケアしていたというのに……です。
ソレによって完全に崩壊してしまったへジュンは、刑事としての自分も取り戻せないでいるのです。
イポ市では、殺人事件など殆ど起こらないためか、常に身につけていたスマートウォッチも、第二部ではつけていません。
しかし、第二部ではソレがスマートウォッチをつけ、音声メモを残し、へジュンを盗み見ています。2人の見る/見られる関係性が逆転してしまっているのです。
それぞれの別れる決心
ソレに惹かれていくへジュンは、刑事としての信念とソレを犯人だと思いたくない自分の感情に苛まれていきます。
しかし、ソレが犯人であることを表す証拠である携帯を海に捨てるように言って渡します。刑事として完全に崩壊してしまったへジュンは、ソレと離れる選択をします。
それはへジュンにとっての“別れる決心”であったのです。
ソレは、へジュンの会話を録音し、大切そうに聞いています。そして終盤ソレは、「あなたが愛していると言った瞬間、あなたの愛は終わり、私の愛が始まった」と言います。
第一部の時点でソレは、疑いを晴らすためにへジュンの気を引いていた部分もあったのでしょう。ソレの愛が確信に変わったのはへジュンの愛を知った時なのかもしれません。
イポ市に移る前にへジュンの愛は終わりを告げ、そこからソレの愛が始まり、ソレはへジュンに会うためにイポ市に移り、第二の事件が起こります。
事件がどこまでソレの意図的なものであったのでしょう。何度もなぜイポ市に来たのかと問いかけるへジュンに、ソレは「あなたの未解決事件になりたくて来たみたい」と言います。
“未解決事件になりたい”“疑われていたい”というソレ。
ソレにとっての愛は、いつまでも捉えられない存在としてへジュンの心を奪い続ける存在になりたいということなのでしょう。2人の愛に、幸せなゴールはあり得ないのです。
へジュンは未解決事件の写真を壁に貼りつけていたのを見ていたソレは、いつまでも解決しない、いつまでもへジュンの頭から離れない存在になりたいと願うのです。
その思いこそが、ソレにとっての別れる決心であったといえます。
第二部において、一番へジュンの身近にいるのは、共に住んでいる妻であるはずなのに、へジュンと妻の間には距離があります。
妻はへジュンがいて幸せと呟いたりしますが、プサンにいた頃から週末婚であった2人は、普段の姿をお互いに知らないのです。
象徴的な場面が、市場でへジュンと妻、そしてソレと新たな夫が出会う場面です。魚を触った手を拭こうとしてへジュンのポケットを探っている妻ですが、なかなか見つけられません。
しかし、ソレは迷うことなくリップクリームやタブレットを取り出します。ふとしたシーンだけで、ソレとへジュンの心の近さがわかるのです。
『お嬢さん』(2017)において、鮮やかな視点の切り替えで物語を構築したパク・チャヌク監督は、本作においても二部構成それぞれの視点を交差させることでロジカルに物語を構築します。
また、『お嬢さん』(2017)より様々な要素を削ぎ落とし、2人の関係性にフォーカスすることで官能的な2人だけの世界を生み出します。
直接的な描写ではなく、リップを塗ったり、ハンドクリームを塗るなど、ふとしたシーンに香り立つ官能性も見事です。
まとめ
パク・チャヌクが手がける官能的サスペンス映画『別れる決心』は、監督らしい二項対立が随所に散りばめられています。
プサンを中心とした第一の事件と第二の事件、大きく分けると2部に分かれている本作は山で始まり、海で終わっているのです。
山と海の二項対立だけでなく、プサンとイポではヘジュンの相棒となる部下も男性であるスワンから女性であるヨンスに代わっています。
スワンは暴力的なところがある上に、歳の離れた若くて美しい妻であるヘジュンを最初から疑っているところがありました。
しかし、イポに移った第二の事件では、二度も夫が亡くなったソレを、ヘジュンは最初から犯人だと疑っています。
そんなヘジュンに妻を疑っているのですかと部下のヨンスは聞いています。ヘジュンと部下の関係性が第一と第二の事件で逆転しているのです。
意図的になのか偶然なのかわからないエッセンスが随所に散りばめられ、観客を翻弄させていくパク・チャヌク監督らしいサスペンスになっています。