映画『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』は2023年9月15日(金)より全国公開!
映画『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』は『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』に続く、ケネス・ブラナー監督・主演版「名探偵ポアロ」シリーズの第3弾作品。
原作はアガサ・クリスティの小説『ハロウィーン・パーティ』。名探偵エルキュール・ポアロが、イタリアの水上都市ベネチアを舞台に《生ける者には不可能》な殺人事件に挑む姿を描きます。
本記事では映画『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』のネタバレあらすじ、原作小説との相違点を交えながら作品の魅力を考察・解説。
原作小説からの大幅な改変の意味から見えてくる、ポアロの自らの“探偵”としての魂の否定、映画オリジナルの設定・モチーフが描き出す「探偵エルキュール・ポアロ」の魂の“再生”の物語を探っていきます。
CONTENTS
映画『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』の作品情報
【日本公開】
2023年(アメリカ映画)
【原作】
アガサ・クリスティ
【監督】
ケネス・ブラナー
【製作】
ケネス・ブラナー、リドリー・スコット
【脚本】
マイケル・グリーン
【音楽】
ヒルドゥル・グーナドッティル
【キャスト】
カイル・アレン、ケネス・ブラナー、カミーユ・コッタン、ジェイミー・ドーナン、ティナ・フェイ、ジュード・ヒル、アリ・カーン、エマ・レアード、ケリー・ライリー、リッカルド・スカマルチョ、ミシェル・ヨー
【作品概要】
『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』に続く、ケネス・ブラナー監督・主演版「名探偵ポアロ」シリーズの第3弾作品。
アガサ・クリスティの小説『ハロウィーン・パーティ』を原作に、名探偵エルキュール・ポアロが水上都市ベネチアで起こった不可解な殺人事件の解決しようとする姿を描く。
霊媒師レイノルズ役を『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のミシェル・ヨー、医師フェリエ役を『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のジェイミー・ドーナンが演じる。
映画『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』のあらすじとネタバレ
1947年、イタリアの美しき水上都市ベネチア。多くの難事件を解決してきた名探偵エルキュール・ポアロは、事件の中で遭遇する多くの人々の死と対峙し続けることに疲れ、「引退宣言」をしたのち隠遁の日々を送っていました。
引退宣言後も訪れる大勢の依頼希望者たちも、ボディガードのヴィターレに追い返すように命じていたポアロですが、ある日彼の旧友であり、ポアロをモデルに探偵小説を執筆してきた作家アリアドニ・オリヴァが訪ねてきました。
アリアドニはハロウィーンの日、元オペラ歌手ロウィーナ・ドレイクの屋敷で開かれる降霊会へポアロを誘います。彼女は「降霊した死者の声を話せる」という霊媒師レイノルズを「本物」だと感じており、それを証明すべくポアロを立ち会わせようと考えたのです。
ハナから霊媒師を信じてはいないものの、そのトリックを見破るためにロウィーナの屋敷……かつて孤児院だった頃、ペスト流行時に“ある場所”に閉じ込められ亡くなった子どもたちの霊が、屋敷に訪れた看護師や医者へ“復讐”するという伝説が残る「若者の涙の屋敷」へ向かいます。
近所の子どもたちを招いてのハロウィーン・パーティが始まる中、屋敷にはドレイク家の家政婦オルガ、心を病む医師フェリエと早熟で聡明な息子レオポルドの姿もありました。
ロウィーナはかつて、最愛の娘アリシアを屋敷内での「事故」で亡くしていました。アリシアはある時期から屋敷に取り憑く霊たちの声や姿を感じるようになり、正気を失った果てに自室のバルコニーから転落・溺死してしまったのです。
娘との再会を渇望し「もし娘の声を聞けたのなら、全ての財産をレイノルズに譲る」とまで口にするロウィーナ。やがて屋敷に、黒衣のローブと仮面を身に付けたレイノルズが姿を現します。
アリシアの自室の位置を言い当て、そこを降霊会の場に選んだレイノルズ。また生前のアリシアと婚約していたものの、のちに別の富豪の女性を選んで婚約を破棄してしまった若きシェフのマキシムも、差出人不明の招待状を手に屋敷に訪れました。
やがてポアロの立会いのもと、降霊会が始まります。レイノルズはトランス状態に入り「霊との会話」のために準備されたタイプライターが誰も触れていないのに文字を打ち出しました。
しかしポアロは、同じく降霊会に立ち会っていたレイノルズの助手デスデモーナの弟で、アリシアの自室の暖炉内に隠れていた“もう一人の助手”ニコラスを発見し、彼がリモコン装置でタイプライターを操作していたことを看破します。
トリックが見破られたその時、座っていた椅子が猛烈に動き出した……ポルターガイストのような現象に襲われたレイノルズは、アリシアに酷似した声で「私は殺された」と口にします。そしてアリシアが転落したバルコニーへ通じる扉がひとりでに開かれ、タイプライターには「M」の字が打たれました。
降霊会の後、レイノルズの発言や扉が開いたトリックを考え続けるポアロ。
対してレイノルズは、「カトリーヌ」……ポアロがかつて愛した相手であり、のちに看護師として従軍した戦場で亡くなった女性の名を告げると、「神の不介入」「魂の不在」を説く彼に魂や魔法の存在を見つめ直させるべく、ポアロにローブと仮面を身に着けさせると立ち去りました。
ローブと仮面を着けたまま屋敷内を歩いていたポアロはやがて、ハロウィーンの定番ゲーム「アップルボビング」で用いられた、リンゴが水面に浮かんでいるタライを見かけます。
リンゴは好物であり、パーティ中にはゲームへの参加を断ってしまっていたのも思い出したポアロは、戯れにタライの水面へ顔をつけ、リンゴを咥えようとします。ところがその瞬間、背後から何者かに顔を押さえつけられ、ポアロは危うく溺死させられそうになります。
かろうじて無事だったポアロのもとにヴィターレが駆けつける中、突如屋敷内に悲鳴が響きます。ポアロたちが現場へと向かうと、そこには階下に置かれていた女神像が携える槍へと体が突き刺さった……上階からの“転落”で命を落とした、レイノルズの遺体がありました。
レイノルズは生前、看護師としての従軍経験を助手の姉弟に話していました。彼女はまさしく、屋敷の伝説において子どもたちの霊の“復讐”の相手と語り継がれていた“看護師”だったのです。
元警官のヴィターレが古巣であった署へ通報しますが、その晩ベネチアを襲った嵐が過ぎない限り応援は来ないとのことでした。ポアロは犯行時刻に確固たるアリバイがあったアリアドニとともに、レイノルズ殺害の犯人を探し始めます。
最初の事情聴取の相手はロヴィーナ。彼女はアリシアの死後にレイノルズから突然手紙が届き、その文面にはロヴィーナだけが用いていたアリシアの愛称「アスパシア」が記されていたことから、今回の降霊会を催すに至ったと証言します。
そして屋上の庭園に関する亡き娘アリシアとの思い出とともに、彼女がマキシムと婚約した後にトルコ・イスタンブールをひとり旅したこと、マキシムに婚約を破棄された後にアリシアは屋敷へと戻り、やがて正気を失っていったと明かしました。
自らを「最悪の家政婦」と自虐するオルガは、レイノルズが語っていた降霊の力を疑うというよりも“邪悪なもの”と考えていました。ラテン語訳聖書の内容にも詳しいオルガが元修道女だと見抜いたポアロは、彼女の洗礼名が「M」から始まる「マリア」だと知りました。
そしてオルガの聴取中、ポアロは少女の歌声をかすかに耳にしました。
ポアロは医師フェリエに、レイノルズの検死結果を尋ねます。レイノルズの遺体には、屋敷に憑く子どもたちの霊の伝説で語られる「復讐の印」……アリシアの遺体にも残されていた鉤爪の掻き傷がありましたが、フェリエは転落時に破損したレイノルズの腕時計を見落としていました。
自身のミス、そしてポアロたちの目線に動揺し錯乱しかけるフェリエを、息子レオポルドは優しくなだめます。少しずつ落ち着きを取り戻しながらも、フェリエは自身の“戦争の傷”……“心に負った傷”について明かし始めました。
第二次世界大戦に従軍したフェリエは1945年4月15日、ドイツ・ベルリンへ進軍中にナチスの強制収容所を発見し、惨状を目撃。レオポルドに手紙を書いた後、自らの胸を銃で撃ち負傷することで戦場を離れ、医師の職を辞しました。
しかしロウィーナに惚れていたために「アリシアの主治医を務めてほしい」という彼女の頼みを断り切れず、例外的に治療を行っていたフェリエは、アリシアの婚約破棄による“心の傷”と真剣に向き合えず、結果彼女の死を招いてしまったことを深く後悔していました。
事情聴取を中断し、ひとりトイレへ行くポアロ。なぜか手の震えを抑えられない中、鏡越しに水に濡れたアリシアの幻影を目にしました。
怪現象に頭を悩ませながらポアロがトイレを出ると、そこにはレオポルドの姿が。父フェリエと同じ“精神過敏”をポアロに感じていた彼は「ハロウィーンは死者が最も近づいてくる」「ポアロは探偵を引退したために、一度は死んだようなもの」と意味深な言葉を告げました。
ポアロはレイノルズの助手であったデズデモーナ・ニコラス姉弟を聴取。トリックに協力しながらもレイノルズの“力”自体は本物だったと語るニコラスに対し、デスデモーナは“イカサマ”と断言した上で、生前のレイノルズは弟に色目を使っていたと証言します。
またハンガリー出身ながらも大戦により国を追われ、かつてドイツの森で過酷な生活を送っていた姉弟は、そこで遭遇したアメリカ軍兵士を通じてダンスと映画の魅力を知り、いつか渡米するという夢を叶えるべく助手の仕事を続けていたと語りました。
しかしポアロは、夢の実現に焦るあまりに姉弟はレイノルズの金を一部盗んでいたのではないか、それを知ったレイノルズに“強制送還”を武器に脅されたために、ついに彼女を始末したのではないかと指摘。その推理を聞いた姉弟は逃亡を図るも、すぐに拘束されました。
そこに再び少女の歌声が聞こえてきますが、ポアロ以外はその声に気づけません。また署への連絡後、外部とは不通状態に陥っていたはずの屋敷内の電話が鳴りますが、相手は無言。さらに少女らしき人影を見たポアロは、その正体を掴むべく後を追いました。
映画『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』の感想と評価
原作小説からの大胆な改変
魔女狩り伝説が残る村を舞台に、ハロウィーンの日に「殺人を目撃した」と口にした少女の死から始まる謎の数々を解くポアロの姿を描いた、アガサ・クリスティによる小説『ハロウィーン・パーティ』。
謎の解決とともに明らかにされる、自らが信じる美の追求のためにはどんな罪もためらいなく行う男と、そんな男を愛したがために“魔女”と化した女……“死者の祭り”ともいわれるハロウィーンの不気味な雰囲気とともに、死者よりも恐ろしい人間の業を炙り出した作品でもあります。
ケネス・ブラナー監督・主演版「名探偵ポアロ」シリーズの第3弾作品『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』はそんな小説『ハロウィーン・パーティ』を原作としていますが、映画は過去作である『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』以上に大幅な設定・ストーリー改変が行われています。
舞台は、美しき水の都ベネチアに浮かぶ幽霊屋敷へ。そして「妄想癖のあるホラ吹きの少女」から「高名な霊媒師」となったレイノルズを筆頭に、原作小説と同じ人物名や“性質”という名残りはあるものの、各キャラクターの設定やそれに基づくストーリー展開は大胆に脚色されました。
果たして、その脚色に込められた意味とは何でしょうか。
「“探偵”の魂の否定」という精神的自死
映画冒頭、ポアロが探偵業の「引退宣言」をし隠遁生活を送っていることが明かされますが、実は長編3作目にあたる小説『アクロイド殺し』など、原作シリーズでは探偵業を引退した、あるいは引退を考えるポアロがたびたび登場することはファンによく知られています。
シリーズの“幕引き”となった小説『カーテン』という例外はあるものの、舞い込んでくる難事件と、隠遁生活に馴染めない自身の“性”ゆえに、結局引退を撤回しては探偵の仕事にあたっていた原作シリーズのポアロ。
対して映画におけるポアロの引退の理由は、作中で霊媒師レイノルズと戦争で心を病んだ医師フェリエに突きつけられた「どこに行くにも死がつきまとう」という言葉から伺えます。
映画のシリーズ第1弾『オリエント急行殺人事件』にて、ポアロは“神の不介入”が生んだ悲劇と直面し、神の下で遵守していた正義と秩序への信仰に揺らぎが生じました。
またシリーズ第2弾『ナイル殺人事件』では、前作で友人となった国際寝台車会社の重役ブークと再会するも、作中で起こった殺人事件の真実に近づいたために、彼は犠牲者のひとりになりました。
「自身と関わったがゆえに、ブークは死んだのではないか」「私が殺人事件に偶然遭遇したのではなく、私が訪れたせいで殺人が、悲劇が生じるのではないか」……人間にとって最も理不尽な神である“死神”の姿を、ポアロは自らの“探偵”としての性に見出してしまった。
そして、『ナイル殺人事件』にて映画オリジナル設定として明かされた「愛する人カトリーヌ=大切だと感じるほどに“関わった”相手を戦争により亡くした」という記憶がポアロの“探偵”の性への絶望に拍車をかけ、彼に引退を選ばせたことが、過去作と今回の映画を観ることで理解できるのです。
「幻覚剤療法」と魂の“再生”
本作では、屋敷に取り憑く霊にまつわる伝説や降霊会、霊媒師レイノルズの言葉を通じて「亡霊」=「魂」の存在についても言及されていきます。
また映画終盤、幽霊屋敷で起こった事件たちの真実を見事に解明した後、探偵業を再開させる直前にポアロが心中で思った「人は己の亡霊からは逃れられない」という言葉からも、「亡霊」は「魂」であると同時に「その人間が背負う性や業、あるいは宿命」も意味することが伝わってきます。
「探偵を引退して、一度は死んだようなもの」……戦争で心に“致命傷”を負った父フェリエを持つレオポルドの言葉たちも、ポアロが自らの探偵としての魂、もしくは多くの死を見つめてきたという背負いし業を否定したがために「探偵業の引退」=「精神的な自死」を選んだのだと察した上でのものだったのでしょう。
しかしポアロは、ロウィーナに盛られたシャクナゲの蜂蜜の毒によって幻覚に襲われながらも、現在と過去に起こった死と対峙し、ついには“真実”へと辿り着きます。そして映画終盤でアリアドニと別れる際には、毒に侵されていた中で“無意識”で真実を向き合っていたことを彼女に明かしました。
戦争などによる心的外傷後ストレス障害を含め、メンタルヘルス医療においては「幻覚剤の一種を服用し、あえてトランス状態に陥ることで自らの無意識と向き合う」という幻覚剤療法がかねてから注目されています。
また幻覚剤療法の“原型”は、昨今に注目される以前、紀元前にまで遡れるほどに古き時代から行われており、呪術的医療としての側面はもちろん「“魂”の存在」を知るなどを目的とする宗教儀式としても行われていたことでも知られています。
『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』を経て自らの探偵としての魂を否定してしまったポアロ。
映画『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』は、そんな彼のために「幽霊屋敷」と「降霊会」という儀式の場を、「シャクナゲの蜂蜜の毒」という幻覚剤を、そして「“探偵エルキュール・ポアロ”でなくては辿り着けないほどに“真実”が覆い隠され、それゆえに多くの人々の魂が苦しみ続けている悲劇」を用意しました。
本作は原作小説の大胆な改変のもと、偶然とも必然ともとれる幻覚剤療法の機会を通じて、ポアロが自らの探偵としての魂と再び向き合い、“再生”へと至る物語として描かれたのです。
まとめ/続編は原作シリーズ“幕引き”の作品?
一度は引退を宣言したものの、映画『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』での“再生”により探偵業を再開したポアロ。そうした本作の結末をふまえた上で、ケネス・ブラナー監督・主演版「名探偵ポアロ」シリーズの“続編”は新たに生まれるのでしょうか。
『アクロイド殺し』『ABC殺人事件』など映画化の候補になり得る名作小説は多数あり、そもそも『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』が「探偵の“再生”」という終わり方であった以上“続編”を考えるのは無粋かもしれません。
しかしながら、やはり「原作シリーズの“幕引き”となった小説『カーテン』の映画化による、映画シリーズの“幕引き”」という可能性は無視できないでしょう。
アガサ・クリスティによる小説「名探偵ポアロ」シリーズの完結作にして、探偵エルキュール・ポアロの最後の事件を描いた『カーテン』。
シリーズの長編第1作でありポアロの初登場作『スタイルズ荘の怪事件』で登場した山荘が再び舞台となり、ポアロが探偵としての“一線”を超えてしまう姿が描かれた作品としても知られています。
『名探偵ポアロ ベネチアの亡霊』で“探偵エルキュール・ポアロ”の再生の物語を描いたケネス・ブラナーは、果たして『カーテン』の映画化により「ポアロの“探偵”としての死」をもたらす死神となるのか。それとも、異なる続編の展開を構想中なのか……。
その真実の行方は、映画シリーズの監督であると同時に“名探偵ポアロ”でもあるケネス・ブラナー以外、現時点ではまだ誰にも分からないでしょう。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。