Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

サスペンス映画

シネマ歌舞伎『女殺油地獄』あらすじと感想レビュー。日本アニメやコミックに通じる伝統芸能の世界を体験しよう!

  • Writer :
  • 20231113

シネマ歌舞伎『女殺油地獄』は2019年11月8日(金)より、東劇ほか全国ロードショー!

2018年7月に大阪松竹座で上演された、十代目松本幸四郎襲名記念作品『女殺油地獄』が早くもシネマ歌舞伎化され、スクリーンで上映されます。

生で見るものが演劇であり、それはお客様の心に、記憶としてのみ残る、儚いもの。と松本幸四郎は語っています。

そしてシネマ歌舞伎は『女殺油地獄』は、形に残る演劇であり、映画空間で舞台を観る新しい世界である、と言葉を続けています。

映画の技法に大きな影響を与えている演劇、それが歌舞伎です。また現在のコミックやアニメなどの演出に、歌舞伎にならった演出技法が取り入れられています。

皆が想像する以上に近い、映画を含むポップカルチャー作品と歌舞伎との距離。映画ファンもこの機会に、歌舞伎の世界に触れてみてはいかがでしょうか。

映画『女殺油地獄』の作品情報


(C)松竹株式会社

【公開】
2019年11月8日(金)(日本映画)

【収録公演】
2018年7月 大阪松竹座公演(十代目松本幸四郎 襲名披露公演)

【監督】
井上昌典

【出演】
松本幸四郎、市川猿之助、市川中車、市川高麗蔵、中村歌昇、中村壱太郎、大谷廣太郎、片岡松之助、嵐橘三郎、澤村宗之助、坂東竹三郎、中村鴈治郎、中村又五郎、中村歌六 【※出演者は公演当時の表記です】

【作品概要】

大阪で起きた実在の事件を基に、近松門左衛門が人形浄瑠璃の世話物(日常の話題や、風俗を扱った演目)として著し、1721年に初演された作品です。

以降長らく上演が途絶えていた作品ですが、明治になって文豪・坪内逍遥が再評価したことがきっかけになり、1909年大阪の朝日座で歌舞伎として再演、人々から絶賛されます。

以降上方歌舞伎の代表的な演目となり、映画や新劇・現代劇など、様々な分野で取り上げられる作品となりました。

主演は長らく七代目市川染五郎として活躍し、2018年新たな名跡を襲名した、十代目松本幸四郎。

現代劇・ドラマでも活躍していますが、映画では三谷幸喜監督の『ラヂオの時間』、岩井俊二監督の『四月物語』、松尾スズキ監督の『恋の門』など、個性的な作品に数多く出演しています。

シネマ歌舞伎『女殺油地獄』のあらすじ


大阪天満の油屋・河内屋の次男、与兵衛(松本幸四郎)は遊女に入れあげ、さらに町中で喧嘩沙汰を起こす放蕩者でした。

与兵衛は借金の返済に困ると、親から銭を巻き上げようと図り、それが露見すると継父徳兵衛(中村歌六)や妹に暴力を振るう始末です。

見かねた母、おさわ(坂東竹三郎)から勘当を言い渡されると、自棄を起こして河内屋を飛び出してしまう与兵衛。

借金の返済が迫り、途方に暮れた与兵衛は、同業の油屋・豊嶋屋に向かいます。豊嶋屋の女房、お吉(市川猿之助)は放蕩者の与兵衛にも親切に振る舞う、面倒見の良い人物でした。

一方徳兵衛とおさわもお吉を訪ねると、与兵衛が現れたら店に帰るよう諭してくれと、涙ながらに頼み彼に渡す銭を預けて去って行きます。

やり取りを密かに聞いていた与兵衛は、その親心に涙します。お吉の前に現れその銭を受け取りますが、借金を完済するにはまだ足りません。

もう親に迷惑はかけられぬと考え、無理を承知で足りない銭を貸してくれと頼む与兵衛。しかしお吉は、主人の不在中に不義は出来ぬと断ります。

時を告げる鐘の音が鳴り響いたその時、思いつめた与兵衛は、ある行動に駆り立てられます…。

シネマ歌舞伎『女殺油地獄』の感想と評価


現代の映画と変わらぬ題材を扱った作品

歌舞伎と言えば古典芸能の代表格。実際に見る機会に恵まれぬ方も多いでしょう。話も歴史的題材な題材が多く、予備知識が無いまま見ると理解できないかも、とお考えではないでしょうか。

ところが『女殺油地獄』は実在の殺人事件を、近松門左衛門が大胆に脚色した作品です。現在作られている犯罪映画と同様に、話題性で観客を引きつける狙いで作られました。

選ばれた題材は仇討ちや歴史的事件でもなく、複雑な家庭環境で荒んだ生活を送る若者が、孤独の果てに衝動的に罪を犯すという、現代でも身近に感じられる事件です。明治期に再評価されて以降、繰り返し演じられているのも理解できます。

その現代的な内容から、この作品は日本映画の草創期から何度も映画化されています。

多くは歌舞伎関係の役者を主要な役に起用していますが、中でも樋口可南子と堤真一が主演し、1992年に公開された、五社英雄監督の遺作となった映画『女殺油地獄』は、今も多くの映画ファンから支持されている作品です

この作品が強烈な印象を残す理由は、選ばれた題材だけではありません。事件の舞台は油屋、惨劇は油まみれになって演じられます

人形浄瑠璃では人形をダイナミックに動かす事で、油まみれの組み合いを表現しました。歌舞伎ではフノリを使い、演者はそれを全身に被ってインパクトのある場面を演じます。

映画化された作品も、このシーンをどう映像で表現するのかが見せ場でした。極めて視覚に訴えるシーンの存在も、現代の映像作品に通じるものがあります

映画の進歩に歌舞伎が果たした役割



『女殺油地獄』が、いかに映画的要素に満ちた作品であるかを紹介しましたが、古典芸能である歌舞伎そのものが、映画表現の進歩に大きな影響を与えています。

ロシアを代表する映画監督で、映画草創期の重要人物であるセルゲイ・エイゼンシュテイン。彼は1925年に発表した『戦艦ポチョムキン』で、映画編集技法である“モンタージュ理論”を確立した人物です。

1928年、モスクワで行われた歌舞伎公演を見た彼は、“歌舞伎の見得は、映画の技法でいうクロースアップである”と感想を述べた、有名なエピソードがあります。

歌舞伎にヒントを得た技法を、自らの映画に取り入れたエイゼンシュテイン。後の監督作『イワン雷帝』では、主人公のクロースアップシーンで見得を切らせています

エイゼンシュテインが指摘した通り、歌舞伎における”見得を切る””にらみを利かせる”演技は、江戸時代の舞台上で描かれたクローズアップであり、スローモーションです

観客に場面の意味や、主人公の感情を伝える為に発展を遂げた歌舞伎の演出は、映画の演出技法と大いに共通するものがあります。

生の歌舞伎の舞台を、シネマ歌舞伎として見る体験は、映画との共通点を確認させてくれる行為です。巧みな映像で切り取られ、映し出された舞台は実に映画的です。

“クール・ジャパン”な文化にも生きる歌舞伎の世界



歌舞伎が映画に与えた影響を説明してきましたが、身近に存在する日本のアニメ・マンガといったポップカルチャーにも、大きな影響を与えています

アニメやマンガの題材が歌舞伎の演目であったり、登場人物が歌舞伎独特の化粧法である”隈取”をしているなど、直接的な形で登場し海外のファンにも影響を与えています。

アニメ作品『天元突破グレンラガン』『キルラキル』の、今石洋之監督、脚本の中島かずきがコンビで手掛けた最新作『プロメア』は、観客から高い評価を得ています

今石・中島コンビの作品は、キャラクターの造形やデザイン、そして実際に”見得を切る”動きなど、歌舞伎の技法をアニメーションに取り入れています

“劇団☆新感線”の主宰者、いのうえひでのりに誘われ座付き作家となって、キャリアをスタートさせた中島かずき。”劇団☆新感線”の舞台劇「髑髏城の七人」「阿修羅城の瞳」など、“いのうえ歌舞伎”と呼ばれる作品が持つ、独特の世界観を作りあげた人物です

この様なアニメ作品の原点を確認する意味でも、一度シネマ歌舞伎をご覧になってはいかがでしょうか。

まとめ



シネマ歌舞伎『女殺油地獄』は世話物の演目であり、出演者はアクロバティックな動きをしたり、派手な”隈取”で登場する事もありません。

比較的大人しい演技で見せる演目で、誇張された”外連味(ケレン味)”のある演出は少なく、セリフも理解し易く、歌舞伎初心者が見るのに相応しい作品といえます

だからこそクライマックスの修羅場が衝撃的で、その場面の松本幸四郎の表情をシネマ歌舞伎で見る事で、それが演劇的にも映画的にも完成されたものだと実感させてくれます

どうかこの機会に、歌舞伎を身近なもの、我々の今の文化に大きな影響を与えているものとして、体験してみて下さい。

決して歌舞伎が難しいものではない、と紹介してきました。実際の事件を題材にしたこの作品を、当時の人はワイドショー的に楽しんだのかもしれません。

歌舞伎も見せ物である以上、俗っぽいサービス精神を持つもの。中でも有名なのは「東海道四谷怪談」。現代のホラー映画の、特殊メイクやショック演出に通じる仕掛けを持つ作品です。

ちなみに今も伝わる、舞台関係者に有名な”お岩さんの崇り”も、当時宣伝としてまことしやかに伝えられた話が原点です。これもホラー映画のハッタリが効いた宣伝と変わりありません。

歌舞伎の演目で、B級映画ファンにお薦めしたいのが「御存鈴ヶ森」。実在の”美少年犯罪者”白井権八と、これも実在の”大親分”幡随院長兵衛が、刑場のある鈴ヶ森で出会うお話です。

ところが2人は実在しますが、実は生きた時代が異なる人物で、舞台の上で強引にコラボさせられます。面白ければ何でもありの、娯楽重視のサービス精神が大いに発揮されています

立ち回りが始まると、舞台の上で相手の体が切り落とされます。コミカルに描かれているものの、中々ショッキングな描写で、スプラッター映画に通じる見世物感覚の演出です。

残酷描写を売りにした、フランスの見世物芝居グラン・ギニョールと同じ事を、それ以前に歌舞伎は行っていたと知り、すっかり感心させられました。

本当は映画ファンにアニメファン、そしてB級映画ファンにも身近な存在である、歌舞伎の世界

「御存鈴ヶ森」を、ぜひシネマ歌舞伎にして下さいとお願いしたら、真面目な歌舞伎ファンに怒られるでしょうか。

シネマ歌舞伎『女殺油地獄』は2019年11月8日(金)より、東劇ほか全国ロードショー!

関連記事

サスペンス映画

『さよならドビュッシー』ネタバレあらすじ感想と評価解説。《本格ミステリーおすすめ映画》橋本愛が美しいピアノの音色によって再生する少女を演じる

少女の心と本格ピアノ演奏が溶け合う極上ミステリー 「このミステリーがすごい!」第8回大賞を受賞した中山七里の同名小説を、『桐島、部活やめるってよ』(2012)の橋本愛主演で映画化。 自身も俳優として活 …

サスペンス映画

『ゼロ・ダーク・サーティ』ネタバレ結末あらすじと感想解説評価。実話と真実を基にキャスリンビグロー監督がテロに立ち向かう女性分析官を描く

第85回アカデミー賞で作品賞ほか5部門ノミネート、音響編集賞受賞作品! キャスリン・ビグローが製作・監督を務めた、2012年製作のアメリカのPG12指定の政治サスペンス映画『ゼロ・ダーク・サーティ』。 …

サスペンス映画

【ネタバレ】ヒットマンズ・レクイエム|結末あらすじ感想と評価考察。ファレルが映画で“殺し屋たちの義理人情”をユーモラスに魅せる!

殺し屋たちに下された“最後の審判”の行方を物語る・・・ 今回ご紹介する映画『ヒットマンズ・レクイエム』は、各国際映画祭や第90回アカデミー賞で多数の賞を受賞した『スリー・ビルボード』(2017)のマー …

サスペンス映画

映画『ミスミソウ』あらすじと感想レビュー。内藤瑛亮監督の代表作と自負⁈

人気漫画家の押切蓮介の代表作で、トラウマ必須と評された『ミスミソウ】が映画化。 押切作品初の映像化に挑んだのは、『先生を流産させる会』『パズル』『ライチ☆光クラブ』と大胆なテーマを描き続ける内藤瑛亮。 …

サスペンス映画

映画『ホムンクルス』ネタバレ感想と評価レビュー。カルト的な漫画原作を実写化に挑んだ清水崇監督の代表作!

山本英夫の同名漫画を綾野剛主演で清水崇監督が実写映画化『ホムンクルス』。 記憶と感情を失った男が「ホムンクルス」と呼ばれる存在が見えるようになり、自身の過去と対峙する事になるサイコミステリー『ホムンク …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学