詐欺師の姉弟が“悪”に染まる、新時代のピカレスクムービー!
犯罪行為や世間一般の概念から見た悪の行為に身を染める人間を主人公に描く“ピカレスク”と呼ばれる形式の物語。
しかし、悪に墜ちた人間が自身を遥かに超越する巨悪に立ち向かい抗う時、主人公たちは悪党を越え“ダークヒーロー”と呼ばれるようになります。
今回は“ダークヒーロー”映画を撮ることに長けた原田眞人監督が手がけた、特殊詐欺師の姉弟が主人公の映画『BAD LANDS バッド・ランズ』(2023)をネタバレあらすじを含めご紹介させていただきます。
CONTENTS
映画『BAD LANDS バッド・ランズ』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【原作】
黒川博行『勁草』
【監督・脚本】
原田眞人
【キャスト】
安藤サクラ、山田涼介、生瀬勝久、吉原光夫、大場泰正、淵上泰史、縄田カノン、前田航基、山村憲之介、天童よしみ、江口のりこ、宇崎竜童
【作品概要】
北村一輝主演でのドラマ化、佐々木蔵之介主演での映像化も行われた「疫病神」シリーズで知られる黒川博行の小説『勁草』を映画化した作品。
『ヘルドッグス』(2022)の原田眞人が手がけた本作では、『万引き家族』(2018)の安藤サクラと『グラスホッパー』(2015)の山田涼介が主演を務めた。
映画『BAD LANDS バッド・ランズ』のあらすじとネタバレ
特殊詐欺グループに所属するネリが根城にしているバー「BAD LANDS」に、詐欺グループにおいて「番頭」のポジションを務める高城が現れます。
ネリは左耳の鼓膜を痛めており右耳の聴力のみで生きていましたが、雑多な知識と頭の回転の速さから高城から一定の信頼を得ていました。
しかし高城は、詐欺グループでは標的のリストを作る「名簿屋」や電話をする「かけ子」、実際に金を受け取る「受け子」やATMから金を降ろす「出し子」、「ケツモチ」と呼ばれるヤクザなど多くの人間が動いているとほのめかし、ネリはあくまで「受け子」を補助する「三塁コーチ」でしかないと釘を刺します。
ターゲットの老婆が銀行から520万円を引き落としたことを確認したネリは「受け子」の“教授”と呼ばれる男を連れ、ターゲットとの待ち合わせ場所へ向かいます。
しかし、待ち合わせ場所に銀行にいた人物が多くいることから、一般人に扮した刑事を見抜いたネリは即座に計画を中止すると、高城に連絡しその場を去りました。
教授は西成区の高城が所有する安アパート「ふれあい荘」に住んでおり、ネリも同じアパート内に根城の一つを持っていることから彼を家まで送り、計画が中止になったにも関わらず少しの賃金を渡します。
ネリはふれあい荘内の貧困者たちと仲が良く、中でも“曼荼羅”と呼ばれる高城の元用心棒で、今はアルコール漬けで幻覚症状すらある老人の面倒を熱心に見ていました。
高城の事務所を訪れたネリは、刑務所から出所した後、各地で問題を起こしている血のつながらない弟・ジョーと再会。
問題児ながらジョーを見捨てきれないネリは仕方なく高城に彼を紹介し、オレオレ詐欺の標的を絞る「下見」にジョーを同行させます。
ネリとジョーは富裕層の高齢者が多く住む地区へ向かうと、証券会社や老人ホームの人間を装って各住宅の家庭環境を聞き出し、ターゲットとなり得る高齢者をリスト化します。
ジョーは老老介護に苦しむ高齢者にも的を絞る高城のやり口に嫌悪感を抱き、ネリに高城から金を奪う計画を提示しますが、ネリは計画を一笑に伏しました。
仕事が終わった後のジョーはネリを誘うと、東京で知り合ったザンマ兄弟とともに、林田の運営する違法賭博場を訪れます。
途中、ネリは曼荼羅がふれあい荘で騒ぎを起こしたと聞いたために賭博場から離れ、ジョーは賭けに負け続け250万円の借金をたちまち負ってしまいます。
実はジョーとザンマ兄弟が賭博場に来たのは、林田から殺しの仕事を請け負うためであり、ジョーはネリに内緒で殺しの仕事を100万円で引き受けます。
銃を受け取った3人は、何人もの殺人犯の死刑を回避させてきたとされる判事の家へと忍び込み射殺しようとしますが、現場に複数の半グレがいたために失敗し、ザンマ兄弟の兄が死亡。
命からがら逃げ延びたジョーはザンマ兄弟の弟と合流すると、100万円などという小額ではなくもっと大金を手に入れられる、高城の事務所への押し込み強盗を実行に移します。
その頃、高城の事務所にはネリが訪れていましたが、酒の補充を頼まれたネリが倉庫へと向かった隙に、ジョーとザンマは事務所へと押し込んで高城と対峙。
しかし予想よりも早くネリが戻ってきてしまい、隙を見せたザンマは高城に刺され、ジョーもまた高城に組み伏せられてしまいます。
ジョーに助けを請われたネリが迷いながらもナイフで高城を刺殺すると、ジョーは助けを求めるザンマを射殺。その場に座り込んだネリは、それまでジョーに明かしていなかった「自分の本当の父親は高城だった」という事実を彼に告白しました。
映画『BAD LANDS バッド・ランズ』の感想と評価
“ダークヒーロー”ではない“ピカレスク”ムービー!
原田眞人監督が手がけた『ヘルドッグス』では、極道組織の殺し屋を務める主人公・兼高という“悪漢”を主人公としていました。
しかし兼高は闇稼業に手を染めながらも、実は極道組織の壊滅を使命とする潜入捜査官であり、その実態はより巨悪を喰らう“ダークヒーロー”そのものでした。
一方、原田眞人監督が『ヘルドッグス』の次に手がけた映画『BAD LANDS バッド・ランズ』は、「悪の道」を突き進む人間にのみ焦点を当てた“ピカレスク”そのものの映画となっていました。
「特殊詐欺」……いわゆる「オレオレ詐欺」グループに所属するネリは、頭の回転が速く仕事のできる人間として魅力的に表現され、彼女たちを束ねる高城もまた、強い仲間意識を持つ優しい人間として序盤は描かれていきます。
しかし、高城の本質は“詐欺師”そのものであり、彼の過去の行動が明らかになるたびに序盤に描かれた面倒見の良さが邪悪にも感じられるはずです。
“悪”を魅力的に描く映画でありながらも、登場人物のほとんどが救い難い“悪”であることも明確に思い出させてくれるような、“ヒーロー”ではない“ピカレスク”ムービーとなっていました。
姉弟を通じて表現される「正反対の“悪”」
主人公のネリは、同じアパートに住む貧困者たちに対し、身入りのない仕事の後でも食事を奢ったり成功報酬をしっかりと渡したりする寛容さを持つだけでなく、誰もが見放す老人・曼荼羅を熱心に介護しています。
しかし、その一方でオレオレ詐欺への貢献度も高く、相手がどのような事情のある人間であっても、グループがターゲットに選んだ人間に対しては容赦なく詐欺を実行しています。
その行動からは、仕事や目的のためなら躊躇いなく「悪」の道に踏み込める冷酷さを感じ、温かくも恐ろしい人間であることが分かります。
対してネリの弟・ジョーは、短気で思慮の浅い行動が目立ち、人を射殺した直後に笑みを浮かべる残酷さを持つ少年のような“邪悪さ”を持ち合わせていますが、弱い人間を詐欺にかける高城の行為に嫌悪感を抱いたり、大金を目前にしても他者のために行動したりと人間味のある“悪”として描かれていました。
姉弟で正反対の“悪”として描かれるネリとジョーには、原田眞人監督が得意とする魅力的な“悪”の要素が詰まっていました。
まとめ
登場人物が“悪”だらけにも関わらず、スタイリッシュで魅力的に感じてしまう“ピカレスク”ムービー。
映画『BAD LANDS バッド・ランズ』は“ピカレスク”の魅力が欲張りなほどに詰め込まれた作品であると同時に、明快な面白さを持つ“ピカレスク”映画初心者向けの作品でもありました。
安藤サクラと山田涼介の演技が冴え渡る本作は、俳優のファンにも間違いなく満足していただける映画となっています。