運命に翻弄された2人の11年に及ぶ愛の奇跡を描く『ラーゲリより愛を込めて』
第二次世界大戦後の1945年。捕虜となって酷寒のシベリアで捕虜生活を送る山本幡男は、帰国(ダモイ)を信じて仲間たちを励まします。
自ら余命宣告をされるほどの病気を患い、日本にいる妻へ遺書を書くのですが……。
辺見じゅんのノンフィクション小説を映像化したのは、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017)や『糸』(2020)など、心を揺さぶるラブストーリーの名手の瀬々敬久監督。
主役の山本幡男は二宮和也、その妻モジミは北川景子が演じています。
遠く離れた妻を思いやる山本の愛と彼の思いを届ける仲間たちの友情にあふれた本作を、ネタバレあらすじ有りでご紹介します。
映画『ラーゲリより愛を込めて』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
辺見じゅん:『収容所から来た遺書』(文春文庫)
【監督】
瀬々敬久
【脚本】
林民夫
【キャスト】
二宮和也、北川景子、松坂桃李、中島健人、寺尾聰、桐谷健太、安田顕、奥野瑛太、金井勇太、中島歩、佐久本宝、山時聡真、奥智哉、渡辺真起子、三浦誠己、山中崇、朝加真由美、酒向芳、市毛良枝
【作品概要】
映画『ラーゲリより愛を込めて』は、作家・辺見じゅんのノンフィクション小説『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』を原作とする伝記ドラマ。
シベリアの強制収容所(ラーゲリ)に抑留された実在の日本人捕虜・山本幡男の半生を描きだす本作を、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017)『護られなかった者たちへ』(2021)『糸』(2020)の瀬々敬久監督が手がけ、二宮和也が主役を演じます。
山本の妻役に北川景子、山本の捕虜仲間に松坂桃李や中島健人、桐谷健太らが顔を揃え、寺尾聰や安田顕なども脇を固めています。
映画『ラーゲリより愛を込めて』のあらすじとネタバレ
第二次大戦中の中国・ハルビンで、山本幡男(二宮和也)の身内の結婚式が行われました。山本は4人の子どもたちと妻のモジミ(北川景子)で丸テーブルを囲み、家族揃って参列していました。
その夜、爆撃がその街を襲います。日ソ中立条約をソ連が破って北から日本軍に攻めてきたのです。
宿舎を逃げ出した山本一家。大勢の逃げ惑う人々で混乱する中で、崩れた石塀の下敷きになった山本は、モジミと子どもたちに向かって「日本に帰れ。大丈夫、すぐに会える」と言います。
ためらうモジミですが、子どもたちを託され、日本に帰る決意をします。家族はそこで離れ離れになりました。
そして、戦争が終わった1945年。零下40度の厳冬の世界・シベリアへ向かう汽車の中に山本旗男の姿はありました。
捕虜にした日本兵をわずかな食料で過酷な労働に駆り立て、死に逝く者が続出する地獄の強制収容所(ラーゲリ)行きです。
捕虜でほぼすし詰め状態の汽車の中で、誰もが自分の行く末に絶望的になっているのに、ひとりアメリカの歌を大きな声で歌う山本。離れたところで初めて彼の姿を見た松田研三(松坂桃李)は、彼は正気ではないと思います。
汽車の旅を終えて捕虜となった日本兵たちが到着した強制収容所(ラーゲリ)では、厳しい労働が待っていました。
山本と一緒に強制収容所(ラーゲリ)入りをした仲間には、戦場で眼の前で友人を失くして心に傷を負って以来何があっても「傍観者」になると決め込む松田研三、旧日本軍の階級を振りかざし山本たちを「一等兵」よばわりする軍曹の相沢光男(桐谷健太)がいました。
「生きる希望を捨ててはいけません。帰国(ダモイ)の日は必ずやって来ます」と、苦しい毎日に絶望する抑留者たちに、山本は訴え続けます。
山本はロシア文学愛好者でロシア語が理解でき、通訳もしていたので、ソ連軍の将校にも抑留者たちの苦しい状況を訴えていましたが、それがかえって悪い結果を生みます。
終戦からしばらくたち、日本への帰国が決まりました。山本をはじめ喜ぶ抑留者たちは、希望を胸に再び汽車に乗り込みました。
ですが、帰国船が用意された港まであと少しというところで、ソ連軍によって汽車はいきなり止められました。
通訳の山本を呼び出し、1冊の名簿を渡して名前を呼べと言います。呼ばれた者は汽車から降りなければなりません。
それは帰国(ダモイ)ができないことを意味していました。名簿には、松田や相沢の名前があり、一番最後に山本自身の名前も載っていたのです。
その後山本たちはソ連の軍法会議にかけられ、身に覚えのないスパイ容疑で25年の強制労働を言い渡されます。
再びラーゲリに収容され、強制労働の毎日を送ることになった山本。そこで、過酷な状況で変わり果ててしまった同郷の先輩・原幸彦(安田顕)と再会しました。
劣悪な環境下で、誰もが絶望から心を閉ざしていくなか、山本は日本にいるモジミや4人の子どもと一緒に過ごす日々が訪れることを信じ、その苦しさに耐えます。
ある日、強制労働に出た先で黒い子犬が収容者たちについてきました。子犬は山本になつきますが、その子犬をクロと名付けてかわいがったのは、元漁師で船で漁をしていて捕まった足の悪い青年・新谷健雄(中島健人)でした。
山本は、軍人でもない足の悪い青年までもがスパイ容疑で捕まるのかと驚きあきれます。
山本は苦しい作業が続く毎日の中でも、分け隔てなく皆を励まし続け、そんな彼の仲間想いの行動と信念は、凍っていた抑留者たちの心を次第に溶かしていきます。
映画『ラーゲリより愛を込めて』の感想と評価
実話が示す愛の奇跡
『ラーゲリより愛を込めて』の原作は、シベリア抑留者の実話を描いたノンフィクション『収容所から来た遺書』です。
シベリア抑留者とは、戦争が終結したのにもかかわらず、シベリアをはじめとする極寒の地で、乏しい食料と劣悪な生活環境の中で、過酷な強制労働を強いられた人々のことです。
寒さも厳しい自然環境の中で、食事といえば、1日350グラムの黒パンとカーシャと呼ばれる薄いお粥だけ。黒パンをカットするときは皆の眼の色は変わり、均等にカットしなければ喧嘩がおこるほどだと言います。
飢えと寒さ。2つの大きな障害に耐えながら、ノルマのある苛酷な労働をこなす毎日で、死にゆく抑留者も多かったそうです。希望がなければとても耐えられない地獄のような生活の中、皆は「ダモイ(帰国)」だけを願っていました。
そんな殺伐たる地獄にいた山本幡男は、実在した人物。彼が離れ離れになった家族を思って書いた遺書には、家族を思う山本の切実な気持ちが綴られていました。
それは飾りけのない言葉で書かれた、心から相手の幸せを願う気持ちのこもった遺書でした。ラーゲリの仲間たちが暗記した遺書の文をモジミに語るシーンでは、遺書に託された山本の深い思いが伝わってきて、涙があふれ出ます。
何年かかろうと、たとえ殺されようと、山本の家族への想いのこもった遺書を届けてあげたいという、仲間たちの気持ちも胸を打ちます。これが実話であるというのですから、仲間たちによって届けられた山本の遺書は、愛の奇跡としか言いようがありません。
奇跡と言えば、もう一つありました。収容所での癒しとなっていた犬のクロです。
クロは山本がなくなった後に行方不明になっていましたが、最後の引揚げ船が出るときに港に姿を現し、船の後を追いかけます。
船に乗っていた松田や新谷たちは、山本を始め収容所で無念の死を遂げた仲間たちがクロとなってやってきたと思い、クロを船に引き上げて日本に連れて帰りました。
この話も実話です。無念のうちに亡くなった仲間たちの気持ちを犬のクロがくみ取ってくれたのも、奇跡としか言いようがありません。
遺書に託す未来への希望
それでは、その遺書とはどんな内容だったのでしょうか。山本が必死の思いで家族にあてて書いた遺書は全部で4通でした。
家族全員に宛てた遺書は原が担当し、自分の母を出兵中に亡くした松田は、偶然にも山本の母への遺書を担当します。
遺書を読み上げながら山本の気持ちとオーバーラップする松田。止めどもなく涙が流れる気持ち、よくわかります。
犬のクロを連れた新谷は、4人の子どもたちへの遺書を渡します。山本を認めながらも敵対視していた相沢は、モジミへの遺書を担当。モジミは山本の深い愛を確信します。
山本は家族に、病気せずに、怪我をしないよう、健康第一に過ごせと書き綴りました。そして、子どもたちには、最後に勝つものは、道義であり、誠であり、まごころであると書き残します。
普通の生活をしていれば当たり前と思われることですが、収容所での抑留生活は普通を普通でなくしてしまいました。
極限まで追い込まれた生活の中で、人間としての尊厳と慈愛を持ち続けた山本。彼はスーパーマンでもヒーローでもありません。ですが、ラーゲリの仲間たちの心に希望を灯し、生きる勇気を与えました。
この話が実話であるからこそ、皆が知っておかねばならないことなのでしょう。
山本の死因は病死ですが、戦争によって殺されたようなものです。家族の幸せを願う山本の遺書は、未来を担う子どもにそっくり語り継いでいきたい内容でした。
あの戦争が終わってから70年以上たちますが、まだまだ本当の意味での「終戦」にはなっていないと言えます。
まとめ
瀬々敬久監督が手がけた『ラーゲリから愛を込めて』には、シベリア抑留者の実態とその苦労が余すところなく描かれています。
地獄のような毎日の中で、生きる希望を失わずに人間として生きた山本幡男。病床についた彼が家族にあてた遺書を仲間たちが苦心して日本に持ち帰って、家族に届けました。
映画では、戦争によって引き裂かれた夫婦を、二宮和也と北川景子が演じています。山本役の二宮和也は、全体の雰囲気も写真で見る山本に酷似し、打たれ強い山本役にピッタリでした。
ラーゲリ仲間を演じる松坂桃李、中島健人、桐谷健太、安田顕のそれぞれ力のこもった演技も印象深い……。
親から子へ、子から孫へと、瀬々敬久監督の作品への思いが込められたラストシーンは、原作にはないものでした。それは、家族の在り方を伝え続けようとするラストと言えます。
山本の遺書に書かれていたように、怪我もなく健康で過ごせていれば本望。堅苦しい言葉など、家族には入らないのかも知れません。
本作は、家族を思う山本の真意に目頭もアツくなり、ダモイ(帰国)という言葉がズシリと胸に響くラブストーリーでした。