“心躍る出会い”が内向的な青年の自立を導く……。
今回ご紹介する映画『ママボーイ』は、『台北の朝、僕は恋をする』でベルリン国際映画祭の最優秀アジア映画賞を受賞したアーヴィン・チェンが監督を務めました。
本作は香港のフィルムマーケットで「期待のアジア映画トップ10」に選出されるなど、国際映画界で注目を集めました。
過保護な母メイリンと2人で暮らすシャオホンは、内気な性格の29歳の青年。親類が営む熱帯魚ショップで働く彼はある日、母の知人の娘を紹介されデートをしますが、性格と母親の過干渉の末に進展せず失敗してしまいます。
そんな彼に従兄は売春宿に連れて行き、女性関係を教えようと訪れます。そこでシャオホンは副支配人の女性ララと出会い、優しく大人の魅力がある彼女に淡い恋心を抱くのですが……。
映画『ママボーイ』の作品情報
【日本公開】
2023年(台湾映画)
【原題】
初戀慢半拍 (英題:Mama Boy)
【監督】
アービン・チェン
【脚本】
サニー・ユー、アービン・チェン
【キャスト】
クー・チェンドン、ビビアン・スー、ユー・ズーユー、ファン・シャオシュン
【作品概要】
魅力的な大人の女性ララ役には、台湾、中国を拠点に、ドラマや映画、歌手などマルチに活躍するビビアン・スーが務めます。
また、台湾の次世代人気俳優クー・チェンドンがシャオホン役、ファン・シャオシュンがウェイジェ役で、台湾の等身大の若者を好演しています。
共演には台湾でオールラウンドなアーティストとして活躍している、ユー・ズーユーが過保護な母親メイリンを演じます。
映画『ママボーイ』のあらすじとネタバレ
シャオホンは20代最後の誕生日を恋人や友達ではなく、自宅で料理上手な母親の手料理と、「29」の数字キャンドルを立てたケーキで祝ってもらいます。
彼の母メイリンは「シャオホンの好物ばかり作った」と言いながら、食べる順番にもいちいち口を出し、息子の茶碗におかずを取り分ける過保護な母親です。
シャオホンはそんな過干渉で過保護な母と2人で暮らし、叔父が経営する熱帯魚店で従兄のウェンハオと働いています。
内気で優柔不断な29歳のシャオホンは、常に母メイリンの言いなりですが、それでいて不満も反発もなく、変化のない日々をすごしていました。
水槽で泳ぐ金魚を眺めながら、ブツブツ独り言を言っていると、若くて可愛らしい女性客が「“不眠症”には熱帯魚を飼うと良いと聞いて、買いに来た」と声をかけます。
いかにも女性慣れしていないシャオホンは、女性の顔すらまともに見れず接客します。おどおどしているシャオホンに、女性客は苛立ちもせず気に入った熱帯魚を買おうとします。
シャオホンは「その魚だと1年ももたない」と教え、他の魚を勧めると女性はうれしそうに買って帰りました。
メイリンはシャオホンに女性との交際経験がないことも気になり、看護師をしているという同僚の娘を紹介され、デートの機会を設けます。
しかし、シャオホン自身が優柔不断ではっきりしない性格な上、デート中にメイリンが様子を確認する電話をかけてきたため、交際に発展することはありませんでした。
翌日、メイリンは職場で同僚から嫌味を言われますが、シャオホンがバイクで迎えに来て、嫌味を言い返すと機嫌よく帰宅します。
数日後、店で一緒に働くシャオホンの従兄ウェンハオが見合いのことを知り、女性経験がないから接し方がわからないのだと、無理矢理彼を売春宿のホテルへ連れて行きます。
ウェンハオは嫌がるシャオホンをホテルの副支配人ララに紹介し、“童貞”であることを告げると、優しい表情でうってつけの女の子がいると、アップルという女の子を紹介します。
ところがシャオホンは何もせずに早々に逃げ出すし、ホテルの前でタバコを吸うララと出くわします。ララはシャオホンに呆れますが少し言葉を交わすと、必要なら連絡するようにと名刺を渡します。
映画『ママボーイ』の感想と評価
『ママボーイ』は過干渉の母と暮らした息子と母に放任され育った息子、両極端な二組の母子を通して、母親と息子の関わり方から良好で健全な姿を模索する映画でした。
過保護で過干渉なメイリンに育てられたシャオホンは、人間関係が希薄で生活範囲も極めて狭い中でしか生きられなくなり、本人もそのことに鈍感になっています。
逆に両親から放任され育ったウェイジェは、常にタガが外れていて問題を起こしても、親は彼に向き合うことなく、金で解決してきたため物理的に依存して育ちます。
シャオホンの母は愛する夫を失い、その愛を息子に注ぐあまり過保護になり、干渉もひどくなっています。おそらくシャオホンが幼いころからそんな環境だったので、あまり気にすることなく29歳まで来てしまったのでしょう。
年上のララとの出会いは大人の余裕と優しさ、美しさが具わった女性で魅力的に見え、シャオホンを今まで知らなかった世界に導いてくれた女性として輝いて見えています。
そんなララは愛した男性から裏切られ、その男性との間にできた息子ウェイジェに対し、無関心になっていました。それは、ウェイジェの行動が自分を裏切った夫と重なり、息子のことは自分を苦しめるだけの存在に感じていたためだと察します。
そして、息子と年頃の近いシャオホンがあまりに純粋で優しいことに、戸惑いながら惹かれますが、メイリンの逆襲によってシャオホンが優しい青年に育った理由を理解しました。
また、メイリンもシャオホンの反動的な行動と反抗する発言で、必要以上に干渉し過保護だったことに気づき、息子の成長を阻害していたことに目を覚まします。
シャオホンはララへの淡い初恋の中で、人間関係や女性に対する接し方も変化し、ウェイジェは母親の愛情を遅ればせながら得るようになります。
このような2つの現象は台湾文化の中ではめずらしくなく、童貞を捨てるために売春宿へ行く若者がいたり、その背景に息子を過剰に支配するような母親の存在も実際にあるのです。アービン・チェン監督はそこに着想し、サニー・ユーと共同で本作の脚本を作りました。
親は、子どもという存在がなければなれません。若くして母になったララは長い間、母親の自覚はなく、シャオホンとの出会いによって母としての目覚めたのです。
また、子どもはいつまでも親を頼りにできず自立しなければなりませんが、知らないうちに親に阻害されているかもしれません。つまり、親か子のどちらかがそのことに気づき、子離れするか親離れしない限り、その問題は解決できないということを物語っていました。
この映画ではチェン監督がたびたび目にしてきたこのような事例を映画にし、シャオホンやウェイジェのような若者や親に、自立を促すよう語っているように感じます。
まとめ
『ママボーイ』は無垢な青年が大人の女性に恋心を抱く、ピュアなラブストーリーでありつつ、2人の“毒親”を浮き彫りにし、正常な母子関係に導く映画でした。
日本ではおなじみになっているマルチタレントのビビアン・スーが、アジア圏で多岐にわたって活躍し、こうしてスクリーンで魅力的な大人を演じていることに、どこか“親目線”になっている方も多いことでしょう。
また息子に対して過保護・過干渉の親といえば、日本ではドラマの強烈なマザコンキャラクター「冬彦さん」を思い出す方もいるかもしれません。
アジア圏では息子を溺愛する母親像がよく描かれていますが、悲劇的な内容が多いような気もします。そうした中で本作は、親子共々の精神的な成長が美しく描かれていました。
『ママボーイ』は狭い水槽の中で育てられる熱帯魚のように、適切な環境でなければ生きられない様を過保護な息子に例え、未熟な母の姿を魚を死なせてしまう不眠症の女性に例えています。
しかし、新しい魚を与えたシャオホンと彼女は協力しあい、魚を長く育てることでしょう。ラストシーンはシャオホンの新しい恋と人生の始まりを明るい予感で締めくくります。