Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2019/06/12
Update

映画『ガラスの城の約束』あらすじと感想。原作ジャネット・ウォールズの小説を監督デスティン・ダニエル・クレットンが描く|銀幕の月光遊戯 35

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第35回

映画『ガラスの城の約束』が2019年6月14日(金)より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA他にて、全国順次ロードショーされます。

ホームレスの両親に育てられた女性の衝撃の半生を綴った全米ベストセラー小説を映画化。

『ショート・ターム』(2013)でコンビを組み、互いにブレイクスルーのきっかけとなった監督のデスティン・ダニエル・クレットンと主演女優のブリー・ラーソンが再度タッグを組んだヒューマンドラマです。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

映画『ガラスの城の約束』のあらすじ


(C)2019 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

1989年、ニューヨーク。

ジャネット・ウォールズは「ニューヨーク・マガジン」で活躍する人気コラムニストです。マンハッタン、パークアベニューの高級アパートメントに、金融アドバイザーである恋人、デヴィッドと暮らしています。

しばしばジャネットは、デヴィッドが顧客を接待する食事会に同席していました。ジャネットの両親について質問が及ぶと、「母はアーティストで、父は起業家です。質の悪い漂青炭を効率よく燃やす技術を開発しています」とジャネットは応え、軽妙なトークで、顧客の心を掴み、契約を成立させました。

デヴィッドは「次も頼むよ」とご機嫌ですが、父母の話はまったくのでたらめでした。レストランからの帰り道、ジャネットは父と母がゴミ漁りをしている光景を目にしますが、知らないふりをして通り過ぎてしまいます。

ジャネットは、家族と暮らしていた幼い頃を思い出していました。

アリゾナ州南部。ジャネットの父親レックスはいつか家族のために「ガラスの城を建てる」というのが口癖でしたが、仕事をしても長続きせず、母親ローズマリーは毎日絵を描くばかり。家族は、空き家をみつけてはそこを住処にし、借金がたまると逃げ出してあちらこちらを渡り歩く生活を続けていました。

しかし、父は物知りで、愉快な人で、幼いジャネットたち兄弟は、その自由な世界を満喫し、楽しく暮らしていました。特にジャネットは父と気があい、「チビヤギ」と呼ばれ、愛されていました。

ジャネットが3歳の時、母親が食事を作ってくれないので自分でソーセージを茹でていると、スカートにコンロの火が燃え移り、腹部にひどい火傷を負ってしまいます。

ジャネットは入院しますが、お金がない父はジャネットの弟に演技をさせて病院の人々をひきつけている間に、ジャネットを病院から担ぎ出して車で走り去りました。

そんな生活が続く中、次第に父の酒の量が増えていきます。わずかなお金も父の酒代に消え、子どもたちは食べるものにも不自由するようになっていきました。

ジャネットに説得され一大決心をして酒を断った父は真面目に働きに出かけますが、しばらくすると、ジャネットとの約束を破り、また酒を飲みに出ていってしまいます。

空き家を転々とする暮らしも限界で、母は父を説得して父の生まれ故郷であるヴァージニア州ウェルチに移り住むことにします。

祖母は、父と同じように大変な物知りで頭のいい人でしたが、ある日、祖母が幼い弟ブライアンにセクシャルハラスメントをしているところをジャネットら子供たちがみつけ、大騒ぎになります。

子どもたちにおされてひっくり返った祖母を見て、駆けつけた父は子どもたちを睨みつけますが、ブライアンに向かって「男なら自分で解決しろ!」と怒鳴るだけでした。

あとになって、ジャネットは父も同じようにハラスメントを受けていたのではないかと考えるようになります。

高校生になったジャネットは、学校新聞の記者として活躍し、周りからも注目される存在になっていました。しかし、父と母との生活はますます悪化するばかり。

この両親に頼っていては生きていけないと確信したジャネットは、兄弟たちに「守られないなら自立しよう」と呼びかけ、この家を出ていこうと決心するのでした・・・。

映画『ガラスの城の約束』の解説と評価

人気コラムニスト・ジャネット・ウォールズの自叙伝を映画化


(C)2019 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

ジャネット・ウォールズの自叙伝『The Glass Castle』は、2005年にスクリプナーから刊行され、一躍ベストセラーに。ニューヨーク在住の洗練されたコラムニストとして知られる彼女の、極貧で破天荒な子供時代は人々を大いに驚かせました。

遊牧民のような生活をやめない両親と一緒の暮らしから脱出し、現在の地位をひとりで一から築いたジャネット。にもかかわらず、ジャネットは父母への愛を根底に持ち続けました。

自叙伝は多くの人の心を捉え、7年もの間、ベストセラーリストに君臨し続けました。

映画化にあたって監督に抜擢されたのは、『ショート・ターム』(2013)で知られるデスティン・ダニエル・クレットンです。問題を抱えた10代の少年少女を対象とした短期保護施設を舞台に人と人の関わり方を希望を込めて描いた作品は、サウス・バイ・サウスウェスト映画祭でプレミア上映され、審査員特別賞を受賞するなど、高く評価されました。

『ショート・ターム』で主人公のケアテイカーを演じたのがブリー・ラーソンです。この作品がブレイクスルーのきっかけとなり、『ルーム』(2015/レニー・アブラハムソン)ではアカデミー賞主演女優賞を受賞。今回、再びデスティン・ダニエル・クレットン監督と組み、複雑な環境で育った女性を繊細に演じています。

守られない“約束”


(C)2019 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

タイトルにある「ガラスの城」とは、技術者の父が、家族のために建てたいと何年にも渡って構想を練ってきたものです。太陽エネルギーを利用した構造で、その準備のため、父は家族に家の前の土地に穴を掘らせています。

まともに住む家もない家族にとって、「ガラスの城」は、ロマンチックな夢そのものであり生きていく上での希望の象徴です。しかし、その一方、それは現在の生活を我慢させる誤魔化しの手段でもあります。

父が真剣にそれに取り組んでいたことに嘘はありませんが、どう考えても実現可能な計画にはみえず、具体的なことにことごとく欠けているのです。この“ガラスの城計画”こそ、この父親の相反する2つの側面を象徴しているのです。

本作において、「約束」という言葉はまったくただの言葉に過ぎません。子供に食べるものも与えず、僅かな金を持ち出しては酒に浸る父に、まだ幼いジャネットは、お父さんならお酒をやめることができると粘り強く説得します。彼女は父を信じており、4人の子供の中でも特に父とうまくいっているという自負もあります。

父は、一度はかわした約束を守りますが、やがてすぐに約束は反故されてしまいます。

「約束を破るの?」という少女の言葉が切なく響きます。「約束」がまったく機能しないという状況の困難な様が浮き彫りにされ、そのことが大きな原因となって、ジャネットの父との関係は悪しく変容していくのです。

幼い頃のジャネットを演じるチャンドラー・ヘッド、12歳ころのジャネットを演じるエラ・アンダーソンという二人の子役が素晴らしい演技を見せてくれます。

如何に映画は愛へと帰結するのか?


(C)2019 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

ジャネットの過去のエピソードの多くは、例え親に自覚がなかったとしても明らかなネグレクトです。

子供に食事を用意しない、3歳くらいの子供にコンロを使わせ一人にして結果大火傷を負わせる、学校に通わせない、何日も食事をとらせないなど、両親は、保護者の役割を果たしていません。

子供時代は、冒険のような毎日で(実際、母親は「これも冒険よ」と何度か口にしています)、多少の不自由は子供にとっては我慢できるものでもあり、また、父が底抜けに明るく悪気がないことも相まって父は彼女たちにとってはヒーローでした。

しかし、子どもたちが成長するに連れ、また、父が酒に溺れるに連れ、これは普通ではない、ここにいてはいけないということに彼女たちは気が付き始めます。その過程が丁寧に描かれています。

どんなひどい親でも子は親を求めるものだとはよく言われますが、この物語がどのようにして、「許し」や「愛」へと帰結していくのかが、多少不安でした。世の中には、悪気の無い“毒親”に苦しむ人も少なくありません。安易な解決策ではとても納得できないでしょう。

しかし、デスティン・ダニエル・クレットン監督とブリー・ラーソンのコンビは、その不安を払拭してくれます。母が絵を描いて幸せそうだったのも、ジャネットがコラムニストになれたのも、こうした背景があったのだ、と強く心撃たれます。

まとめ


(C)2019 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

父親に扮したのは、ウディ・ハレルソンです。『スリー・ビルボード』(2017/マーティン・マクドナー)では警察署長役、『LBJ ケネディの意志を継いだ男』(2016/ロブ・ライナー)では、第36代米大統領リンドン・ジョンソンを演じ、同じくロブ・ライナー監督の『記者たち衝撃と畏怖の真実』(2018)ではイラク戦争の真実を追求する記者を演じ、それぞれ強烈な印象を残しました。

本作では外見も実際のジャネット・ウォールズの父親に似せ、聡明で愉快な男でありながら破滅的なアルコール中毒者という破天荒な役柄を演じきっています。

また、絵を書くことに没入すると他が見えなくなる母親を『マルホランド・ドライブ』(2001/デビッド・リンチ)、『アバウト・レイ 16歳の決断』(2015/ゲイビー・デラル)などのナオミ・ワッツが演じています。

この二人が両親を演じることによって、不思議な絆で結ばれた奇異な人物に大いなる説得力を与えています。

ヒロインを演じたブリー・ラーソンは、近年、『キャプテン・マーベル』(2019)でマーベルヒーローを演じるなど目覚ましい活躍を見せていますが、次回作として三度、デスティン・ダニエル・クレットン監督と組むことが決まっているそうです。

映画『ガラスの城の約束』は、2019年6月14日(金)から新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA他にて、全国順次公開されます。

次回の銀幕の月光遊戯は…


(C)2019「いちごの唄」製作委員会

2019年7月5日公開の日本映画『いちごの唄』をお送りする予定です。

お楽しみに!

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

関連記事

連載コラム

『ジオウ』キャストと平成仮面ライダーを演じた歴代イケメン俳優の出自|邦画特撮大全12

連載コラム「邦画特撮大全」第12章 先日2018年9月2日(日)から放送が開始した平成仮面ライダー20作記念作品『仮面ライダージオウ』。 いまや“仮面ライダー”というと若手イケメン俳優の登竜門です。オ …

連載コラム

映画『ブラインデッド』あらすじネタバレと感想。ゾンビサバイバルをカナダのホラー専門スタジオが描く|未体験ゾーンの映画たち2020見破録18

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第18回 世界の様々な映画を集めた、劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020」は、今年もヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田にて実施 …

連載コラム

元気が出る2020年映画ランキングベスト5|人生を考える・変えるきっかけに切なくも深い“愛”の姿を《シネマダイバー:菅浪瑛子選》

2020年の映画おすすめランキングベスト5 選者:シネマダイバー菅浪瑛子 新型コロナウイルスの影響で公開が延期になった映画も多かった2020年。話題となった大作もありましたが、2020年はミニシアター …

連載コラム

細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】④

細野辰興の連載小説 戯作評伝【スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~】(2019年6月下旬掲載) 【細野辰興の連載小説】『スタニスラフスキー探偵団~日本俠客伝・外伝~』の一覧はこちら CONTE …

連載コラム

吉沢亮映画『AWAKE』感想評価と考察レビュー。将棋ソフト開発者を描く意味は本当の“自由”の姿に|シニンは映画に生かされて23

連載コラム『シニンは映画に生かされて』第23回 2020年12月25日(金)より全国ロードショー公開の映画『AWAKE』。「プロ棋士vs将棋AIソフト」をコンセプトに開催された将棋エンタメイベント「電 …

U-NEXT
【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学