映画『世界の涯ての鼓動』は2019年8月2日(金)より、TOHOシネマズシャンテほか全国順次公開。
第二次世界大戦後、ニュー・ジャーマン・シネマを代表する映画監督として、ロードムービーの名手として数々の作品を世に送り出してきたヴィム・ヴェンダース。
2017年に制作された彼の映画『世界の涯ての鼓動』がついに日本で2019年8月2日(金)より公開されました。
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映画『世界の涯ての鼓動』の作品情報
【日本公開】
2019年(ドイツ・フランス・スペイン・アメリカ合作映画)
【原題】
Submergence
【監督】
ヴィム・ヴェンダース
【キャスト】
ジェームズ・マカヴォイ、アリシア・ヴィキャンデル、アレクサンダー・シディグ、レダ・カティブ、アキームシェイディ・モハメド、ケリン・ジョーンズ
【作品概要】
J・M・レッドガードの小説『Submergence』を映像化した本作。
主演は『ラストキング・オブ・スコットランド』(2006)で英国アカデミー賞 助演男優賞、ヨーロッパ映画賞主演男優賞にノミネート、『つぐない』(2007)でロンドン映画批評家協会賞英国主演男優賞を受賞した、「X-MEN」シリーズや『スプリット』(2017)『ミスター・ガラス』(2019)などハリウッド大作でも活躍するスコットランド出身の俳優、ジェームズ・マカヴォイ。
同じく主演を務めるのは『リリーのすべて』(2015)でアカデミー賞助演女優賞や全米映画俳優組合賞助演女優賞受賞を始め多くの賞を獲得したスウェーデン出身の女優、アリシア・ヴィキャンデル。
監督は『さすらい』(1976)でカンヌ国際映画祭国際映画批評家連盟賞を受賞、『パリ、テキサス』(1984)でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞、『ベルリン・天使の詩』(1987)でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞と映画界、映画史に名を残す巨匠ヴィム・ヴェンダースです。
映画『世界の涯ての鼓動』のあらすじとネタバレ
海洋生物学者のダニーは船の上で、一向に来ない恋人の連絡を待ち続けていました。
同僚に慰められても晴れることはなく、それでも研究に打ち込むダニー。
一方恋人のジェームズはソマリアで過激派に捕らえられていました。
ダニーとジェームズが出会ったのはフランス・ノルマンディーの海辺に佇む小さなホテル。ある日言葉を交わした二人は情熱的な恋に落ちます。
ダニーは自分が海洋生物学者であり、地球上の生命の起源を解明する調査へ向かうことや何層にも連なる深海の神秘についてなど話しますが、MI-6の諜報員であるジェームズは職業を偽らざるをえず、慈善活動に奉仕していると話します。
ジェームズは南ソマリアに潜入して爆弾テロを阻止する任務が、ダニーには未知の深海に潜るという任務が。
二人は互いの務めを果たすため、たった五日間だけ共に過ごし、別れます。
映画『世界の涯ての鼓動』の感想と評価
接触と別離を描いてきたヴェンダース
“世界の涯て”と呼ぶに相応しい地へ出向き離れ離れになった恋人たちを描く本作。
彼はソマリアにて武装グループに拘束。彼女は暗闇の深海にて潜水艦が制御不能に。どちらも想像したくもない恐ろしいシチュエーションです。
ロードムービーの名手、ヴィム・ヴェンダース。彼は過去作はいつも、止まりたいと願っても動かざるを得ない旅人の哀愁を描いてきました。
『パリ、テキサス』の主人公は愛する妻と子どもを想いながらも、彼らに直接触れることを拒み、一度は再会したもののまたひとり去ってしまいます。
『ベルリン・天使の詩』で描かれるのは天使が愛に生きることを決断し、人間へと変わるまでの旅路。『パリ、テキサス』と異なり恋人たちは別離することなく、ブルーノ・ガンツ演じる天使ダミエルは恋に落ちた女性と直接触れ合うことを許されます。
こうした接触と別離を描いてきたヴェンダースが本作でさらに踏み込むのは、純なる”愛”という概念、また“信仰”についてです。
孤独な旅人を描いたロードムービー
旅の途中で留まらざるを得なくなってしまった男女二人が向かう先はどこか?
原題の“Submergence”は、“水没”“没入”の意。文字どおり映画内では二人が“沈む”様子が描かれます。
閉じ込められて穴ぐらの奥底にてダニーを思うジェームズ。深海に沈潜するダニー。
しかし互いを思いあう二人は四方八方を暗闇に囲まれている状況においてもわずかな光を見つけることができます。
ダニーとジェームズは海というすべての生物の始まりの場所を通して互いを確認し、愛に“沈潜”することにより生命の深淵に舞い降りてゆくのです。
終盤、深海にたどり着いたダニーの台詞「ここは暗闇なのに、存在する生物は輝いている」。それはまさに“魂の涯て”“生命の最涯て”において、愛という光を得た恋人たちを象徴する言葉です。
愛と同時に描かれる概念が“信仰”。ジハード戦士たちが命の危険にさらされている中でも祈りを捧げるシーン、毎日の礼拝のシーンが多く描かれます。
人間以上の力をたたえている、大きな概念の前に身を横たえる、崇高な存在である・あると信じたいという意味では、愛に沈んでゆくことも信仰に沈んでゆくことも等しいのかもしれません。
ラストシーンでは朝焼けのような美しい靄の中にダニーの微笑みが映し出され、ジェームズはここで死を迎えてもダニーと心の深淵で繋がりあった、という結末が示唆されます。『ベルリン・天使の詩』、サーカスの舞い姫マリオンの微笑みを想起させる情緒的なシーン。
本作は“ラブストーリー”では無く、ヴェンダース監督過去作品と同じく“ロードムービー”の言葉が相応しいのではないでしょうか。
ノルマンディーの瀟洒な小さなホテルで出会ったジェームズとダニー。濃密なベッドシーンもあり、彼らの“接触”が濃く現れますがすぐに“別離”が訪れます。
五日間の休暇を共に過ごした回想シーン以外よりも多く二人が離れ離れに時を過ごしている時間がクロス・カッティングの編集で描かれるため、ベッドシーンが多く“接触”を強調する表現はあるも二人がなぜ運命とまで考えるような相手と互いを考えたのか、その説得力を持たせる描写に到達していません。
離れ離れになってからはジェームズもダニーにすぐ連絡が取れなくなり、互いの顔を見ることはもちろんのこと言葉も何も呼応しなくなってしまいます。
辺境で交わした言葉や会話の数々を互いに思い出す描写はロマンチックですが、それまでの“二人の情熱的な愛”を納得させる構築が薄い為、“愛について”という結論へ向かう為の式のような印象を受けます。
本作をロードムービーとして考えるのならば、その旅人はジェームズであり、ダニーは彼を海=生命の起源、帰るべき場所へ導く女神のような存在です。
冒頭、ジェームズが諜報員達と密会の場所に使用したのは美術館で、彼が眺める印象的な絵画がドイツのロマン派の画家、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの『海辺の修道士』。
果てしなく広がる荒涼の空と海を前に立った一人佇む修道士のように、痩せて殺伐とした精神を抱いていた諜報員のジェームズ。人を殺すか・殺されるか、そのような状況に長く身を置き混沌とした社会で生きていた彼は全人類的な探索、生命の神秘と起源に迫る女性ダニーに出会ったことで、孤独な人生に光=愛を見つけたのです。
『世界の涯ての鼓動』は動き続けなければならなかった孤独な旅人が愛を知って身を沈めるまでの道のりを描いた、ヴェンダースの新しいロードムービーなのです。
まとめ
海のように美しいブルーの瞳を持つジェームズ・マカヴォイと絵画から抜け出た女神のような力を持つアリシア・ヴィキャンデル。
二人の飾らない魅力もノルマンディーの自然を背景に強く光ります。
生について、死について、愛について、人生の肖像をこれからも描き続けるであろうヴィム・ヴェンダース監督は、次はどのような旅に連れ出してくれるのでしょうか。
映画『世界の涯ての鼓動』は2019年8月2日(金)より、TOHOシネマズシャンテほか全国順次公開です。