アパルトマンの隣人同士であり、秘密裏に愛し合っている恋人同士でもあるニナとマドレーヌ。2人の前に立ちはだかる社会の障壁と立ち向かう強さを描きます。
南仏モンペリエを見渡すアパルトマン。
最上階の向かい合う部屋で行き来するニナとマドレーヌ。2人はアパルトマンを売りに出し、ローマに移住する計画を立てていたが、マドレーヌは子供たちにニナとの関係を言い出すことができずにいました。
そんな中、マドレーヌに悲劇が襲い、2人の穏やかな日常が崩れ去り、究極の選択を迫られていく……。
監督は本作が初の長編映画となるフィリッポ・メネゲッティ。本作で2021年セザール賞の新人監督賞しました。
そのほか、第93回アカデミー賞国際長編映画賞やゴールデングローブ賞非英語映画賞など数々の賞レースにノミネートされ、2020年ダブリン国際映画祭最優秀女優賞をニナ役のバルバラ・スコヴァが受賞しました。
映画『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』の作品情報
【日本公開】
2022年(フランス、ルクセンブルク、ベルギー合作映画)
【原題】
Deux
【監督、共同脚本】
フィリッポ・メネゲッティ
【出演】
バルバラ・スコヴァ、マルティーヌ・シュヴァリエ、レア・ドリュッケール、ミュリエル・ベナゼラフ、ジェローム・ヴァレンフラン
【作品概要】
ニナ役を演じたのは『ローラ』(2012)でドイツ映画賞主演女優賞を受賞し、『ハンナ・アーレント』(2013)などで知られるバルバラ・スコヴァ。
マドレーヌ役には主に舞台俳優として活動し、2007年に、舞台『LE RETOUR AU DÉSERT』でモリエール賞の最優秀女優賞に輝いたマルティーヌ・シュヴァリエ。
マドレーヌの娘・アンヌ役には『ジュリアン』(2017)のレア・ドリュッケール。
映画『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』のあらすじとネタバレ
南仏モンペリエを見渡すアパルトマン最上階。
隣人同士のニナ(バルバラ・スコヴァ)とマドレーヌ(マルティーヌ・シュヴァリエ)は、密かに長年愛し合ってきた恋人同士でもありました。
お互いの部屋を行き来し、夜は共のベッドで寝て、何気ない日常を過ごしています。そんな2人は部屋を売りに出し、そのお金でローマに移住する計画を立てていました。
不動産屋に査定してもらい、早くにでもローマに移住したいと思うニナに対し、マドレーヌはローマに行くことに躊躇いを感じていました。
独身のニナと違い、マドレーヌは亡くなった夫との間に娘と息子、そして娘の子である孫もいます。マドレーヌは彼らにニナと恋人同志であること、ローマに移住しようと考えていることを言えずにいました。
明日伝えるとニナに言ったマドレーヌは、自身の誕生会を開いてくれた子供たちに大事な話があるのと告げ、ニナとのことを話そうとします。
しかし、なかなか言い出せず「あなたたちを愛していて、誇りに思っている」とニナのことは結局話せませんでした。
後日、どうだったかと聞くニナに、マドレーヌは子供たちもわかってくれていると咄嗟に嘘をついてしまいます。その言葉を信じていたニナでしたが、不動産屋からマドレーヌが部屋を売りに出すのを取り下げたと聞き、怒ります。
「怖気付いたのね、子供たちに言えなかった。何か問題があるの、年寄りのレズに。誰も気にしていない」
「言おうとしたけど言えなかった」と言うマドレーヌに、ニナは怒りその場を後にしてしまいます。
喧嘩した翌朝、食べ物が焦げる匂いで驚いてニナはマドレーヌの部屋に向かいますが、そこにマドレーヌの姿はありません。慌てて外に出るとマドレーヌは救急車に乗せられ運ばれていきます。
何があったのかわからないニナも慌てて病院に向かいます。マドレーヌは脳卒中で倒れ、集中治療室にいると言います。しかし、家族ではないただの隣人のニナは、マドレーヌのそばに行くことはできません。
マドレーヌは、一命を取り留めたものの、話すことも歩くこともできません。娘・アンヌ(レア・ドリュッケール)は、リハビリが長くかかるかもしれないとニナに言います。
退院してきたマドレーヌには、アンヌが雇った介護士が面倒をみることになっていました。しかし、マドレーヌの様子が心配で気が気じゃないニナは、マドレーヌの会わせてくれと介護士に頼み、ことあるごとに顔を出すようになります。
映画『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』の感想と評価
秘密裏に愛し合ってきたニナとマドレーヌ。突如病に倒れ、家族ではない、ただの隣人のニナは当たり前のようにマドレーヌのそばにいることができません。
それだけでなく、真実を知ったマドレーヌの娘・息子らはニナとマドレーヌを受け入れようとはせず、引き離されてしまいます。
2人の前に立ちはだかる壁はおそらく今に始まったことではないでしょう。マドレーヌがローマに旅行した際に、ガイドをしていたニナと知り合ったと言います。
しかし、マドレーヌには家庭があり、夫からは虐待を受けていたと言います。家族のためなら自分を犠牲にするようなマドレーヌは子供たちためにも離婚を選択することはできなかったと考えられます。
息子からは父が死ぬのを待っていた、と非難されますが、マドレーヌは実際に待っていたのでしょう。夫が亡くなり、やっとニナとの時間が持てるようになることを。
アパルトマンの隣人同士、お互いの部屋を行き来しながら過ごす2人の時間は、長年愛を温め続けた2人がやっと手に入れた幸せの時間だったのです。
やっと手に入れた幸せをもう誰にも邪魔をされることはなく、2人で過ごしたいと強く願うニナはローマへの移住を急ごうとしていたのでしょう。しかし、家族があるマドレーヌはなかなか決断できず、家族に真実を言うことも躊躇っていました。
そんな矢先にマドレーヌを襲った悲劇が病でした。本作は同性愛を描くと同時に、2人の視点を通して現代社会が抱える老いや高齢化社会の問題も浮き彫りにしていきます。
家族ではない、どんなに愛し合って大切な存在でも、隣人でしかないニナはマドレーヌのそばになかなかいることができません。歯痒さからニナの行動はエスカレートしていき、その様子がサスペンスフルな雰囲気を醸し出しています。
ニナ同様マドレーヌも話せないけれど、確かにニナを思い、あなたが必要だと訴えかけます。マグカップを落としたり、懐かしいレコードを聴いて立ち上がったり、視線でニナに語りかけます。
2人の間には確固たる強い愛、そして長年連れ添ってきたからこその信頼感があります。
それほど想いあっていても引き離されてしまう残酷さに胸が痛みますが、それでも立ち向かう2人の姿は見ている観客も勇気づけられるような強さがあります。
近年LGBTQを取り扱う映画が増えてきました、しかしその多くは自分が性的マイノリティであることに気づく、もしくはカミングアウトする、そして恋の始まりを描く映画が多かったように感じます。
しかし、本作はLGBTQとして生きていく、生きてきた人々の姿、今なお残る偏見や生き辛さを描きます。
韓国映画『ユンヒへ』(2022)も、今まであまり描かれてこなかった中年の同性愛者の女性を描きました。
更に高齢者をめぐる問題を取り扱った映画も多く、ミヒャエル・ハネケ監督の『愛、アムール』(2013)では、病に倒れ妻の介護をする夫がある決断をするという老夫婦や介護の問題を浮き彫りにしていました。
更にマドレーヌとニナの場合は、世間一般から見れば、単なる隣人に過ぎません。家族でなければもし病に倒れた場合、入院の手続きや世話などはできないのです。夫婦ではなく、同性愛者故の悩みも描き出します。
まとめ
アパルトマンの最上階、向かい合う部屋で暮らすニナとマドレーヌ。
秘密裏に愛し合う2人の女性の前に立ちはだかる障壁や老いを描いた映画『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』。
穏やかで幸せな時間から、マドレーヌの病により引き離されてしまう2人。その2人の間には社会的な障壁があるのはもちろんのこと、物理的に遮断されていることを表す演出として、向かい合う2つの部屋の扉やドアスコープが印象的に使われています。
ニナは、マドレーヌに会いたいと扉を叩くも、介護士によって今は無理だと閉ざされてしまいます。
何とかしてその扉を壊そうとするニナに応えるかのようにマドレーヌも自由に言うことを聞かない体で、ニナの部屋のドアを叩いてニナに会おうとします。
施設からマドレーヌを連れて家に帰ったニナ。その時マドレーヌはゆっくりとした足取りで扉を閉めます。
それは遮断されていた2人の間の扉はなくなったと同時に、今度は2人が外の世界に対して扉を閉めることで遮断しようとするのです。
もう2人の時間は誰にも邪魔をさせないという強い気持ちの表れを感じさせます。