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Entry 2023/11/08
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【和田光沙インタビュー】『映画(窒息)』“セリフなし”の状況で再考した“身体という言葉”×役に投影される“生きている誰か”のための表現

  • Writer :
  • 河合のび

『映画(窒息)』は2023年11月11日(土)より新宿K’s cinema他で全国順次公開!

『いつかのふたり』(2019)の長尾元監督の長編映画第2作にして「セリフなし・モノクロ撮影」という映画史の原点に回帰した奇想天外な異色作『映画(窒息)』。

言葉が失われたはるか遠い時代、荒廃した世界で一人自給自足で生きていた女が、若い男との出会いと新たな生活により露わになる人間の欲望と《世界の崩壊》に対峙する様を描きます。


(C)田中舘裕介/Cinemarche

今回の劇場公開を記念し、本作で主演を務めた俳優・和田光沙さんにインタビューを行いました。

セリフなしという状況の中で再考した「身体」という言葉、実際の撮影を通じて実感した身体を動かす「エネルギー」の正体、本作へのご出演を経て改めて目指す「役に投影される“誰か”のための表現」など、貴重なお話を伺えました。

“得体の知れない大きな存在”に支えられた演技


(C)2021 有限会社DMC’S

──『映画(窒息)』のご出演を決められた際に、和田さんはどのような想いを抱かれ、撮影に向けて何をすべきだと考えられたのでしょうか。

和田光沙(以下、和田):本作のお話をいただいた当初から「セリフなし・モノクロ撮影」とは知らされていたんですが、企画書には長尾監督の今の社会に対する怒りなど様々な想いが込められていて「わけが分からないけれど、このわけの分からないところに飛び込んだら、何か面白いことになりそうだ」という感覚は抱きました。

また脚本を読んでいった中で、自分が演じる主人公が野生的な生活をして生きていると改めて感じとったので、これまで以上に体当たりの撮影になると考え、当時は週3回プールに通って筋トレもこなすなど、クランクイン前に体力を整えていきました。

そのため体力には自信があったんですが、本作の撮影から1年後に、私は出産を経験しました。そして自分でも気づかないほどに、出産によって身体に大きなダメージを負っていたことも、最近思い知らされました。出産後の体力回復も割と早く問題ないと感じてはいたんですが、それでも身体は以前から大きく変化していたんでしょうね。

逆に本作の撮影中は擦り傷やアザ程度で、ほとんど怪我をしなかったんです。それは体力作りの成果だけでなく、私の精神自体が主人公の生に適応し、身体にも影響を与えていたせいなのかもしれません。

本作は抽象的な物語を通じて壮大なテーマを描いている映画なので、どうしても自己の内面から演じる役の姿を探る必要があり、結果的に自分自身と向き合い続ける作品となりました。その中で自分ではどうしようもできないエネルギー、得体の知れない大きな存在に演技を支えられている瞬間があって、それに演じる精神も身体も強められた気がしています。

身体という“言葉”を再考する


(C)田中舘裕介/Cinemarche

──セリフという言語に基づく言葉を用いず、「声」も純粋な身体表現の一部として描かれている本作ですが、和田さんは身体表現としての演技とどう向き合われたのでしょうか。

和田:セリフも言語も登場しない作品は今回が初めてだったので、『裸の島』(1960/新藤兼人)など長尾監督がリストアップしてくださった映画を参考作品として観ましたし、その頃にシネマヴェーラ渋谷で開催されていた「素晴らしきサイレント映画Ⅲ」という特集上映にも通いました。

昔のサイレント映画を観てみると、歩き方だけでも面白いんです。そして「肩を落としてトボトボ歩く」という風に、身体の内に感情を宿すだけではなく「感情をいかに外部へ伝えるか」というコミュニケーションのための身体表現を意識する必要があると気づかされました。

「溜め息を吐く」「呼吸を荒らげる」といった個々の感情を象徴する身体表現を、人間は今も自身の感情を伝えるための“素材”としてストックし続けています。そうした現在まで用いられてきた身体表現について再考し、注目し直す機会にもなりました。

今まで自分は、演技における身体表現をそこまで深く考えられていなかった、言語に基づく言葉に頼る場面が多かったんだと本作で分かりました。撮影中も「感情をどうすれば言語ではなく、身体による言葉で表現できるか」という自問自答の繰り返しでした。

細胞の一つ一つに「伝えたい」を届ける


(C)2021 有限会社DMC’S

──ご自身の身体表現について再考された中で、和田さんは撮影を通じて、実際に身体を動かすことになりました。その際に身体表現としての演技について、新たな“発見”をされる瞬間はありましたか。

和田:まず感情がないと、身体がとても動きづらいというか、ぎこちなくなってしまうんです。身体の動作が先走ってしまうと、後からすぐに感情が乗ってくればいいんですが、それもないまま無理に動き続けると“気持ち悪さ”を感じてしまうことは大切な発見でした。

電気信号で人体が動くように、感情というエネルギーが流れないと身体を動かせないんです。逆にそのエネルギーが全身に伝わり、精神と身体がまさに一体になっているような感覚を味わえる時もあって、それが一番分かりやすかったのは“怒り”の場面でしたね。喜びや悲しみではなく、怒りが人間の一番の原動力たり得るという、人間の本質的な部分を実感しました。

自分の身体の動作により気を遣うようになり、それまで以上に“ちゃんと”表現をするようになったと感じています。「神は細部に宿る」ではないですが、細胞の一つ一つに「感情を伝えたい」という意識が届くように演じることの大切さを知りました。

ただ、逆に感情を伝え過ぎないことも演技では不可欠なことで、本作に関しては「ちょっとやり過ぎたな」と感じるところもあるので、感情をどう身体表現に変換していくかの塩梅を、これからの自分の課題の一つとして意識していけたらと考えています。

また今回の『映画(窒息)』は感情の、エネルギーの解放そのものの映画だったからこそ、言語という言葉が、いかに身体という言葉を制御していたのかも理解できました。

身体表現の塩梅を見つけ出す鍵は、言語にこそあるのかもしれません。ただその上で、「悲しい」と口にした瞬間に「悲しい」という状況を作り出してしまう、言語という言葉のある種の暴力性、言うなれば“重み”にも改めて気づけましたし、それを大事にしていきたいですね。

役を通して、初めて自身の感情を表現できる


(C)田中舘裕介/Cinemarche

──和田さんが「演じる」という行為を仕事とする役者を目指されたきっかけは何でしょうか。

和田:私は大学を卒業してそのまま運送会社へ就職したんですが、実は物心ついた時から「役者になりたい」とはずっと考えていたんです。ただ、それを言えるほど人前で目立つことのできない性格だったのもあり「まあ、いいのかな」と思いつつ長年心の内に秘めていました。

それでも社会で働き始めてから「どこかでやらないと、いつか後悔する」と思い始め、結局役者を目指すようになりました。本当にそれだけで「昔からやりたかったことを、やることにした」という感覚で今に至るんです。

──物心ついた時から「役者になりたい」と思うようになった理由、またはきっかけになった出来事は一体何でしょうか。

和田:小さい頃の学芸会で、私は本当は小さい役をやりたかったんですが、なぜか担任の先生に「主役をやってほしい」と半ば無理やり抜擢されたことがあるんです。劇の最後には皆の先頭に立って歌うような役で、選ばれた時は嫌でしょうがなかったんですが、やってみたら凄く楽しかったのを覚えています。

当時の私が、ずっと何かを抑えていると先生は感じていたのかもしれません。私の演技に対する興味と、「自分はできないんだろうな」いう引っ込み思案な気質を先生は見抜いた上で、周りの人も自分自身も「なんで?」と感じる抜擢をしてくれたんだと思います。

役をもらい、その役を通して初めて自分自身の感情を表現できることに味を占めたといいますか、そんな思い出を経験した後から「役者になりたい」という想いが私の中に芽生えていったんだと今では感じています。

役に投影される“誰か”のために表現する


(C)田中舘裕介/Cinemarche

──主演を務められた和田さんにとって、『映画(窒息)』はどんな意味を持つ映画となったのでしょうか。

和田:実は私、この映画の撮影を終えてからしばらくして、プロテスタント教派の教会で洗礼を受けたんです。自分でも想像すらしていなかったことだったんですが、それも本作の撮影がきっかけとなっていて、現場にいると「聖書の世界」を強く感じる瞬間があったんです。

それは、本作の物語にアダムとイブや『創世記』を連想させられたからというわけではなく、私自身が幼少期から抱えていた問題など、自分自身の内面に深く迫ることになった初めての作品だったからだと思っています。

もちろん『映画(窒息)』の撮影で感じとった「聖書の世界」は、本作の壮大な物語に対してあくまで私個人が感じとったものでしかありません。ただ宗教は、個人の物語が人々に共感され続けたことで、巨大なエネルギーを持つ物語に変化したものという一面もあります。そんな巨大なエネルギーを持つ物語によって今の世界はあるし、時には争いも生み出してしまうんです。

──本作へのご出演を経た2023年現在において、和田さんが目指されている演技の在り方を改めてお教えいただけますでしょうか。

和田:役者の仕事を始めた時から変わり続けてはいるんですが、自分と作品を観るお客さんの間に、簡単に言えば「共感」となり得るものが生まれる演技はいつも心がけています。

例えば、生きていると色んなことが起こって「自分なんか誰にも知られていない、誰にも理解されていない」と思ってしまう時もあるはずです。そう思ってしまった人たちが「自分はここにいる」と自身の存在意義を再認識してもらえるような演技ができたらいいなと考えています。

役者は演じる人物に対して、自分自身だけでない“誰か”を投影しています。喜びや悲しみ、あるいは怒りや憎しみなど、“誰か”が生きるために抱え続けているものを演技として表現することで、作品を観たその人が「これは、私のことだ」「これは、私があの時に言えなかった想いだ」「私の想いが、ここにある」と感じてもらえたらうれしいですね。

インタビュー/河合のび
撮影/田中舘裕介

和田光沙プロフィール

1983年生まれ、東京都出身。24歳で運送業から俳優に転身、オムニバス短編映画『靴ヶ浜温泉コンパニオン控室』(2008/緒方明)でスクリーンデビュー。

『菊とギロチン』(2018/瀬々敬久)『岬の兄妹』(2019/片山慎三)での心身ともに体当たりで躍動感ある演技が反響を呼び、『由宇子の天秤』(2020/春本雄二郎)『誰かの花』(2022/奥田裕介)『冬薔薇』(2022/阪本順治)『やまぶき』(2022/山崎樹一郎)、ドラマ『鵜頭川村事件』(2022/入江悠)、Netflix『サンクチュアリ-聖域-』(2023/江口カン)、ディズニープラススター『ガンニバル』(2023/片山慎三)など数々の話題作に出演。

主演作は『花つみ』(2011/サトウトシキ)『蒼のざらざら』(2020/上村奈帆)『パラダイス・ロスト』(2020/福間健二)など。大胆かつ繊細で説得力のある人肌の演技に定評があり、2024年1月に劇場公開を控える映画『獣手』では夫・福谷孝宏とともに主演・プロデュースを務める。

映画『映画(窒息)』の作品情報

【日本公開】
2023年(日本映画)

【監督・脚本】
長尾元

【キャスト】
和田光沙、飛葉大樹、仁科貴、田嶋悠理、仁木紘、寺田農

【作品概要】
言葉が失われたはるか遠い時代を舞台に、荒廃した世界で生きる人間たちの姿を全編セリフなし・モノクロ映像で描き出した異色作。『いつかのふたり』に続き、本作が長編映画第2作となる長尾元が監督を務める。

主演はインディペンデント映画界のミューズともいえる『菊とギロチン』『岬の兄妹』の和田光沙。さらに『かかってこいよ世界』(2023)の飛葉大樹の他、仁科貴、ベテラン俳優・寺田農が出演する。

映画『映画(窒息)』のあらすじ


(C)2021 有限会社DMC’S

廃墟のような建物に住む一人の女(和田光沙)。

言葉のない世界で原始的な自給自足の生活。狩猟で蓄えた食料を行商人(寺田農)と物々交換したり、女の体と食料を目当てに来た山賊(仁科貴)に襲われたりするが、そんな不測の事態にもめげることなくたくましく生きている。

ある日、女の仕掛けた罠に一人の若い男(飛葉大樹)が掛かっていた。女は彼を家に連れて行くと、何故か女になつく若い男。女も情が移ったのか、二人は共同で生活し始める。

そんな日常が続く中、だんだんと人間の欲望の姿が明らかになっていく。

暴力・セックス・食欲……そして世界は、崩壊に向かって動き始める……。

編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。

2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。


(C)田中舘裕介/Cinemarche




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