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Entry 2023/08/20
Update

【内田佑季監督インタビュー】映画『かかってこいよ世界』で考え抜いた“覚悟”と物語以上に“人”を映し出したい理由

  • Writer :
  • 松野貴則

映画『かかってこいよ世界』は2023年8月25日(金)よりテアトル新宿他で全国順次公開!

脚本家志望の主人公が出会った、映画配給会社に勤める男性。次第に好きになっていった彼から、ある日「自分は在日韓国人3世だ」と告白された……。

映画『かかってこいよ世界』は、恋愛を通じて自身の内にあった“差別”の心に気づき、向き合おうとする女性の姿をエネルギッシュかつ繊細に描いた作品です。


(C)Cinemarche

このたび劇場公開を記念し、「半径5mの世界の映画を作る」という企画テーマのもと本作を手がけた内田佑季監督にインタビューを行いました。

「映画を監督する」という“覚悟”を持つまでの経緯、本作の脚本を通じて気づいた“誰にも伝えたくない物語”の存在、そして映画監督という仕事の魅力など、貴重なお話を伺うことができました。

映画を監督するための“覚悟”


(C)「かかってこいよ世界」製作委員会(TOKYO CALLING/ライツキューブ)

──映画『かかってこいよ世界』を監督するにあたって、まず意識されたことは何でしょうか。

内田佑季監督(以下、内田):この物語は、脚本を担当された畠中沙紀さんの実体験を基にしているのですが「日本における在日韓国人や在日朝鮮人の方々への差別」について考える機会は私のこれまでの人生の中でもあり、その問題は多くの人々の考えを巻き込む、非常に繊細なものだとは理解していました。

だからこそ、畠中さんから最初に本作のプロットをいただいた時は、正直「怖い」と感じました。

なぜ今、この映画を撮るのか……。監督をさせていただく以上、しっかりとしたその「意味」を持っていないといけないと思いました。それは多分、この映画を監督する「覚悟」のようなものだと思います。そして取材を続ける中で、この映画は差別を受けている人の話ではなく、差別をしてしまっていると気づく人の話なのだと改めて理解しました。

この映画を監督することに葛藤していた当時、私はまだ自分が「当事者ではない」という意識がどこかにあったのだと思います。それは自分が無意識に差別の問題を遠ざけていたからであり、その心の動き自体が差別である……そう気づいてから、「自分はこの映画を監督しなくてはならない」という確信を持つことができました。

“誰かに伝えたくない物語”に気づく


(C)「かかってこいよ世界」製作委員会(TOKYO CALLING/ライツキューブ)

──脚本を担当された畠中さんとは、どのように本作の物語を作り上げていったのでしょうか。

内田:これまでの監督作では、ほとんどの作品が自分で脚本も執筆していたので、誰かが書いてくれた脚本で監督をするのは、学生の時以来でした。

私はいつも映画を制作する過程で、頭がおかしくなるくらい役のことを考えます。今回も畠中さんと何度も話し合いをして、役や、ストーリーについて二人で深く掘り下げました。

ご自身の実体験が基になっているわけですから、主人公の差別心と向き合い続けることは、畠中さんにとってはとてもつらい時間だったと思います。


(C)「かかってこいよ世界」製作委員会(TOKYO CALLING/ライツキューブ)

内田:脚本の制作過程では、畠中さんと意見が食い違うこともありました。主人公の真紀がどういう人物なのか、畠中さんがどういう思いで真紀という人物を描いているのか、全然わからなくなってしまったのです。私の中にも「主人公のことが理解できないまま、監督はできない」という焦りがありました。

その時に気づいたことは、人には胸の内に抱えていても、誰にも伝えたくない「物語」もあるということ。今、畠中さんは、「自分の物語」と「真紀の物語」の間で雁字搦めになってしまっている。そう思いました。きっと今大切なのは、「こうした方がいい」と私の意見を押し付けることではなく、畠中さんの中に秘められた想いや、それゆえに生じる他者へ伝えるか否かの苦悩を受け止めることだと気づいたのです。

それは私にとって、大きな成長だったと思います。そうした意味でも『かかってこいよ世界』は私にとっては特別な作品であり、だからこそ多くの方に観ていただけたらと感じています。

役者の“納得”を大切にする


(C)「かかってこいよ世界」製作委員会(TOKYO CALLING/ライツキューブ)

──内田監督は映画を監督する中で、役者の皆さんにはどのような演出を心がけていますか?

内田:自分の想像した登場人物の姿を、全て役者さんへ押し付けることはしないようにしています。自分が考えて考えて考え抜いたものも、結局は自分の想像の範囲でしかありませんから。

たとえば今回、国秀役の飛葉大樹さんが先輩であるソジュンと言い合いになる場面では、飛葉さんは涙ながらにセリフを口にしていますが、実は脚本でも現場でも「涙ながらに」と演出はしていなかったんです。


(C)「かかってこいよ世界」製作委員会(TOKYO CALLING/ライツキューブ)

内田:ただ、飛葉さんがその場面の国秀を演じようとすると、涙を抑えることができない。「この場面での国秀の心情を考えると、どうしても涙が止められない」と飛葉さんに言われた時に、その生理的な反応は飛葉さんが国秀を演じる中で見つけた、国秀との“身体的な繋がり”なのだと理解しました。

そして、その“繋がり”を無視して抑え込んでしまうと、役者さんの気持ちの整理がつかなくなってしまうと判断し、ありのままの姿を映像におさめました。

また主演の佐藤玲さんとは、真紀という人間についてできる限り話し合いの時間を設けました。真紀は恋愛に興味があるのか、国秀のことが好きなのかを、あえて脚本上では曖昧にしているのですが、その未完成さが真紀という人間の“今”であることをお伝えしました。

演じる役者さんたちが生理的に、精神的に“納得”できるのか。演出する時や役について話し合うときは、常にそういったことを大切にしています。

物語以上に“人”を映したい


(C)「かかってこいよ世界」製作委員会(TOKYO CALLING/ライツキューブ)

──「映画を監督する上での“覚悟”」という映画制作に対する心の姿勢は、本作以前から内田監督は意識されていたのでしょうか。

内田:初めて監督した自主制作映画で、私は大学時代の自分自身を題材にしました。そのため映画の中では、自分の家族のことなども全て描いたのですが、私の行動は家族を戸惑わせ、悲しませてしまいました。

その時、映画を制作するという行為は作り手の人生だけでなく、関わる人みんなの人生に影響を与えるのだと痛感しました。そして同時に、「でも今、この映画を作らなければいけないんだ」と強く思いました。そのためには、「なぜこの映画を撮るのか」をきちんと自分が理解し、人に伝えなくてはならない。その覚悟を持たなくてはいけないと実感したんです。

この出来事を機に、映画を生み出す“覚悟”について考えるようになりました。私には根本的に、物語以上に人を映していきたいという想いがあります。だからこそ、息をしている登場人物たちが作り手の都合のいい存在になってはいけない。映画制作に向き合う時は常に登場人物の人生を考え、自分が一番感情移入できる存在でいなければと考えています。

──内田監督の映画制作における「人を映したい」という想いは、どのようなきっかけで芽生えたのでしょうか。

内田:私は幼い頃に、母親とコミュニケーションをとるのが苦手でした。私の母は働きづめで常に忙しく、疲れている人だったので、母が何を考えているのか、近くにいても全くわかりませんでした。そのため、母が何を考えているのか、そればかり常に考えていた時期があったんです。

その時期を過ぎてからも「この人は今、何を考えているんだろう」と無意識に追ってしまう癖は残りました。そして、人付き合いはあまり得意でないものの、人と関わり、生きることの意味などを考えていきたい、自分自身も含めて人を掘り下げていきたいと思うようになりました。

映画制作はつらく、かけがえのない時間


(C)Cinemarche

──内田監督が「映画監督」という仕事を続けられている、一番の理由は何でしょうか。

内田:正直、今でも分かりません。

映画を生み出していく過程は、本当に苦しくて仕方がないです。ただ完成した自分の映画が、とにかく我が子のように愛おしいのも確かです。それは、映画が沢山の人たちの技術や、能力や、全く予想もできない偶然によって作り上げられているからかもしれません。

これは常々考えていることですが、私自身は、直接的な表現者ではありません。もちろん監督として、「正解」を持っていないといけないとは思っていますが、その“正解”という想像を、具現化してくださっているのは、俳優部さんや撮影部さん、演出部さん、録音部さん、照明部さん、制作部さん、編集の方々など、各セクションの皆さんです。

そして私の仕事は、「こういう映画にしたいのです」ということを、とにかく各セクションの方々へ必死に伝えることです。

映画は予想できないことの連続ですが、これ以上にかけがえのない時間は私にとってそう多くはありません。そんな監督という仕事の稀有さ、素晴らしさに私は魅了されているのかもしれません。

だからこそ、一つ終えると、自然と新たに次の映画制作へ挑む気持ちが湧いてくるんです。

インタビュー・撮影/松野貴則

内田佑季監督プロフィール

1991年生まれ、千葉県出身。2013年、桜美林大学総合文化学群映画専修卒業。在学中は脚本・監督を専攻し、監督を務めた卒業研究作品『ふたりで別の歌を』は第31回そつせい祭にて最優秀作品賞を受賞。

その後も『ザ・ピーナッツ』(2017)、『触れてしまうほど遠い距離』(2019)、『火葬』(2020)を監督した他、『触れてしまうほど遠い距離』(2019)では第5回立川名画座通り映画祭でグランプリ・あしたのSHOW(賞)を受賞した。

映画『かかってこいよ世界』の作品情報

【公開】
2023年(日本映画)

【監督】
内田佑季

【脚本】
畠中沙紀

【キャスト】
佐藤玲、飛葉大樹、菅田俊、三原羽衣、幕雄仁、鈴木秀人

【作品概要】
「半径5mの世界を作る」をテーマに企画・製作され、ある男性との恋愛を通じて自身の内にある“差別”と向き合おうとする女性の姿を描いた長編映画。

監督を務めたのは、『触れてしまうほど遠い距離』で第5回立川名画座通り映画祭グランプリ・明日のSHOWを獲得した内田佑季。

キャストには、目覚ましい活躍を見せる注目の若手俳優・佐藤玲と飛葉大樹の他、菅田俊、鈴木秀人など実力派俳優たちが脇を固めます。

映画『かかってこいよ世界』のあらすじ


(C)「かかってこいよ世界」製作委員会(TOKYO CALLING/ライツキューブ)

脚本家を目指している浜田真紀は、映画配給会社に勤める新井国秀と運命的な出会いを果たし、恋に落ちます。

国秀が配給する映画を真紀の祖父・正一が営む劇場「白鯨坐」で上映することが決まり、二人の仲は徐々に深まっていきます。

ある夜、国秀は真紀に自分が在日韓国人3世であることを打ち明けます。

韓国人を嫌っている母・文代の上京や、「白鯨坐」の炎上騒動。真紀の言葉に傷つき、去っていく国秀。真紀は自分の差別心と戦い、国秀と向き合うことができるのでしょうか……。




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