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Entry 2020/03/19
Update

【キム・ギドク監督インタビュー】映画『人間の時間』一つのエネルギーとして、自然の一部として映画を撮り続ける

  • Writer :
  • 河合のび

映画『人間の時間』は2020年3月20日(金)よりシネマート新宿にて全国順次公開!

2018年の第68回ベルリン国際映画祭にてパノラマ・スペシャル部門招待作品としてプレミア上映され、賛否両論を巻き起こした映画『人間の時間』。

世界三大映画祭を制覇した韓国映画界の異端児キム・ギドク監督が、異次元へと迷い込んでしまった退役軍艦を舞台に描く人間の極限と深淵の物語です。


(C)2018 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

このたび本作の日本公開を記念して、キム・ギドク監督にインタビュー。

「人間を憎むのをやめるため」と語る本作の制作経緯、「エネルギー」として捉えようとした人間と自然のあり方、今後の映画制作を続けるにあたっての思いなど、貴重なお話を伺いました。

繰り返される時間をもたらすもの


(C)2018 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

──ギドク監督は「人間を憎むのをやめるため」に本作を制作されたとお聞きしました。その理由をより詳しくお聞かせ願えませんか。

キム・ギドク監督(以下、ギドク):全ての時間は繰り返されるものであり、人生もまた同様だと私は捉えています。歴史と呼ばれる時間はそれを最も証明するものであり、数え切れないほどの戦争をはじめ、あらゆる争いと悲劇が相変わらず繰り返されている。

ただその中で私は、繰り返されるあらゆる時間が一種のエネルギーの原理に基づく「流れ」であり、人間が善悪によって論じようとするあらゆる争いと悲劇も、巨大な一つの自然に過ぎないのではないかと思うようになりました。

プラスがあればマイナスがある。夜があれば昼がある。男があれば女がある。それらの「対極」という性質によって結び付けられる事象もまた、ある一つのエネルギーの行き来によって成り立っているのではないか。そして、そういったエネルギーの絶え間なく繰り返される移動が、繰り返される時間という現象を生み出しているのではないかと感じたのです。

本作を通じて、私は善悪といった曖昧な基準を用いて思考することをやめました。この世界、この宇宙に起きている全ての現象は、エネルギーの移動する様を表しているだけに過ぎない……そう考えながら、本作を撮りました。

剥き出しにされるエネルギーとしての役割


(C)2018 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

──本作の劇中では多くの登場人物たちが自身の「役目」について言及していますが、その理由とは何でしょうか。

ギドク:『人間の時間』には、異なる社会的立場にある人間が多数登場します。政治家やマフィア、学生、娼婦、船員……性別や年齢も含め、様々な人間が描かれていますが、それもまた先ほどお話ししたエネルギーと関わっているのではと考えているのです。

日常生活や社会の中に生きる人々の多くは、他者をそういった社会的立場によって、特に善悪という基準に用いて捉えようとしがちです。ですがその基準をいったん除いてみると、どのような社会的立場の人間であれ、やはりエネルギーとしての役割を果たしていることに気づかされるんです。

エネルギーは自身の一部を分け与えることで何かを生み出すこともあれば、異なるエネルギーと衝突することで破壊をもたらすこともあります。劇中で触れられる「役目」とは、善悪を超え、社会的立場すらも機能しなくなった状況が生まれたことで剥き出しにされたエネルギーとしての役割のことであり、様々な人間を描いた理由もそれを描くためでもあったのです。

残酷と嫌悪を超えた先にあるもの


(C)2018 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

──本作を通じて「善悪」という基準によって思考することをやめられたとギドク監督は仰いましたが、それでも『人間の時間』をご覧になる方の多くは「善悪」によって作品を解釈されるのではないでしょうか。

ギドク:本作のみならず、映画をご覧になる方の多くは「自身は『善』である」という前提によって作品を鑑賞されています。それゆえに、自身という「善」に基づいて映画における描写を「悪」か否かで判断してしまいがちであるのは確かですね。

ただ、私は善悪に基づいて映画を観てほしくないと思う一方で、映画を通じて観客のみなさんが認識していたはずの「善」が崩壊し、その内に秘められていた「悪」と呼ばれるものに気づいてくれたらとも感じています。そうすることで善悪という基準の脆さを自覚し、善悪の先にある「エネルギー」というものについても考えていただけるはずです。

また本作をご覧になった方の中には、「この映画を観た者は、人間に対する嫌悪感や人間の残酷さ、残忍さを強く抱くだろう」と評価する声もあったそうですが、私自身はそう思っていません。本作には確かに残忍で残酷な場面、おぞましい場面も描かれていますが、私にとって『人間の時間』は崇高さと美しさを持つ、エネルギーに溢れた映画だと捉えています。これから本作をご覧になる方にもそのことに気づいてもらえたらと思っています。

自らのエネルギーを伝えるために


(C)2018 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

──これまでにギドク監督が語られてきたエネルギーの思想ですが、それを着想されたのはいつ頃のことなのでしょうか。

ギドク:私もまた、一人の、或いは一つのエネルギーとしてこの世に生まれてきました。両親から分け与えられたエネルギー、自然から分け与えられたエネルギーが私へと姿を変えたわけです。

そうやってこの世に生まれた私は、肉体も精神も成長していき、その過程において多くの人々と出会い、多くの事件や出来事を経験してきた。ある種の悟りすらも感じ始めてきた中で、私は人間という存在は1つの巨大なエネルギーであり、人間も自然の一部なのではないか。むしろ、私自身が自然そのものなのではないかと考えるようになりました。『人間の時間』は「私は自然そのものなのだ」という発想をより深く認識できる機会をも与えてくれましたし、そういった発想を通してもう一度人間を見つめようと思うきっかけにもなりました。

また私はこれまで映画制作を続けてきましたが、今現在の時代、或いは未来の時代を生きる人々に対してより多くのエネルギーを伝えられるメディアが映画なのではないでしょうか。次世代に向けてエネルギーを届け、届けられたエネルギーは「共感」や「感動」によってさらに広がっていく。だからこそ、今後も映画制作を通じて、人類にできる限り多くのエネルギーを届けられたらと思っています。

「怒り」を「悟り」へと変換する


(C)2018 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

──「創作物を通じてエネルギーを届けたい」というギドク監督の言葉に共感できる一方で、そのエネルギーを届けるためにも、時に「怒り」や「悲しみ」「憎しみ」と呼ばれるエネルギーが不可欠ではとも感じます。本作を完成させた今、ギドク監督はどのようなエネルギーによって映画を撮り続けるのですか。

ギドク:これまで生きてきた中で、私は多くの憎悪、怒り、悲しみ、苦痛の記憶を経験してきました。ですが時が経ち、多くの映画を撮る中で、「自分は人間に対する怒りとか憎悪を抱いてきたからこそ、映画を撮ることができた」「『人間の時間』もまさにそういう映画なのだろう」と思えるようになりました。

私は一人の人間であると同時に、一つのエネルギーであり、循環し続ける自然そのものでもあります。だからこそ、私の内にある怒りや悲しみを「誰かを殺したい」という憎しみに変えてしまうのではなく、新しいものを生み出すための「悟り」に変えていきたい。それを糧に映画を撮り続けたいと感じています。

絶え間なくエネルギーが移動し続ける自然のことを考えると、私自身のその思いは今後変化するかもしれません。ですが今現在の私は、確かに「『怒り』というのも一つの自然の現象なのだ」「『悟り』という別の形へと変換され得る一つのエネルギーなのだ」と思っているのです。

インタビュー/河合のび

キム・ギドク監督プロフィール

1960年生まれ、韓国・慶尚北道奉化郡出身。パリでアートを学んだのちに韓国に帰国、脚本家としてのキャリアをスタートさせる。1996年に映画『鰐~ワニ~』で監督デビュー。2000年の『魚と寝る女』がヴェネチア国際映画祭をはじめ数々の国際映画祭で絶賛されて以降、その難解なキャラクター、衝撃的な映像、他に類を見ないメッセージで、批評家と観客から称賛を受けた。

しかし2008年の『悲夢』以降、一時映画界から姿を消す。3年後、隠遁生活を送る自分を撮ったセルフ・ドキュメンタリー『アリラン』を発表。2011年カンヌ国際映画祭・ある視点部門最優秀作品賞を獲得し、2004年『サマリア』でベルリン国際映画祭・監督賞、同年『うつせみ』でヴェネチア国際映画祭・監督賞を獲得し、世界三大映画祭での受賞という快挙を成し遂げた。また2013年には『嘆きのピエタ』がヴェネチア国際映画祭で韓国映画史上初となる最高賞・金獅子賞に輝いている。

その後も、韓国で上映制限された問題作『メビウス』(2013)、異色サスペンス『殺されたミンジュ』(2014)と健在ぶりを発揮。近年では『STOP』(2015)、『THE NET 網に囚われた男』(2016)と政治的メッセージが際立つ作品を発表し続けてきた。

映画『人間の時間』の作品情報

【日本公開】
2020年(韓国映画)

【原題】
Human,Space,Time and Human

【監督・脚本】
キム・ギドク

【キャスト】
藤井美菜、チャン・グンソク、アン・ソンギ、イ・ソンジェ、リュ・スンボム、ソン・ギユン、オダギリジョー

【作品概要】
カンヌ・ヴェネチア・ベルリンの世界三大映画祭を制覇し、近年では政治的メッセージが際立つ作品し続けてきた韓国の異端児キム・ギドクが手がけた、人間の極限と深淵の物語。2018年の第68回ベルリン国際映画祭にてパノラマ・スペシャル部門招待作品としてプレミア上映され、賛否両論を巻き起こした作品でもあります。

主人公イヴ役を演じたのは、『ドクター探偵』『私たち結婚しました 世界版』などで注目されている藤井美菜。またアダム役を韓国国内ならびに日本でも高い人気を得ている俳優チャン・グンソクが演じています。さらに国際的俳優として知られ、キム・ギドク監督との親交が深いオダギリジョーが特別出演を果たしています。

映画『人間の時間』のあらすじ


(C)2018 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

休暇へ向かうたくさんの人々を乗せ、退役した軍艦が出航する。

乗客には、クルーズ旅行にきた女性(藤井美菜)と恋人のタカシ(オダギリジョー)、有名な 議員(イ・ソンジェ)とその息子(チャン・グンソク)、彼らの警護を申し出るギャングのボス(リュ・スンボム)とその部下たち、謎の老人(アン・ソンギ)など、年齢も職業も様々な人間たちがいる。

大海原へ出た広々とした船の上で、人々は酒、ドラッグ、セックスなど人間のあらゆる面を見せる。荒れ狂う暴力と欲望の夜の後、誰もが疲れて眠りにつき、船は霧に包まれた未知の空間へと入る。

翌朝、自分たちがどこにいるのかわからず、そこから出られるのかもわからない状況に唖 然とする人々は、生き残りをかけて悲劇的事件を次々に起こしていく……。


編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。

2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介

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