映画『Kfc』は7月20日(土)より、シアター・イメージフォーラム、テアトル梅田、アップリンク京都ほか全国順次公開!
2023年8月に開催された特集企画「ベトナム映画の現在 plus」での上映後、2024年7月20日よりシアター・イメージフォーラムにて本公開決定された映画『Kfc』。
「ベトナム映画の“突然変異”」ことレ・ビン・ザン監督の長編デビュー作であり、「食人」を通じて愛と暴力の連鎖を描き出したホラー映画である本作。今回の名古屋シネマスコーレでの特別上映では、初の日本語字幕版が解禁されます。
このたび「ベトナム映画の現在 plus」の特別上映を記念し、レ・ビン・ザン監督にインタビューを行いました。
本作の着想の経緯、映画の登場人物たちから見えてくるザン監督の思う“人間”の在り方、初来日に対する特別な感情など、貴重なお話を伺えました。
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夢と現実が想像させた“死体の行方”
──映画『Kfc』はどのように着想されたのでしょうか。
レ・ビン・ザン監督(以下、ザン):『Kfc』は、ある夢を見たことから始まりました。とても太った人が追われている夢です。
太った人は走って逃げ、トラックに轢かれて死ぬのですが、次に交通事故で死んだ他の太った人たちの死体が路上に並べられているシーンが続きました。この夢は、ずっと私の頭から離れませんでした。
その頃、私はKFC(ケンタッキーフライドチキン)ばかりを食べていて、週のうち6日もKFCに行くことすらありました。ですが、この夢を見てからKFCの肉を飲み込めなくなり、私はKFCを食べるのをやめました。
またある日、私は友人の葬式に参列しました。彼の遺体を納めた棺が火葬場へのトンネルのような場所へと入れられました。やがてトンネルを通る時にはその蓋が閉められ、その後棺に何が起こったのかを直接見ることはできませんでした。
その時、私は「友人の遺体は本当に火葬されるのだろうか?」「もしかしたら、別の場所に運ばれたのでは?」と考えました。また夢に出てきたいくつもの肥満体の死体を思い出し、路上に並べられていた死体はその後何をされるのだろうとも考えました。
そして急に、「死体は、例えばKFCのようなレストランや食品を提供する場所に売られている」という気味の悪い答えを思いついたのです。
我々が鶏肉や豚肉や牛肉を食べる時、それらがどのように加工されたのか、それらが本当に家畜の肉なのかどうかを知らない。そして、人の遺体が本当に火葬されて埋葬されるか、それともどこかに持ち去られるのかも知りようがない。以上が、私が本作の構想を始めた原動力です。
映画『Kfc』という“愛についての物語”
──映画『Kfc』では観ていて思わず目を逸らしたくなるほどにグロテスク、あるいは残酷な描写が登場します。
ザン:正直に言うと、私は「グロテスク」や「残酷」と言われる描写を映画で登場させること自体には、全く意義を感じていません。あくまで私は、自らの感情においてベストだと思えたシーンを描いているだけに過ぎないのです。
残酷かどうかは映画を観る方次第であり、もちろん多くの方が目を伏せてしまう一方で、映画を観ながら嬉しそうに笑う方を見かけたことは何度もありますし、中には平然と何の反応もしない方もいます。
作中の暴力シーンは、多分メイクの効果が良すぎたからなのかもしれませんが、私自身は一連のシーンを撮影した際には、そこで描かれている出来事を常に直視しながら撮影を続けました。
事実『Kfc』は、愛についての物語にしたかっただけなのです。もし本作を観て「残酷過ぎる」とだけ感じられた方は、それは目で観ているだけで、ハートで観ていないからかもしれません。
「映画を作りたい」と欲求したことはない
──本作の登場人物は、表面上では自らの欲望に基づいて“異常”の中を生きているように見えますが、実際には各々の悲哀を抱える“人間”として描かれています。それは、ザン監督が思う“人間”の在り方そのものだと感じられました。
ザン:『Kfc』には欲望を持った人間は登場せず、それぞれが深い悲しみを抱えています。そして作品の物語の背景におけるカニバリズムは、我々が毎日ご飯を食べるのと同じ、日常茶飯事の出来事なのだと私は考えています。
また私は今まで、欲望や欲求によって映画を作ったり、観たりしたことは一度もありません。それらは、私が映画制作や鑑賞を決める上で必要な要素ではないと考えています(他の方々にとっては“原動力”なのかもしれませんが)。
私が映画を観る第一の理由は、ただ、まず楽しむためです。芸術自体が楽しんでリラックスするためのものであり、私が楽しみを“欲求”するか否かではなく、ただ好きだから、鑑賞の時間を割くのです。
その考え方は映画制作でも同様で、私は未だかつて「映画を作りたい」と欲求したことはありません。もし“欲求”なのだとしたら、私は毎年インスタントラーメン映画(※1)の企画を引き受けていたでしょう。私は自分の内に抑圧された感情が生まれ、それを表現して人に知らせなければならない必要があると感じた時にだけ映画を制作しているのです。
ただ、それを自分の映画を通じて表現することは、他者が私と一緒にその感情を感じられるための最良の方法だとは考えていますが、そう行動する私が本物の私なのか、それとも私とは異なる別の人間なのかは知る由もありません。
※1:インスタントラーメン映画……ベトナムでは「早くて安くてうまいが、すぐ飽きられ記憶に残らない映画」のことを「インスタントラーメン映画」と呼んでいる。
念願だった“初の長編映画”の日本上映
──特集企画「ベトナム映画祭2023」での特別上映が控えている現在、ザン監督のご心境をお聞かせください。
ザン:2016年にタレンツ・トーキョーに参加した際、私は『Kfc』の予告編を上映しました。その予告編は多くの方の記憶に残り、ほとんどの方が私の本名を知らないほどに、私は以来「KFC」と呼ばれるようになりました。
また2017年のロッテルダム国際映画祭での上映後、私は心の底から日本でも『Kfc』を上映したいと考えていました。なぜなら私は日本が大好きで、そこには非常に大切な友だちもいたからです。しかしながら日本の映画祭では上映が実現できず、とても悲しかったのを覚えています。
もう一つエピソードがあります。11年生(※2)の年、私は人生初の短編映画を制作し、東京学生映画祭に応募しました。その時に私の作品はグランプリをいただけたのですが、残念ながら受賞式には出席できなかった。ロッテルダム以降に『Kfc』が日本で上映できなかった際にも、その頃の記憶に思いを馳せました。
日本は、自分と縁のある国だと考えています。東京学生映画祭での受賞のおかげで、私は映画の道に進むことを決意しましたが、一方で当時の私は「自分と日本を隔てる“何か”がある」と感じていました。
「今年の8月に、東京で『Kfc』が上映できる」という知らせが届いた時、私は本当に幸せだと感じましたし、長年の心の中のわだかまりがようやく解けました。15年以上前に初の短編映画を上映して以来、とても特別な想いを寄せていた国で、初の長編映画である『Kfc』の上映が実現できたのです。
また次回の訪日の際には、かつて東京学生映画祭で上映された短編映画のフィルムを探し出したいと思っています。『The Black Dirt On White Shirt Uniform Student』というタイトルの作品なのですが、在学中に無くなってしまい、学校側もフィルムを保管していなかったのです。
同作のフィルムを発見するため、ぜひ日本の方々に手助けしていただけたらと思っています。もしこの願いを叶えられたなら、本当にありがたいです。
※2:11年生……日本での高校2年生に相当する。
インタビュー/河合のび
レ・ビン・ザン監督プロフィール
1990年生まれ、ベトナム・ニャチャン出身。
ホーチミン市映画大学に在学中、卒業制作として短編版『Kfc』を制作するも審査委員会から「暴力的過ぎる」と卒業が許可されず、同校を中退することに。
その後、トラン・アン・ユン監督の手助けを受けながらも『Kfc』を長編化。ベトナム本国では上映禁止処分を受けるも、ニューヨーク・アジアン映画祭2017での「有望監督賞」受賞をはじめ海外映画祭で高い評価を得ている。
映画『Kfc』の作品情報
【上映】
2024年(ベトナム映画:2016年製作)
【監督・脚本】
レ・ビン・ザン
【作品概要】
「ベトナム映画の“突然変異”」ことレ・ビン・ザン監督の長編デビュー作にして、「食人」を通じて愛と暴力の連鎖を描き出したホラー映画。
標的にした人間を救急車で轢いては非道を尽くす人喰い医師、その犠牲になった男など、複数の破綻者たちが交錯する群像劇です。
2023年8月に開催された日越外交関係樹立50周年記念企画「ベトナム映画の現在 plus」で日本初上映を迎えた本作は、大阪シネ・ヌーヴォに続き、名古屋シネマスコーレで2023年11月25日(土)〜12月8日(金)開催の「ベトナム映画祭2023」でも特別上映が決定されました。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。