映画『いずれあなたが知る話』は下北沢トリウッドで封切り後、2024年5月25日(土)〜31日(金)名古屋シネマスコーレで劇場公開!
誘拐された娘を探さない母親と、母娘の生活を監視するストーカーの隣人それぞれの視点から愛と狂気の錯綜を描き出した“サイコ・ノワール”映画『いずれあなたが知る話』。
2023年・5月に下北沢トリウッドで封切りされた本作は、同館での公開初日から5日間連続の満席を記録。作品としての完成度の高さから多くのリピーターが続出し、各地劇場での公開拡大が実現しました。
このたび映画の拡大公開を記念し、誘拐された娘を探さない母親・靖子役を演じ、本作で脚本家デビューも果たした俳優・小原徳子さんにインタビュー。
本作の脚本の執筆経緯をはじめ、「“もう一つの世界”がある」という想いが生んだ役者のお仕事、そして小原さんが求める「自分が生きている現実が、愛おしく思えるような作品」など、貴重なお話を伺うことができました。
CONTENTS
“靖子を演じたい”が脚本執筆の原動力に
──本作の脚本はどのように着想されたのでしょうか。
小原徳子(以下、小原):まず『いずれあなたが知る話』の企画が始まったのはコロナ禍の頃だったんですが、「役者同士で映画を作ろう」と本作のプロデューサーでもある大山大くんと一緒に話していた時に「自分の娘が誘拐されたのに、迎えに行かない母親ってどう思う?」と彼がふと呟いたんです。
私は今は映画美学校で脚本について勉強しているんですが、その当時は書きたい気持ちはありつつも、趣味の範囲でしか脚本を書けていなかったんです。また本作の企画以前に書いた脚本も「役者としてその役を演りたいか」が執筆の一番の原動力になっていたんですが、大山くんの呟きを聞いた時に「その母親を演りたい」と強く思ったんです。
小原:「誘拐された娘を迎えに行かない母親」とは一体どんな人間なのか、彼女の周りにはどんな人間がいて、どんな環境があるのかが役者目線としても非常に気になり、彼女にまつわる物語を絶対に映画にしたいと考えました。
また大山くんとは6年ほど前に出会ったんですが、一緒にお芝居をした中で凄く面白い役者だと知り、ある意味不気味ともいえる彼の奇妙な存在感を、もっと色んな人の前で発揮してほしいなとずっと感じていたんです。
ですから、本作で「生きるということが下手な男」「ずっと何かを抱えている男」として勇雄の人物像を形作っていった中でも、大山くんの顔はすぐに浮かび上がり、彼にしか勇雄を演れないと確信しました。
映画が“その人のもの”になる瞬間
──大山さんとともに本作の主演を務め、脚本も手がけられた中で、小原さんがあえて古澤健監督に「演出」を託された理由は何でしょうか。
小原:私自身、「監督欲」があまりなくて(笑)。
「自分自身は映画の一部でしかない」ということに、私はとても魅力を感じるんです。脚本を基にキャストやスタッフが一つの世界を作り上げる過程で、その映画の形はどんどん変わっていく。そして観客の皆さんによって、映画はさらに形を変える。その変化を楽しみたいんです。
今回の『いずれあなたが知る話』でも、下北沢トリウッドさんでの上映時に「この場面には、こう言う意味があったのでは」と深掘りして観てくださった方が多くいて、中には私が想定だにしていなかった物語を独自に作り上げていた方もいた。映画がその人のものになる瞬間を、垣間見ることができたんです。
脚本を書き、役者として演じた私自身でも、映画の完成直後に観た時や、その1年後に観た時、映画が封切りされた後に観た時とで作品が違って見えました。そこが映画の一番の魅力といいますか、楽しむべきところなんだと思います。
私は今後も脚本を書いていきたいと思っているんですが、やっぱりキャストやスタッフ、そしてお客さんに想像を託せる作品を作っていきたいです。どうしても説明や“わかりやすさ”を作品に求められることが多い中ですが、それでも想像する楽しさを皆に持ってほしいし、それを掻き立てられるような作品を作れるようにしたいですね。
“自分の現実”を愛おしく思える映画
──そもそも小原さんが役者というお仕事を目指したきっかけは何でしょうか。
小原:中学生の頃から役者になりたいと思っていたんですが、映画などの作品を観た時に「自分が今ここにいる世界以外に、もう一つの世界がある」と感じられたのがうれしかったんです。
役者を続けることは大変ですし、実際の撮影現場でもつらいことや苦しいことの方が多いですが、「スタート」から「カット」までの瞬間だけは、私じゃない世界が、私自身では見ることのできない世界が見られる。役者になりたいと思い始めたあの頃もきっと、その世界に行ってみたいと思っていたのかもしれません。
ただ、役者をやりたいという気持ちもある一方で、「世界そのものを書きたい」という気持ちもずっとあったんじゃないかと、今では何となく感じています。
実は高校生の時には演劇部に入っていたんですが、その時に初めて舞台の脚本を書いたんです。当時受けていた地学の授業で「宇宙は膨張と収縮を繰り返していて、ある程度まで膨張したら収縮が始まり、ゼロに至る」「やがてビッグバンが起こり、新たな宇宙が生まれる」と知ったことで「宇宙がなくなる瞬間を描きたい」と考え、高校生ともうすぐ子供が生まれる女性、破滅へ向かうカップルを中心に、終末を生きる人々の物語を書きました。
──それもまた、『いずれあなたが知る話』で靖子・綾の母子の生活を覗くことで「自分の知らない世界」を見ようとした勇雄のように、小原さん自身が見たかった世界ということでしょうか。
小原:私は楽しい映画や幸せな映画も大好きですし、一番好きなジャンルはコメディ映画だったりするんですが、どこかで「自分が生きている現実が、愛おしく思えるような作品」を求めているんです。
うちは貧乏だったんですが、父が映画好きでレンタルビデオ屋によく通っていたんです。
『プリティ・ウーマン』といったロマンティックな映画も一緒に観る一方で、『オーメン』『ザ・フライ』などのトラウマになりそうな映画も観させられた。ただ、そういった作品を思い出すと、いつも父と一緒に映画を観たあの狭い居間が頭に浮かぶので、きっと楽しい記憶だったんだと今では思っています。
そして、父と一緒に怖い映画を観終わった後には「よかった、私は無事で」「私は、映画の中の世界よりもマシな世界にいるんだ」と幼いながらに感じられた。映画を観る上で、そういう心の救われ方をしている人間は決して少なくないはずです。
自分と他者を愛し、面白がるために
──小原さんにとって、表現とは何でしょうか。
小原:「自分の覗き込みたい世界を作る」という目的もありますが、結局は、自分と他者を愛する方法なんだと思います。
表現することで自分自身や他者とも向き合えて、より愛することができる。自分のそばにいたら嫌いたくなるような人間も、スクリーン越しに覗き込むことで愛せるし、少なくとも面白がることができる。その感覚を、色々な人に共有したいという想いはありますね。
例えば伴優香さんが演じてくれた風俗嬢のさおりも、現実では仲良くなれそうにないと感じつつも「どうして靖子にそんなことを言うんだろう」「どうして他者に対して攻撃的なんだろう」と想像していくと、どんどん彼女の裏側を知りたくなるし、面白い人だと思えてくるんです。
映画以上に理不尽なことがある現実と向き合うために、私は表現を続けているのかもしれません。いずれにせよ、楽しんだもの勝ちですしね。
インタビュー/河合のび
撮影/藤咲千明
小原徳子プロフィール
1988年生まれ、長野県出身。
2006年映画デビュー。幸薄顔から幸せになれない役を数多く演じる。本作で脚本に初挑戦したことをきっかけに、執筆活動も精力的に活動し始めている。
近年の主な出演作は『窮鼠はチーズの夢を見る』『幸福な囚人』『インシデンツ』『わたしの魔境』『屋根裏の散歩者』『卍』など。
映画『いずれあなたが知る話』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【プロデューサー】
大山大
【脚本】
小原徳子
【監督】
古澤健
【撮影】
高田祐真
【キャスト】
大山大、小原徳子、一華、大河内健太郎、蓮池桂子、穂泉尚子、蓮田キト、伴優香、はぎの一、オノユリ、小川紘司、久場寿幸、奥江月香、中村成志
【作品概要】
誘拐された娘を探さない母親と、母娘の生活を監視するストーカーの隣人それぞれの視点から愛と狂気の錯綜を描き出した“サイコ・ノワール”映画。
W主演を務めたのは、『アリスの住人』『拝啓、永田町』『階段の先には踊り場がある』などに主演し本作のプロデューサーも務めた大山大と、旧芸名・木嶋のり子時代から難役に挑戦し『幸福な囚人』『屋根裏の散歩者』『卍』などで知られ、本作で脚本家デビューを果たした小原徳子。
2023年・5月に下北沢トリウッドで封切りされた本作は、同館での公開初日から5日間連続の満席を記録。多くのリピーターが続出し、ついに大阪での拡大公開が実現した。
映画『いずれあなたが知る話』のあらすじ
一人娘の綾(一華)を育てるシングルマザーの靖子(小原徳子)は、弁当屋の稼ぎだけでは生活できず、綾のために風俗での仕事を始める。
ある日、綾が誘拐された。しかし靖子は、誘拐犯の元で暮らす綾を取り戻そうとはしなかった。その日から、母娘の《幸せ》な生活は始まった……。
……それを、アパートの隣人である勇雄(大山大)だけが覗き込んでいた。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。