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Entry 2019/11/19
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【越川道夫監督インタビュー】映画『夕陽のあと』現代家族の形の中心に子どもを捉えた時、物語は新たな可能性を生み出す

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

映画『夕陽のあと』越川道夫監督インタビュー

2019年11月8日(金)より全国公開された『夕陽のあと』は、鹿児島の長島町の有志組織「長島大陸映画実行委員会」が立ち上げた企画。

豊かな自然と漁業を中心とした地域の結びつきを舞台に、現代社会における家族の形を問いかける作品です。


(C)Cinemarche

自らも地方都市の町に生まれ、地域のコミュニティに支えられながら育ったという越川道夫監督が演出を務めます。

越川道夫監督へのインタビューでは、映画の主題である「本当の親」とは何か、そして越川監督の師匠たちのエピソード、さらに監督の映画への信念にも踏み込んだお話を伺いました

映画『夕陽のあと』に関わるきっかけ


(C)2019 長島大陸映画実行委員会

──本作『夕陽のあと』は、鹿児島県の長島町の有志「長島大陸映画実行委員会」の企画によるものですが、越川監督はどのようにこの企画に関わったのでしょうか?

越川道夫(以下、越川):僕は作品の監督としてのオファーを受けました。普段は、自分の企画したものを監督して、プロデューサー的な部分を兼ねることが多かったのですが、今回はまず企画や作品のプロットもある程度形になっている段階で監督として呼ばれたのです。そのためまずプロットを完成させること、そしてシナリオをどう作っていくかというところに焦点を当てていきました。

─シナリオ作りの中で、当初のプロット異なるところはありますか?

越川:プロットラインはほとんど変更していません。ただ、結論が全く違います。

この作品はメディアの中で、批判された人たちが虐げられているか、具体的に言うと、最初のプロットでは二人の母親のうちどちらが本当の親なのかということに焦点が当たっていました。

僕はそれだと撮れないと感じました。どちらが本当の親か、ということを追求する作品はこれまでもたくさんありましたが、その問題に対して真実の答えがあるとは思えなかったのです。これは解決がつかないのです。

「子ども」の人生は「子どものもの」という信念


(C)2019 長島大陸映画実行委員会

──それは現代の家族の多様化などが背景にありますか?

越川:いやそうではありません。もっと本質的な問題があると思うのです。

「子どもの人生は誰のものですか」と問われたら、誰もがみんな「子ども自身のものです」と答えるでしょう。

でも大人たちは自分の子どもに対して、愛情ゆえになかなかそうできず、「俺の子ども」「私の子ども」と言って、誰しもが「子どもの人生は子ども自身のもの」とは思っていても、子どもの人生を所有し、私物化してしまいがちです。そこから自由にならなくてはならならないと思いました。それは「今」だからじゃなくて、もっとずっと人間の本質に関わる問題なんだと思っています。

取材させていただいた児童相談所の方が仰った「子供のことは最終的に子ども自身が決める」という言葉が心に残っています。

親の尺度や考え方で子どもの存在を縛っていくこと自体が、最終的に「本当の親探し」という発想になってしまうと思うのです。物語のプロットが「本当の親はどちらか?」と言っている時点で、それは親目線でしかない。子どもの問題じゃなくなっていると思いました。

僕はね、子どもを自由にしたいなと。僕の人生が、誰のものでもない僕の人生であるように、子供の人生はそれぞれの子供のものなのです。僕らだって子どもだった時に、そうされたかった。自分の人生は自分のものだというものことを獲得したいじゃないですか。

そうであるならば子どもをその問題から解放していく映画を作っていかなくてはならない、シナリオを構築していかなければならない。「どちらが本当の親か?」という問題圏の外に出ていかなければならないと考えたんです。この映画では、子どもを大人たちの思惑から解放し、子どもの自由を中心に据えて、大人たちの姿を描くようにしたかったのです。

長島町が持つコミュニティが「人」を育てる


(C)2019 長島大陸映画実行委員会

──長島という特有の場所が持つものが、シナリオに影響を与えたということはありますか?

越川:島が人を育てていくと言う発想がありました。長島には、例えば玄関に鍵をかけないということに表れているように、関係性が開かれているように感じます。

小津安二郎の映画『長屋紳士録』や落語の世界にも共通する長屋の共同体のようなもの、誰の子どもと言うわけでなく分け隔てなく共同体自体が子供を育てていくといったことが、もちろんある面倒臭いところも含めて、ほんのすこし以前まで日本社会に存在していました。僕自身もまた「町の子供」であったと感じています。僕は、静岡県浜松の商店街に生まれたのですが、子供の頃の商店街もまさにそうで、親たちが店で忙しい時に僕をかまってくれるのは近所に住む人やお客さんたちで、商店街に育ててもらったという認識があります。今はそういう感覚は薄れていってるような気がします。東京に住んでいると特にそう思います。

そのようなかつての共同体のあり方をノスタルジックにならずに、シナリオを構築していかなければならないと考えました。

それから身近にいる30、40代のお母さんたちと話していると、子どもを産んだだけでは自分のことを「母親」だと思いづらい。子どもを産んだら「母親」になる、のではなく、「母親」とはどういうことなのかを常に自問自答し、どうしたら「母親」になれるかを模索しているように感じます。その姿を映画の中に登場する二人の母親、茜と五月に投影したいと思いました。

どっちの母親も豊和に責任があるんです。だからどっちが本物の親か、白か黒かっていうのは、極端に言えば子どもには関係がない、と思うんです。

──「母なる海」というように、海自体に母親のイメージを見ることができます。タイトルにもあるように夕陽の後に、二人の母親がまさに海の上で向き合う場面は非常に印象に残りました。

越川:『夕陽のあと』というタイトルは僕が参加した時には既にありました。いろいろ考えたのですが、日没後の海は、陸と海との温度差が1番少なくなって、風が止まるいわゆる凪の状態になる。それは陸と海の区別がなくなる状態です。その状態と、「どちらが本当の母親か?」という問いが「無効」になる状態を重ね合わせてみました。

夕日が沈んだ後の海が焼けた静かな海に、2人の母親を対峙させることで、映画のテーマを画として示すことができるのではないかと思っています。

俳優の輝きをとらえる仕事


(C)2019 長島大陸映画実行委員会

──「監督役」として今回参加したということですが、監督ご自身が俳優に対してどのような思いで望んでいましたか?

越川:僕の師匠の澤井信一郎監督ですが、当時の監督たちはあらかじめ原作やキャストは決まった中で映画を撮影していました。そして監督たちは、キャストを…澤井監督の場合は薬師丸ひろ子さんであったり、原田知世さんだったりするわけですが、どのように映画の中で輝かせていくかを考え映画を撮ってきたわけです。

僕もそのような師匠の背中を見てきたので、監督の作家性というよりキャストがどう輝いて見えるのかを優先すべきだと考えています。

相米慎二監督があるインタビューで、「この子(このクラスの子)がスターにならなかったら、俺らがいる意味はない」と言っていたのを読んだことがあります。相米監督は、主演の女の子をどうやったら美しく、輝くものとして見せられるのかを考え、独特の演出を用いてアイドル映画を撮りました。

相米監督や澤井監督らが、作家というよりも商業監督としてどのように仕事をしていたかということが、僕にとっては重要なんです。キャストたちがキラキラしてなかったら、仮に監督の僕が褒められてもしょうがないなと。画面に写っている俳優たちが輝いて見えるために、僕たちがいるんだという真摯な矜持みたいなものが澤井監督にはあったと思います。

今この画面に映し出されているこの子たちを祝福したいと、自分がキャスティングするときにも考えるし、撮るときにも考えています。

誰のために撮っているかといえば、観客のためだろうし、そのためには彼女たちがキラキラしていることが、重要なんです。


(C)Cinemarche

──本作で、母親役である貫地谷しほりさんと山田真歩さんという二人の女優に対してどのような要望をされましたか?

越川:そうですね、二人は全く演技の質が異なります。その質の差を、どのように一つのフレームの中に収めていくか、ということに気を配りました。

つまりどちらか一方に近づけていけば融合できるということではありません。近づけるとどちらかが排除されてしまう。そうではなく異なる質を持った二人を、異なったままどのように同一フレームの中に入れていくのか、ということです。またこの二人だけではなく、現場には演技経験がない子どもたちや、現地の人々も一緒にいる。そのことを考えていくのが僕としては面白くもあり、大問題でもありました。

バラバラなものがバラバラのまま、1つの場所にいる。それがたまたま出会ってしまう。その出会いにおいて、互いに十分に歌い合い、唱和し合うことが大事でなのです。例えば、劇中に、茜、五月、そして児童相談員、おばあちゃんらが揃うシーンがあります。そこに集った全員は、皆それぞれの思いを抱えています。それらを排除することなく、バラバラな、それぞれの思いを抱えながら「ひとつの場所」にて、「ひとつの問題」に向かい合っている、という姿を演出をしたいと思いました。ストーリーがあって、ストーリーに奉仕する「役割」として「人物」が配置されているわけではありません。まず「個」があるのだと思います。そのそれぞれの「個」が「ひとつの問題」に関わることによって、ストーリーが紡ぎ出されていかなければならないと思います。

これは当たり前のように見えて大変な作業でしたけれど、考えていて面白かったです。

僕は映画を撮る上で、シングルストーリーをどう回避していくか、シングルストーリーをその内部からどう脱構築していくのかをいつも考えます。登場人物を物語の駒にしない。今は画面に茜と五月が写っているから、あたかもその二人が「中心」に見えるけれども、それ以外の登場人物は「中心」を説明するための駒ではありません。そもそも人間は「駒」ではありません。登場人物の一人一人が、ストーリーを説明し、進めるための「駒」に見えてはダメなんです。それぞれの人物にはそれぞれの想いがあるんです。それを演出できないんだったら、僕が芝居を作っている意味がない。


(C)2019 長島大陸映画実行委員会

──オーディションで豊和君を選んだ決め手は何ですか?

越川:豊和君は、とても独特な子で、彼にしか考えられない方法で物事を考えていると感じました。

大人の望むことで行動をしていない。彼の独特の感じ方と考え方の中で動いている。彼に関して、1度も不安に思ったことがなかったです。逆に、彼ができなかったときは、僕を含めた大人たちがダメなのです。彼を大人たちの勝手なイメージに沿わせようとしているからではないか、と思います。大人たちが、子どもにチューニングできず、子どもたちを閉じ込めようとしたときに、子どもの声はうしなわれ、やがて子どもたちは、大人におもねるようになっていく。子どもたちの独自の考えが、大人たちの考え方に染まっていき、やがてそれしか考えられなくなっていく。それは映画の現場だけじゃありません。逆を言えば、僕らが子どもたちにチューニングを合わせていけば彼らはどこまでも可能性を広げていくことができるのだとも思います。


(C)Cinemarche

──最後に、本作の中で特にオススメの場面はありますか?

越川:たくさんあります。豊和が石の上から飛んでいるところ。五月が東京に出て行く日の朝、東京に行った五月と川口君がビルの上で夕日を眺める場面、五月が連絡帳見ているところ。これらはト書きで大体2行しかありません。本当に大切なところは、シナリオには書けません。描けないというか、シナリオの行と行の間に潜んでいるのです。

その行間をまさに劇として役者と一緒に作っていく。登場人物がある行為に至ったその心は、行間と行間の間に潜んでいます。その間隙を、役者と監督が捉えていく。その行間を可視化しようと挑んだのが、まさにこれらの場面でした。ぜひ劇場でご覧になってください。

インタビュー/河合のび
撮影・構成/出町光識
構成/くぼたなほこ

越川道夫監督のプロフィール


(C)Cinemarche

1965年生まれ、静岡県出身。助監督、劇場勤務、演劇活動、配給会社シネマ・キャッツ勤務を経て、1997年に映画製作・配給会社スローラーナーを設立。ラース・フォン・トリアー監督『イディオッツ』(1998)、アレクサンドル・ソクーロフ監督『太陽』(2005)などの話題作の宣伝・配給を手がける。また、数多くの映画賞を受賞した熊切和嘉監督『海炭市叙景』(2010)、ヤン・ヨンヒ監督『かぞくのくに』(2012)などをプロデュース。

2015年、エミール・ゾラの『テレーズ・ラカン』を現代日本を舞台に翻案した『アレノ』で劇場長編映画監督デビュー。

2017年には作家・島尾敏雄と島尾ミホの出会いを描いた『海辺の生と死』、居場所をなくした少女と少年のロードムービー『月子』、佐伯一麦の小説を原作とした『二十六夜待ち』の3本の監督作品が立て続けに公開。

また、本作に先駆け、監督・脚本・撮影・編集を手がけた『愛の小さな歴史 誰でもない恋人たちの風景vol.1』が2019年10月19日に公開。

映画『夕陽のあと』の作品情報

【日本公開】
2019年11月8日(日本映画)

【監督】
越川道夫

【キャスト】
貫地谷しほり、山田真歩、永井大、川口覚、松原豊和、木内みどり

【作品概要】
映画『夕陽のあと』の企画を立ち上げたのは、鹿児島県最北端に位置する長島町の有志で結成された「長島大陸映画実行委員会」。

自然に囲まれた長島町で、産みの親と育ての親である2人の女性が織りなすヒューマンドラマ。

茜役を『くちづけ』の貫地谷しほり、五月を『アレノ』の山田真歩が演じています。演出は『海辺の生と死』『二十六夜待ち』の越川道夫監督。

映画『夕陽のあと』のあらすじ


(C)2019 長島大陸映画実行委員会

鹿児島県の最北端、青い海に囲まれた長島町。佐藤茜(貫地谷しほり)は一年近く前に都会からこの島に一人でやって来て、港の食堂で働いています。溌剌とした働きぶりで島の人々に人気の茜だが、自身について語ることはほとんどなく、謎に包まれた存在。

一方、島で生まれ育った日野五月(山田真歩)は、家業のブリの養殖を継いだ夫の優一(永井大)、義母のミエ(木内みどり)、7歳になる里子の豊和(松原豊和)と平穏に暮らしています。

五月はかつて不妊治療を行なっていたが、心身と家計に多大な負担がかかったために断念。幼馴染で町役場の福祉課に務める秀幸(川口覚)の紹介で、児童相談所から当時赤ん坊だった豊和を預かり、養育してきました。

最近やっと生活が安定したことから、日野夫妻は豊和の戸籍上の親になるべく、特別養子縁組の申し立てを行います。

特別養子縁組が家庭裁判所で認められるためには、養子となる子どもが8歳未満であること、生みの親の同意が得られていることなど、いくつかの要件がある。豊和の場合、親権は生みの親ではなく児童相談所が持っていることもあり、手続きはスムーズに進むかに見えたが、しかし五月たちは準備を行う中で、思いもよらぬ事実を知らされ…。

映画『夕陽のあと』2019年11月8日(金) 新宿シネマカリテほか全国公開。


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