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Entry 2022/10/20
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【石井良和監督インタビュー】映画『特撮喜劇 大木勇造 人生最大の決戦』師匠 鈴木則文監督の“エンタメ精神の継承”と香港映画への楽欲

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

映画『特撮喜劇 大木勇造 人生最大の決戦』は2022年12月9日(金)より池袋HUMAXシネマズほか順次ロードショー!

東映映画の正月お盆の風物詩として制作された人気シリーズ「トラック野郎」の鈴木則文監督の愛弟子にして、「ウルトラマンギンガ」などテレビ特撮番組などを多数手がけてきた石井良和監督が、自費を投じて映画制作に挑んだ痛快コメディ映画『特撮喜劇 大木勇造 人生最大の決戦』


(C)Cinemarche

石井良和監督が「混迷の時代にこそ、喜劇と特撮を絡めた娯楽映画で楽しんで欲しい」という信念のもと制作をしました。映画『特撮喜劇 大木勇造 人生最大の決戦』の池袋HUMAXシネマズの公開を記念して、石井良和監督にインタビュー取材を敢行。

石井監督の亡き恩師から受け継いだ映画精神。また香港映画と撮影監督・西本さんへの敬意、そして、幼少時代から愛した特撮作品への思い出などを大いに語っていただきました。

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亡き恩師にして、名匠・鈴木則文監督

若かりし頃の石井青年(左)と鈴木則文監督(右)

──石井良和監督は「トラック野郎」シリーズなどで人気を博した名匠・鈴木則文監督(1933〜2014年永眠)のお弟子さんとお聞きしました。

石井良和監督(以下、石井):映画好きな下町生まれの父親に育てられたこともあり、いつの日か「映画監督に成りたい!」と夢見る青年になっていました。ですから若い頃は、映画館に通い詰めて朝から晩まで映画館に入り浸りで3度の飯より映画が好きで1番。ぼくは映画を作ることは、“自分のやりたいことを映画にすればいい”という、生意気な思い込みをしていました。

そのような未熟な自分に先生である鈴木則文監督からは、「石井くん、映画は観客(お客さん)のものだよ」と、優しく諭されたことを今も忘れないようにしています。若い頃は“自分の考え方”が、あまりに幼すぎて理解をすることは出来ませんでした。その後、年齢を重ねていくに連れ、師匠からいただいた言葉はどんどんと重み増していき、大切なことを教えてもらったと思っています。

鈴木則文監督の遺作映画『びんばりハイスクール』(1990)

──石井監督は、師匠である鈴木監督のどのような作品に助監督として薫陶を受け、また、影響を受け継いだのでしょう。

石井:鈴木監督の映画は、どの作品もとにかくお客さんに楽しんでもらおうというサービス精神に溢れています。なかなか1本を選ぶとなると難しいですね(笑)。鈴木監督に付いて初めて助監督を務めさせてもらった映画『文学賞殺人事件 大いなる助走』(1989)は、師匠の強い思入れがある作品で、ぼくも映画で初めてカチンコを叩きながらサード助監督させていただいた大切な作品です。

また、その次回作となる若松孝二さんプロデュースの『びんばりハイスクール』(1990)も思い出が多いですね。主演女優を全国オーディションで選ぶという企画から始めており、応募してきた手紙の整理から選考の合否まで、大きな責任と大変な苦労もたくさんあったし…。師匠の遺作映画でもあるので感慨深いものがある。

ただし、一観客として鈴木監督作品の中から選ぶとすれば、初監督を務めた『大阪ど根性物語 どえらい奴』(1965)が凄く好きですね。藤田まことさんと長門裕之さんの掛け合いがとても面白いですし、美しい藤純子さんは良妻賢母な役を演じて魅力的でした。

参考映像:『トラック野郎 度胸一番星』予告編(1977)

石井:また、「トラック野郎」シリーズでは、1977年のシリーズ第5作の片平なぎささんがマドンナを務めた『トラック野郎・度胸一番星』が忘れられません。もう、何度も見ていますよ(笑)。菅原文太さん演じる桃次郎が佐渡島へ行く話で、シリーズでも唯一マドンナとの恋が成就するエピソードです。

大いに笑う喜劇的な場面が多いのですが、一方で後半は切ない悲しさも描かれています。それを背景に踏まえたラスト恒例となる桃次郎が爆走でトラック運転する積荷運びシーンは、愛川欽也演じる舎弟ジョナサンが警察に逮捕されたことをきっかけに始まり、仕事と友情を守る一番星(桃次郎)の想い、そこに千葉真一さん演じる敵方トラック野郎のジョーズ軍団、弁天の八代亜紀さんとトラック野郎たち皆が集結して助ける人情エンタテインメントがいいですね(笑)。

ぼくなりではありますが、今回挑んだ『特撮喜劇 大木勇造』は、「お客さんにとにかく楽しんでもらうんだ」という思い一心で作りました。そこで鈴木監督への敬意と「石井くん、映画は観客のものだよ」という精神注入をどうにか継承したいと映画を作りました。大木勇造というキャラクターの名前は『大阪ど根性物語 どえらい奴』の主人公から拝借しました。また、他にもトラック野郎などからも影響を受けたシーンも描いています。いろんな意味で映画を皆さんに楽しんでもらいたいです。

自主制作を行なっても“今伝えたい映画”


(C)チーム・ベター・トゥモロー

──石井監督が『特撮喜劇 大木勇造 人生最大の決戦』を制作した経緯を教えてください。

石井:2019年12月に中国の武漢市で新型コロナウイルスCOVID-19の感染が報告されてから、 数カ月ほどの間にパンデミックとなり全世界が一変しました。やがて緊急非常事態宣言が出され、近隣でも飲食店の閉鎖にはじまり、大好きな映画館も一時休館などしてしてしまう影響が出るという想像もしなかった事態となりました。

毎日、テレビからは暗いニュースが繰り返され、ぼく自身も「どのよう生きればいいのか?」と考えるようになりました。マスクをつけた外出自粛やホームステイが行われるなか、これまで人々が楽しみにしていたエンタテインメントが二の次三の次となり重要度が落ちていき、「映画人として、自分は何ができるのか?」「何をしなければいけないか?」と自問自答を繰り返しました。

また、家族たちも笑顔を無くしてしまったのでないかと危惧して、笑ってほしい、楽しんでほしいと単純に思うようになりました。そこで自分の貯金を切りくずしても明るく楽しく、少し風変わりな怪獣も登場する喜劇映画を作り、暗い毎日を映画を見ている間だけでも皆んなに忘れさせてあげたいと思い、企画製作を行いました。

ですが、『特撮喜劇 大木勇造』を観ていただくと直ぐに分かるのですが、コロナ禍についても描いています。現実から目を背けるのではなく、現代の社会問題を脚本に入れていく姿勢も、師匠である鈴木監督からの教えなので守るようにしています。
 

──本作の映画タイトルは特徴的で一般的な作品よりも長いように思いますが、どのような意図があるのでしょう。

石井:かつて、昭和に制作された邦画のタイトルには、松竹でも東映でも「喜劇ナニナニ」という題名が多くありました。例えば、ぼくはハナ肇さんがとても好きで、松竹の山田洋次監督では『喜劇 一発勝負』(1967)や『喜劇 一発大必勝』(1969)などがありますよね。他にも 東映では渥美清さんの『喜劇 急行列車』(1967)、谷啓さんの『喜劇 競馬必勝法』(1967)もある、少し新しいところでは、前田陽一監督の『喜劇 家族同盟』(1983)というのも面白かったですね。

ぼくは、昭和という時代に育ったので、少しノスタルジックなのかもしれませんが、「喜劇」というのを映画タイトルに付けた作品が作りたかったのです。誰でもわかる娯楽作品にしたい、真っ直ぐに笑えるようによいう意味も込めて、『特撮喜劇 大木勇造 人生最大の決戦』としました。

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長編映画の初主演となる俳優・藤田健彦


(C)チーム・ベター・トゥモロー

──主人公・大木勇造を演じた藤田健彦さんですが、長編映画の初主演に挑まれた様子で印象に残っていることはありますか。

石井:映画の企画発案をしたのは飲食店でしたね(笑)。気の知れた俳優の藤田さんを囲みながら食事をしていました。すると彼から、まだ長編映画で主演を務めたことが一度もないと伝えられ、では、今回は藤田さん主演の映画を一緒にやりましょうと盛り上がりました。もちろんお酒を飲んだ席での話ですよ(笑)。

それでも、藤田さんは熱く俳優としての生き様を吐露してくれ、「石井監督、アメリカの映画祭に是非行きたい!」と仰っていました。それであれば、ぼくの方からは、「特撮映画で勝負したい!」と返答を返しました。それからしばらくして、ぼくは映画化する企画を独りで考え、その後、脚本家の田中元さんに作品の世界観を伝えて、共同でシナリオに挑みました。

本作の大木勇造というキャラクターは藤田さんの当て書きではありません。しかしながら石井組で単独の初主演をしていただけるわけですから、藤田さんが演じる大木勇造の人物設定は単なる描き割りにはならないよう、「人として人生の挫折や喜び」、そして「映画というエンタテインメントの見せ場を作ろう」と心がけました。映画を観ていただく観客の皆さんに、藤田さんが演じてることで愛着を感じてくれると思います。

──藤田さんと、他のキャストさんの共演を通して、石井監督が現場で印象に残ったエピソードはありますか。

石井:物語のなかで藤田さんが演じる大木は、ギャラクシー商会に勤務する風変わりな社員たちに翻弄され行くのも映画の見どころの一つです。

特に覚えているのは、俳優の豊田崇史くん演じる倉田との共演場面はどこも好きですね。馬鹿馬鹿しいような衣装のレオタードもビジュアル的にも面白いですし、藤田さんと豊田くんのやり取りは、例えるならザ・ドリフーズのコント風でトンチンカン。撮影現場でも2人には笑わせてもらいましたね。そんな風な撮影現場の雰囲気も藤田さんの人柄があってのことだと思います。

また、本編のドラマ班の撮影がすべて終了した数ヶ月後、藤田さんは特撮班の撮影現場にも訪ねてきてくれました。真夏の炎天下という悪条件となるビルの屋上で、嫌な顔ひとつ見せずに特撮撮影も手伝ってくれました。ビルを壊して登場するヴァイラスキング(怪獣名)に、スタッフとなった藤田さんはカメラのフレームに写り込まないようにしゃがみながら、ガラ(ビルなど破片)をスタッフと一緒になって投げてくれました。俳優部の誰もがですが、座長の藤田さんに至るまで最後まで皆んなで撮影を完走した作品です。

“伝統的な特撮映画の文化”を守りたい


(C)チーム・ベター・トゥモロー

──石井監督は、円谷プロの「ウルトラマンギンガ」、また、東宝の「ゴジラ」シリーズの特撮班にも務めて来られ、思い出やエピソードがあれば教えてください。

石井:円谷プロの特撮番組「ウルトラマンギンガ」は、助監督と監督という二足の草鞋状態でした。ぼく自身「子どもの頃に見ていたウルトラマンを面白く作れるか?」しかも、自分の担当する2話以外は、助監督に従事しながら現場を進めていくという状況のため、正直とても苦労が多かったです。

そのことは、助監督と監督では頭のなかで使う脳が全く異なるからです。助監督としての立場は撮影現場の進行をスムーズに行うことを第一優先にします。一方で演出を担当する監督の立ち位置は、作品の面白さのクオリティを担保する責任が必要です。

監督は撮影現場を取り仕切る最高責任者として、「OK」を出すのですから、いかなる作品が完成したとしても全責任は現場で快諾した監督が責任を持つのです。予算と時間のないなかでも、出来る限りスタッフと打ち合わせを行い、ウルトラマンや怪獣の魅力をできる限り引き出そうと頑張りました。

参考映像:『ゴジラ FINAL WARS』予告編(2004)

石井:かつて、子どもの頃に東宝チャンピオン祭りの映画で育った自分は、ゴジラには特別な思入れがありますね。ぼくは怪獣が島で暴れ回る『怪獣総進撃』(1968)が好きですし、『ゴジラ対ヘドラ』(1971)では、階段を這っていくヘドラが不気味で怖かったことを今も記憶しています。
『ゴジラ対メカゴジラ』(1974)では、2体のゴジラがコンビナートを壊すというオープニングは圧巻でした(笑)。

そんなゴジラ好きの自分が、2004年の北村龍平監督『ゴジラ FINAL WARS』に付けたことは光栄で幸せなことです。担当したのは演出部(特撮助監督)をでつきました。東宝の大作映画というだけあって特撮班はA班、B班と分かれており、現場だけでも100人を越えるスタッフでした。いくつものスタジオやステージを同時進行させたり、今は東宝に残ってはいないのですが大プールでの撮影、とても大変ではありましたが、大人数を仕切るという貴重な体験は勉強にもなりました。念願の夢であったゴジラ映画に関われてよかったです(笑)。

──ウルトラマンやゴジラといった日本を代表するヒーローに携わった石井監督、スバリ特撮の魅力とはどのようなものでしょう。

石井:実際には存在しない物や、事柄を具体的に映像にして見せていくという技術撮影だと思います。そして「特撮」という呼び方は日本固有のものですし、CGIの技術に頼らない手作り、工芸的な技術の継承は日本人として残すべきものだと考えています。

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石井監督の海外での活動

カンザスシティ・アンダーグラウンド映画祭の
プログラミング・ディレクターのウイリー・エバンス(右)


(C)チーム・ベター・トゥモロー

石井カンザスシティ・アンダーグラウンド映画祭にエントリーされた後、長編部門審査員賞を受賞されたそうですね、おめでとうございます!

石井:ありがとうございます。今回の『特撮喜劇 大木勇造』は、キャスト陣を海外に連れて行くという約束がありましたので、映画撮影を終えてから約2年間に渡り、配給や海外セールス担当と様々な作戦と金銭的なやり繰りを行いました。過去の作品では海外映画祭にまで時間を割くこと出来なかったのですが、『特撮喜劇 大木勇造』は海外映画祭への応募は数えきれないほどしています。もちろん、落選も多数あります(笑)。

それでも、アメリカのカンザスシティ・アンダーグラウンド映画祭に入選した時は、とても嬉しかったですね。映画祭の大きさに限らず、自分が作った映画を海外で認めてくれる人たちがいることに、苦労したことも間違いではなかったと実感できたからです。

アメリカに一緒に行くことを約束した藤田さんは、残念ながら仕事で来れなかったです。渡米すると空港まで迎えにきてくれた映画祭ディレクターのウイリーさんはとても歓待してくれました、素晴らしい映画祭でした。映画祭自体の規模は大きくはないですが、大きな映画祭では取り上げられないような新しい映画が世界中から集められ、その未知なる発見と才能をカンザスシティの皆んなで分かち合いながら上映を楽しんでいました。

そして、そのなかで『特撮喜劇 大木勇造』は、カンザスシティ・アンダーグランド映画祭で最優秀長編映画 審査員賞を受賞。とてもうれしかったです。カンザスシティに駆けつけた観客の反応は、どうなることかと観ていただく前は非常に不安でした。それでもアメリカの地まで自分は駆けつけたので、せっかくだからカンザスシティの観客と一緒に映画『特撮喜劇 大木勇造』を鑑賞することにしました。作品は終始全体的に笑っていたり反応が良く、観客が映画を楽しんでくれて幸福な時間を過ごせました。

それと忘れてはならないのが、かつて2019年にシカゴの怪獣映画の祭典「G-Fest」にて上映した『アタック・オブ・ザ・ジャイアントティーチャー』を観てくれたアメリカの怪獣ファンたちも数人、はるばるカンザスシティまで駆けつけてくれました、映画の完成を海外でも待ってくれている方がいることに感無量でした。

──アメリカといえば、石井監督は留学の経験もお有りとか。

石井:高校を卒業した後、ネバダ州のリノ大学に夏の短期留学で渡米をしています。いや〜、恥ずかしながら語学留学ですが、ぼくの英語力のレベルがとても低かったです(笑)。当時の家業は父親が豆腐屋を営んでいましたから、母親としては豆腐屋を続けてほしかったようですが、母はアメリカへの留学を勝手に申し込んでしまい、豆腐屋もこれからはインターナショナルな時代になると思っていていたのかもしれませんが、映画好きの放蕩息子を心配していたのでしょう(笑)。

今、思うとリノ大学には遊びに行った程度のものですが、様々な国から来た国籍や年齢も違う学生たちと接して、英語が話せないから話さないと逃げるのではなく、間違っていても良いから、人に伝えようとするバイタリティな行動を起こす大切さを教えてくれたと思っています。母親も既に他界しましたが、今も感謝しかありません。

参考映像:『ドラゴンへの道』(原題:猛龍過江:1972年製作)

──石井監督はアメリカのみならず、返還前の香港にも遊学していたとお聞きしました。

石井:80年代の香港映画は、娯楽映画が今よりも多数作られていました。そして、そのほとんどの作品に凄い熱量を感じました。そんな香港映画に日本の劇場公開で観ているだけでなく、実際の魅力を感じたい、映画をそのなかで観たいと香港まで行きました。先にお伝えしたように英語をはじめとした語学は堪能ではないので、残念ながら香港映画界に入るような仕事は出来ませんでした。

それでも師匠である鈴木則文監督が「そんなに香港映画好きなら」と、西本正さん(1921〜1997年永眠)を紹介してくれたのです。西本さんは、新東宝『明治天皇と日露大戦争』のカメラマンを務めた方で、香港で初カラー映画撮影のため、香港に招かれ、その後、香港映画に偉大なる功績を残しました方で、撮影監督 賀蘭山(ホー・ランシャン)として知られています。

西本さんの日本での代表作は、中川信夫監督の新東宝『東海道四谷怪談』(1959)、また、香港映画としてはコンコルド・プロズ製作のブルース・リー監督・主演の『ドラゴンへの道』(1972)、コンコルド・プロズとゴールデン・ハーベストで製作された『死亡遊戯』(1972〜1978)。その他にもショウ・ブラザーズ製作のキン・フー監督『大酔侠』(1966)、ゴールデン・ハーベスト製作のマイケル・ホイ監督の『Mr.BOOギャンブル大将』(1974)など、どれもぼくにとって大好きな香港映画ばかりです。

そんなぼくに西本さんは、香港のシャムロックホテルに宿泊させてくれました。ブルース・リーも滞在していたホテルなので初めて宿泊した日は興奮して眠れませんでした(笑)。とはいえ、ぼくが香港でした仕事というのは、西本さんがコーディネートしていた撮影のお手伝いをすることぐらいでしたね。

今から考えると無謀にも思えますが、広東語しか話せない美術スタッフの一番下に付いて地走りをしていました。初めて海を渡り国境を超えて撮影現場は、大変貴重な体験であり、とても楽しかった思いです。やはり、海外という初めての人たちに混じっての困難な状況、また言語が通じない関係であっても、自分は飛び込んでみたいという精神を持っています。母親のお陰です。

インタビュー/出町光識

石井良和監督プロフィール

1965年生まれ、東京都出身。高校卒業後にアメリカの大学へ短期留学。帰国後に監督・脚本家の柏原寛司氏の紹介で映画の撮影現場に入り、助監督として働き始める。
その後、鈴木則文監督に師事し『文学賞殺人事件・大いなる助走』(1989)などに参加。川北紘一特技監督と出会い、特撮の現場で活動。 

『ゴジラ FINAL WARS』(2004)、『亡国のイージス』(2005)、『日本沈没』(2006)、『GANTZ』(2011)などの映画作品で特撮の助監督として参加。2006年に『クール・ディメンション』にて監督デビューを果たす。その後、テレビの「ウルトラマンギンガ」「ウルトラマンギンガS」の監督を担当。

2006年に『クール・ディメンション』で映画監督デビュー果たし、2017年には全額自費で制作した『ゲームマスター』を発表。2019年は『アタック・オブ・ザ・ジャイアントティーチャー』がアメリカ・シカゴの怪獣映画の祭典「G-Fest」にてワールドプレミア。2022年日本で劇場公開される『特撮喜劇 大木勇造 人生最大の決戦』は、カンザスシティ・アンダーグラウンド映画際にて長編部門審査員賞を受賞ほか、海外での映画祭にて上映予定。

映画『特撮喜劇 大木勇造 人生最大の決戦』の作品情報

【日本公開】
2022年(日本映画)

【製作・監督・脚本・特技監督】
石井良和

【撮影】
高橋義仁

【録音】
飴田秀彦

【脚本】
田中元

【怪獣造形】
佐藤大介

【キャスト】
藤田健彦、町田政則、藤崎卓也、斉木テツ、草場愛、前田ばっこー(瞬間メタル)、豊田 崇史、行永浩信、中條孝紀、石井花奈、杉山裕右、野村宏伸

【配給】
Cinemago

【宣伝協力】
todoiF、モクカ

【作品概要】
「トラック野郎」鈴木則文監督の愛弟子にして、「ウルトラマンギンガ」など特撮作品を多数手がけてきた石井良和監督。『特撮喜劇 大木勇造 人生最大の決戦』は、「混迷の時代にこそ、喜劇と特撮を絡めた娯楽映画で楽しんでもらいたい」「日本特撮の《怪獣着ぐるみ》の伝統を後世に伝えた い」という石井良和監督の信念のもと制作した、痛快コメディ映画。

『あらののはて』『とおいらいめい』で知られる藤田健彦が主人公・大木勇造を務め、脇を固めるのは実力俳優の共演に、子役時代から高倉健や勝新太郎と共演を果たしてきたベテラン名優・町田政則、そして黒木和雄監督に愛された俳優・藤崎卓也が務め、そのほか、お笑い芸人「瞬間メタル」の前田ばっこーが独自の踊りをコミカルに演じています。特撮ファンはもちろん国内外・老若男女問わず楽しめる一大エンターテインメント作品となっています。

映画『特撮喜劇 大木勇造 人生最大の決戦』のあらすじ


(C)チーム・ベター・トゥモロー

2020年、世界は新型コロナウイルスの脅威に晒された。

その影響は人々の健康のみならず経済へも波及し、 リモート生活を満喫していた自称エリートの大木勇造はリストラされてしまいます。

慌てて再就職したものの、勇造を待っていたのは銭ゲバ社長を筆頭に、ブルース・リー信者のフィットネ ス講師や廃品回収とは名ばかりの粗大ゴミ泥棒、ギャンブル狂の営業担当や着ぐるみの中に引きこもる男 など、社会の底辺に限りなく近い場所を這いずるクレイジーな面々ばかり。

そんな職場にもめげずにがんばる勇造だったが、身勝手な彼らに振り回されたあげく、最愛の恋人・玲子 にもフラれてしまいヤケを起こす。

ところが、突如として出現した巨大怪獣によって街は大混乱に陥ってしまう……!



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