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Entry 2021/04/09
Update

【リム・カーワイ監督インタビュー】映画『カム・アンド・ゴー』大阪を舞台にアジア各国の精一杯生きようとする人々を描く

  • Writer :
  • 西川ちょり

第16回大阪アジアン映画祭・特別招待作品『カム・アンド・ゴー』は2021年秋劇場公開予定!

映画『カム・アンド・ゴー』は、リム・カーワイ監督による大阪を舞台にアジア各国と日本の関係を描く《大阪三部作》の最終章となる作品です。

『新世界の夜明け』(2011)の「新世界」、『Fly Me To Minami 恋するミナミ』(2013)の「ミナミ」に次いで、本作は「キタ」を舞台に、アジア各地や日本の地方から大阪にやってきた総勢20名以上の人々の群像劇を時にコミカルに、時にシニカルに、時代の流れと共に描いています。


(C)Cinemadrifters

第16回大阪アジアン映画祭では特別招待作品として、映画の中にも登場するスカイビル内にある映画館「シネ・リーブル梅田」で上映された本作。

このたび、リム・カーワイ監督にインタビューを敢行。『カム・アンド・ゴー』ならびに《大阪三部作》に込められた思いや制作の経緯など、たっぷりお話を伺いました。

《大阪三部作》に込められた想い


(C)Cinemadrifters

──『新世界の夜明け』『Fly Me To Minami 恋するミナミ』に続く《大阪三部作》の最終作『カム・アンド・ゴー』は、アジアの様々な国の人々が登場し、上映時間も158分と非常にスケールの大きな作品となっています。

リム・カーワイ監督(以下、リム):『新世界の夜明け』を撮った2010年頃は、日本は中国と尖閣の問題で揉めていて、当時の僕は、滞在していた中国から久しぶりに大阪に帰ってきたところでした。『新世界の夜明け』は日本から見る中国・中国から見る日本という形で、当時自分の中にあった想いを込めた作品です。《大阪三部作》の構想はこの段階で生まれました。

2012年に再び尖閣の問題が浮上し、さらに竹島問題で日本と韓国の間に摩擦が生じます。そうした現実を背景に日本と韓国・日本と中国を描く映画を撮ろうと考え、大阪の「ミナミ」を舞台に『Fly Me To Minami 恋するミナミ』という、ラブストーリーで政治のバカバカしさをふっとばす作品を作りました。

そして三作目については、自分が住んでいる中崎町を含む「キタ」と呼ばれる梅田周辺を舞台にすることは決めていたのですが、テーマやストーリー自体は決まっていなかったんです。

ただ2013年に自民党政権が復活すると、急にインバウンド政策を取り始めて、中国・韓国だけでなく、東南アジアからの観光客もいっぱい日本に訪れるようになったんですね。僕も20年前に留学生として日本に来て勉強していたんですけど、2014年にはその頃とは比べられないほど留学生が増え、また労働力として東南アジアから技能研修生がやってくるようになりました。あまりにも急に状況が変わり、僕自身も非常に感慨深いものがありました。

『新世界の夜明け』では日本だけでなく中国でも撮影し、『恋するミナミ』も韓国と香港で撮影しているんですが、今回はどこにも行かず敢えて大阪だけで撮影しています。大阪をベースにして様々な国の人々が行ったり来たりする話にしようと撮ったのが、三部作最終章の『カム・アンド・ゴー』なんです。

それぞれのコミュニティの中で閉じていく関係性


(C)Cinemadrifters

──過去2作は、日本語・中国語・韓国語と異なる言語を話す人々が、言葉は通じなくても身振り手振りでやり取りすることで、心を通わせていく姿を描いていました。ただ今作は、9つもの地域の言葉が飛び交う一方で、過去2作とはかなり雰囲気が違いますね。

リム:キャラクターそれぞれのエピソードを描くと、自然と彼らの言葉がでてくるわけで、香港人は広東語、中国人は北京語、台湾人はマンダリンを。また日本人でも英語をしゃべる方もいるし、ネパール人は勿論ネパール語、ベトナム人はベトナム語をしゃべります。それぞれの人間が持つ言語が作中では飛び交っているわけですが、今作は過去2作のような「言葉が通じ合わなくてもコミュニケーションが取れる」という話を描こうとはしていません。

今回、寧ろやりたかったのは「通じ合わない」ということです。今作ではベトナム人のコミュニティ、ミャンマー人のコミュニティ、あるいは中国人のコミュニティと各人が属するコニュニティを描かれいてますが、お互いにそれぞれのコミュニティ内だけで関係性を終わらせています。異なる言語を持つ人、違うバックグラウンドを持つ人とは積極的に交流しないんですよね。

例えば同じ工場で働いているベトナム人とミャンマー人は日本人から見ると同じ「東南アジア人」ですが、彼らにとっては明確に違いがあり、交流し合うことも中々ありません。たとえ何らかのきっかけで出会っても、相手に関心を持たないというリアルを描いているわけです。

また今作では、「友情」というものもほとんど描かれません。終盤に韓国人と香港人が親しくしている場面がありますが、それもあくまでビジネスの関係で、それ以上の関係は生まれないんです。少し哀しいことかもしれませんが。

ただ、それは批判しているわけではなくて、この3日間の物語の中で、自分の問題を抱えながらも、一生懸命にそれを解決しようとする人々の姿を描いているんです。それぞれのバックグラウンドを持つ人々が梅田周辺で仕事をしたり、旅行をしたり、近所に暮らしているんですが、日本人も含めそれぞれが自分のことで精一杯なんです。

実力派揃いの国際色豊かなキャスト陣


(C)Cinemadrifters

──そんな様々な国の人々を演じられた俳優陣は、どのようにキャスティングされたのでしょうか。

リム:リー・カンションさんとは、蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督の作品が映画祭で披露された時に、自分から「ファンです」と話をしに行って知り合いました。その後、彼が『ヘルプ・ミー・エロス』(2011)を撮る際に日本のAV女優さんの出演者を探していて、日本からも資金を集めたいということもあり、脚本を日本語翻訳してほしいという依頼があったんですね。

そのお仕事を通じてとてもいい関係が出来上がったんですけど、「台湾人」の役となると自然と彼が思い浮かんできて、ダメ元でお願いしました。この映画には脚本がないため、あらすじと箱書きだけを彼に見せたんですが、蔡明亮監督に相談し監督からOKをもらったということで出演を決めてくれました。

リエン・ビン・ファットさんは『ソン・ランの響き』(2018)を東京国際映画祭で観た時に、その容姿に引き付けられ「とても映画に愛される男だ」、「これから絶対ビッグになるだろう」と感じたんですが、その後、本当にビッグになり、新人にも関わらずベトナムのアカデミー賞にあたる賞で主演男優賞を獲ったんです。

今作のキャスティング時にも、ベトナムの実習生役にはやはり実際のベトナム人に演じてもらいたいという思いがあり、またリー・カンションさんの出演も決まっていたため、リー・カンションさんに匹敵するような役者さんに出演してもらいたいとも考えていました。

そこで大阪アジアン映画祭で知り合ったベトナム人監督に「今、ベトナムで活躍している方を推薦してほしい」とお願いしたところ、のちに彼が出してきてくれたリストの中に、リエンさんの名前が入っていたんです。それを見た瞬間に「もう彼しかいない」と感じ、すぐにオファーした結果、承諾してもらえました。

留学生役のナン・トレイシーさんはミャンマーではモデルで活躍されていて、テレビドラマにも出演されている方なんですが、2017年に彼女は日本に留学していて、その際に彼女の存在は知っていたんです。こちらからオファーをする前に、彼女が自分からオーディションに来てくれて、パフォーマンスなども飛び抜けてよかった。彼女が今作で演じた役は、当初「ミャンマー人」とは設定していなかったんですが、あまりにも彼女の演技が素晴らしかったので、設定を「ミャンマー人」へと変更しました。

即興によって臨機応変に撮り進めた現場


(C)Cinemadrifters

──先ほど「今回の作品には脚本がない」とおっしゃいましたが、実際の撮影はどのように進められていったのでしょうか。

リム:今回の映画には脚本がなく、物語の展開と、その場面でどういう内容を話してほしいかという情報を書き記した箱書きしか存在していません。あとは現場でそれぞれの役の事情を説明し、こういう風に台詞を言ってほしいと伝えた上で、キャスト陣にアドリブで演じてもらいました。

そういうスタイルをとっているのは、撮影環境というのはしばしば変わるものだからです。予算もあまりないし、キャストの皆さんもスケジュールも大変な状況下で参加してくださっている。例えば、夫婦役を演じてくださった渡邉真紀子さんと千原せいじさんのおふたりは、2日間だけしかスケジュールが確保できず、2人一緒に演じられるのは半日だけだったんです。

夜にはせいじさんも渡邉さんも東京に戻らなくてはいけない中、やはりその状況に合わせて、撮影の方法も変える必要がありました。それに内容をガッチリ決めてしまった上で、もし撮り切れなかったらその後取り返しがつきません。現場に入らないと何をしゃべっていいのかわからないという撮影の進め方なので、渡邉さんもせいじさんも最初は戸惑っていましたが、夫婦喧嘩の場面など2人とも素晴らしい演技をしてくれました。

また今回の映画で一番苦労したのは、編集ですね。大体どの作品でも、自分は撮影時から編集のことを考えながら撮り進めるようにしています。だからこそ必要なショットしか撮らないし、画の組み立て方もわかっているので、これまでは一ヶ月程度で編集を終えていたんです。

ですが今回の映画はエピソードがあまりにも多すぎて、前後にどんなエピソードが入ってくるか、その構成によって印象が全然変わってくるので、今作の編集作業は半年以上かかりました。今までの6倍以上です。登場人物だけで20人以上いて、組み合わせによって全く違ってきますから、観るたびに「もうちょっと編集し直したいな」という思いを抱いてしまいます。

変化し続ける大阪を改めて撮りたい


(C)Cinemadrifters

──今回、梅田を中心とする大阪がすごく魅力的に撮られていて、特に高いところから街を見下ろすショットが印象に残りました。過去2作とはまた異なる視点で大阪の光景を捉えていると感じられました。

リム:上から見る大阪をすごく撮りたくて、ドローンを飛ばして俯瞰で撮っています。また今作では様々な登場人物が出てきますが、誰かの主観ショットという形ではあえて撮っていません。つまり客観的な視点、言い換えれば「神様」が空から見ている人々の話なんですね。

──《大阪三部作》そのものは完結しましたが、今後も大阪を舞台に映画を撮られる予定はありますか。

リム:この10年間、ずっと大阪の変化を見て映画を撮ってきたので、大阪を撮るのはこれで最後だとも感じていたのですが、コロナによって状況が一変してしまいました。皆、国内や国外の往来自体が困難になってしまった。たとえコロナが収束しても、前の状況にすぐには戻らないと私自身は考えています。

そんな風景の変化も含めて、改めて大阪を撮るべきだという思いが出てきました。《大阪三部作》とは別に、コロナ以降の日本を大阪という場所を通じて撮れたらと思っています。

インタビュー/西川ちょり

リム・カーワイ監督プロフィール

マレーシア・クアラルンプール出身。1993年に日本に留学、1998年に大阪大学基礎工学部電気工学科を卒業。東京の外資系通信会社で6年間勤務したのち、北京電影学院の監督コースに入り、2009年に北京で『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』を自主制作し長編デビュー。

2010年には香港で『マジック&ロス』を撮り、釜山国際映画祭で初上映される。その後も大阪で2011年に『新世界の夜明け』を、2013年に『Fly Me To Minami 恋するミナミ』を監督。2016年には中国全土で一般公開された商業映画『愛在深秋』(「Love in Late Autumn」)を発表した。

バルカン半島での撮影を敢行した2018年の『どこでもない、ここしかない No Where,Now Here 』、セルビア・クロアチア・モンテネグロを旅するアジア人女性を描き、バルカン半島の歴史を浮かび上がらせる2019年の『いつか、どこかで』など、国境にとらわれない作品を撮り続けている。

映画『カム・アンド・ゴー』の作品情報

【日本公開】
2021年(日本映画)

【監督】
リム・カーワイ

【撮影】
古屋幸一

【音楽】
渡邉崇

【キャスト】
リー・カンション(李康生)、渡邉真紀子、千原せいじ、兎丸愛美、リエン・ビン・ファット、J・C・チー、モウサム・グルン、ナン・トレイシー、ゴウジー、イ・グァンス、デイビット・シウ、桂雀々、望月オーソン

【作品概要】
2011年の『新世界の夜明け』、2013年の『Fly Me To Minami 恋するミナミ』に次ぐリム・カーワイ監督による《大阪三部作》の最終章。大阪の梅田を中心とした「キタ」を舞台に、9つもの地域の言葉が飛び交い、20人以上の人々が行き来する姿を描いた群像劇。

2020年の第33回東京国際映画祭で初上映され、第16回大阪アジアン映画祭では特別招待作品部門で上映された。さらに2021年11月には日本での劇場公開が予定されている。

映画『カム・アンド・ゴー』のあらすじ

春、まだ桜が開花するには早い頃、大阪の中崎町にある古い木造のアパートで、白骨化した老婦人の遺体が発見され、テレビでは連日そのニュースが流れていました。

近くに住む男性は「レンタルおじさん」として自身をネットに登録し、便利屋のような活動を行っていました。親しくつきあっていたわけではないとはいえ、顔を合わすと挨拶をしていた隣人が亡くなったことに驚きを隠せません。

警察は犯罪の匂いを嗅ぎ取り、周辺の聞き込みをして捜査を続けていました。主任刑事の妻は日本語学校で教鞭をとっていますが、多くの生徒が欠席し、出席している生徒はごく僅かでした。

また彼女が親しくしているネパール人の男性は、カフェで働きながらも「自分の店を持ちたい」と夢見ていました。

大阪にやってきたばかりの韓国の女性たちは、大阪で風俗嬢として働き一儲けしようとしていました。その彼女たちを、日本のAV女優として中国人観光客の接待に向かわせようとする、沖縄出身の男と香港人。

さらに印刷工場で実習生として働いているベトナム人の男性は、母親が病気だという知らせを受けても国には帰れず、思わず工場を飛び出してしまいます。

様々な人々がそれぞれの事情を抱えながら、大阪、梅田を中心とする「キタ」の街を行ったり来たりする人間模様が綴られていきます……。




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