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Entry 2020/09/05
Update

【山賀博之インタビュー】映画『血筋』角田龍一監督の性格に見た“自分と似た実行力”から交流が生まれる

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

映画『血筋』は2020年3月30日(月)より全国にて絶賛公開中!

韓国・北朝鮮のほかにもう一つ存在する「中国朝鮮民族」。映画『血筋』はこれまで注目されてこなかった中国朝鮮民族を「父と子」という個人的な物語を通じて描こうとした、世界初のドキュメンタリー作品です。


(C)Cinemarche

このたび映画『血筋』の劇場公開を記念して、アニメ制作会社「GAINAX」の創業者として知られ本作のプロデューサーを務めた山賀博之さんにインタビュー。本作を手がけた角田龍一監督との出会いや本作に携わるに至った経緯などとともに、ご自身のこれまで築いてきた道程など振り返っていただきました。

角田監督の“本気”がきっかけに


(C)Ryuichi

──角田龍一監督とはどのような経緯で出会われたのでしょうか。

山賀博之(以下、山賀):角田監督とはある方のご紹介で、彼がアルバイトとして働いていた新潟の映画館「シネ・ウインド」で出会いました。彼の仕事が終わってから僕の行きつけの飲み屋に来てもらい、話をしていくうちに親しくなったんですが、7、8年ほど前までは僕が新潟に帰るたびにその店で会っていました。

当時の彼は大学生だったんですが、会い続ける中である日突然「うちの親父を撮ったら、面白い映画が撮れると思うんですよね」と突然言い始めたんです。その際には「まあ、そんなことを言う人もいるよな」程度に思っていたんですが、その後東京で角田監督から連絡が来て「今成田にいるんですが、お会いできませんか」と言われたんです。そして何だろうと思いながら会ってみると彼は「父を撮ってきた」と告げたんです。

「周りの人間から、僕の親父は“役者”と呼ばれているんです」「それは、“お前の親父は、嘘しか言わない”という意味です」とその時の彼は語っていました。ですが、映画監督として、カメラマンとして非常に魅力的な取材だと感じている一方で、被写体が自分の実の父親であるということに少し尻込みをしているようにも感じられました。実際、角田監督自身も「少し気分がめげているんです」と話していました。ただその時に、角田監督は少なからず迷いを持ちながらも、本当に映画を撮る気だということを感じとり、僕も彼の映画に関する相談にだんだんと乗るようになりました。


(C)Cinemarche

──山賀さんから見て、角田監督はどのような人物だと感じられましたか。

山賀:彼のことは「映画人としての一歩目をいきなり踏み出した人間」だと感じています。これまでにも、普段から「僕、こんな面白いネタを持っているんです」と語る人間自体は山のように会ってきているんです。ですが、その「面白いネタ」を実際にやり遂げることは一段階ハードルが高くなる。こちらが「面白いなら撮りゃいいじゃん」と答えても、大抵は撮らずに終わるんです。そういった意味で彼は、一歩目をいきなり踏み出しました。その姿を見て「この人は、他の人間と違うな」と感じ、彼の映画制作にも付き合うようになったんです。

今の時代にこそ「ドキュメンタリー」を


(C)Ryuichi

──映画を含めた日本の映像業界の現状について、山賀さんご自身はどのように捉えられていますか。

山賀:現在はアニメというコンテンツも完全にビジネス化してしまったこともあり、僕がもし今大学生として生きていたとしたら、アニメ業界に行くことは中々難しかったのではと思います。そもそも他のジャンルを含めて、ビジネス化されシステムがすでに構築されている社会の中に入り込んでいくことは、すでに社会におけるランクの上位層が固まってしまっていることもあり、若者にとって魅力的なビジョンはあまり感じられないはずです。

また日本の映画業界は完全に崩壊してしまっているので、たとえプロの現場で仕事をしていたとしても劇映画の業界で自身の創作を実現していくことは非常に厳しい。例えばこの間アカデミー賞で作品賞を獲得した『パラサイト 半地下の家族』なんて、日本では絶対作れない映画じゃないでしょうか。

一方で、「今はこれだ!」といえるものは意外とドキュメンタリーではないかとも思っています。実際、近年の日本のドキュメンタリー界隈には少し盛り上がりの雰囲気があります。そして日本の映像業界の現状をふまえた上で、日本で制作しお客さんに提供できるものがあるとしたら、やはりドキュメンタリーだろうと感じられます。それこそ「僕、こんな面白いネタを持っているんです」と語れるのであれば尚更です。今はiPhoneなど機材に関しても多くの選択肢がありますから、若者にとってドキュメンタリーが活路となり得る時代のはずなんです。無論、数年もすればドキュメンタリー界隈の中にもヒエラルキーが形成されてシステム化が進み、若者の入る余地がない業界になっていくとは思いますが。

世間が見向きもしないことに注目する


(C)Cinemarche

──角田監督の自らの戦略的な思考を作品という形で実現し得るその行動力は、山賀さんご自身の姿とも重なる部分があるのではないでしょうか。

山賀:自分がこれまでにやってきたことは、「どうやったらできるのか」を想像することさえできれば変な無茶をせずとも大抵の物事は実現できるという環境の中で、単にそれを想像し実現する人間がいなかったからこそ注目されたんだと感じています。ネットもないあの時代、全国規模でそれなりに名前が通っていたところが凄いと見られていただけなんです。

ただ、作り手の多くは制作自体が好き過ぎて、周りに目がいかないことが多いんです。作ることができたらそれだけでよくて、このまま一生続けたいと思えるほどに作り続けられる。そういった能力がある人間は、「それをどのくらいお客さんに向けてアピールできるか」という点を突き詰めていけば、活動がうまくいくかどうかは自然と決まっていきます。多くの方はそれを「才能による当然の結果」と言いがちですが、実際はあくまで「運」なんです。

ですから、僕はむしろ「よくそんな運なんかに賭けていられるものだな」と考えていました。好きなのは分かるけれど、それで一生を生きられるかどうかは運にすぎない。僕はそんな賭けなんてやってられなかったんです。特に、僕が「映画を撮りたい」と感じていた1980年代の初頭は日本の映画界がすでに崩壊している状態で、大学卒業後の就職先なんてあるわけがなかった。どうしようと考えていた矢先にアニメブームが見え始めたので、「僕もアニメの勉強をしよう」と思い至ったわけです。

「誰もやっていないこと」、それは「世間が見向きもしないこと」なんです。そして世間にほっといてもらえるからこそ、「初の人間」になれる可能性が生まれる。そこにたどり着けたら、後はその価値を理解してくれる人々とつながっていくことができる。それが僕からすればとても楽しかったことなんです。

例えば、YouTuberのHIKAKINさんがいますよね。彼も僕と同じ新潟県の出身で、僕よりもずっと田舎の方の出身なんです(笑)。ただ彼は「YouTubeで飯を食うなんてことはあり得ない」と皆が思っていた頃から、得意だったボイスパーカッションをひたすら練習して動画をYouTubeにアップロードし続けていた。そしてだんだんと話題になっていき、とうとう「YouTubeで飯が食える」ということを証明してしまった。その行動力は、僕の考え方と同じ部分があると感じるんです。「誰も相手してくれない」という状態を経験しているからこそ逆に好きなことを続けられたんでしょうし、好きなことを続けたからこそ「これを“一生”につなげていきたい」と考えることもできたんだと思います。

何よりも楽しく面白いこと


(C)Cinemarche

──映画『血筋』の劇場公開を迎え、今後も全国各地での上映活動を控えている現在、角田監督はどのような「映画監督」あるいは「作り手」なのかを改めてお聞かせ願えませんか。

山賀:角田監督はご存じのとおり日本生まれではなく、少々複雑な文化的背景を持っています。それが直接的に起因しているのかは分かりませんが、同い年の日本人の学生とは一味違うと感じられました。そう感じられたからこそ僕は彼と付き合い始めたところもあって、結構年が離れているはずなのに、彼に対してジェネレーションギャップのような違和感を全然抱かないんです。

じゃあどうして話が通じ合えるのかというと、それは彼のクソ真面目なところなんです。角田監督は何かをやろうという時、自分の欲望を変に表に出さずに「これは必要なことで、これを積み上げていけばここまで行けるはず」と筋道を持った考え方を必ずするんですが、実はそれができる方って意外に少ないんです。「好きなことをやってご飯が食べられたらいい」という思いのせいで野放図になりがちな世界にとって、それは貴重な存在です。

角田監督は一つ一つの材料を生真面目にそろえ、「こうすれば計画できる」「こうすれば実現できる」という目論見をきちんと考えています。また目論見がうまくいかなかった場合の「B案」も用意しているくらい、論理的に物事を考えているんです。

だからこそ、彼と話をしていても「ずれ」を感じたことがないんです。『血筋』に関しても、制作の中で「こう考えているのなら、こう行動すべきではないか」といったアドバイスをする場面はあっても、「角田監督は何を撮りたいのか」が理解できないという場面はありませんでした。そういった意味では、角田監督とはとても付き合いやすい。それこそ彼の映画制作に関する相談を、酒でも飲みながら延々続けることが実に楽しいんです。しかもそれが作品という形で成果が完成していくことで、少なからずその有意義さも実証されていくわけで、どんなゲームで遊ぶよりも楽しく面白いことだと思っています。

インタビュー/出町光識・河合のび
撮影/出町光識
構成/桂伸也

山賀博之プロフィール

1962年生まれ、新潟県新潟市出身。映画監督・脚本家・演出家。代表作は『王立宇宙軍 オネアミスの翼』。大ヒットアニメ『エヴァンゲリオン』で知られるアニメ制作会社GAINAXの創業者で、NHK総合で放送されているテレビアニメ『ピアノの森』(第2シリーズ)の監督を務めました。

角田監督とは監督のアルバイト先に偶然訪れたことがきっかけで知り合いとなり、本作の製作に至りました。

映画『血筋』の作品情報

【公開】
2020年(日本映画)

【外国語題】
핏줄(英題:Indelible)

【監督・製作・撮影・編集】
角田龍一

【製作】
山賀博之

【音楽】
郷古廉

【作品概要】
韓国・北朝鮮の他に、もう一つ存在する「中国朝鮮民族」に密着したドキュメンタリー映画。彼らの多くが韓国へ憧れ、出稼ぎに行ったという、これまで注目されてこなかった中国朝鮮民族を、とある一組の家族の父子を通じて追っていきます。

監督兼プロデューサーの角田龍一は資金難による幾度の製作中断に陥るも、クラウドファンディングを活用したのち、5年の歳月をかけて完成にこぎつけました。国内外での映画祭に出品された本作は、カナザワ映画祭2019「期待の新人監督」部門において、グランプリを受賞しています。

映画『血筋』のあらすじ


(C)Ryuichi

青年のソンウは、中国朝鮮族自治州・延吉で生まれ、10歳のときに日本へ移住。20歳を迎えたとき、自らのルーツを探るために画家だったという父を探すことを決意します。

中国の親戚に父の行方を尋ねるも、誰も消息を知らないばかりか、父の話題にすら触れたがりません。それでも、叔父の助けにより再会を果たした父は、韓国で不法滞在者として日雇い労働をしながら、借金取りに追われる日々を送っていました。

そんな父親と、数日間行動を共にすることにしたソンウは……。

映画『血筋』の劇場公開情報

【アップリンク渋谷(東京)】
2020年8月28日(金)~9月10日(木)/▶︎アップリンク渋谷公式サイト

【宇都宮ヒカリ座(栃木)】
2020年9月12日(土)~9月25日(金)/▶︎宇都宮ヒカリ座公式サイト

【第七藝術劇場(大阪)】
2020年10月3日(土)~10月9日(金)/▶︎第七藝術劇場公式サイト

【元町映画館(兵庫)】
2020年10月10日(土)~10月16日(金)/▶︎元町映画館公式サイト

【京都シネマ(京都)】
2020年10月17日(土)~10月23日(金)/▶︎京都シネマ公式サイト

【松本CINEMAセレクト(長野)】
未定/▶︎松本CINEMAセレクト公式サイト

【シネマスコーレ(愛知)】
未定/▶︎シネマスコーレ公式サイト

【山口情報芸術センター(山口)】
未定/▶︎山口情報芸術センター公式サイト

※実際の上映時間等の詳細は各劇場公式サイトにてご確認ください。


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