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Entry 2022/09/03
Update

【川村元気監督インタビュー】映画『百花』僕の実体験と、菅田将暉の実人生が混ざり合った主人公に込められた想い

  • Writer :
  • ほりきみき

映画『百花』は2022年9月9日(金)より全国東宝系にてロードショー!

菅田将暉・原田美枝子がダブル主演を務めた映画『百花』は、認知症を患い記憶を失っていく母と、その母と向き合いかつての思い出を蘇らせていくなかで、母子を隔てていたある事件の真相と、母の秘められた想いに気づいていく息子の、愛と記憶の物語です。

自身が認知症を患った祖母と過ごした日々をもとに執筆した同名小説を、自らの監督・脚本により映画化したのは、『告白』『悪人』『君の名は。』など多数のヒット作を企画・プロデュースしてきた川村元気さんです。


(C)Cinemarche

このたびの劇場公開を記念し、本作にて長編監督デビューを果たした川村元気さんにインタビューを敢行。

多くの著作が映画化されてきた中で、本作で自ら監督を務めた理由。さらに主演の菅田将暉・原田美枝子に対する想いや、監督という仕事を通じて意識した「映画館で観る」という体験の独自性について語っていただきました。

ロジックで映画を作る面白さ


(C)2022「百花」製作委員会

──『世界から猫が消えたなら』『億男』など多くの著作が映画化されてきた中で、今回の『百花』の監督を自ら務めようと決断された理由は何でしょうか。

川村元気監督(以下、川村):祖母が認知症になったときに、祖母だけでなく僕自身も、さまざまなことを忘れたり、記憶を書き換えていることに気づいたんです。そんな実体験をベースに書いた小説なので、他人の手で映画化されることに抵抗があったというのが大きかった。また「認知症になった祖母が見ていた世界がどういうものなのか」を自分自身で表現したかったということもあります。

加えて、論理的に組み立てられた映画を自分がディレクションしてみたらどうなるかを、試してみたかったのです。

4年前、佐藤雅彦さんと共に「手法がテーマを担う」というコンセプトで作った短編映画『どちらを』に監督として関わり、論理で映画を作る面白さを体験しました。その作品は2018年にカンヌ国際映画祭・短編コンペティション部門で正式招待を受けて、その作り方に自信も持ちました。

日本映画は論理や手法が立ちすぎるものが嫌われるところがあります。プロデューサーの立場だったら絶対にやらないこと……例えばワンシーンワンカットや、あえて外付けの映画音楽をなくし、劇中で聴こえる音楽が記憶の中で映画音楽化していくといった手法を用いて映画を作ることで、日本映画の中でも珍しいエンタテインメント作品が生まれるのではないかと思ったのです。

ワンシーンワンカットで映す「カットのない人生」


(C)2022「百花」製作委員会

──脚本は、短編映画『どちらを』で一緒に監督をされた平瀬謙太朗さんとの共同脚本ですね。

川村:自分で書いた小説ということもあり、様々な思い入れがガチガチにあるので、小説内のエピソードの取捨選択が自分ではできなかったのです。

平瀬くんは原作のシーンや主要なセリフを1つずつカードにして、原作に含まれる要素を捉え直した上で「この要素は多分、映画には必要ない」「映画に取り入れるにあたって、この要素は描写を足さなきゃいけない」という判断を一緒にしていきました。そうやってセリフと場面を最初から組み立て直すところから始めて、平瀬くんが書いた脚本に僕がディテールやセリフなどの修正をしていきました。

平瀬くんは、僕がエモーショナルによって書いた小説を論理で破壊し、再構築してくれました。映画のラストシーンは小説とは違うものですが、この映画は記憶を巡る物語ですから、百合子の最後の在り方としては映画版の形がよいと思っています。他にも、自分だけでは思いつかなかったことがたくさんありました。

平瀬くんは東京藝術大学の佐藤雅彦教授の下で学んできたこともあり、「認知症の方が見ている世界をどう映像で表現するか」という本作の一つのテーマを、極めて数学的なロジックによって追求してくれました。それはある種ドライで、日本映画的でなくていいなと思いました。

本作のワンシーンワンカットという手法も、認知症や人間の脳の働きを表現するために選択しました。僕の祖母は数分ほどの短い時間内で、急に記憶障害などの症状が現れたかと思うと、いつの間にかしっかり話しているというようなことがありました。自然における天気のような移ろいを見せるのです。それをワンカットのなかで、観客が体験してほしかった。

加えて、私たちの人生にカットはかかりません。こうして話している間にも、頭の中はふっと今朝食べたバナナのことを思い出したりします。カットがかからない実人生のなかに、唐突に記憶がインサートされる。そんな脳の働きを映像にする時に、ワンシーンワンカットは有効なのではないかと考えたのです。

本作の撮影は今村圭佑さんにお願いしました。彼は手持ちや移動の撮影が得意で、若くて体力もセンスもある。「全シーンをワンシーンワンカットで撮る」をどう成立させるかを、彼とかなり話し合った上で撮っていきました。

主人公の泉は、菅田将暉の実人生も混ざり合った人物に


(C)2022「百花」製作委員会

──認知症と診断された母・百合子と向き合おうとする中で、母との思い出を蘇らせてゆく主人公・泉を菅田将暉さんが演じられています。

川村:菅田将暉という人には泉が持っている複雑性があると思ったので、原作小説を送って読んでもらったところ、「読みながら気づいたら泣いてました」と連絡をくれて、主演に決定しました。

オファー当時の菅田くんは20代後半に入った頃で、多くの選択とこれから向き合うことになる人生の転換期でもありました。彼も結婚していつか父親になるのだろうと思った僕は、小説では30代後半だった泉を菅田くんの実人生と重なる年齢感に揃えてあて書きし、それに合わせて映画の脚本もニュアンスを変えていきました。

子ども時代の泉役は、オーディションで選びました。小学生から中学生まで様々な年齢の子どもたちに会い、何歳くらいの子どもならリアルなのかも考えました。小学生の頃の記憶は、自分の好き勝手で改ざんされていることがある。「記憶の曖昧さ」がメインテーマの映画なので、小学生の方がいいのではないかと考え、小説よりも少し若くしました。


(C)2022「百花」製作委員会

──泉の役作りにあたって、菅田さんとは実際にどのような言葉を交わされたのでしょうか。

川村:菅田くんは小説を気に入ってくれていたので,僕のイメージしているものに合わせようとしてくれました。ただ撮影当初は、菅田くんが考えていた僕が作品に対し抱いているイメージと、僕自身が小説を執筆した時点から脚本を書く中で変化していったものがずれていた。

途方に暮れていると、たまたま雨が降り、撮影が2時間ほど中断した。そのあいだ、お互いが持つ泉のイメージについて改めて話し合いました。人生の転換期にある菅田くんが背負っていることも明かしてくれて、僕もまた菅田くんに「自分の人生における悩みや想いを、そのまま泉という役に込めてほしい」と伝えました。

『百花』という作品は僕の個人的な体験から始まっていますが、描かれている親子関係や記憶の曖昧さなどは、誰にでも思い当たる節があるはずです。そして話し合ったことで、菅田くんの実人生と僕の実体験が混ざり合ったものが、泉というキャラクターになっていきました。今、考えると、あの時の雨は恵みの雨でしたね。

菅田くんには「次に何をやるかわからない」という緊張感があり、現場で演出していても「このセリフを、こういう形で声を出すんだ」と驚く瞬間がありました。

何よりも、彼は共感力が高い。共演者である原田美枝子さんや長澤まさみさんのお芝居に反応し「色」が変わっていく。脚本に書いてあったことが何倍にも膨らむ感覚がある。有り体にいえば、感性が豊かなのでしょうね。本作を観ていて感じられる「次、どうなるんだ」という緊張感は、演じ手の菅田くんのお陰だと思います。

原田美枝子の「これが最後のチャンス」という本気


(C)2022「百花」製作委員会

──泉の母・百合子を演じられたのは原田美枝子さんです。原田さんもまた『女優 原田ヒサ子』(2020)という、認知症を患われたご自身のお母様と向き合った短編ドキュメンタリー映画を撮られています。

川村:目の前でご自身の母親が認知症になっていく様を見つめ続け、それを作品として残した体験は代え難いものです。

そもそも原田さんは、黒澤明監督をはじめ名だたる監督と仕事をされてきた方です。『愛を乞うひと』(1998)のような激しいイメージがありますが、一方で国民のお母さん的な雰囲気もあり、不思議な二面性を持っていらっしゃる。百合子にも「優しい母親」と「激情的な女性」という二つの顔があります。ぜひ原田さんのお力を借りたいと思いましたし、映画では原田さんの魅力がそのまま映っていると思います。


(C)2022「百花」製作委員会

──原田さんとはご出演にあたって、どのような言葉を交わされたのでしょうか。

川村:『世界から猫が消えたなら』でもお母さん役をやっていただきましたが、今回の『百花』は主演。そのため幾度も徹底的に話し合いをさせていただいたのですが、その際に原田さんから「私は“これが最後のチャンス”と思って死ぬ気でやっているのだから、あなたも本気でやって」と告げられたのです。

驚きましたが、同時に感動もしました。そこまで言ってくださった原田さんの取り組みに、どう応えるべきか。もちろんそれまでも本気でやっていましたが、役に対する向き合い方の本気さを問われた気がして、自身が原田さんの本気に値するイメージを持っているかを問いながら、一緒に作っていくという感覚がありました。

「映画館で観る」というアドバンテージ


(C)2022「百花」製作委員会

──本作で長編映画の監督を経験され、今後プロデューサーとして映画に関わる時に活かせる学びはありましたか。

川村:「“自分がプロデューサーの立場なら、絶対に嫌なこと”をやったら、むしろ“珍しくて新しいもの”が生まれるのではないか」という観点で作ったので、そういう意味では「“プロデュース”とは何なのか」という問いはクリアになりました。

またディレクションという仕事をする中で、「映画館で観る」という体験の独自性、優位性への意識が強くなりましたね。

ここ数年、ネット配信で映像作品を大量に観られるようになり、映画の観られ方が変わってしまった。早送りで観る方がいれば、スマホを片手に観る方もいる。映画館だけがスマホを覗かれず、早回しで観られず、スクリーンに集中してもらえるという珍しい環境なのです。そうした映画館のアドバンテージに対し、どう意識して作品を撮るのかがこれから重要になってくるのだと思います。

『百花』のワンシーンワンカット映像や音の付け方も、映画館で観ていただくことを前提に作りました。伏線も作中に散りばめられていて、集中して観ることで「これは伏線になっているんだ」と発見できる作りになっています。観られ方が多様になった現代において、『百花』のような「映画館ならではの楽しみ方」をどんどん取り入れた映画作りを今後もしていきたいです。

インタビュー/ほりきみき

川村元気監督プロフィール

1979年生まれ、横浜出身。

『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『君の名は。』『怒り』『天気の子』『竜とそばかすの姫』などの映画を製作。2010年、米The Hollywood Reporter誌の「Next Generation Asia」に選出され、翌2011年には「藤本賞」を史上最年少で受賞。

2012年、初小説「世界から猫が消えたなら」を発表し、同作は23カ国で出版され累計200万部を突破し、ハリウッドでの映画化も決定した。2018年、初監督作品『どちらを』が第71回カンヌ国際映画祭短編コンペティション部門に選出される。

主な著書に小説『億男』『四月になれば彼女は』『神曲』、翻訳を手がけた絵本『ぼく モグラ キツネ 馬』、宮崎駿や坂本龍一らとの対談集『仕事。』などがある。

映画『百花』の作品情報

【公開】
2022年(日本映画)

【原作】
川村元気『百花』(文春文庫刊)

【監督】
川村元気

【脚本】
平瀬謙太朗、川村元気

【キャスト】
菅田将暉、原田美枝子、長澤まさみ、北村有起哉、岡山天音、河合優実、長塚圭史、板谷由夏、神野三鈴、永瀬正敏

【作品概要】
原作は2019年に発表した川村元気監督自身4作目となる小説『百花』(文春文庫刊)。川村自身の体験から生まれた小説で、27万部を超えるベストセラーとなった。

記憶を失っていく母と向き合うことで、母との思い出を蘇らせていく息子・葛西泉を演じるのは菅田将暉。すべてを忘れていく中、様々な時代の記憶を交錯させていく母・葛西百合子を原田美枝子が演じる。

泉と同じレコード会社で働き、初めての出産を控える泉の妻・葛西香織を長澤まさみ、百合子の「秘密」を知り「事件」と深い関わりを持つ男・浅葉洋平を永瀬正敏が演じる。

映画『百花』のあらすじ


(C)2022「百花」製作委員会

レコード会社に勤務する葛西泉(菅田将暉)と、ピアノ教室を営む母・百合子(原田美枝子)。ふたりは、過去のある「事件」をきっかけに、互いの心の溝を埋められないまま過ごしてきた。

そんな中、突然、百合子が不可解な言葉を発するようになる。

「半分の花火が見たい……」それは、母が息子を忘れていく日々の始まりだった。

認知症と診断され、次第にピアノも弾けなくなっていく百合子。やがて、泉の妻・香織(長澤まさみ)の名前さえ分からなくなってしまう。

皮肉なことに、百合子が記憶を失うたびに、泉は母との思い出を蘇らせていく。そして、母子としての時間を取り戻すかのように、泉は母を支えていこうとする。

だがある日、泉は百合子の部屋で一冊の「日記」を見つけてしまう。そこに綴られていたのは、泉が知らなかった母の「秘密」と、あの「事件」の真相だった。

母の記憶が消えゆく中、泉は封印された記憶に手を伸ばす。一方、百合子は「半分の花火が見たい……」と繰り返しつぶやくようになる。

「半分の花火」とはなにか?二人が「半分の花火」を目にして、その「謎」が解けた時、息子は母の本当の愛を知ることとなる──。

堀木三紀プロフィール

日本映画ペンクラブ会員。2016年より映画テレビ技術協会発行の月刊誌「映画テレビ技術」にて監督インタビューの担当となり、以降映画の世界に足を踏み入れる。

これまでにインタビューした監督は三池崇史、是枝裕和、白石和彌、篠原哲雄、本広克行など100人を超える。海外の作品に関してもジョン・ウー、ミカ・カウリスマキ、アグニェシュカ・ホランドなど多数。



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