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Entry 2022/08/01
Update

【笠松七海インタビュー】映画『彼女たちの話』“一人の人間”として演じられる役者でありたいその理由

  • Writer :
  • 咲田真菜

映画『彼女たちの話』は2022年8月13日(土)より池袋シネマ・ロサにて劇場公開!

『愛のくだらない』で第14回田辺・弁慶映画祭の弁慶グランプリと映画.com賞をダブル受賞した野本梢監督の中編映画『彼女たちの話』。

2022年8月13日(土)より池袋シネマ・ロサにて、同じく野本監督が手がけた『3653の旅』と同時上映される本作は、女性の社会進出における不遇を目の当たりにしながらも、男女の対立構造に疑問を抱き始める中学生の少女の姿を描き出します。


photo by 田中舘裕介

このたび、映画『彼女たちの話』にて主人公・ミク(美玖)の姉・チカ(睦)を演じられた笠松七海さんにインタビュー取材を敢行。

野本監督の過去作『アルム』(2020)では主演を務めるなど、野本監督から厚い信頼が寄せられている笠松さんに、本作での役作りや自身がなりたいと思う役者の在り方についてお伺いしました。

悩みを抱える女性がいることを知るきっかけに


photo by 田中舘裕介

──本作では世代ごとで女性の生きづらさが描かれていきますが、笠松さんご自身はその主題をどう受け止められていたのでしょうか。

笠松七海(以下、笠松):現場に入る前、女性の権利について訴えているSNSを探してみて、実際に声を上げられている方の姿を見ました。そういう行動を起こしている方たちがいるのは知っていたけれど、これまであまり見たことがなかったんです。

内容が少し攻撃的な発言もいくつかあり、それらを見た時は少し不安を感じてしまうこともありました。ですが私が演じていたチカはSNSで発信される言葉に少なからず救われます。だからこそ攻撃的に感じられる発言に対しても、私が不安に感じてしまった一方で、その言葉に救われる方も確かに存在するのではと感じられました。

──笠松さんご自身が不安を感じられたように、チカの妹であり主人公のミクも、作中でその「不安」を表していました。

笠松:チカがSNSでの様々な言葉たちに救われていることに、妹のミクは疑問を持ったと思います。ただもしかしたらミクも、歳を重ねてチカの立場になった時、姉であるチカが救われた意味が分かるかもしれないし、一方でまだ反発があるかもしれない。見る年齢や立場、自身が置かれている環境でいろいろな見方ができる映画だと思います。

観る方によっては、しんどさを感じる部分もあるかもしれないと思いますが、この映画を通じて、SNSでそうした発信をしている方がいるということ、実際にこの映画の物語のように悩んで不安を抱えている方がいるということを知ってもらえるんじゃないかと思っています。

これまでに演じたことのないキャラクター・チカ


(C)エイジアムービー

──実際に主人公・チカを演じられる中で、どのような想いを抱かれましたか。

笠松:今まで演じてきた役たちとは異なった立場・環境にあるキャラクターだったので、演じるのは非常に楽しかったです。ミクのように、いろいろなことを見て体験して考え方が変わって成長していく……というキャラクターではなく、ミクがぶつかる相手といいますか、主人公がいろいろと考え始めるきっかけになる人間を演じることがあまりなかったので、そういう意味ではとても新鮮でした。

チカは少しひっかかりのある役といいますか、決して全員が全員共感できるキャラクターではありません。見る人によって意見や見え方が変わってくるので、演じていて私自身の軸がぶれないように意識する試みは初めてでした。それは難しくもあり、楽しかった体験でもありました。

──チカと笠松さんご自身との間に、共通点はありましたか?

笠松:うーん……あまりないかもしれないです。チカは長女であり「母から任されている」という責任感も強いだろうし、「他の人がどう思おうと私はこれが好き!」というものがそれまであまりなかったと思うんです。だからこそ、心惹かれ救われたものに出会った途端、周りが見えなくなり一直線になってしまう面もあるんだと思います。

私はわりと何でも自由な考え方をするタイプで、「好き」という想いと「飽きちゃった」という想いを繰り返してきました。周りが見えなくなるほどにのめり込むこともなかったし、チカほどのガチガチの責任感を抱えているわけでもありません。全く対照的ではないとはいえ、確実に違うタイプの人間だと感じています。

「一人の人間」として演じられる役者でありたい


photo by 田中舘裕介

──笠松さんが俳優を目指されたきっかけは何だったのでしょうか。

笠松:昔からミュージカルが好きで、中学生の頃は海外ドラマの『GLEE/グリー』をずっと見ていました。「こんな楽しいことをやりたいな」と思っていた時、母からミュージカルカンパニー「ユースシアタージャパン」の関東1期生のオーディションがあると教えてもらったことが、最初のきっかけでした。

またレッスンに通う中で、母が「こんなのもあるよ」と教えてくれたのが、映画のワークショップのチラシでした。それは3ヶ月間ワークショップをしたのちに作品を撮影し上映するという内容で、元々ミュージカルがやりたかった私は当初「映画?」と思ったのですが、気が付いたら映画の面白さに気付かされて、今では映画のお仕事が中心になりました。

──笠松さんは今回、チカというそれまで演じたことのない役柄のキャラクターを演じられましたが、現時点で「演じてみたい」と思える役柄はありますか。

笠松:「どんな役を演じたいですか?」という質問にはいつも悩んでしまうのですが、「こういう役!」といったはっきりしたものは実はないんです。ただ演技をすることは常に楽しいと感じていますし、役を演じるよりも前に、「一人の人間」として演じられる役者でありたいと考えています。

例えばお医者さんの役をいただいた場合、「医者」という職業がその人の存在そのものというわけではありません。白衣を脱いで、医者として働いていないプライベートな時間にどういう表情を見せることができるか……という点も大事にしていきたいと感じています。

煙たい存在かもしれないチカのことも見守ってほしい


(C)エイジアムービー

──最後に、観客の皆さまへのメッセージをお願いできますでしょうか。

笠松:映画をご覧になられる方には、ミクの目線で観てほしいと思いますが、一方でチカのことも見守るように観てほしいとも感じています。普段は自分が演じる役を意識することはないんですが、本作では特にチカに思い入れがあります。チカも、いろいろな経験をして傷ついただろうなと……。

SNSでの発信にのめり込んで、友だちとも疎遠になったり、家族との距離も今までとは違うものになってしまったり……どんどん成長していくミク、知らない間に成長していたもう一人の妹・ウナがいて、自分だけが何も変わっていないと気付いた時、チカは本当に落ち込んで傷ついたんだろうなと思うんです。

ですが、チカがとった行動は決して間違いではないし、これから彼女が生き続けていく上で糧になっていくことだとも思うので、そういう意味でも映画をご覧になる方々には温かくチカのことを見守っていてほしいです。

本作は女性がメインの物語ですが、日々の生活の中でストレスに感じるものや気付きは、男女関係なく存在すると思います。その中でどういうふうに行動するか、自分を納得させていくかということを、どのキャラクターの目線でもいいので一緒に考えていただき、知っていただける時間になったらいいなと思います。

インタビュー/咲田真菜
撮影/田中舘裕介

笠松七海プロフィール


photo by 田中舘裕介

神奈川県出身。野本組には『はじめてのうみ』(2017)で初参加、最近では『アルム』(2020)で主演を務める。

他の主な出演作に『空(カラ)の味』(2016、監督:塚田万理奈)、『おろかもの』(2019、監督:芳賀俊、鈴木祥)などがある。『おろかもの』では第13回田辺・弁慶映画祭、横濱インディペンデント・フィルム・フェスティバル2019にて俳優賞を受賞した。

映画『彼女たちの話』の作品情報


(C)エイジアムービー

【公開】
2022年(日本映画)

【監督・脚本】
野本梢

【キャスト】
稲村美桜子、笠松七海、関口蒼、絢寧、中村更紗、岡野航、坂口彩夏、花音、八木拓海、津田恭佑、松木大輔、足立英、土屋直子、村田啓治、ゆかわたかし、加藤紗希、田村魁成、小沢まゆ、遠藤優子

【作品概要】
第14回田辺弁慶映画祭でグランプリと映画.com賞を受賞した『愛のくだらない』などで注目を集める野本梢監督による中編作品。女性の社会進出における不遇を目の当たりにするも、男女の対立構造に疑問を抱き始める中学生の少女の姿を描いていきます。

2022年8月13日(土)より池袋シネマ・ロサにて、同じく野本監督が手がけた中編映画『3653の旅』と同時上映。

映画『彼女たちの話』のあらすじ


(C)エイジアムービー

男子生徒と衝突して悔しい思いをした女子中学生のミクは、「強くなりたい」と近所のお姉さんからアクションを学び始めます。

同じころ、就職活動で女性であるというだけで不利で不愉快な経験をした姉のチカは、SNSで共闘をうたう女性たちに救われ、自らも動画サイトを通じて女性の権利について発信を始めます。

ミクとチカは、力をあわせて女性の権利向上のための活動にまい進していきますが、自由気ままに生きるもうひとりの姉ウナが起業に励んでいる姿や、ミクと衝突した男子生徒が見せてくれた気遣いを素直に受け入れることができなかった自分に、ミクは次第にモヤモヤを募らせていきます。

執筆者:咲田真菜プロフィール

愛知県名古屋市出身。大学で法律を学び、国家公務員・一般企業で20年近く勤務後フリーライターとなる。高校時代に観た映画『コーラスライン』でミュージカルにはまり、映画鑑賞・舞台観劇が生きがいに。ミュージカル映画、韓国映画をこよなく愛し、目標は字幕なしで韓国映画の鑑賞(@writickt24)。





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