映画『彼女たちの話』『3653の旅』は2022年8月13日(土)より池袋シネマ・ロサにて劇場公開!
女性の社会進出における不遇を目の当たりにしながらも、男女の対立構造に疑問を抱き始める中学生の少女の姿を描く『彼女たちの話』と、東日本大震災で被災した幼なじみの女性2人を主人公にした『3653の旅』。
それぞれ異なる題材を通じて2作を手がけたのは、映画『愛のくだらない』で第14回田辺・弁慶映画祭の弁慶グランプリと映画.com賞をダブル受賞した野本梢監督です。
このたび、映画『彼女たちの話』『3653の旅』が2022年8月13日(土)より池袋シネマ・ロサにて同時上映されるのを記念して、野本監督にインタビューを敢行。
今なぜこの2作品を上映するのか、その想いについて語っていただきました。
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今を生きる人々の強い意志と葛藤──『3653の旅』
──映画『3653の旅』のタイトルに込められた意味をお教えいただけますでしょうか。
野本梢監督(以下、野本):東日本大震災から10年経ったころ、映画を撮る話をいただけました。ただ、いろいろな方のお話をお聞きする中で、確かに「10年」は区切りをつけやすい数字ではあるものの、区切りを作ったことで何かが変わるわけでもないとも感じていました。
そこで「1日1日の積み重ね」という意味を込め、2011年3月11日からの10年を3653日という日数で数え、本作のタイトルにしました。
──震災をテーマに、本作はどのような意図で制作したのでしょうか?
野本:シナリオを書き始める前、石巻市を訪ねました。街並みがとてもきれいで、復興事業として震災の被害にあった場所で花を植えたり、新たにカフェをオープンしたりしている方がいらっしゃいました。
ただ一方で、そこで実際に働かれている方は、気持ちが追いついていかないのに町だけがどんどん整備されていくことに対し「“復興”が、いまだにどういうことなのか分からない」ともおっしゃっていたんです。
そして、住んでいる方が一番強く思っていたことが「同じことを繰り返さない」ということです。震災で何が起きたかを忘れないようにするための場所が設けられているのは、そういう意識があってのことなんです。それには、私が東京にいて感じていた「被災地」のイメージとのギャップを感じられました。
多くのことに戸惑いながらも、同じ悲劇を繰り返さないように、前を向かざるを得ない。だからこそ町を整えるように、心の整理をしていこうとしている方たちに胸を打たれました。『3653の旅』では、こういう悲劇があったということを中心に見せるのではなく、今を生きる人たちの強い意志と葛藤を描いていきたいと思いました。
対照的な二人の主人公──『3653の旅』
──中村更紗さん演じる玲、二田絢乃さん演じる凪は幼なじみですが、玲は被災地を離れ、凪は被災地に残った側の人間として対照的に描かれています。
野本:いろいろな本を読んでみると、津波の被害によりご家族が行方不明のままで、その現実にどう向き合っていいのか分からずに心の整理ができないという方の証言が多かったんです。そしてその中でも、「自分が明日からどう生きていくか」という形で現実との向き合い方を模索している方が多いことも知りました。
正しいかどうかは誰にも分かりませんが、凪に関しては「自身の気持ちが落ち着ける何か」を見つけられたことで、一歩前進し前を向けられたという姿を『3653の旅』では描きました。
被災地を離れた玲も、津波により母親が行方不明となっていて、「手紙」を通じてその喪失と向き合おうとします。本作のプロデューサー・稲村久美子さんの知り合いにもそういう方がいらっしゃって、実際にお話も伺ったんですが、決してその方をモデルに玲を描いたわけではありません。ただ「こういう向き合い方がある」と描くことで、いろいろな方々の想いや悲しみへの向き合い方を表現したかったのです。
──玲を演じられた中村更紗さん、凪を演じられた二田絢乃さんは、野本監督からみてどのような俳優だと感じられましたか。
野本:中村さんと知り合ったのは最近でしたが、彼女の出演作を何本か拝見していて、はかなくて透明感のある役が多いと感じていました。ですが実は、一緒にお酒を飲んで話したりすると、サバサバしていて男気がある方なんです。そういう面がすごくいいなと思っていて、だからこそ今回は「少しがさつなところがあって、周りの人を引っ張っていく役をやってほしい」と考えました。
本人も素の自分に近い役を演じたことが意外になかったそうで、「うれしい」と言ってくれました。そうした彼女の魅力も、『3653の旅』で感じとっていただけたらありがたいです。
二田さんと作品をご一緒したのは今回が初めてですが、常に心の奥が震えているような感覚が伝わってくる俳優さんで魅力的だと感じていました。
彼女の芝居を最初に見たのはワークショップで、その際は「怒り」の芝居をされていたんですが、自分自身で感情のコントロールができていないように見えました。「こう見せよう」と見せてくれる方が多い中、二田さんは「もう、どうなってもいい」という感覚で芝居をされていて、そこに相手への信頼や人懐っこさを感じられたんです。
恋愛の芝居をするときも、相手との距離感が全然ない。そういった距離感が「独特でいいな」と感じられましたし、凪という役のフットワークの軽さ、人懐っこさが二田さんに合っているとも思いました。舞台を中心に活躍している俳優さんなので、その場で生まれるものを大切にされているからなのかもしれません。
「女性の苦悩」だけではなく──『彼女たちの話』
──映画『彼女たちの話』は、女性が抱えるさまざまな問題をテーマにした作品です。女子中学生である主人公の成長を中心に物語は展開していきますが、どのように本作の物語は形作られていったのでしょうか。
野本:2020年の8月、コロナ禍により「映画のような芸術は“不要不急”のもの」という雰囲気がある中、プロデューサーである稲村さんから「映画作りを止めたくない」と連絡がきました。
「私たちが作るべきものを、少人数でもいいから、リスクヘッジが取れる状況で撮ろう」という熱い気持ちがありました。そして稲村さんと何を撮るべきかと話した時に、「女性のための映画を撮りたい」となりました。稲村さんと作ってきた作品は『次は何に生まれましょうか』のように、女性が主人公で女性の悩みに寄り添った作品が多かったので、それをやるべきだろうと考えたんです。
勢いで始まったこともあり、脚本は途中までしかできあがっていなくて、季節が変わるころに次の撮影をしようと準備をしていました。その時、「女性はこういうところがつらいんだ」ということだけを発信しても、広がりを持たないことに気が付きました。むしろそういう発信が、男女間で分断を生んでいるのではないかと感じたんです。
そこで方向転換をし、「男女間の分断」を描く中で、私自身が感じたことをそのまま主人公へと投影することにしました。そして主人公が現状に疑問を抱くにつれて「女性の生きづらさの原因として男性の無理解を責めるだけでは良い方向に向かわないのでは」と気付いていく物語へと変化していきました。
二人だからこそ姉妹を託せた──『彼女たちの話』
──『彼女たちの話』の主人公・ミクを演じた稲村美桜子さん、ミクの姉・チカを演じた笠松七海さんの魅力をお教えいただけますでしょうか。
野本:笠松さんとは何度もご一緒に仕事をさせていただいていますが、とても安心感がある存在です。チカという役はニュアンスが難しく、作中でも主人公・ミクが姉であるチカに対して疑問を持ったりしますから、悪役の立場と誤解されてしまう可能性がありました。
だからこそ笠松さんは、全部を受け取ってくれるだろう、チカという役を唯一お願いできる方だと思ったんです。チカの「自分なりに信じているものを広めていきたい」という想い、その中で苦しみながらも、チカ自身も救われていくという役を上手く演じてくださいました。また笠松さんも私もお互い言葉数が多い方ではないんですが、普段から「何か受け取ってもらえているな」と感じることが多いんです。
野本:稲村美桜子ちゃんは、彼女が小学校4年生ぐらいの時に初めて知り合ったのですが、当時は元気な小学生という印象でした。ただ中学生になり親元を離れて寮生活をしたためか、久しぶりに会ったらめちゃくちゃ大人になっていました。それまではお母さんの後ろに隠れているようなシャイさもあったのに、一人の人間として接してくれるようになった姿にはびっくりしました。
また環境のせいかもしれませんが、美桜子ちゃんは大人のことをよく見ているんです。そうしたところが今回のミクという役に近い部分があると感じていますし、ありのままの佇まいが良かったので、今回の『彼女たちの話』ではあえてこちらから演出をしないようにしました。
困難への向き合い方が違う2作品から受け取ってほしいものとは
──改めて、『彼女たちの話』『3653の旅』の2作品をご覧になる方々へメッセージをお願いいたします。
野本:2作とも、困難を抱えたいろいろな人々が登場します。そうした人々が『3653の旅』では“抽象的な何か”によって解決していき、『彼女たちの話』では“具体的な何か”によって変わっていこうとします。
どちらがよいというわけではなく、その違いは、向き合うべきものが何なのかによるのではと感じています。今回の2作を同時上映を通じて観比べていただく中で、そういうものを受け取ってもらえたらうれしいです。
そして『彼女たちの話』はぜひ、エンドロールで席を立たずに観ていただきたいです。私はエンドロールのあとに何かがあるというパターンはあまり好きじゃないのですが、この作品は一度完結した後に、現実に続いていってほしい作品だと考えたため、そのような構成にしました。ぜひ最後まで席を立たずにご覧ください。
インタビュー/咲田真菜
撮影/田中舘裕介
野本梢プロフィール
埼玉県出身。学習院大学文学部卒業。
シナリオセンター、映画24区、NCWにて映像制作について学ぶ。人を羨み生きてきた為、奥歯を噛み締めて生きる人たちに惹かれながら制作を続けている。
2020年製作の『愛のくだらない』(主演:藤原麻希)が第14回田辺・弁慶映画祭にてグランプリを受賞、テアトル新宿、池袋シネマ・ロサをはじめ各地で劇場公開される。
映画『彼女たちの話』作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督・脚本】
野本梢
【キャスト】
稲村美桜子、笠松七海、関口蒼、絢寧、中村更紗、岡野航、坂口彩夏、花音、八木拓海、津田恭佑、松木大輔、足立英、土屋直子、村田啓治、ゆかわたかし、加藤紗希、田村魁成、小沢まゆ、遠藤優子
【作品概要】
第14回田辺弁慶映画祭でグランプリと映画.com賞を受賞した『愛のくだらない』などで注目を集める野本梢監督による中編作品。
女性の社会進出における不遇を目の当たりにするも、男女の対立構造に疑問を抱き始める中学生の少女の姿を描いていきます。
映画『彼女たちの話』のあらすじ
男子生徒と衝突して悔しい思いをした女子中学生のミクは、「強くなりたい」と近所のお姉さんからアクションを学び始めます。
同じころ、就職活動で女性であるというだけで不利で不愉快な経験をした姉のチカは、SNSで共闘をうたう女性たちに救われ、自らも動画サイトを通じて女性の権利について発信を始めます。
ミクとチカは、力をあわせて女性の権利向上のための活動にまい進していきますが、自由気ままに生きるもうひとりの姉ウナが起業に励んでいる姿や、ミクと衝突した男子生徒が見せてくれた気遣いを素直に受け入れることができなかった自分に、ミクは次第にモヤモヤを募らせていきます。
映画『3653の旅』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督・脚本】
野本梢
【キャスト】
中村更紗、二田絢乃、卯ノ原圭吾、坂巻佑、鈴木達也
【作品概要】
10年前に東日本大震災で被災した幼なじみの女性2人を主人公に、それぞれの過去・未来への向き合い方と葛藤を描いた中編作品。
岩手県出身の女優・中村更紗が玲を、『優しさのすべて』の二田絢乃が凪役を、『ボクらのホームパーティー』の卯ノ原圭吾が祐太役を演じました。
映画『3653の旅』のあらすじ
東日本大震災から10年。石巻で被災した玲は育英金で都内の大学を卒業し、現在は埼玉県のリフォーム会社で働いています。
故郷で引きこもりがちな生活を送る年下の幼なじみ・凪を心配する彼女は、職場の後輩・祐太を連れて石巻を訪れます。
祐太が凪との仲を深めていく一方、玲は現在も行方のわからない母と過ごした日々を振り返ります。
執筆者:咲田真菜プロフィール
愛知県名古屋市出身。大学で法律を学び、国家公務員・一般企業で20年近く勤務後フリーライターとなる。高校時代に観た映画『コーラスライン』でミュージカルにはまり、映画鑑賞・舞台観劇が生きがいに。ミュージカル映画、韓国映画をこよなく愛し、目標は字幕なしで韓国映画の鑑賞(@writickt24)。