謎の巨人に立ち向かう風変わりな少女の成長を描き、世界が泣いたグラフィックノベル『I KILL GIANTS』を原作とした実写映画『バーバラと心の巨人』。
監督を務めたのは、本作『バーバラと心の巨人』が長編監督デビューとなるアンダース・ウォルター。
2018年10月12日(金)からの公開に先立ち、監督へのインタビューを行いました。
本作のプロデューサーであり、『ホーム・アローン』や「ハリー・ポッター」シリーズの監督としても知られるクリス・コロンバスとの関係や、少女の苦悩と再生の物語をどのような想いで描いたのか、ウォルター監督の真っすぐな言葉をお届けします。
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アンダース・ウォルター監督のプロフィール
1978年にデンマーク・オーフス生まれた映画監督、脚本家。
大手広告会社DDB Needhamでイラストレーターを始め、ニューヨークの美術学校スクール・オブ・ビジュアルアーツに入学。
短編映画『9 METER(原題)』(2012)が第85回アカデミー賞短編賞にノミネートされ、続く『HELIUM(原題)』(2013)は第86回アカデミー賞短編賞を受賞。The Dance Palaceスタジオの創立者。
これまで25作品以上の様々なデンマークアーティストのミュージックビデオを監督。
本作『バーバラと心の巨人』が長編映画デビュー作となります。
クリス・コロンバス(プロデューサー)のプロフィール
1958年アメリカ・ペンシルベニア州生まれ。ハリウッドを代表するヒットフィルムメーカーの一人。
『グレムリン』(1984)、『グーニーズ』(1985)の脚本家として一躍その名を知られるようになる。その後監督として『ホーム・アローン』(1990)、『ミセス・ダウト』(1993)をはじめ、「ハリー・ポッター」シリーズの第1、2作を制作。
その後もヒット作を数多く手掛け、プロデューサーを務めた『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』(2011)はアカデミー賞の作品賞を含む4部門にノミネート。
2013年に制作会社を設立し、『ウィッチ』(2015)、『パティ・ケイク$』(2017)、『Menashe(原題)』(2017)などを制作。
子どもは想像力とファンタジーで成長していく
──多感な10代の少女を主人公にした本作をテーマに選んだのはなぜでしょう?
もともと私は子どもたちが大好きです。子どもたちの、自身が抱える困難を乗り越えるために、想像力やファンタジーを使って、次のステップに進むという行動に興味がありました。
ファンタジーが彼らの心の痛みを取り除くというところに惹かれ、それは過去の短編作品でも描いていることです。
なぜかわからないですが、心の中で常に大切にしてきたことなので、今回もこういうテーマで作品を撮りました。
──主人公バーバラには、誰しも経験するような10代特有の自己愛や周囲と馴染めない様子が見られますが、監督自身はどのような10代を過ごしましたか?
監督になる前、イラストレーターとして漫画のイラストを描いていました。小さい頃からとにかく絵を描くことが好きでした。授業中も放課後も描いていたし、家に帰ってからもひたすら描き続けました。
あとは『AKIRA』など日本の漫画や、ヨーロッパの漫画を読んでいて、すごく影響を受けました。
一般的な10代の男の子のように女の子を好きだったけど、ただ、自分の世界に入って物語を作り上げることに夢中でした。
クリスへの猛アピールが実り監督に抜擢
──監督を務めた経緯を教えてください
クリス・コロンバスが本作の監督を探していた時に、私のエージェントが『HELIUM』(アカデミー賞短編賞を受賞した監督作)をクリスに送り、気に入ってもらえたのでミーティングをすることができました。
その頃同時に、もっとベテランの監督とも話し合っていたのを知っていましたが、おそらく断わられたか、話が中断したかで、クリス自身が監督を務めることも考えていたらしいです。しかしクリスはプロデューサーに専念することになり、監督を探していまいた。
『HELIUM』を気に入ってくれて、ミーティングをするうちに、お互いが目指しているものが似ていることがわかり、3、4か月かけてミーティングを繰り返しました。その間、クリスが監督を私に決めたという明確な瞬間はなかったけど、いろいろと本作に関するアイディアのメモを渡したりしていました。
参考映像:『HELIUM』(2013)
それから、本作をイメージした映像を、デンマーク(ウォルター監督の出身地)で、デンマーク人の役者を雇い、撮影しました。こういう作品にしたいという映像を作り、クリスに渡したところ、それを観たクリスが本当に驚いて、喜んでくれました。こういうイメージで作れるなら君に決めたということで、そこで初めて監督に確定しました。
なのですごく長い期間をかけてクリスを説得しました。私にとって初めての長編映画ですし、初めて英語で撮る作品でもあるので、クリスにとっては大きな賭けでもあります。私自身を、そして過去の作品を気に入ってもらえたけれども、なにより自分を信用してくれたことが、すごく嬉しいと思います。
──撮影時にクリス・コロンバスからアドバイスはありましたか?
ファンタジーやアクションの場面については特にアドバイスはありませんでした。クリスは『ハリーポッター』や『ホームアローン』を監督しているので、子どものキャスティングの経験が多く、その部分ではいろいろと助言をもらいました。
クリスは監督にあまり指示を出すタイプではなく、私自身にいろいろ決断させるように努めてくれました。クリス自身も監督の経験があるので、自分で決断して自信を付けることがいかに大切かということをわかっています。
ですから、撮影の度に考えを述べ、アイディアは出してくれますが、必ず決断は自分でするように言われていました。
編集の時もそうだけど、クリスはプロデューサーなので、好き嫌いはもちろん言ってきましたが、決断は私に任せてくれました。距離を置いて、いろいろと指導してくれる、自分自身のスペースを作らせてくれるような人でした。
初監督なので、まず自分の声を見つけて、それを信じることによって他とは違う良い作品ができるということをサポートしてくれました。
人間関係をしっかり描くことを心がけた作品
──初めての長編監督で特別意識したことはありますか?
本作がヒューマンドラマということを一番心がけました。
巨人が出てくるので、ビジュアル的にもエンタメ色の強い作品に仕上げることはできました。ただ、この脚本も原作もそうだけど、核となっているのはバーバラであり、彼女とまわりの人間関係。そこに私は恋をしたので、キャラクターと人間関係をしっかり描くように心がけました。
脚本も役者たちの演技にも、しっかりそれが表れ描写されるように、できるだけ深く掘り下げて、真実味のある作品に仕上げるように、初めての長編監督として意識しました。
──短編映画と比較して苦労した点はありますか?
英語は話せますが、第二言語なので、やはり言葉でニュアンスを伝えることが難しと感じました。それと、本作の脚本は素晴らしかったので、変える必要はありませんでしたが、もし変えることがあれば、言語に苦労したのかもしれません。
長編と短編で一番大きな違いは、プロダクションの大きさです。短編の時は私とプロデューサーの2人くらいしかいなかったけど、本作の場合はプロデューサーだけで6、7人。エグゼクティブプロデューサーが8人位いました。
予算も関係してくるので、いろいろな意見が飛び交うし、その場で議論も起こります。私は監督として、明確なビジョンを持っていないといけないし、意見が違う人に立ち向かい説得する強さも必要です。あまり傲慢になってはいけないけど、今回初めてそういう能力が求められました。
話し合いが多いことは大きなストレスにもなりますし、いろいろな人の面倒も見なければならないことが大変でした。
ただ、現場に入って役者やプロダクションデザイナーと向き合い、いざ撮影が始まると、短編の撮影と同じです。監督として、笑って泣いて怒って、良い映像が取れたら興奮して、というのは短編と変わりません。
撮影のエッセンス自体は同じですが、長編の場合は政治的な部分が多いので、そのあたりは苦労しました。
──巨人の秘密を明らかにするうえで心がけたことはありますか?
本作は、起きていることが空想なのか現実なのか、物語の終盤までわからないように描いているので、巨人の秘密をいつ明かすかということはすごく難しかったです。
監督に決まり、一番最初にやったのは、原作では序盤から登場するバーバラの空想の世界とわかる要素を排除するということでした。
そうすることによって、観客は巨人が出てきても、それが空想なのか現実なのかわからない。どっちなのか考えながらストーリーを追っていって欲しかったのです。
空想なのか現実なのかが最後までわからない部分が、この物語の一番チャーミングなところなので、そこはできるだけ守りながら描写するように気を付けました。
アイルランドの自然で神秘的な世界観を表現
──アメリカを舞台にしたことで、ロケ地選びに注意した点、大変だった点はありますか?
原作はロングアイランドが舞台ですが、予算的にその周辺でロケ地を探すのは無理でした。ヨーロッパの会社から出資を得られて、税金の関係でベルギーかアイルランドが一番安い予算でできるとわかったので、その辺りでロケ地を探しました。
予算的に選択肢はあまりなかったけど、アイルランドの自然はロングアイランドと似ていて、もちろんまったく同じではないけれど、うまく見せることはできたと思います。
なんとなくニューヨーク、ボストンの北のあたりかな?という予想はつくけれど、ここだと特定できない世界観を描けたので、バーバラの孤独感とうまくマッチさせられたと感じています。現実ではなくて神秘的な雰囲気のある場所、そういう所を探しました。
身近な女性の力を借りて成長するバーバラが素敵
──主人公のバーバラ、姉のカレン、友だちのソフィア、カウンセラーのモル先生、イジメっ子のテイラー。登場人物がすべて女性ということに意図はありますか?
アメリカでは今年初めに公開されて、日本ではこれから公開される本作。ある人に、これだけ女性が権利を主張している時代、そして「Me Too」ムーブメントが活発な時代に公開されたのは、すごく完璧なタイミングだねと言われました。
ただ、このプロジェクト自体、7、8年前から動いていて、今公開されていることはたまたまの偶然です。3年前に脚本を初めて読んだ時に、女性が主人公の物語ということで、すごく惹かれた部分はあります。それまでの短編作品が、男性メインのストーリーが多かったので、今回のように5人の女性を理解して掘り下げていくということは、とても楽しい行為ではありました。
『ワンダーウーマン』のような映画も好きだけど、そういう映画に出てくる女性はあまりにも完璧で磨かれすぎています。だれもがあんな風にはなれないですよね。戦ってゴミ一つ付かない髪の毛なんてないと思いますよ。
バーバラが素敵なところは、強い女の子で個性的な性格だけど、自分の置かれている困難な状況から抜け出すために、周りの女性の力を借りて抜け出すというところがおもしろいと思いました。男性の力はまったく借りていません。
私の母親は20年間一人で住んでますし、姉もいるので、周りの女性を見ていてわかるのは、女性同士はすごく助け合って生きているということです。互いに助け合いながら強く生きているところに共感して、今回の作品を描くに至りました。
アンダース・ウォルター監督の淀みなく穏やかに発せられる言葉から、本作の主人公バーバラという思春期の少女の成長をどれだけ丁寧に描いたかが伝わってくるインタビューでした。長期間かけてプロデューサーのクリス・コロンバスの心を掴み実現した長編監督デビュー。映画『バーバラと心の巨人』は、2018年10月12(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショーです。
映画『バーバラと心の巨人』の予告編
映画『バーバラと心の巨人』の作品情報
【公開】
2018年(アメリカ映画)
【原作】
『I KILL GIANTS』J.M.ケン・ニイムラ(画)、ジョー・ケリー(作)
【原題】
I KILL GIANTS
【監督】
アンダース・ウォルター
【製作】
クリス・コロンバス
【キャスト】
マディソン・ウルフ、ゾーイ・サルダナ、イモージェン・プーツ
【作品概要】
『ハリー・ポッターと賢者の石』『ハリー・ポッターと秘密の部屋』の監督として知られるクリス・コロンバスが見出した感動のグラフィックノベルを映画化。
原作は『ベイマックス』のキャラクターを手掛けたジョー・ケリーと、日系のイラストレーター、ケン・ニイムラによるグラフィックノベル「I KILL GIANTS」。外務省主催の第5回国際漫画賞最優秀賞受賞(2012)作品。
監督は『HELIUM』で第86回アカデミー賞短編賞を受賞したアンダース・ウォルターが務め、本作が初の長編監督作。
ヒロインのバーバラを演じたマディソン・ウルフは本作でその演技を絶賛され、将来有望な若手女優の仲間入りを果たし、共演にはゾーイ・サルダナ、イモージェン・プーツら人気実力派女優が抜擢され、多感な少女の世界を温かく包み込んでいる。
映画『バーバラと心の巨人』のあらすじ
ウサギの耳を頭に付けたちょっと風変わりな少女バーバラは、実は“巨人ハンター”で町に巨人が襲来する日が近いことに気づいていました。
巨人襲来を誰も信じないことはバーバラ自身もわかっているので、自分の殻に閉じこもり孤立しています。
仕事と家事で忙しい姉のカレンは、そんなバーバラの言葉に耳を貸す余裕などありませんでした。
ある日、バーバラが巨人の襲来に備えて仕掛けた罠を見回りしていると、イギリスから越してきたソフィアが話かけてきますが、巨人の気配や予兆を遠ざけることに忙しいバーバラは、ソフィアを頑なに拒絶します。
学校でも孤立するバーバラは、イジメっ子のテイラーから目を付けられていました。バーバラの行動を心配するスクールカウンセラーのモル先生にも心を開かず、交流を拒むバーバラ。
こりずに話しかけてくるソフィアに巨人について話すと、半信半疑ながらも真剣に聞く姿に少しずつ心を開き始めます。
しかし姉のカレンやモル先生、初めて友達になったソフィアでさえも、すぐそこに迫る巨人の存在を信じようとせず、「現実から目をそらすな」と言うばかりです。
そして遂にバーバラの目の前に巨人が現れます。果たして巨人がバーバラにもたらす試練とは…。
まとめ
ハリウッドを代表するヒットメーカーであるクリス・コロンバスの信頼を勝ち取り、マディソン・ウルフ、ゾーイ・サルダナといった人気女優をキャストに迎えて長編デビューを飾ったアンダース・ウォルター監督。
バーバラが生きる幻想的な世界を見事にスクリーンに再現し、バーバラと登場人物一人一人との関係をじっくり温かく描くことで、人気グラフィックノベル『I KILL GIANTS』の世界観を決して壊すことなく、実写化を成し遂げました。
ウォルター監督が静かに紡ぎだす言葉の誠実さは、インタビューでより強調されていたように感じます。
きっと誰もが幼い頃に周囲となじめない孤独感を味わい、現実と向き合えず空想の世界に居場所を求めたことがあるのではないでしょうか。
それを乗り越えて大人になった人にも、それはまだ先になりそうな人にも、オススメの作品です。