ジム・ジャームッシュ監督ゾンビを撮る。映画『デッド・ドント・ダイ』の魅力
アメリカの田舎町に突如現れたゾンビと、町にいるたった3人の警察官の戦いを軸に、群像劇が展開される映画『デッド・ドント・ダイ』。
カンヌ国際映画祭の常連として知られる、鬼才ジム・ジャームッシュが、新境地としてゾンビ映画に挑んだことでも話題の、本作の魅力を紹介します。
ジャームッシュ作品常連のマーレイ、ジャームッシュ組参加となるドライバーのほか、ティルダ・スウィントン、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、イギー・ポップらが顔をそろえる。2019年・第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。
映画『デッド・ドント・ダイ』の作品情報
【日本公開】
2020年公開(アメリカ映画)
【原題】
The Dead Don’t Die
【監督・脚本】
ジム・ジャームッシュ
【キャスト】
ビル・マーレイ、アダム・ドライバー、ティルダ・スウィントン、クロエ・セヴィニー、スティーヴ・ブシェミ、ダニー・グローヴァー、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ロージー・ペレス、イギー・ポップ、サラ・ドライバー、RZA、キャロル・ケイン、オースティン・バトラー、ルカ・サバト、セレーナ・ゴメス、トム・ウェイツ
【作品概要】
アメリカの田舎町、センターヴィルを舞台に、ゾンビに挑む警察官の戦いを描いたホラー・コメディ。
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1986)や『ブロークン・フラワーズ』(2006)などで知られる、ジム・ジャームッシュが、ジャームッシュ作品常連のビル・マーレイや、『パターソン』(2016)にも出演したアダム・ドライバーなど、実力派俳優を迎え、ゾンビ映画に挑んだ意欲作。
イギー・ポップや、サラ・ドライバーなど、大御所がゾンビとして登場していることでも話題になっています。
映画『デッド・ドント・ダイ』のあらすじとネタバレ
アメリカの田舎町センターヴィル。センターヴィルの警察官、クリフとロニーは、小さな町をパトロールしていました。
この日も、森の中で暮らす風変わりな男ボブが、農場を営むフランクの鶏を盗んだと通報を受けます。クリフはボブから事情を聞き出そうとしますが、逆に猟銃で威嚇射撃をされ逃げ出します。
ロニーはボブの行動を問題視しますが、クリフはボブを古くから知っており「問題ない」と放置し、逆に通報者のフランクに対して「ろくでもない奴」と言い放ちます。
センターヴィルでは、原因不明の白夜が続いており、磁場が狂っているらしく、全ての時計が止まっていました。
また、数日前から鳥や猫などの動物が、町から姿を消しています。警察署に戻ったクリフとロニーは、女性警官のミンディと町の異変について話します。
ロニーは「悪い結末の予感がする」と語ります。また、葬儀屋に突然現れた正体不明の女性、ゼルダも「不可解な人物」として話題になっていました。
その夜、月は紫の光を放ち、不気味に輝いていました。その光に呼応するように、墓から男女2人のゾンビが蘇り、町にある唯一のダイナーを襲います。
ゾンビはダイナーの従業員2人を襲った後、ダイナーに置かれたコーヒーを飲み始めます。
次の日、ダイナーの常連客、ハンクの通報を受けたクリフは、ダイナーに駆け付け、酷い状態の死体を目にします。
そこへ遅れて駆け付けたロニーは「これは、ゾンビだ」とクリフに伝えます。
クリフとロニーは、町の住人に警戒するように伝えて回りますが、クリフはフランクだけ無視しようとします。
そこへ、都会からゾーイ、ジャック、ザックの3人の若者が、センターヴィルへやって来ます。
3人の若者は、町でガソリンスタンドを営むオタク青年、ボビーを小馬鹿にするなど、センターヴィル全体を下に見ている態度を取っており、ロニーの「夜に外へ出てはいけない」という忠告も、あざ笑うように受け流します。
その夜、月の妖しい光はさらに強くなり、墓から大勢のゾンビが蘇りました。ゾンビの大群は、何かを求めるように墓場から町へと降りて行きます。
映画『デッド・ドント・ダイ』感想と評価
アメリカの田舎町を舞台に、突然蘇ったゾンビによる、パニックを描いた映画『デッド・ドント・ダイ』。
近年のゾンビものでは、ゾンビが発生した原因が何かしらのウィルスだったり、ゾンビが走ってきたりするのが定番となっています。
『デッド・ドント・ダイ』では、ゾンビが発生した原因が明確になっておらず、突然、墓から出て来たゾンビが、ゆっくりと歩き回るという、ジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』を彷彿とさせる、王道的なゾンビ映画となっています。
本作の監督、ジム・ジャームッシュは「ゾンビ」というジャンルを新たに開拓するのではなく、建て増しをすることを考え、王道的なゾンビの表現になったことを語っています。
ですが、本作のゾンビが他と違うのは、生きていた頃に執着していた物に、死んだ後も縛られている点です。
一番最初に出現したゾンビはコーヒーを求め、他にはスポーツやファッション、Wi-Fiを求めて彷徨うゾンビもいます。
とはいえ、ゾンビたちはキッチリと人を襲う為、笑ってはいられないのですが、何故、このようなユニークなゾンビが登場したのかは、本作の登場人物、世捨て人のボブの視点で明らかになります。
ボブは、世間から離れ森の中で生活している変わり者で、ゾンビ騒動の一部始終を覗く傍観者です。
ボブからすれば、消費社会の中で生活し、物欲にまみれた世間の人間の方が異常で、彼からすれば生者もゾンビも変わらない、自分の欲にまみれた怪物なのです。
本作でゾンビは発生した理由は謎と前述しましたが、アメリカの企業がある工事を始め、それが原因で地軸がズレたことが原因らしい、という事は語られます。
このことが事実であれば、欲や利益にまみれた工事が、ゾンビを発生させたこととなり、世界に蔓延する物欲主義が原因であるといえます。
実は、この「物欲にまみれた世界の危険性」が、ジム・ジャームッシュが本作に込めたテーマであり、警告でもあると語っています。
ジョージ・A・ロメロのゾンビは、差別問題、階級制度などへの批判が込められていましたが、『デッド・ドント・ダイ』では、消費社会や物欲主義という大きな問題を、ゾンビ映画で表現し、かなり直接的なメッセージで語られています。
本作はゾンビ映画ではあるのですが、ゾンビの頭を飛ばしても、血ではなく黒い煙が出るなど、直接的な残虐表現は抑えられています。
また、ビル・マーレイやアダム・ドライバーの、いい意味で力を入れていない演技が、全体的にユルイ感じを出しており、どちらかというとコミカルで、決して恐怖を感じる作品ではありません。
本作はリラックスしながら楽しめ、ジム・ジャームッシュからの、警告ともいえるメッセージに、最後は別の意味で怖くなる、他に無い唯一のゾンビ映画となっています。
まとめ
本作はコメディ映画なので、直接的な残虐表現も少なく、何も考えずに楽しめる作品です。
警告ともいえるメッセージが込められていますが、ジム・ジャームッシュは「説教くさい作品にしない」という部分を心掛けました。
その為、いろいろとお遊びの場面があり、例えばアダム・ドライバーが演じるロニーの車のキーに、「スターウォーズ」シリーズの戦艦、スターデストロイヤーのキーホルダーが付いていたり、ゾンビに追い詰められて車に籠城したクリフとロニーが、本作の脚本について話し始めたり、いわゆる第四の壁を無視したネタも満載です。
物語の鍵を握っていると思われたゼルダが、いきなりUFOに乗って立ち去る辺りも、状況が全く飲み込めず笑うしかありませんでした。
とにかく遊び心満載なので、よっぽどゾンビが苦手な方でなければ、肩の力を抜いて楽しんでいただきたい作品です。