ホロコーストを生き延びたピアニストの姿を描いたヒューマンドラマ『戦場のピアニスト』。
ロマン・ポランスキーが脚本・監督を務めた、2002年製作のフランス・ドイツ・ポーランド・イギリス合作の戦争ドラマ映画『戦場のピアニスト』。
ナチス・ドイツ侵攻下のポーランドで生きた、実在のユダヤ系ポーランド人ピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの回想録を映画化した物語とは、具体的にどんな内容だったのでしょうか。
国家社会主義ドイツ労働者党を率いるドイツ国が、ユダヤ人などに対して組織的に行った、絶滅・大量虐殺政策「ホロコースト」を生き延びたピアニストの姿を描いた、ヒューマンドラマ映画『戦場のピアニスト』のネタバレあらすじと作品情報をご紹介いたします。
CONTENTS
映画『戦場のピアニスト』の作品情報
【公開】
2003年(フランス・ドイツ・ポーランド・イギリス合作映画)
【原作】
ウワディスワフ・シュピルマンの回想録
【脚本・監督】
ロマン・ポランスキー
【キャスト】
エイドリアン・ブロディ、トーマス・クレッチマン、エミリア・フォックス、ミハウ・ジェブロフスキー、エド・ストッパード、モーリン・リップマン、フランク・フィンレイ、ジェシカ・ケイト・マイヤー、ジュリア・レイナー、ワーニャ・ミュエス、トーマス・ラヴィンスキー、ヨアヒム・パウル・アスベック、ポペック、ルース・プラット、ロナン・ヴィバート、ヴァレンタイン・ペルカ
【作品概要】
『フランティック』(1988)や『ナインズゲート』(1999)、『ウィークエンド・チャンピオン~モンテカルロ1971~』(2013)などを手掛けた、ロマン・ポランスキーが脚本・監督を務めたフランス・ドイツ・ポーランド・イギリス合作の戦争ドラマ作品です。
原作は、ユダヤ系ポーランド人ピアニストのウワディスワフ・シュピルマンの回想録で、カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作品でもあります。
主演を務めるのは、『キング・コング』(2005)や『プレデターズ』(2010)、『エア・ストライク』(2018)などに出演するエイドリアン・ブロディです。
映画『戦場のピアニスト』のあらすじとネタバレ
1939年、ポーランド・ワルシャワ。ユダヤ系ポーランド人ウワディスワフ・シュピルマン(ウワディク)は、ピアニストとして活躍していました。
しかしその年の9月、第二次世界戦が勃発し、ナチス・ドイツ軍はポーランドに侵攻を開始。シュピルマンがスタジオでレコーディングしていたラジオ放送局が、突如襲来したナチス・ドイツ空軍の爆撃によって被害を受けてしまいました。
何とかスタジオを脱出したシュピルマンは、ポーランド人の友人ユーレクの妹ドロタと出会い、以降僅かばかりですが、自身のファンである彼女と友好関係を築いていきます。
その後、帰宅したシュピルマンは、イギリスのBBC放送で「イギリスとフランスがナチス・ドイツ軍に宣戦布告したから、もうポーランドは孤立していない」と聞き、第二次世界大戦が早期に集結すると信じて家族と共に喜びました。
しかし、ワルシャワは侵攻してきたナチス・ドイツ軍によって占領されてしまい、国家社会主義ドイツ労働者党の組織「親衛隊(SS)」やナチ体制下のドイツの警察組織「秩序警察」の過激な弾圧によって、ワルシャワで暮らすユダヤ人の生活は悪化していきます。
ユダヤ人が持てる現金は各家庭2,000ズロチ(日本円で約57,600円)以下に制限されるだけでなく、ユダヤ人の各家庭を回り金になる物は全てナチス・ドイツ軍が没収。
喫茶店もワルシャワ内の公園も、ユダヤ人は立ち入ることすら許されません。さらに1939年12月1日以降、ワルシャワに住む12歳以上のユダヤ人は全員、外出時にユダヤ教あるいはユダヤ人の象徴であるダビデの星が印刷された腕章をつけることが義務付けられていきました。
腕章をつけたユダヤ人は、街中ですれ違うSSに頭を下げなければ暴力を振るわれ、道路と舗道の間の溝しか歩くことを許されなかったりして、街中を自由に歩くことも出来ません。
そして1940年、ワルシャワ地区の長官フィッシャーの命令により、ワルシャワ地区やワルシャワ市内に住むユダヤ人は36万人全員、10月31日までにユダヤ人隔離居住区「ワルシャワ・ゲットー」に移り住むことを義務付けられてしまいます。
1940年10月31日、シュピルマンは沿道に駆けつけたドロタと別れの挨拶をし、家族や他のユダヤ人たちと一緒に、ワルシャワ・ゲットーに引っ越しました。
しかし、他の街と完全に隔離されてしまっているワルシャワ・ゲットー内での生活は、飢餓やSSによる迫害に苦しみ、日々死の恐怖に脅かされていました。
そんな日々の中、ユダヤ人たちの間では、「ドイツ人のために働いているという“雇用証明書”がない者は、東部の労働収容所へ送られる」という噂が出回っていました。
シュピルマンは知り合いの伝手を頼り、家族の中で唯一雇用証明書が取得できなかった父親の雇用証明書を入手することが出来ました。
1942年8月16日。シュピルマンの努力も虚しく、シュピルマンとその家族、選別されたユダヤ人の負傷者・女子供・老人は、ナチス・ドイツ軍への労働奉仕のため、絶滅収容所(アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所・ヘウムノ強制収容所・ベウジェツ強制収容所・ルブリン強制収容所・ソビボル強制収容所・トレブリンカ強制収容所の6つの強制収容所を指す言葉)行きの家畜用列車に乗せられてしまいます。
ところがシュピルマンだけ、知り合いのユダヤ人ゲットー警察署長ヘラーの機転で救われ、その場を逃れることが出来たのです。
家族は皆絶滅収容所行の家畜用列車に乗せられ、1人残されたシュピルマンは自分と同じように移送されず、労働力として残された成人男性たちに交じり、ゲットー内で強制労働を課せられました。
映画『戦場のピアニスト』の感想と評価
ナチス・ドイツに迫害されるユダヤ人
第二次世界大戦が勃発し、ナチス・ドイツ軍に占領されてしまったポーランド。そこで暮らすユダヤ人は、ナチス・ドイツ軍から迫害される地獄の日々を送る羽目になります。
これまで、あらゆる作品でナチス・ドイツ軍によるユダヤ人への迫害・大量虐殺が描かれてきましたが、本作はユダヤ人が再び自由を手にするまでの間、彼らがいかにして地獄のような苦しみを味わい続けてきたかをより重くリアルに描かれていました。
各家庭で所有していい金が制限されたことで、徐々に食料が自由に買えなくなっていき、飢餓に苦しむ日々。街では飢餓に苦しみ、死んだユダヤ人の遺体が転がったまま放置されています。
それに加え、ユダヤ人は住む場所も決められていました。隔離された居住区から街に出れたとしても、ナチス・ドイツ兵に暴力を振るわれてしまい、外を自由に歩くこともままなりません。
地獄のような日々を耐え忍んだとしても、待っているのは凄惨な死か強制労働かしかないなんてあまりにも酷すぎますし、自由を奪われ迫害され殺されてしまうユダヤ人の姿は、思わず画面から目を背けてしまいたくなるほど辛く悲しいです。
中でもシュピルマンは、家族と離れてしまっただけでなく、自分の知らないところで友人が死んでしまい、助けてくれた他の友人もナチス・ドイツ軍に捕まり、1人街に取り残されてしまいます。
ナチス・ドイツ軍に見つからないように生き延びるだけでも大変なのに、その上で孤独とも戦わなければならないなんて、シュピルマンが不憫で仕方ありません。
シュピルマンを助けた協力者たち
ナチス・ドイツ軍からの迫害を何とか耐え凌ぎ、ゲットーの外へ脱出して以降、シュピルマンはさまざまな人たちに助けられながら、逃亡生活を送っていきます。
古い友人の歌手ヤニナとその夫アンジェイ。2人は隠れ家と食料を提供してくれましたが、ヤニナが捕まってしまったことで、アンジェイが逃亡してしまい、1人取り残されてしまったシュピルマンは隣人に存在を知られてしまって、危うくナチス・ドイツ軍に捕まってしまうところでした。
友人の妹ドロタとその夫ミルカ、2人は隠れ家と食料を提供してくれただけでなく、内臓疾患で死にかけたシュピルマンを助けてくれました。
この4人の協力者の存在があっただけでも、シュピルマンの傷ついた心を癒し、安住の地を手にいれたことへの喜びを感じられたことでしょう。
ただもう1人、シュピルマンを助けてくれた人がいます。それは物語の終盤、本当に孤独と飢餓に苦しみ、生きているのが不思議なくらい衰弱したシュピルマンを救ってくれたドイツ陸軍将校のヴィルム・ホーゼンフェルト陸軍大尉です。
ホーゼンフェルトはドイツ人、シュピルマンはユダヤ系ポーランド人と敵同士の2人。ところがホーゼンフェルトは、シュピルマンの素性を知ってもなお、罵倒したり迫害したりしません。
むしろホーゼンフェルトは周囲には内緒で、シュピルマンに食料を与え続けてくれただけでなく、寒さに震える彼に自身のオーバーコートを与えました。
ホーゼンフェルトとシュピルマンの奇跡的な出会い、これがあったからこそ、シュピルマンは終戦後もピアニストとして生きていくことが出来ました。
まとめ
ナチス・ドイツ占領下のポーランドを舞台に、地獄のような日々を生き抜こうと奮闘するユダヤ人と、ユダヤ系ポーランド人のピアニストの姿を描いた、フランス・ドイツ・ポーランド・イギリス合作の感動のヒューマンドラマでした。
エンドロール前の映像では、シュピルマンを助けてくれたホーゼンフェルトが1952年、ソ連の戦犯捕虜収容所で死亡したこと。
ホーゼンフェルトのおかげで生き延びることが出来たシュピルマンが、終戦後もワルシャワで暮らし、2000年7月6日に88歳で他界したことがテロップで流れています。
もしあの時、シュピルマンの同僚のバイオリニストが、ホーゼンフェルトの名前をちゃんと聞き取っていれば、ホーゼンフェルトは助かることが出来たのかもしれません。
そうすればホーゼンフェルトとシュピルマンが無事再会し、シュピルマンのピアノ演奏をホーゼンフェルトが鑑賞する姿が見られたのではないでしょうか。そんな2人の今後が見たかった人も多いことでしょう。
ホロコーストを生き抜くユダヤ系ポーランド人のピアニストと、ドイツ陸軍将校の出会いが感動を生むヒューマンドラマ映画が観たい人に、とてもオススメな作品です。