ホロコーストの真実を伝えた2人のユダヤ人を描く衝撃の実話
映画『アウシュヴィッツ・レポート』が、2021年7月30日(金)より新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。
ホロコーストから逃れた2人のユダヤ人による、アウシュヴィッツの信じられない実態をまとめたレポートが12万人の命を救ったという実話を、ネタバレ有りでレビューします。
映画『アウシュヴィッツ・レポート』の作品情報
【日本公開】
2021年(スロバキア・チェコ・ドイツ合作映画)
【原題】
Správa(英題:The Auschwitz Report)
【監督・共同脚本】
ペテル・ベブヤク
【脚本】
トマーシュ・ボンビク
【製作】
ラスト・シェスターク
【キャスト】
ノエル・ツツォル、ペテル・オンドレイチカ、ジョン・ハナー、ボイチェフ・メツファルドフスキ、ヤツェク・ベレル、ヤン・ネドバル、フロリアン・パンツナー、ラース・ルドルフ
【作品概要】
第二次世界大戦時、アウシュビッツ強制収容所を脱走した2人の若いスロバキア系ユダヤ人のレポートによって、12万人のユダヤ人の命が救われた実話を映画化。
脱走する2人を『オフィーリア 奪われた王国』(2018)のノエル・ツツォル、新人のペテル・オンドレイチカが演じるほか、2人を救済する赤十字職員役を「ハムナプトラ」シリーズ(1999~2008)のジョン・ハナーが演じます。
第93回アカデミー国際長編映画賞のノミネート作品選考に際し、スロバキアの代表作品に選出されました。
クライムスリラー『THE LINE』(2017・日本未公開)が、やはりアカデミー賞国際長編映画賞のスロバキア代表に選ばれた実績を持つペテル・ベブヤクが、監督と脚本を務めます。
映画『アウシュヴィッツ・レポート』のあらすじとネタバレ
1944年4月7日、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所。
収容所の脱走に失敗した囚人が、雨が降る中、見せしめとして首を括られ、ぶら下がっています。
息絶える寸前、囚人でスロバキア系ユダヤ人のアルフレートは目を覚まします。自分が首を吊られていた夢を見ていたのです。
遺体の記録係をしているアルフレートと仲間のヴァルターは、毎日多くの同胞が殺される過酷な強制収容所の実態を母国に伝えて爆撃してもらおうと、脱走の準備を進めていました。
日が暮れるのを待ち、2人は同じ9号棟の囚人の手を借り、積み上げられた木材の下に掘った穴の中に隠れます。
その夜、囚人の点呼で2人が行方不明であることが分かった司令官のシュヴァルツフーバーは、2人が見つかるまで9号棟の囚人全員を外で立たせた上に、点呼責任者の囚人を撲殺。
脱走2日目、2人は静かに脱走する機会を待つも、その間も9号棟の囚人は寒空の下で立たせられたまま。
囚人の1人で修道士のパヴェルは、密かに棟に戻ってパンを持ち出し、仲間に与えます。
その様子に気づいた伍長のラウスマンはパヴェルを連れ出し、2人の行方を吐けば解放すると脅すも、「ここにいる方が早く死ぬ」とそれを拒絶するのでした。
その夜、新たな収容者が列車で運ばれ、逃げ惑う者は射殺されます。
痺れを切らしたラウスマンは、一人の女性囚人を連れ出し、彼女の父親に2人の行方を吐かそうとするも失敗、女性を射殺します。
娘を殺され泣き喚く父親に、「あれはお前の娘じゃない!」と別の囚人が必死に説き伏せるのでした。
脱走3日目、体力の限界が近づいた9号棟の囚人たちの中には、力尽きてしまった者も。
ラウスマンは一人の囚人を「笑ったな?」と引っ張り出し、銃口を向けるも、逆に飛びかかられ、慌てて引き金を引きます。
無抵抗の囚人に襲い掛かられた動揺を抑えるべく、タバコに火を点けるラウスマンの手は震えていました。
夜が明け、アルフレートとヴァルターは積み重なった木材をなんとかずらして、ついに収容所を脱走。
山林を歩き続け国境へと向かうも、激しい疲労に襲われ、アルフレートは足を負傷してしまいます。
そこへ、森を歩いていた女性に姿を見られますが、食料と靴を恵んでもらい、その後、彼女の知人男性の案内でスロバキア国境へと歩を進めました。
脱走11日目、ひたすら歩き続ける2人は、何度も倒れつつも一軒家を見つけた途端、その場に突っ伏します。
アルフレートが目覚めたのはベッドの上で、リビングに入ると、見知らぬ老夫婦とヴァルターが食事を摂っていました。
家の老夫婦はナチスに対抗するパルチザンと通じていたのです。
やがて赤十字の職員が現れ、2人は車で支部があるスロバキアのジリナへと向かいます。
映画『アウシュヴィッツ・レポート』の感想と評価
ナチスドイツによるホロコーストがテーマの映画は、毎年のように製作・公開されています。
2021年にも、数々の作品が日本公開されますが(後述)、本作『アウシュヴィッツ・レポート』もその一本となります。
1944年4月10日に、アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所から脱走したユダヤ人囚のアルフレートとヴァルターが、収容所の実態を32ページにも渡るレポートにまとめ、連合軍に報告。
このレポートを受け、同年7月、ハンガリー政府は連合国からの圧力を受けてハンガリー系ユダヤ人の強制移送が中止となり、約12万以上の人命を助けることとなった実話を描きます。
ただし、ポーランドやフランスといった他国のユダヤ人は変わらずアウシュヴィッツに移送され続け、かつ劇中でも触れているように、国際組織の赤十字内部にいたナチス関係者らの情報操作により、ホロコーストを完全に阻止することはできませんでした。
もし赤十字がもっと早くに動いていれば、もし連合国がもっと早くにレポートを受け取っていたら、もっと多くの人命が救われたはずだったのに…。
戦後も、赤十字や、アウシュヴィッツに収容される対象者だったカトリック聖職者たちの中にも、ナチ党員の逃亡を支援していた者もいたとされています。
伝えるべき情報が伝わらず、いつの間にか誤った情報が情勢を動かしていた…リアルニュースがフェイクニュースに取って代わられてしまうのは、今に始まったことではなかったのです。
過去を教訓にできない現代への警鐘
序盤でのアルフレートが首を吊られる悪夢から、脱走したアルフレートとヴァルターが恐怖と不安に苛まれる中盤の逃走劇、そして随所に挿入されるナチスの鬼畜の所業など、ショッキングかつスリリングなシーンが目を引く本作。
こうした描写は、母国スロバキアでホラーやスリラー作品をメインに撮ってきたというペテル・ベブヤク監督ならではと思われますが、特筆すべきなのはクライマックスでしょう。
脱走した2人が、赤十字社のウォレンにアウシュヴィッツの実態を独白する様をワンショット長回しで捉えることで、観る者にも緊張感を与えます。
しかしながら、本作の一番の肝は最後の最後、つまりエンドクレジットにあります。
というのも、エンドクレジットでは劇伴の代わりに世界各国のポピュリストのスピーチが流されますが、どれも移民、難民、宗教、人種、異性、障がい者、LGBTQ+などを差別・敵視する内容で占められています。
冒頭に提示される、哲学者で詩人のジョージ・サンタヤナの言葉「過去を忘れる者は、必ず同じ過ちを繰り返す」が意味するものが、ここでようやく分かるのです。
ベブヤク監督は、本作を撮った理由の一つに、スロバキアを含む世界の状況も絡んでいると語ります。
前アメリカ大統領が移民排斥を訴えれば、スロバキアでも議席の一角を獲得した極右政党がホロコーストの存在を否定するなど、国を動かす者がヘイトスピーチをしてしまう現代。
世界はアウシュヴィッツから何も学んでいない。今もなお、ファシズムやヘイトクライムは続いているではないか――ベブヤク監督の痛烈なメッセージがそこにあります。
まとめ
2021年7月から8月にかけて、日本ではナチス・ホロコーストテーマの作品が集中して公開されます。
ナチス残党を狩るユダヤ人たちを描く『復讐者たち』(7月23日公開)に、ナチスに抗った著名パントマイムアーティストの知られざる実話『沈黙のレジスタンス ユダヤ孤児を救った芸術家』(8月27日公開)、そしてホロコーストに加担したノルウェーの罪を映像化した『ホロコーストの罪人』(8月27日公開)。
いずれの作品も根底のテーマこそ共通ですが、本作『アウシュヴィッツ・レポート』を含めて、四者四様の切り口となっています。
過去の史実を描く映画は、立派なレポートとなり得ます。これら4つのレポートを、現代・未来への教訓にしてはいかがでしょうか。