たった1秒だけ映し出されているという娘の姿を追い求めるひたむきな父の愛とチャン・イーモウ監督の映画への愛に溢れた傑作ドラマ
『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』は、3度米アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされ、北京2022冬季オリンピック・パラリンピックで開閉会式の総監督も務めた巨匠チャン・イーモウ監督が長年あたためていた感動作。
チャン・イーモウ監督の過去の名作『初恋のきた道』(2000)や『妻への家路』(2015)を彷彿させるようなエモーショナルなヒューマンドラマです。
文化大革命時代の中国。フィルムの中にたった1秒だけ映し出されているという娘の姿を追い求め、強制労働所を脱走し、逃亡者となりながらフィルムを探し求める男。
その男が出会ったのは弟と2人で孤独に生きる孤児の少女でした。
思いがけない2人の出会いを通して描かれるのは、普遍的な父の娘への愛、そして映画に熱狂していたあの時代に対する監督の思いです。
CONTENTS
映画『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』の作品情報
【日本公開】
2022年(中国映画)
【英題】
ONE SECOND(原題:一秒钟)
【監督・共同脚本】
チャン・イーモウ
【脚本】
ヅォウ・ジンジー
【出演】
チャン・イー、リウ・ハオツン、ファン・ウェイ
【作品概要】
『活きる』(2002)などのチャン・イーモウ監督が長年あたためて映画化した映画『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』。
共同脚本を務めたのは、チャン・イーモウ監督の『単騎、千里を走る。』(2005年)やウォン・カーウァイ監督の『グランド・マスター』(2013年)などを手がけたヅォウ・ジンジーです。
娘を一目見るため、フィルムを探し求める逃亡者役は、『オペレーション:レッド・シー』(2018)で主演のチャン・イーが務めました。孤児の少女役を演じたのは本作がデビューとなったリウ・ハオツン。
映画『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』のあらすじとネタバレ
文化大革命まっただなかの1969年、中国。砂漠の中を歩く一人の男(チャン・イー)。
男は造反派と喧嘩をしたことが原因で強制労働所で働かされていましたが、娘が映画と共に上映されるニュース映画22号に出演していると手紙で知り、一目でも娘の姿が見たいと強制労働所を抜け出し逃亡者となってフィルムを探し求めているのでした。
逃亡者がたどり着いた村では、映画の上映が終わった直後で大勢の人々が会館から出てきます。その様子を男は影からひっそりと見ています。
逃亡者は、食堂で食事をする映写技師のファン電影(ファン・ウェイ)が外に出てきた隙に話しかけ、次の上映予定の村はどこか聞き出します。
そのまま様子を見ていると、一人の孤児がフィルムの積んであるバイクに近づき、その中からフィルムの缶を一つ盗み逃げ出す姿を目撃します。
慌てて追いかけ、フィルムを孤児から取り上げた逃亡者ですが、戻ってみるとファン電影と荷物運びのヤンはすでに発ったあとでした。
フィルムを届けようと砂漠を歩き始めた逃亡者の後を孤児がついて行きます。そして様子を見て背後から逃亡者を殴った孤児はフィルムを奪って逃亡してしまいます。
気を失っていた逃亡者が気づくとそこに孤児の姿はありませんでした。砂漠の中を歩き疲弊した逃亡者の後ろから一台の車がやってきます。
車に乗せてもらった逃亡者はその先に孤児を見つけ、運転手にあの孤児を乗せさせるため、彼女は家出した娘だと嘘をつきます。
逃亡者が嘘をついたことを知った孤児は、父親が愛人を作って自分と弟を捨てた、母も死んでしまって、父は自分達を見捨てたと話します。
更に進んで村に向かっていると、フィルムを運んでいたヤンに出会います。
ヤンにフィルムを届けようと車から降りた逃亡者ですが、こっそり孤児がフィルムを逃亡者から奪いその鞄の中は空でした。
フィルムを届けられなかった男は村に辿り着きます。村ではファン電影が歓迎され、皆が映画の上映を心待ちにしている様子が伺えます。
ファン電影を追って食堂に入った逃亡者は、食堂の中に孤児がいることを見つけ、ファン電影にフィルムを届けます。
ファン電影は逃亡者を怪しみ、なぜフィルムを持っているのか、2人はどういう関係かと問い詰めます。
フィルムを返したんだから関係ないと逃亡者は言いますが、怪しむファン電影は逃亡者を保安局に渡そうとします。
すると、逃亡者は娘がニュース映画に出ていると手紙で知りどうしても見たくてやってきたと言い、信じないファン電影に手紙を見せます。
その頃外で人々の騒ぐ声が聞こえ、「ファン電影!」と呼ぶ声がします。慌てて外に出ると、馬車に積まれたフィルムの一つが地面にばら撒かれ、泥だらけになってしまっていたのです!
しかもそのフィルムは逃亡者が探し求めていたニュース映画22号だったのです。
映画『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』の感想と評価
娯楽とプロパガンダ
文化革命時代の中国。舞台は広大な砂丘の広がる中国西北部です。
果てしなく続く砂丘の中を、歩く一人の男の姿をとらえた場面から始まる映画『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』。
チャン・イーモウ監督の公式コメントには「映画を愛するすべての人に捧げる作品」と述べられています。
定期的にやってくる映画の上映を楽しみに村中の人々が押し寄せ、主題歌を共に歌い、涙を浮かべる姿は娯楽がなかった時代、人々にとって映画を見るという体験が持つ意味の大きさを感じさせます。
本作にはチャン・イーモウ監督が体験した感動と興奮、映画への愛が詰まっていると同時に、監督の文化革命時代に対する思いも込められていると感じます。
映画は当時の人々にとって唯一の娯楽であったとともに、情報伝達手段でもあり、プロパガンダともなり得るものだったのです。
逃亡者が、一目見たいと切望したニュース映画22号は、党の教えを学び働く模範的な労働者の姿が映し出されています。
一生懸命重い粉の袋を運ぶ娘の姿を見て逃亡者は、「なぜ競い合って運ばなくてはいけない、まだ14歳だ」と言います。
逃亡者に対し、ファン電影はそうまでして頑張らないと父親の影響は拭えないと言います。
逃亡者が喧嘩した相手は造反派という党の模範的な人でした。そのため逃亡者は、悪質分子として強制労働所で働かされます。
悪質分子の家族という影響から逃れるため、逃亡者の妻は離縁し、娘と逃亡者は会うことが出来ずにいました。
離縁してもなお付きまとう影響から逃れるため、娘は必死で党の模範であるとアピールしなければならないのです。
映画の中で孤児の両親がどうなったのかは明確には言及されていませんが、孤児と弟は村からのけものにされ、村の少年たちからいじめられています。
そのような様子から親の事情が子供にも影響しているのではないでしょうか。
ニュース映画と共に上映された『英雄子女』(1964)は朝鮮戦争を舞台に、生き別れた父と娘が再会を描いています。
『英雄子女』の中で、勝利を勝ち取るために「私に向かって砲撃せよ」と大声で叫び敵陣に飛び込む英雄的行為の象徴のような場面がありました。
人々は息を呑むようにその場面を見つめ、その後に流れる歌を皆で歌い泣いていました。
『英雄子女』の持つプロパガンダの側面と、父と娘の関係性を描く感動は、『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』に繋がるものだったのかもしれません。
『初恋のきた道』(2000)、『妻への家路』(2015)と、文化革命時代を描いた本作は、チャン・イーモウ監督のパーソナルな思い出を映画化した映画とも言えます。
監督のパーソナルな感動、映画への愛は、普遍的な映画への愛とつながり、まさに「映画を愛するすべての人に捧げる作品」となっています。
まとめ
巨匠チャン・イーモウ監督の映画への愛がつまった映画『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』。
監督が体験した映画体験と共に描かれる文化革命自体の人々の姿は、決して批判的に描くのではなく、体験として当時を描き出すノスタルジックな味わいがあります。
その背景には今なお検閲が行われている中学映画業界の事情も関係しているのかもしれません。
本作においても、検閲の問題で映画を制作し上映するまで時間がかかったと言われています。
文化革命時代を通して、現代にも通じる娯楽の持つ意味やプロパガンダについて改めて考えさせる映画にもなっています。